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DEAD LINE~悪魔の刻限~  作者: 深井陽介
第一章 長く長い誘拐の軌跡
14/47

その14 カモとニワトリ

 <14>


 さらに翌日を迎えて、いつもなら寝坊することもよくある日曜日。

 今日は珍しく寝覚めの悪い朝となった。どんなに疲れていても、ぐっすりと寝て自然に任せるままに目覚めれば、大抵は気分のいい朝を迎えられるのだが、昨夜わたしは、決して長い調査で疲労が蓄積したという事がなかった。それなのにこんな最悪のコンディションになっている原因を、わたしは一応自覚していた。

 気になり過ぎて、考え過ぎて、なかなか寝付けなかったのだ。みかんの安否は元より、昨日の夕方のニュースで報じられた、あの衝撃的な事態を知ったせいで……。

「それで寝不足になったってか? よくまともに考えようと思ったね」

 寝不足でふらついている人に対して、あさひは気の利いた事の一つも言ってくれない。さすがの親友であるキキは、道の途中の自販機で買ったドリンクをくれた。ドデカミンを選ぶあたりがキキらしい。もちろんありがたく頂きました。

 わたし達三人が朝からどこに向かっているのかといえば、事件捜査の本拠地である警視庁星奴署である。今回は呼ばれていないけれど、昨日川崎市で起きたあの事件によって、捜査に何か進展があったのか知りたかったのだ。言ってしまえば理由はそれだけなので、ろくな用事もなく警察署に顔を出す事に変わりはない。それ以前に、警察署に顔を出すこと自体がすでに異常事態だけど。

「まあ、わたしも夕べのニュースを見た時は、本当に驚いたけどね」と、あさひ。「わたし達が見たワゴン車とそっくりなやつが、県境を越えた先で爆発したっていうから」

「わたしもこれは予想外だったかなぁ」

「キキも? それこそ予想外ね。キキは想定済みだと思っていたのに」

「そこまで何もかもお見通しってわけじゃないから……。正直、犯人がこんな手段に出てくるとは予想していなかったよ。推理の軌道修正は必要ないだろうけど」

「そう。キキはその推理、きょう警察に話すの?」

 わたしも気になっていた。炭酸ドリンクをがぶ飲みしながら回答を待った。

「……まだ話さない」

「ぐふっ」突っ込もうとしたら炭酸ガスに阻まれた。「だからなんでよ」

「まだ推理だからだよ。目に見えている状況を辻褄が合うように繋げられる答えを、わたしはまだ一つしか思いついてない。他にもまだ答えがあるかもしれないのに、正しいかどうかわからない推理を話すのは、ちょっと……」

 キキは少し申し訳なさそうに言った。悪いとでも思っているのか。

 彼女は名探偵じゃない。多少閃きや観察力に優れていても、小説や漫画に出てくるような、自分の推理をあたかも真実であるかのように披露する名探偵とは違い、推理が事実と一致すると絶対の自信を持つまでは打ち明けないのだ。それは、無責任に推理と事実を混同させるような事態を避けたいという、一種の信念から来ているのだ。

 それでも……いや、本当は何一つ関係ないけれど、友達であるわたしに対しては話してもいいのではないかと思える。キキがどう思っているかは知らないが、少なくともわたしは、キキのそうした信条を理解しているつもりだ。キキが恐れているように、推理と事実をはき違える事は、キキが念を押してくれれば確実にやらかさないと自負している。

 これは、わたしがキキからそれほど信頼されていないという事だろうか。少なくとも推理に関しては、そうなのだろうか。

 心の中がどれほどぐるぐると迷っていても、両脚は真っすぐ目的地へ向かっていた。

 星奴署に到着して、窓口で刑事課の友永刑事を呼んでほしいと頼むと、窓口の女性はにこやかに応じて電話をかけた。ほどなくして、憔悴した友永刑事が階段を降りてきた。

「君たち、今度は直接聞き出しに来たわけか……」

「お疲れですね、友永刑事」

「そりゃあ、川崎での事件はこちらの耳にも入っているからね。目撃者の証言にあった特徴を備えたワゴン車が、他県で何の前触れもなく爆発を起こしたともなれば、嫌でも捜査員の目に留まる。おかげで捜査本部は混乱に陥っているよ」

