表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DEAD LINE~悪魔の刻限~  作者: 深井陽介
第一章 長く長い誘拐の軌跡
18/47

その18 巣窟

 <18>


 マンションの入り口の前まで接近する。包み込むような闇の中、わたし達は古い看板の陰に隠れ、ロビーの様子を窺った。心臓が嫌な音を立てている。荒れた呼吸が漏れてしまうのを必死に抑えていた。

 一階ロビーの奥、恐らくはエントランスカウンターだった場所の手前に、一人の男が椅子を置いて腰かけている。それ以外に人の姿は見当たらないが、廊下の先にはまだ部屋がたくさんあるのだから、そこで身を潜めている可能性は十分ある。少なくともこのロビーの中では、度重なる風雨や地震で天井や壁のコンクリート片が転がっているが、特に人が隠れられそうな場所はなかった。カウンターの向こうに隠れている場合もあるが……目の前に一人いるこの状況ではまず考えられないだろう。

 あの作業着姿の男は、身代金を受け取るだけの役回りなのだろう。首尾よく受けとれば何らかの方法で仲間に合図を送り、そのまま逃走するつもりなのだ。事前に脱出ルートを見つけておいてもいるのだろう。警察が図面からそれを察知する時間はないから、計画通りに事が進めば彼らの優勢は確実だ。

 今のわたし達の存在は、間違いなく彼らにとって想定外のはずだ。しかし、先に気づいた誰かが来る可能性だって考えているかもしれない。だから油断はできない。そのために仲間を待機させていると見ることもできる。

「どうする? キキ」わたしはキキの耳元でささやく。

「もう少し様子を見てみよう」

 敵の様相を把握するまでは手を出すな、ということか。それならじっとしていよう。下手に動いて石ころを蹴る音でも出したら洒落にならない。

 男はずっと煙草をふかしていた。すると、携帯の着信音が鳴り響いた。反響しているから、あの男の携帯だということは分かった。

「おお、あんたか。安心しろ。計画の変更もあの野郎の指示通りにやったさ。さっき、警察(サツ)の主導で身代金の調達がされた事を確認したよ。逃走の手筈も整えている。こんなに上手く計画が運ぶなら、今後も同じような手段で稼ぎたいものだぜ。……あん? ああそうかい。なら今後は頼んねぇよ」

 同じ手段が使えない事を諭されたのか。ならば、キキが推理した犯人の計画は、別の誰かが授けたものという可能性が高い。男の会話はなおも続く。

「しっかし、俺らがこうやって地味なことばかりやらされている間、あんたは一人、遠くで高みの見物か。気に食わねぇな」そう言って男はいやらしく笑う。「まあ、俺らとしちゃ、返すべき金が手に入りゃ文句はねぇけどな」

 返すべき金って……どういうことだろう。

「なるほど……そういうことね」

 キキは小声で呟いたが、わたしはちゃんと聞き取れた。

「何か分かったの?」

「あいつら……想像以上にヤバい連中かもしれない」

「ヤバいの?」

「仲間も武器も相当あると見るべきだね。でも警察の助けなんて待っていられない。ここは一つ、運を天に任せてみるか……」

 そう言ってキキはわたしの顔を見る。アイコンタクト。わたしは瞬時にキキのやりたい事を察した。そうだ。これはわたしとキキにしかできない。

 わたしが頷くのを見て取ると、キキは二回ほど深呼吸をした後、意を決し、隠れていた古い看板から離れて入り口の前に立った。

 男は携帯を仕舞ってすぐ、キキの存在に気づいた。キキはじっと男に視線を送る。怯えている表情は見せていないが、どうだろうか……。

 歩き始める。少しずつ、少しずつ、その男との距離を詰めていく。

「……誰だ、てめぇ」

 男がドスを利かせた声で言っても、キキは眉一つ動かさず、歩みも止めない。

 やがて、ロビーの中央あたりで立ち止まった。口を開く。

「みかんの友達です。彼女を連れ戻しに来ました」

 これこそ、予想しない展開のはずだ。そして男は僅かに目を見開くと、くつくつと笑い始めた。馬鹿な子供が興味本位で首を突っ込んだ、その程度の認識だろう。

「正義の味方ってやつか? おめでたいもんだな」

「わたしは戦隊モノのヒーローじゃありません。純粋に、友達の味方というだけです」

「あんた、この状況が分かってないだろ」男は嘲るように言った。「あんたの友達を連れ戻すにはな、金を持って来ることが絶対条件なんだよ。一千万だ。分かるか? それが順序ってものなんだよ。分かったらさっさとおうちに帰りな」

