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DEAD LINE~悪魔の刻限~  作者: 深井陽介
第一章 長く長い誘拐の軌跡
2/47

その2 誘拐、追走、そして考察

 <2>


 丸丹川の土手から離れ、わたし達は住宅地へと入っていく。

 わたし達が住んでいる星奴町は、東京都の真ん中あたりに位置し、多数の学校を持つ学園都市としても知られている。町内は大雑把に四つの地区に分けられ、それらにバランス良く学校が配置されている。わたしとキキは同じ地区に住んでいるが、キキが公立、わたしが私立の中学校に通っている。どうして同じ学校を受験しなかったのか……聞かない方が賢明という事にしておこう。

 学校も住んでいる地区もバラバラなら、帰り道で重なる所も少ないはずだ。それなのに今、わたし達はずっと並んで歩道を歩いている。帰ると言っておきながら、内心はどこかで寄り道をしたいと考えているようだ。それはわたしも例外じゃないけど。

 与太話はともかく、気になる行動をあさひがしていた。あさひは左手で自転車を押しながら、右手でスマホを操作していた。しかもかなり素早く。

「あさひ、歩きスマホはよくないよ」そこは真面目なみかん。

「ご丁寧にどうも。退屈だったもので」

「がん。こっちが花を咲かせている話には全然興味ないのね……」

 みかんはショックを受けたけれど、わたしに言わせれば、かなり珍奇な花が咲いているが。具体的に説明するのが難しいほどに。

「ていうか、さっきから何やってるの?」

「ゲーム。ルービックキューブを使ったやつ」

「へえ……あまり見た事ないような」

「ルービックキューブの英語表記はイギリスで商標登録されているから、迂闊に使うと商標権の関係でとんでもない額の金をとられるのよ」

「こんなに世界中で知られているのに? むーびっくきゅーす」

「どんな急須だ」

 こういう時、即座にツッコミを入れるのは大抵わたしだ。

「一応実物も持っているけど、やってみる?」

 そう言ってあさひは、自転車のかごに入れていた学校指定のカバンから、ルービックキューブを取り出した。学校に何を持ち込んでいるのだ、生徒会副会長よ。

「わーい。じゃあ早速バラバラにしてみるね」

 みかんは楽しそうにキューブをスクランブルし始めたが、あさひの「やってみる?」は、多分そういう意味じゃないと思うけど……。

「ルービックキューブかぁ……」キキがわたしの隣で呟く。「あれって難しいよね。もっちゃんは出来る?」

「わたしはこういう図形的なパズルは苦手。ていうかもっちゃんはやめろ」

 言い忘れていたが、キキはわたしのことを初対面の時から「もっちゃん」と呼んでいる。わたしは全くセンスを感じないのだが、キキはその呼び名をいたく気に入っている。出会ってから何回、「言うな」と言い続けた事か分からない。キキのことは友人として好きではあるが、この呼び名に関しては唯一閉口している。

「あれ? なんか色々動かしていたら、元に戻っちゃったよ」

「嘘だろ?」

 キューブを不思議そうに掲げるみかんに、眉根を寄せて視線を向けるあさひ。これはある意味で神業ではなかろうか。一方のあさひはまだ揃えられていないようだ。以前にあさひが教えてくれたが、ルービックキューブを揃えるのに必要な手数は、理論上二十手を超えないらしい。実際にあさひが二十手以内で揃えられたことはないらしいが。

「ねえ、もう一回バラバラにしていい?」

「……好きにすれば?」

「あれ、なんでふてくされてるの?」

 あさひは大人びた言動も多いけど、たまにこうして子供っぽくなる。所詮中二なのだから、子供っぽく振る舞っても構わないような気はするが。

 やがて空き地に差し掛かる。五年前からずっと売りに出されているが、なかなか買い手がつかないまま雑草がぼうぼうに茂り、今では完全に子供の遊び場と化している。

 みかんがふと、空き地の向こう側に視線を向けたかと思うと、途端に目を輝かせた。

「あ、ネコちゃんだー」

 そう言ってキューブを持ったまま空き地を横切っていく。

「あー……」

 自分の私物を持って行かれて、あさひは呆然と手を伸ばす。みかんのこの、興味の対象がころころ変わってしまう癖、何とかならないものだろうか。しかもこの言動、とても高校受験を控えた受験生には見えない。