 捜査する側に真相を見誤らせることをトリックと呼ぶ。昨日功輔はそう言っていた。捜査を混乱させて真相に到達しにくくしているという点では、これも立派なトリックなのかもしれない。

「いま抜け出して大丈夫でしたか?」と、あさひ。

「事前にもみじちゃんから連絡を受けていたから、用意は整えておいたんだ。炎上した車両の捜査情報については、別の班が川崎市警察部に行って入手してくる手筈だし」

「こんな事態だっていうのに、えらく動きが緩慢に見えるのですが……」

「指揮系統が乱れているせいで効率的に動けない状況なんだよ」友永刑事は少しムキになって言った。「とにかく、現時点で分かっている事を話すから、ついて来てくれ」

 友永刑事に連れられて、わたし達は前回見なかった刑事課のある三階に向かった。その途中であさひがわたしに耳打ちしてきた。

「何と言うか、正確な情報を得たいわたし達からすれば、友永刑事はいいカモだね」

「ネギまでは背負っていないけどね」笑って毒を吐くキキ。

「むしろセリの上で昼寝しているように見える」ついでに言ってみた。

誹風柳多留(はいふうやなぎだる)ですか」

「なにそれ?」

「君たち、聞こえているから」

 疲労困憊(こんぱい)のせいで言い返す気力もない友永刑事であった。まるで、セリと一緒に鍋に入れられる悪夢を見てうなされているカモみたいに、顔色が悪くなっていた。

 案内された場所は、捜査本部のある会議室の隣にある小会議室。話が終わったらなるべくすぐに本部へ戻るつもりみたいだ。中央に置かれたテーブルを、友永刑事と向かい合うように並んで座る。

「ニュースでも報じられていたけど、炎上した車内の後部座席から、男性二人の焼死体が発見された。爆発の影響で遺体は原型を留めていなかったけど、骨格から恐らく男性だろうと結論付けられた。あと、同じく後部座席の、燃え残っていたシートの隙間から、ブロンドの毛髪が見つかっている」

「金髪……それって、まさか」と、わたし。

「土波川に浮かんでいた車から見つかった毛髪と、DNAを照合する検査の結果はまだ出ていないが、恐らく同一のもので間違いないだろうね」

 ではやはり、川崎市で謎の爆発を起こしたワゴン車も、みかんの誘拐事件と関連があるのだろうか。今ひとつ繋がりが見出せないけれど……キキはどうだろうか。

「後部座席から、か……」

 一応真面目に考えているみたいで、わたしは少し安心した。

「捜査指揮担当の木嶋さんなんか、事前の考えが外れて頭を抱えているよ。あの人は、同じ車を二台用意しても意味はないって豪語していたからね」

「絵に描いたような凡庸な刑事ですね」と、あさひ。

「それ、間違っても本人の前で言っちゃ駄目だよ。プライドだけは人一倍だから」

「そんな人の下で働いているんですか?」

「巡査部長の給料じゃ安すぎるんじゃないですか」

「でも所轄署の刑事のプライドなんて知れたものだと思いますけど」

 畳みかけるようにきつい言葉を放たれて、友永刑事は流れを戻すべく咳払い。

「爆発の原因は現在調査中だけど、どうも爆弾の可能性が高いらしい。ガソリンが漏れていた形跡はなく、エンジン系統にも異常は見当たらなかったそうだ」

「つまり、あの爆発は意図して起こされたものであると?」と、あさひ。

「そういう事になるね。あと、爆発したワゴン車はレンタカーで、現在はレンタカー業者を調べているところだよ。多分もうすぐ判明すると思うけど……」

「土波川で見つかったワゴン車は、レンタカーじゃないのですか?」と、キキ。

「レンタカーだったらナンバーが『れ』か『わ』になっているから見れば分かるよ」

「あ、そうなんですか。よく見てなかったもので」

 キキは笑ってごまかした。追跡中にナンバーを確認しなかったわたしが言うのもなんだけど、それでよく独自調査をやろうと思ったものだ。

「で、どうなの? 何か確信できる事はあった?」

 わたしはキキに尋ねたが、うーんと唸るだけで答えてくれなかった。

「あさひはどう?」

「ついでみたいな扱いだな……。まあ、もし髪の毛が出て来なければ偶然の一致で片付けられたかもしれないけど、実際にはあったわけだからね」

 確かに、冷静に見てみれば、爆発したワゴン車と事件を結び付けているのは、実質的に髪の毛の存在だけだと言ってもいい。目撃証言と特徴が一致しているから、警察も少しは捜査をするだろうが、もし髪の毛が爆発で焼失してしまえば、ワゴン車と事件を結び付けるものは無くなってしまい、早々に終わらせてしまう可能性だってあった。