 するとキキは、ふっと口元を歪ませた。

「馬鹿も休み休み言ってくださいよ。大体、あなたみたいな人に大金を渡すような人間が、この世にいるとお思いですか」

「なに?」

「あなたがいま言った事、どういう意味か分かります? あなたは、みかんの命と対価になるのが一千万円だと言った。命と金を並べる事ができないということなんて、今どき小さな子供でも理解できる事です。命と金を同じ天秤にかけられると考えた時点で、あなたの知能は子供以下、もはやサル並みだと言ってもいい。その程度の知能しかないくせに威張り散らすような人に、誰がお金を渡すというんですか?」

 キキはひたすら、(さげす)むような口調で男を刺激し続けた。男の顔が歪みだす。

「まあ、一千万なんて大金、手にした所で泡銭(あぶくぜに)が泡になって終わりでしょうけどね」

 ガタッ、という音を立てて男が立ち上がった。怒りで口元を突きだしている。

「いい度胸してんじゃねぇか、ああん? 言っても聞かねぇんなら、こっちからその口塞いでやんぞ?」

 そう言って男は腰につけていたホルスターから拳銃を抜き、銃口をキキの額に当てた。

「もう一度だけ言うぞ。さっさとここから出て行け。言うこと聞かねぇと、その脳天ぶち抜くぞ」

「本物じゃなきゃぶち抜けませんけどね」

 キキはどういうわけか、拳銃を向けられても眉一つ動かさない。言葉による恫喝に動じないキキを見て、男は銃口をさっと天井に向けて、一発を放った。

 轟音が耳をつんざく。思わず両耳を塞いだ。突然の威嚇発砲にもキキは動じない。本物である事はもはや明白なのに……。

「本当にいい度胸してんな」男は引きつった笑いを浮かべた。「上等だ。撃っても全然平気だって言うんなら、お望みどおり好きなだけ撃ってやるよ」

 男は再び銃口をキキの額に当て、さっきよりも顔を近づけた。

「蜂の巣にしてやるからな。覚悟しろよ」

 男の指はすでに引き金に力を入れている。じりじりと時間が過ぎる。キキがどう動くのか、わたしとあさひは緊張感を抑えきれないまま、じっとその動向を見つめた。

 キキの次の動きは、またしても男の予想の斜め上をいっていた。銃身を素手で掴んで額からずらしたのだ。男も眉をひそめた。

 キキは余裕の笑みを浮かべる。

「悪いけど、あなた達の行動はお見通しだよ」

「なにっ?」

「なんでわたしがここに来ているのか、正確に理解していないでしょう」

 あえてキキは『わたし達』と言わなかった。

「今、刑事がこの近くを張り込んでいる所を確認しました。今ここで発砲すれば、身代金がどうであるか関係なしに、突入すべきという判断が下るでしょう。無論、それであなた達が捕まるということはないでしょうが、その拳銃はあくまで非常事態に備えて用意されたものだと考えられます」

 キキは男の横を通り過ぎ、悠然とカウンターの方へ向かって行く。その動きはあまりに隙だらけで、むしろどのタイミングで撃てばいいのか分からないほどだ。

「さっき威嚇で一発撃ったので、近いうちに刑事がこちらへやってくるでしょう。そうなった時は、計画がどうとか関係なしに」キキは振り向く。「奥に潜んでいる仲間が、残らず蜂の巣にするのでしょう?」