 みかんはどこかから白い毛の猫を抱え上げ、わたし達に見せる。

「見てみて。可愛いよー」

 確かに可愛いし、みかんに両脇を抱えられていても抵抗しないから、相当人慣れしている猫なのだろう。だけど、空き地の向こう側から見せられても反応に困る。見たところ捨てられた野良猫のようだが、みかんはそれを拾うつもりなのだろうか。

 同じく天然のキキはやっぱり目を輝かせて猫を見ていたが、ふと目を大きく開く。

「あれ? あのネコ……」

 キキがそう呟いた直後、信じがたい出来事が起こった。

 突然みかんの背後に黒塗りのワゴン車が一台やって来て停車し、後部スライドドアを開けて現れた二人組の男が、みかんを羽交い絞めにしたのだ!

「ちょっ、なに? やっ……!」

 抵抗するみかんの口元に男の一人が布を当てて黙らせた。そして、二人がかりでみかんをワゴン車の中に無理やり入れ込んだ。

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。しばらく呆然としていたが、ハッと我に返り、わたしは駆け足で空き地を通り抜ける。わたしの行動に触発されて、キキとあさひも走り始めた。だが、一歩遅かった。

 ワゴン車はみかんを乗せてドアを閉めると、即座に砂煙をあげながら急発進した。

「待てぇ!」

 わたしは叫んだ。しかし、ワゴン車は止まることなく、猛スピードで去って行く。

 ふと、元いた場所に目が向く。あさひが放り出した自転車が倒れていた。迷ったのは一瞬もなかった。わたしは急いで駆け戻り、あさひの自転車を起こして跨ると、ぼうぼうに草の茂った空き地を自転車で横切った。

「おい、まさか……」

「もっちゃん、無茶はやめなって!」

「わたしをもっちゃんと呼ぶなぁーっ!」

 必要な苦言を吐いた後に、わたしは全速力でペダルをこぎ、すでに姿が小さくなっていたワゴン車を追いかけ始めた。

 追いつけるわけがないって? それは初めから分かっていた。

 しかし火事場の馬鹿力とはよく言ったもの。誘拐というイレギュラーが過ぎる事態を前に、わたしは頭に血が上っていて、自分でも信じられないほどの脚力が生まれていた。剣道で脚力は鍛えられないけれど、わたしの場合、普段から体の至る所を鍛えている。今こそ、わたしの底なしの体力を見せる時だ。

 とはいえ、誰も見ていないが。

「マジかよ……あいつまでわたしの私物を持ってったし。……って、呆れている場合じゃなかった。警察呼ばなきゃ」

 取り残されたあさひは慌てて携帯で110番にかける。一方、同じく取り残されたキキは、無言で地面を見つめていた。開かれた空の段ボール箱が、草のそばに置かれていた。

 キキは、必死で電話説明をしているあさひには目も向けず、その場にしゃがみ込んだ。段ボール箱の底に手を当てる。そして、ボール紙の隙間に挟まっていた、白い毛の塊をつまみ上げる。キキは真顔でそれをじっと見つめる。


 さて、二人がそんな事をしているとは露知らず、わたしは追跡を続けていた。

 ワゴン車は、土波(どば)川に架かった橋を渡った。自転車で猛追を繰り広げているわたしの存在に気付いて、車はさっきよりスピードを上げていた。あっという間に橋を通過する。

 川沿いに道路があり、橋を渡り終えたところで十字路となる。ワゴン車は直進した。その先は一戸建ての家が立ち並ぶ住宅地だ。このまま真っ直ぐ住宅地も抜けるかと思ったら、最初の丁字路で直進せずに左折した。初めからそっちに行くつもりだったのか。

