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DEAD LINE~悪魔の刻限~  作者: 深井陽介
第一章 長く長い誘拐の軌跡
11/47

その11 潜入捜査

 <11>


 わたし達は再びみかんの家の近くまでやって来た。

 正確に言うとみかんの家の敷地の裏手……つまり追走していたわたしが大量の鉄パイプの攻撃を受けた場所である。攻撃と言うほど派手なものではないけれど。その鉄パイプはすでに警察が残らず押収していて、ここにはない。

 休日の昼前の時間帯、住宅地に通りかかる人の影はあまりない。

「もみじ」あさひが尋ねる。「あの鉄パイプに関して、何か情報はなかったのか?」

「友永刑事から? いいや、今のところは何も掴めていないって」

 わたしはかぶりを振った。ただしこれは昨日の時点での話だ。今日になって新たな手掛かりが掴めたという可能性は……恐らくない。あれば友永刑事が知らせるはずだ。

 犯人が残していった唯一の証拠品が警察の手中にある以上、ここをいつまで調べても意味はないかもしれない。すでにキキは、ここで起きた事の見当がついている。キキは何も言わないけれど、ここに来たのは恐らく、その推理の最終確認のためだ。

「うーん……」辺りを見回しながら唸るキキ。

「どう?」

「あそこの丁字路、カーブミラーじゃなくてコーナーミラーがあるだけなんだ」

「あの小さくて四角いミラー? 自転車の接近とかは気づきにくいかもね」

「うーん、この状況は割と都合がいいけど、これだけじゃ……」

 この状況でも、キキは自分の推理を語ろうとしない。無理やり話すようにせがむのも気が引けるし、どうしたらいいものか……。

「ねえ、警察は犯人を見つける手立てを得られているのかな」

 とりあえず話題を作ってみると、キキは乗ってくれた。

「そうだね。どうもこの事件の犯人は、狡猾な上に慎重な性格みたい。そして、誘拐によって大金を入手できると確信している。……そんな人物を、柑二郎さんの身近から探すんじゃないかな。犯人からの接触が期待できないと分かったら」

「みかんのお父さんの身近に、犯人がいるって事?」

「少なくとも警察はそうすると思うよ。わたしはしないけど」

 そもそも同じ事はできないし、キキは警察と完全に違う方法で真相に迫るつもりだ。

「色々考えてみたんだけどね、計画的な誘拐は、やろうと思ってもそう簡単にできるものじゃないと思うんだよ。友永刑事も言ってたけど、下調べは徹底してやらないと、どこかで馬脚を現す事になりかねない。でも、その下調べの段階で怪しげな行動をとって、それが他の誰かに見られる可能性は十分にあるでしょう?」

「まあ、確かにね」

「だったら、最初からターゲットの素性が自然と耳に入る環境にあれば、その危険も労力も半減すると思わない?」

 柑二郎の身近に犯人が、というのはそういう事か。もしや、キキも同じ事を?

「だけど……やっぱり引っ掛かるよね」

「犯人の行動が?」と、あさひ。

「うん……趣味嗜好に人間関係、防犯状況まで徹底的に調べた上で誘拐しておきながら、何一つアクションを起こさず、むしろ様々な痕跡を警察に見せている。誘拐するまでと誘拐した後で、あまりに行動に落差があり過ぎる」

 確かに、現在までに色々犯行の痕跡は見つかっているけれど、思い返してみれば、どれも防ごうと思えば防ぐことのできたミスばかりだ。土波川で見つかったワゴン車に関しては、警察に見つけさせるために川へ落としたようにしか見えない。

 まるで、自分たちに追いつけるものなら追いついてみろ、という感じに挑発しているみたいだ。それでもここまであからさまに証拠を残すだろうか……。

「うーん……ここは警察が粗方調べ尽くしただろうし、これ以上の手掛かりは見つからないかもしれないなぁ。やっぱりここは、みかんの家の中で調査をしよう」

 本当に思いつきだけで行動する奴だな。こいつに任せて大丈夫だろうか。

「あのさ、まだ家の中には、犯人からの連絡を待っている捜査員がいて、すごくピリピリした状況になっているよ。入れてもらえるとはとても思えないよ。まして家の中を動き回って調査なんて……」