 恐怖心など一切見せない、余裕に満ちた笑みで冷静に語るキキを見て、男は次第に混乱してきたようだ。拳銃の銃口が下を向いている。

「いいじゃないですか。蜂の巣にしてみてくださいよ」

 キキは両手を広げて体を男に向けた。無防備が過ぎる標的だった。

「あなた達の場合、いくら計画を台無しにしても構わないんでしょう。ただ好き勝手に暴れ回っているだけの、半グレ集団なんだから」

「……なんでお前がそれを知っている」

「さあ。なんででしょうねぇ」

 キキの言う通り、この男はサル並みの頭しか持っていないらしい。警察の事をサツと呼ぶのはヤクザくらいのものだ。でも、小指がなかったり胸元を開いたり、そうした暴力団特有の風貌をしておらず、そのくせ誘拐によって大金を稼ぐ集団といえば、ニュースでもよく取り上げられる半グレくらいのものだろう。

 ……と、後からあさひに聞かされた。こっちに聞く余裕などなかったのだ。

 なぜなら。

「うぐっ」

 男は突然表情を歪ませ、そして両足を変な具合に曲げながら、前のめりに倒れた。

 わたしが男の背後に慎重に近づき、後ろから股間に蹴りを入れたからだ。キキがずっと挑発するような口調で喋っていたのは、男を含めた全員の注意をキキに集中させ、わたしが接近していることに気づかせないようにするためだ。

 しかし、なかなか有効なものだ。男の絶対的な急所を潰すというのは。

「上手くいったね」

 わたしとキキは笑顔でハイタッチ。あさひは呆れながら歩み寄って来た。

「よくもまあ、あれを目配せだけでやれたものだよ」

「やっぱ、足音を立てずに接近するのはもっちゃんにしかできないと思ったから」

「わたしはそれを読み取った。てか、もっちゃんと呼ぶな」

「うん。さて、早くみかんの居場所を聞き出さないと」

 絶対聞き流したな、こいつ。男は全身に痺れが回っていて、のた打ち回る事しかできないらしい。一瞬だけ体を横に倒した隙をついて、わたしは再び股間を蹴った。股間を押さえている両手と一緒に。

「があっ!」

「おい、教えろゴミクズが。みかんは今どこにいるのよ。正直に言わないと、今度は(のど)に蹴りを入れるぞ」

「それはさすがにやめなさい」あさひに止められた。

「ち……地下の、倉庫に、と、閉じ込めている……」

 地下の倉庫。地下に通じる階段は目と鼻の先だ。

「急ごう。奥の方から殺気がする。銃声を聞いて駆けつけてくるのは時間の問題だよ」

「そうね。行きましょう」と、あさひ。

「ここは二人に任せたよ。友永刑事たちも来るだろうし、迎えに行かないと」

 確かに、この状況の説明ができるのはキキだけだ。

 わたしとあさひは先に駆け出した。地下に通じる階段は、踊り場のない一直線で、二十段以上のステップの先は何も見えない完全な闇だった。わたしは恐れずに降りていく。普段なら気後れすることもあるあさひも、今回ばかりは足を止めなかった。ここを進んでいけばみかんに会える。ただそれだけを信じていた。

 全てのステップを降りてすぐ、真っすぐ伸びる廊下の右側に、両開きのドアが一つ。わたしは迷わずその扉を開けた。

 地下倉庫の中は暗く、雑多に物が置かれていて、しかも結構広かった。かつて住んでいたマンションの住人が置いていった物が、そのまま処分されずに残っているようだ。どうして今の今まで処分されなかったのだろう……。

 置き去りにされた荷物は、ほとんどが段ボール箱だった。あさひは手当たり次第に段ボール箱をひっくり返し始めた。

「こうなったら虱潰(しらみつぶ)しに捜すわよ!」

「いやいや、そんな派手にひっくり返したら気づかれるって……」

「もう気づかれてるわよ。だったら見つかるまでとことん捜してやる」

 あさひの事だから頭を使って捜すと思ったのだが……みかんに会いたい一心で、考えることをやめてしまったらしい。お願いだから落ち着いてくれ。

 しかし……代わりに考えているわけじゃないが、どこかおかしい気がした。

 今は二人だけだが、後からやってくる警察がみかんを探すのであれば、きっと簡単に見つかってしまうだろう。発見した後に命が尽きることを想定しているなら、もっと見つけにくくするか、もしくは簡単には助け出せないようにするはずだ。