 という事は、あの爆発でシートの隙間の髪の毛が辛うじて残ったのは、犯人側も予想しないアクシデントだった可能性が高い。やはり犯行で使われたのだろうか。

「これも想像にすぎないけど……」と、キキ。「誘拐するのに似たような車を二台用意する意味はないって言っていた、木嶋って刑事さんは、髪の毛は捜査を攪乱するために犯人が無関係の車に入れたものだと考えるだろうね」

「あ、言いそう……」否定しない友永刑事。

「でもその考えは多分違うだろうね。髪の毛一本で捜査を攪乱するなら、わざわざ車を爆発させる必要なんてない。燃えて無くなれば全て無駄になるわけだし。まあ、こじつけが大好きな人なら、爆発の方こそ予想しない事故だと主張するだろうけどね。別の目的で用意していた爆弾が何かのはずみで誤爆したとか」

「それは……いくら何でも牽強付会(けんきょうふかい)が過ぎない?」

「そう考える人がいてもおかしくないって話だよ、もっちゃん。それでもわたしは賛同できないけどね。いま思い浮かんでいる推理に合致しないから」

 誤解の無いようにわたしから言わせてもらうが、キキはこのこじつけを否定しているのではなく、あくまで賛同できないと言っているだけだ。まだ自分の推理が事実を言い表している確証がない以上、否定する根拠にはできないのだ。

 あと、さりげなくもっちゃんと呼ぶのはやめろ。

「推理……?」事情を知らない友永刑事。

「わたしの推理に(のっと)れば、この事件では三台の車が必要になるはず。これで最後の一台が確認されたから、何一つ矛盾はなくなります」

 ちょっと待て。わたしはいま一度状況を整理してみた。

「ねえ、三台必要で最後の一台が確認されたって、どういう事? 事件に関係しそうな車は二台しか見つかってないと思うけど……」

 その答えが返ってくる前に、小会議室のドアが開いて紀伊刑事が現れた。

「友永さん、こんな所にいたんですか……あっ」

 紀伊刑事はわたし達の姿を見て、口をポカンと開けて固まった。

「…………なぜここにいる」

「ああ、気にしないで」友永刑事は話を逸らした。「それで?」

「え、ああ、そうでした。先ほど、例のワゴン車のレンタカー業者を特定しました」

「そうか。で、どうだった?」

「一応話は聞いてみたのですが、契約者はマスクとサングラスで顔は分からなくて、免許証の名前や住所も偽造されたものでした。直筆のサイン入りの書類はありますが……」

「サインの筆跡か。心許ないが、唯一物証と呼べそうなものだ。そこから契約者の素性を洗い出せば……」

「私もそう言ったのですが……」

 なぜか紀伊刑事は浮かない顔をしていた。妙に感じたらしい友永刑事。

「どうしたんだ?」

「木嶋さんが、『せっかく用意した車を逃走にも使わず燃やすなんて考えられない。恐らく無関係の車に髪の毛を仕込んだだけの、幼稚な攪乱だ』と言って、無駄骨に終わるから手を引くべきだと……」

「あっ……さいで」

 呆然として言葉を失った友永刑事。キキの想定通りの展開となった。

「何と言うか、本当に予測を裏切らない人だね」と、キキ。「ここまで予想通りだと逆に気持ちいいや」

「でも、不審なものが見つかったなら、とりあえず調べてみるべきでは?」

「私もそう言ったわよ」わたしの指摘に苛立ちながら答えた。「でも、被害者の早期救出が最優先なんだから、余計な捜査に時間を割いている場合じゃないって言われたわ。何が被害者の早期救出よ。久々の重大事件だから、汚名返上しようと躍起になっているだけのくせに」