 自動車並みのスピードを出している自転車を、ブレーキだけで止めるのは至難の業だ。わたしは車体を左に思い切り傾け、地面に靴底を擦りつけながら止めた。その足でアスファルトの地面を蹴り上げ、再び猛スピードでペダルをこぎ始める。

 ワゴン車が向かっている先を見ると、川が横切っていた。土波川はこの辺りで大きく蛇行している。このまま進めば行き止まりになるはずだ。

 そんな事を考えていると、急にワゴン車のラゲッジスペースのドアが開き、大量の鉄パイプがこちらに流れ込んできた。もちろん急に止まることは出来ない。三十本近くある鉄パイプが弾みで跳ねているその上を、ハンドルを掴み上げる事で飛び越える、とっさに出来ると思ったのはこれだけだ。

 一本だけタイヤで踏んでバランスを崩しかけたが、なんとか持ち直した。しかしそのせいで少し減速してしまった。その間にワゴン車は行き止まりを右に曲がった。その瞬間を見る余裕はなかった。だけど左に行けばさっきの橋がある所に戻ってしまう。消去法で右に行ったと判断したのだ。

 思った通り、右方向にハンドルを切ったら、その先に黒のワゴン車。

 しかしその直後、またも予想外の攻撃が行われた。

 運転席の窓から筒を持つ手が現れた。発煙筒だ。焚かれて噴出した煙は、あっという間にわたしの視界を遮った。辛うじてうっすらと車体が見えるだけだ。蔓延する煙が目を刺激して、目標をしっかりと視認できない。

 すると、この狭い道路で対向車が現れた。

「わっ!」

 思わず叫びながら左へハンドルを切る。対向車との衝突はぎりぎりで避けたものの、体全体のバランスが崩れ、わたしは自転車ごと倒れて飛ばされた。とっさに受け身は取れたけれど、転がっていった先でガードレールの支柱に肩を強くぶつけてしまった。

 こんな事を言うのもあれだけど、大会が終わった後でよかった。背骨や肩甲骨に損傷を与えてしまったかもしれない。それどころか体中が痛くてなかなか起き上がれない。

「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」

 停車した青いワゴン車から、帽子をかぶった男性が降りてきて、そう言いながら慌てて駆け寄ってくる。ちっとも大丈夫じゃない。早急に手当てを要する状態だ。

 なんとか肘だけで上半身を少し起こし、黒いワゴン車を目で追った。遠くに架かっている別の橋を渡って、車は彼方へと消えていった。

「くっそぉ……」

 悔しさのあまり思わず呟きが漏れた。

 みかんは連れ去られた。その事実を突きつけられて、わたしは自分の無力を痛感して俯くしかなかった。帽子の男性がわたしに向かって何と言っているのか、この時のわたしは全く耳に入らなかった。

 しばらくしてキキとあさひが駆けつけてきた。あさひが先に来たけど。

「もみじ、大丈夫か?」

「全然大丈夫じゃない……」あさひに肩を支えられながら答えた。「それより、警察はちゃんと呼んだ?」

「わたしを誰だと思っているのよ。もちろん呼びました。この状況を説明するのは非常に苦労したけどね」

「あはは……さようですか」

 説明に困るような行動をとってごめんよ。痛みもあって乾いた笑いしか出ない。

「もっちゃ〜ん……大丈夫〜?」

 キキはずっと後方で、へとへとの状態で走りながら言った。呼び名の事はこの際横に置いておくとして、まるでフルマラソンを完走しそうなランナーみたいに疲れているけど、多分あの空き地からここまで一キロちょっとしかないのだが。キキの体力は相変わらず壊滅的である。

 こんなふらついた足取りでまともに注意を払えるはずもなく、キキは路上に転がっていた鉄パイプの一本を踏んで後ろに転び、さらにその後は別のパイプに後頭部をぶつけた。鈍臭すぎる。