 でもこの倉庫は、鍵がかけられていなかった。施錠されていれば、扉の破壊に時間をかけてしまう分、助かる確率が下がるはずなのに。それにあの男は「閉じ込めている」と言った。鍵のかかっていない倉庫に入れる事を、果たしてそう呼ぶだろうか。

 みかんは今、身動きの取れない状況にあるのだ。束縛するのではなく、何かに閉じ込めるという形で……。人一人を隠せる場所なんて、そうそうあるものじゃない。

 段ボール箱は、どれも人が隠れられるサイズじゃない。でも、その思い込みを利用することがあるとすれば、それはどんな時だろうか。

 わたしの視線は、倉庫の隅に高く積まれている段ボール箱に向いた。やたらたくさんの箱が、綺麗な直方体の形に積まれている。あの中に、人一人が入れるスペースがあったとしたら……?

 わたしはすぐに、山のように積まれた箱を上から順に下ろしていく。一つ一つがなかなか重いけれど、わたしには楽に動かせた。やがて、巨大なサイズの段ボール箱が現れた。

 封のされていない蓋を開けると、思った通りだった。

「みかん!」

「えっ、いたの?」

 あさひが慌てて駆け寄ってくる。

 開けた時に転がり出てきて、わたしの腕の中に入って来たみかんは、顔面蒼白で目は虚ろになり、口を動かす事さえ厳しいようだ。全身はぐったりして力ない。キキが予測した通り、ろくに食べ物も水も与えられなかったようだ。抵抗の跡がほとんどないということは、麻酔薬でも嗅がされたのかもしれない。劣悪な環境に置かれすぎたのだ。

 激しい怒りが湧き起こる。友達であるかどうか以前の問題だ。十五歳の女の子をこんな目に遭わせてまで大金をむしり取ろうなんて……もはや懺悔の余地さえない。

「貸して!」あさひは代わりにみかんを抱きかかえた。「もみじ、わたしのカバンから水を出して」

 わたしはすぐに言われた通りペットボトルの水を出した。あさひは自分のハンカチに水を染み込ませ、みかんの口元にあてがった。強引に飲ませれば、誤って水が気管に入って窒息する恐れがあるのだという。

「みかん、お願い。もう少し頑張って……」

 あさひが必死に呼びかける。わたしはみかんの手首に指で触れる。脈拍はかなり弱くなっているが、手のひらを指で強く押すと、ぴくりと反応する様子が窺えた。まだかすかに意識は残っているようだ。

 カラカラに乾いていた口腔(こうこう)内に潤いが与えられたことで、わずかながら覚醒に及んだらしい。みかんは薄く目を開けて、震える唇から霞んだ声を漏らした。

「あ……さ、ひ……」

「もみじ! 倉庫に毛布がないか探して!」

「分かった!」

 みかんは体温の低下が著しい。まずは体を温めて器官の働きを戻すのだ。

「みかん、大丈夫?」あさひが必死に話しかけている。

「あさひ……助けに、来てくれたんだね……」

「ごめん、遅くなっちゃって……でも、もう大丈夫だから……」

 あさひはみかんをぎゅっと抱きしめた。

 やっと段ボール箱の中の毛布を発見したが、やはり長い間放置されていたせいで、カビの温床となっていた。わたしは息を止めて、毛布を上下に振ってカビを払った。粗方取れたところでみかんの元へ持って行った。

 あさひは毛布でみかんの体を軽く包むと、上半分は自分が羽織っていたジャケットで覆った。残っているカビがみかんの口に入るのを防ぐのだ。次にあさひは、カバンからチョコレートを取り出した。