 部下からの信頼がなさすぎるだろ、上司木嶋。

「あの……」あさひが口を開いた。「ネコの遺体が見つかった廃屋で、十四年前に起きた殺人事件……もうすでに再捜査は始めたんですか?」

「いいえ」紀伊刑事はかぶりを振った。「今は誘拐事件の捜査に人手が割かれていて、ほとんど進んでいないわ。元から進んでいないようなものだけど」

「紀伊くん。僕は気にしないけど、身内の情けなさを(さら)すような言い方は慎みなさい」

 説得力に欠ける忠告だなぁ。ところで、なぜあさひは今その話を? わたしがそう尋ねると、あさひは目を伏せながら言った。

「うん……昨日の美衣の言葉が気になってね、十四年前の事件の事を少し調べてみたの。あの子が何か意味ありげな事を言っていた、その理由が分かった」

「どういうこと?」

「……その事件の被害者、つまり殺されてあの廃屋に放置された人の名前は、当時二十八歳の会社員、篠原(しのはら)龍一(りゅういち)。……さそりの父親よ」

「「さそりの?」」

 わたしとキキは揃って声を上げた。そこであいつの名前が出てくるなんて……。

「知っているのかい?」と、友永刑事。

「知ってるも何も、さそりは、わたし達の友達の一人ですよ」

「そうなのかい?」友永刑事も瞠目した。「これはまたすごい偶然だね……」

 篠原さそりは、隣の門間町に住んでいる中学一年生の女の子だ。学区の関係で小学校まではわたしやキキと同じだったが、中学校は門間町の学校に通っている。学年も住む町も違うけれど、今でも一緒に出掛けたりする仲だ。

 友人であるみかんが誘拐された事件と関係している場所が、同じく友人であるさそりの父親が殺された現場だった。これは本当に偶然なのだろうか。もちろん、わたし達の友人が絡んでいるという以上の繋がりはないのだけど。

 ……と、ここまで書いておかしな事に気づいただろうか。

「ただ一つ気になるのは、さそりは現在十三歳で、事件当時は生まれていないという事になるのよね。この不一致はどのように見るべきか……」

「どのように見るまでもないと思うけど」と、わたし。「さそりのお父さんは、さそりが生まれる前に亡くなっていて、その後に母親の妊娠が分かったって、さそり本人が言ってたはずだけど」

「えっ、そうなの?」あさひは頓狂な声を上げた。

「わたしも知ってたよ」手を挙げるキキ。「むしろあっちゃんが知らなかったという事自体、いま初めて知ったけど」

「あれだね、その話がさそりの口から語られた時、みかんや美衣と一緒に学校から帰る途中だったけど、あさひだけ風邪をひいて欠席していたから……」

「わたし抜きでその話をして、そしてわたしに伝えることを忘れたってわけね。一人置いてきぼりを食らっていたとは……」あさひの顔に陰が差す。「あんた達ならともかく、みかんまで話してくれないってどういう事……?」

「あーあ、あっちゃんがいじけちゃったよ」

「というか、嘆いているようにも見えるな」

 とりあえず話を戻すか。わたしはあさひの肩をポンポンと叩いて言った。

「まあまあ。それより、さそりのお父さんの事件は、今回の誘拐事件と何か関係がありそうなの?」

「なさそうだったよ」

「まじかい」話題に上らせるだけ無駄じゃねぇか。

「ただ……美衣のあの意味深なセリフを考慮すると、少々勘繰りたくなるのよね。もし何か関わりがあるなら、深入りするのが危険になるようなものが……考え過ぎかもしれないけどね」