「いったぁ〜い……」

 嘆くキキ。この状況で言っても説得力はないけど、本当に頼りになるのですよ。

 ちなみに彼女が後ろ向きに転んだ時、制服のスカートの中が、姿勢を低くしていたわたしに見えてしまったことは、相手の名誉のために忘れることにした。


 その後、通報を受け駆けつけた警官の手によって、わたし達三人は、いや帽子の男性ドライバーも一緒だけど、管轄である警視庁星奴署にパトカーで運ばれることになった。人生初のパトカー乗車である。

 帽子の男性とは別の車に三人で乗ることになったが、わたしはあさひとキキに両肩を支えられる形で後部席に乗り込んだ。痛みが強くて立ち上がれなかったのだ。ただ、わたしとしてはあさひ一人に支えてもらう方がよかったと思う。支える側が体力の限界でふらふらになっていては、元も子もないというものだ。

 星奴署に到着すると、わたし達は真っ先に医務室に連れて行かれ、医務担当の人にわたしの傷の具合を診てもらうことになった。しっかりと受け身を取ったおかげで、擦り傷は汚れを洗浄した後に絆創膏を貼るだけで済み、肩と背中の痛みについては、内出血だけで骨に異常は見られないとの事だった。

 その辺りの診察はスムーズに行われたが、担当医師が眉根を寄せながらじっくり診ていたのは足の筋肉の方だった。

「自然に治癒するものばかりなのはよかったが……自転車で車を追いかけたのだろう? 脚の筋肉にも異常が見られないとはどういうことだ?」

 とは担当医師の弁。どういうことなのかわたしも知りたいくらいだ。

「まあ、途中で自転車がオーバーワークでぶっ壊れなかったのも幸いですけど」

「どこが幸いじゃ」あさひは顔をしかめながらわたしの頭を掴んだ。「さっき見てみたらチェーンの鎖がほとんど金属疲労を起こしていたわよ。次に使ったら間違いなくチェーンが切れるから、あれ」

「後で必要な修理代を出しますよ……」

 それと、頭に爪を立てるな。

「でも、もっちゃんが何ともなくて本当によかったね」

 すでに復活していたキキが、にっこりと笑いながら言った。わたしはそんなキキの額にしっぺを食らわせた。

「その呼び名はやめろと言っている」

「あはっ、完全に元通りだぁ」

「遊ぶな」

 なぜか笑顔のキキに呆れていると、ノックの後に医務室のドアが開いた。全員がそのドアに注目すると、長身でスーツ姿の青年が現れた。

「やあ。怪我の具合は大丈夫なのかい」

 少し茶色の混じった髪は今どきの若者風に伸ばしていて、すらりとした細身の体型、目鼻のパーツの整った細面。ファッション誌にでも載っていそうな風貌だ。

「ありえないほどに正常だよ。というか、元から異常と言うべきか」

 尋ねられたのはわたし達のはずなのに、なぜか医師の方が答えた。

「ああ、そうなの……」

 青年は困惑気味に返した。尋ねてもいないのに酷い言い草で答えられて、何をどうコメントすればいいのか分からないようだ。元から異常だと言われたわたしは閉口した。

「ええと、僕はここの刑事課強行犯捜査係の友永(ともなが)です。君たちの名前は……」

 三人の女子中学生にじっと見つめられ、言葉を詰まらせる友永刑事。

「……どうしたの?」

「控えめに見てもなかなかのイケメンですな」と、わたし。

「というか優男(やさおとこ)? こういう刑事が現実にいるとは……」と、あさひ。

「こういう人が犯人になめられたりするんだよね」と、キキ。

「君たち、陰口は陰で言いなさい」

 ひそひそと気に障る事を言われて、顔をしかめる友永刑事。わたしは褒めましたよ、一応。

 とりあえずわたし達は順に自分たちの名前を、この少し頼りなさそうな刑事に告げた。……あ、結局軽く(けな)したよ。

 そして、現場で起きた事を時系列順に話した。あさひが通報で状況を大まかに説明していたから、すでに友永刑事も大雑把には把握しているはずだけど、わたしが自転車で疾走する自動車を追いかけて一度も見失わなかったと聞くと、一瞬だけ表情が固まった。分かっていた。この反応をされるのは至極当然の事なのだと。