「ねえ、水はあれだけで大丈夫なの?」

「あまり飲ませすぎると体液が薄くなって、体の働きが弱くなる。ただでさえここは環境が悪すぎる。これ以上免疫機能を弱まらせてはいけないの」

「チョコレートはいいの?」

「電解質の補給はできないけど、みかんの場合はまず栄養が欠乏している。バランスよく摂取するにはこれが一番いいのよ。山での遭難者に与える食べ物にも使われるからね」

 本当に何でもよく知っているなぁ。まさかこの日のために調べたわけではあるまい。

「みかん、チョコ、食べられる?」

 あさひは試しにチョコの欠片をみかんの口に近づけるが、みかんはそもそも口を思うように動かせないようだ。

 あさひは自分がチョコにかぶりつくと、口を閉じながら細かく噛んだ。もちろん口の中のチョコはとっくに溶けている。あさひはみかんの顔を自分に近づけると、溶かしたチョコの口移しを始めた。

「マジか……」

 わたしは思わず呟いた。多分だけど、あさひがこんな事を平気で出来る相手は、みかんくらいだろうと勝手に想像する。

 あさひが口を離すと、みかんがほっとしたような表情をしている事に気づく。

「おい……しい……」

 その仕草を見たあさひは、またチョコを噛み砕いて、口移しでみかんに与えた。単純にそれがしたいだけとは思いたくなかった。

 二度目の口移しが終わった時、みかんがもぞもぞと動いた。

「どうしたの?」

「あさひ、これ……」

 毛布の隙間から出したみかんの右手には、拉致される寸前にあさひから受け取った、ルービックキューブがあった。

「あっ……」不意にその手を取るあさひ。

「揃えてよ、これ……」

 左手で受け取ったキューブをしばらくじっと見ていたあさひだが、やがて決心し、みかんを支える役目をわたしに譲ると、キューブをしきりに観察しだした。

「もみじ……」みかんがわたしに話しかけた。「来てくれたんだね……」

「当たり前でしょ。みんなが来てくれたよ」

「キキも……?」

「うん。上にいる。あともう少しの辛抱だからね」

 みかんが頷いたのを見て取ると、わたしはあさひに目を向けた。すでに、目にも留まらぬ速さで動かしていた。そして、ものの一分で全ての面を一色に揃えた。さすがだ。

「ふう……参ったな。いつもならもっと速くできるのに」

「まじかい」思わず呟く。

「でもちゃんと揃えてくれたね」みかんは弱々しく微笑んだ。「ありがと……」

 あさひは呆然とみかんの顔を見返していた。やがて俯いて表情を隠すと、みかんを抱き寄せて両腕で優しく包み込んだ。無言でみかんの肩に顔をうずめ、背中や頭をさする。あれは間違いなく照れ隠しだな。

 でも、また一つの関門を通り抜けた。みかんは寸前で助けられた。

 思い返してみれば、確かに統計的な結果でいえば飢餓状態で死に至るとすれば三日がいい所だろうが、どんな人間でも三日で死に至るわけではない。自然に死ぬのを待っていたのなら、いつどのタイミングで死ぬのかは予測できなかったはずだ。今みたいに、みかんが力尽きるタイミングが遅ければ、たとえ時間通りに警察が来ても、無事に助かった可能性はあるのだ。

 そう、冷静に考えてみれば、この計画こそ不確実なものに他ならない。それ以外のあらゆるポイントでは、慎重すぎるくらいに確実性を求めていたはずなのに。なぜ計画の根幹にあるはずのみかんの口封じに限って、運に頼るような方策をとったのだろう。

 それに……まあ、いいか。後でキキに尋ねればいい事だ。

 刹那。階上から銃声が響いた。

「なに?」

 あさひはそう言いながら上を見た。わたしも視線を天井に向けたが、すぐに殺気を出入り口の扉の向こうに感じて振り向いた。

 階段を降りる足音が、徐々にこちらへ近づいてくる。怯えるみかんを、あさひは強く抱きとめる。わたしは……辺りを見回した。

 最後の関門が目の前に来ている。そんな感覚を覚えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