 あさひは肩をすくめた。しかし、もし本当にそうなら、わたし達の身近に二つの事件の種があるという事になるのでは。少しだけ恐くなって来るな。

「それにしても、さそりのお父さんが亡くなっていたとは聞いていたけど、まさか殺されていたなんて……」と、キキ。

「さそりからすれば、あまり突っ込んでほしくないポイントだったのかも」

「まあ、誰にだって話す事が躊躇われる事情はあるよね。知ってしまったら話は違ってくるだろうけど」

 キキは少し興味が引かれたみたいだが、今はみかんの事件に集中してほしいものだ。

 ところで、わたし達だけでこの話をしている間、友永刑事は表情筋をひくひくと痙攣(けいれん)させていた。何か予感を抱いて戦々恐々としていたのだ。

「どうかしましたか?」紀伊刑事が心配になって尋ねた。

「いや……友人が関係しているというだけで首を突っ込んでくるなら、飽き足らずこの事件にも積極的に関わってくるのではないかと思うと……」

「ああ、その可能性は十分にありますね。どうします? 今のうちに釘を刺しておきますか?」

「それはもっと厄介だ。跳ね返されて釘がこっちに飛んできそうだ」

「例えの意味が分かりません」

「あっ、お前らここにいたのか!」

 突然ドアが開け放たれ、細面でオールバックの男性が現れた。その風貌からも横柄な性格が垣間見えた気がした。

「何をしている。さっさと持ち場に戻れ! ……誰だ、このガキ共は」

 はい、もうこの時点で嫌いな人物に決定。初対面でそんな言い方をされれば、ねぇ。

「事件の目撃者ですよ。被害者の友人の」説明する友永刑事。

「ああ、こいつらが……てか、聴取はもう済んだはずだろう。なぜここにいる」

「彼女たちも我々の捜査に協力してくれるそうです。友人が誘拐されたというのに、黙って指をくわえて待っていることは出来ないそうで」

「俺としては黙って指をくわえて待ってもらいたいものだがな」

 ああ、この人が木嶋という上司か。友永刑事や紀伊刑事から聞いた特徴を全て兼ね備えているから、間違いない。自尊心の強い人が相手では、事態を混乱させるだけだろう。ここは無言で立ち去るのが得策……。

「あの、川崎市で爆破されたレンタカーの事は、調べなくていいんですか?」

 なんて普通の考え方をキキはしない。恐れを知ることなくキキは木嶋に尋ねた。

「……なんでその事をお前が知っている」

 睨みつける木嶋に、紀伊刑事が諫言を試みた。

「いやいや、とっくにマスコミが報じていますって」

「マスコミがどう言おうと勝手だが、あれはどうせ陽動だ。空振りに終わると分かっている事を調べるなど、時間と税金の無駄だ」

 あんたの存在自体が一番の税金の無駄……とはさすがに言わない。

「でも、空振りになるかどうかは、それこそ調べてみないと」友永刑事が言う。「同じ車を二台用意する理由が、犯人側にある可能性は否定できませんし」

「そんな可能性、あって無きに等しいものだろう。何も出なかったらどうする」

 あくまで必要ないと言い張る木嶋に、キキは微笑みながら告げた。

「可能性を一つ一つ潰していくからこそ、調査する価値があるはずですよ。自分の想像が外れることを怖がっていたら、いつまでも真実には辿り着けないと思います」

「ガキが偉そうに口出しするな!」木嶋は唾を飛ばしながら言った。「それとも、お前が犯人を捕まえてくれるとでも言うのか?」

「捕まえる権限を持っているのは警察と検察だけのはずですけど……」

 真っ当な返答を予測していなかったのだろう。木嶋は言葉を詰まらせた。

「まあ、犯人を特定できるかどうかは、純粋に警察の能力次第だと思います。一般人のわたしに出来るのは、可能な限り矛盾のない推理を組み立てて、それを可能性の一つとして警察に進言することだけですからね」

「推理だと……?」

「木嶋さん」友永刑事が言う。「彼女は独自に調査をしていて、可能性の高い推理を組み立てたようなんです。今回のワゴン車の爆発も、その推理にうまく適合していると」

「くだらん」木嶋は友永刑事の言葉を一蹴した。「いいか。推理なんて言うのは、所詮頭の中だけで組み立てた妄想に過ぎん。いくら推理に適合すると言っても、自分の予断に合わせて都合のいい解釈を重ねるのは、愚か者のする事だ」