「うん、大体の状況は分かったよ。現時点で他の証言や証拠と矛盾する所はなさそうだ。他に何か気づいた事はないかい?」

 友永刑事が手帳に書き込みながら訊いた。するとキキが控えめに手を挙げた。

「あの、その前に一つだけ、こちらから訊いてもいいですか」

「いいよ。何だい?」

「警察はこの事件を、計画的な誘拐だと見ているんですか?」

 わたしは、キキの質問の意図が読めなかった。同時に、キキが、今までにあまり見せたことの無いほどの、真剣な表情をしていることに気づいた。

 友永刑事は少し考えた後に答えた。

「犯人からのアクションがない今、警察は犯人の目的を絞り込めずにいる。けれど、これが計画的犯行である事は、全員一致で間違いないと考えている。変質者による犯行でない限り、誘拐犯は必ず犯行前にターゲットの身辺状況について下調べをして、その上で実行に移すものだ。君たちの証言によれば、男が二人、後部席から出てきたのだろう?」

「ええ……」

「運転手も含めれば、犯人は少なくとも三人だ。変質者による衝動的な犯行とは考えられない。加えて、追跡者を撃退するために大量の鉄パイプや発煙筒も用意している。計画的犯行とみる以外にない」

「ですよね……」

「それがどうかしたのかい?」

「わたしもあれは計画的な犯行だと思いますけど、そうなるとネコの存在が気になってくるんです」

「猫? 被害者が拉致される前に見つけたという白猫のことかい?」

 被害者という単語を聞いて、わたしは動揺してしまう。自分の身近な人が被害者と呼ばれると、今まで他人事のように思っていた悪意ある世界に、意図せず踏み込んでしまった感覚がする。

「みかんが拉致された現場の空き地に、段ボール箱がありましたよね? 底の部分に白い毛の塊が挟まっていました。風で飛んできただけなら、ボール紙の隙間に挟まる事はありません。白い毛の主は確かに箱の中に入っていたのです」

「その白猫の毛である可能性があるわけか……」

「誘拐犯がみかんの素性を事前に調べていたのなら、確実に捕まえる手段を講じるためにみかんの趣味嗜好も同時に調べていたかもしれません。その結果として、ネコを使って引きつけるという方法を選んだとしたら?」

「あり得なくもないわね」あさひが渋面を浮かべる。「あいつ、昔から人でも動物でも可愛いものが大好きで、見つけたら即座に飛びつく性格だからな」

「しかし、その白猫が犯人の用意したものであるという根拠は……」

「首輪です」キキは刑事の前ではきはきと答える。「あの白猫は首輪をつけていました。もちろん外し忘れたという可能性もないわけじゃありませんが、何かの目的でつけたままにしていたとも考えられます」

 その目的云々の前に、一つ異議申し立てをさせてほしい。

「ちょっと待って。あのネコって結構毛が長くて、首輪があったとしても隠れて見えなかったと思うけど……」

「うん、わたしも首輪本体は見えなかった。だけど、喉元に青いハート形のアクセサリが見えたから、首輪があると分かったの」

 さようでしたか。話の腰を折ってごめんよ。

「まあ、どんな目的で首輪をつけたのか、それは逃げたネコを捕まえないと分かりませんが、そんなネコが入っていた段ボール箱はみかんが連れ去られるほんの少し前に置かれたばかりです、タイミングがあまりによすぎます」

「なんで、段ボール箱が置かれたのが、拉致の少し前だと?」

「箱の底部分が全く湿っていなかったからです。みかんがさらわれた直後にわたし、箱の底に触れてみたのですが、ほとんど湿り気を感じませんでした。朝方までの雨で地面は濡れていましたし、箱があったのは草地だから水滴も残っている。そんな所に長時間置いていたら、底部分のボール紙は内側まで湿っているはずですから」