 それって思い切りあんたがやっている事じゃないか……自分で自分の事を愚か者だと言っているようなものだろうに。

「いやあ、絵に描いたような頑迷不霊(がんめいふれい)ぶりだね」あさひは正直に言った。「ねえ、友永刑事がカモだとしたら、あの木嶋って刑事はどんな鳥になるかな」

「まだ続いていたの? ていうか、鳥でたとえないとダメなの?」

「アホウドリはどう?」と、キキ。

「直接アホウと言うんじゃないよ」

「第一、アホウドリは人間を警戒しなくてすぐに捕まるからそう名付けられたわけで、捕まえる側の人間を比喩するにはふさわしくないと思うよ」

「あ、そっか」

 そういう問題なのか? 天然のキキは簡単に納得したけど。ちなみに関係ないが、アホウドリは特別天然記念物です。

「あの人はニワトリで十分じゃない?」結局あさひが提案した。「トリ頭だし、高く飛べそうにないし、何より男性だし」

「ああ、オスのニワトリだから、卵も残せず食い物にされるだけの運命ってわけ?」

「おっ、うまいな」思わず感心したわたし。

「鶏肉だけに」

 三人で笑い合う。否、笑っている場合ではないのだけど。みかんがどうなっているか分からないというのに、会ってすぐに嫌いになった刑事を馬鹿にして笑ってはいられない。

「おい」木嶋が怒気を込めて言う。「このガキ共さっさとつまみ出せ」

「いいえ、何事もなかったように連れ出します」

 友永刑事にとっては、身勝手な上司よりわたし達の方が恐ろしいらしい。

「さあ、もう僕からの話は終わりだから、今日は一旦帰ってくれるかな」

「レンタカーの件、調べないなら別に構いませんけど」

「会話が全く噛み合わないね……」

 多分、話が終わったと聞いた時点で、話を合わせる必要が無くなったとキキは判断したのだろう。すでに友永刑事の存在はキキの眼中にない。

「ただ、皆さんが本気で事件を解決したいなら、鈴本柑二郎さんから目を離さない方がいいですよ」

 キキは真剣な顔つきで言った。三人の刑事たちは一様に戸惑いを見せた。

「被害者の父親から……? どういう事だい?」

「意味なんかない。所詮はガキのたわ言だ」案の定、木嶋は相手にしない。「目障りだ。さっさと出て行かないとこっちからつまみ出すぞ!」

「分かりました。出て行きます」

 あっさり答えるキキ。さっきから大人たちはキキのペースに振り回されてばかりだ。

「さ、行こう」

 キキに促されて、わたしとあさひも椅子から立ち上がり、一緒に小会議室のドアに向かった。呆然と立ち尽くす刑事たちの脇を通り過ぎる。

「あ、そうだ。言い忘れていたことが」

 廊下に出る寸前、友永刑事に呼び止められた。

「キキちゃん。高村という名前に聞き覚えがないかい?」

「高村、ですか? さあ……高村朔太郎ですか?」

「高村光太郎と萩原朔太郎が混ざってるから」すかさず突っ込むわたし。

「ああ、ごめん。紛らわしいよね」

「キキ、とりあえず両名に謝れ。で、高村って人が何か?」

「え、ああ……」突如始まったコントに困惑していた友永刑事。「今回の事件で本庁から派遣されてきた警部が高村なんだけど、その人がどうもキキちゃんのことを知っているみたいなんだ」

「そうなんですか?」キキは首をかしげた。「覚えがないなぁ……本庁の警部なら多分、おじさんって感じですよね。高村という名前のおじさん……分かんないなぁ」

「君ね……仮にも本庁のお偉いさんをおじさんと連呼するんじゃないよ」

「それより、出て行くならさっさと出て行け」

 木嶋はすでに我慢の限界のようだ。噴火する前に早く避難しよう。

 廊下に出ると、突然キキは立ち止まって振り返る。そして、ピッと人差し指を木嶋に向けて言い放つ。

「木嶋さん、ですね。その顔しっかり覚えました」

 動揺して頬を引きつらせる木嶋に、キキはこれ以上の興味を示さなかった。最後の最後まで大人たちを振り回した挙句、悠然とその場を去って行く。

 まあ、あれだ。わたしも木嶋にひとこと言い残した。

「御愁傷様」

 ついでにあさひもひとこと言い残した。

「Good luck」

 そうして三人で揃ってその場を去る。フォローする気など微塵もない。

 わたし達がいなくなった後で、友永刑事はこう呟いたそうだ。

「……敵に回したくない子供達だ」

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