「な、なるほど……」

 キキの理路整然とした説明を、のけ反りながら聞く友永刑事。

「少し前に捨てられたばかりのネコに帰宅途中のみかんが飛びつく、そんな偶然に乗っかる形でみかんを連れさらう……そんな行き当たりばったりの誘拐計画があるでしょうか」

「確かに、そうすると猫を利用して被害者をおびき寄せたという考えには、妥当性があるようだな。だけど……」友永刑事は厳しい顔つきで言った。「確たる証拠が見当たらない現状では、人員を割いてまで猫を探すという決定は下りないだろうな」

「そんな……!」

「まあそうなるんじゃないかとは思ってましたけどね」

 思っていたのかい。推理した本人はあくまで飄然としていた。

「それに、ネコを捕まえたところで犯人に繋がる手掛かりが見つかる保証はほとんどありませんし、警察の予算も結構厳しいって聞いた事ありますから。ネコ探しなんてそれこそ興信所とかの仕事にしか見えませんし」

「その代わり、手掛かりが拾えればその時点で警察の出番だけどね……キキちゃんの言う通り、現状では警察を動かすだけの根拠はない」

 つまり警察はネコの件に関して完全にノータッチという事だ。しかし、白い毛と青いハート形のアクセサリ以外に特徴がうろ覚えの状態で、どこに逃げたのかも判然としないネコを探すなど、プロの探偵でもお手上げだろう。……ではどうする?

 キキの考え通りなら、あのネコの首輪とアクセサリには、装着状態にする意味が何かあるはずだ。それが犯人の正体に繋がる可能性はゼロじゃない。警察や探偵の動きに期待できないのなら……自分たちでやるしかない。連れ去られた友人のために。

 よし、これでやることは決まった。わたしは密かに拳を握り締める。

 すると、友永刑事の携帯に着信が入った。彼は椅子から立ち上がり、わたし達から少し距離を置いてから話し始めた。警察官同士の会話の内容は外部に漏らさないように徹底されているようだ。

「あ、はい……分かりました」

 友永刑事は通話を切った後、わたし達を向いて言った。

「上司から、被害者の自宅に行くように言われた。現地の捜査員と合流して話を聞いて来てほしいそうで」

 会話の内容ぜんぶ話すのかい。これでは距離を置いて口元を覆いながら話した意味がなかろうが。この刑事、もしかして抜けている?

「君たちはどうする? 家には……」

「まだ帰りません!」わたしは右手で制止して拒否した。「わたし達も事件のことは気になるし、目の前で友達が誘拐されたのに黙ってなんかいられません」

「そうです!」キキも同調した。「それに、聞くところによればみかんの家はとてもお金持ちで豪華だそうじゃないですか。目撃者という立場を利用して堂々と敷地に入る、こんなチャンスは滅多にあるものじゃありません!」

「ちょっとは建前を使わんかい!」

 わたしはキキの脳天に拳を叩きつけた。あさひなどは脱力しすぎて椅子の背もたれに覆いかぶさっている始末。

「うん、まあ……」突然始まった下手なコントに、困惑している友永刑事。「当事者の話を聞く事で、目撃者の君たちが何か思いつくかもしれないし、捜査に手出しをしないと約束してくれるなら、ついて来ても僕は構わないけど……」

 僕は、か……他の捜査員が何と言うかは分からない、暗にそう告げている。

「やった、みかんの家に初訪問! どんな絢爛(けんらん)豪華が待っているかなぁ」

 しかし、キキは全く気付いていない。これが、さっきまで目を見張るような推理を展開した奴と同一人物なのか。あるいは二重人格か。

 それにしても……こっちから頼んでおいてあれだけど、目撃者という理由だけで捜査に付き合わせるのはどうなのだろう。第一、ここで話した以上のことを思いつける保証などどこにもない。……やっぱりこの刑事、どこか抜けている。

 すると、あさひがぼそっと呟いた。

「何というか……頼もしいのかそうでないのか分からん奴だな、あの刑事」

 わたしも同感だけど、それを口に出すのはやめておきなさい……。

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