「大丈夫だよ。もう警察とは関わりを持っているわけだから」

「関わりを持った結果、その警察から白い目で見られているんでしょうが」

 ちぇー、と言いながら口を尖らせるキキ。一昨日の時点で、わたし達が歓迎されていない事は容易に察する事ができただろうに……基本的に空気の読めないキキである。

 とはいえ、キキがここまで言うからには、家の中を調べれば新たな手掛かりを見つけられる可能性は高いのだろう。警察の捜査でも盲点になっているに違いない。それを指摘したところで、友永刑事以外に聞き入れてくれる人がいるか、(はなは)だ怪しいところだが。

 途方に暮れていると、聞き覚えのある幼い声が聞こえてきた。

「おねえちゃんたち、どうしたのー?」

「どうしたのー?」

 昨日に引き続き、みかんの妹の双子コンビが現れた。今日は保育園も休みなのか、ペアルックの私服姿だった。仲の良さがよく分かるわ。

「いやあ、ちょっと……」どう答えればいい?

「そういえば、きのうはクロのおさんぽにいってくれて、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 揃って頭を下げる双子。可愛いなぁ。わたしもこんな妹が欲しいな。

 すると、キキが柔らかな笑みを浮かべて、しゃがんで目の高さを合わせた。何か企んでいると、わたしは直感した。

「いちごちゃんとりんごちゃん。ここで何してたの?」

「おともだちのかなこちゃんちにいってたのー」

「おうちにかえろうとしたら、おねえちゃんたちをみつけたのー」

「そっかぁ。実はわたし達、二人のおうちに入りたいんだけど、恐いおじさんがたくさんいて入れないの。なんとかならないかなぁ?」

 調子のいい事を。十歳くらいも歳が上の奴が、あやすような声で幼児に頼むことか。

「だったらうらぐちからはいるといいよ」

「こっちにおいでー」

 双子がそう言って向かったのは、目と鼻の先にある細い路地。どうやらここにマンホールの出入り口があるようで、塀と塀の間が開けられていたのだ。細いと言っても、マンホールから下水道に作業員が入るのだから、人間二人が並んで通れるほどの余裕はある。

 双子が案内した先には、三メートル以上はあると思われる高いブロック塀。位置的にこの塀の向こうにみかんの家の敷地がある。その塀の下の部分に、一メートル四方の木の板が(しつら)えられていた。もしかして……。

 その板が開き戸みたいに手前に動かされた時、そこにあるはずのブロックはすっぽり抜けており、鈴本家の庭が見通せた。開き戸みたい、じゃない。そのまま扉だった。

「「どうぞおはいりください」」

 双子に促されて、わたし達は無言でブロック塀の穴をくぐり抜けた。三人とも無意識のうちに、何も言わずに従った方が得策だと感じたのだろう。それにしても、こんなあからさまな木の扉がよく見つからなかったな。

 後で判明した事だが、この扉の仕掛けはみかんの仕業らしい。双子もつい最近に存在を知ったらしいが、本人たちいわく父親には内緒だそうだ。

 さて、双子コンビの案内によって裏口から屋敷の中に入り、一昨日もお邪魔した双子の部屋に通された。五歳児でも家の人の許可があったとはいえ、他の誰にも言わずに他人の家に上がりこむのはやはり後ろめたい……。

「ところで、みなさんはどんなごようで?」

「どんなごようで?」

 二人で同じフレーズを重ねて言うのはこの子たちのデフォルト設定なのか?

「えっと……ねえ、お父さんは今どこにいるの?」

 代表してキキが訊いた。わたしとあさひは見ている事しかできない。

「「かいしゃだよ」」

「お仕事かぁ。じゃあ、最近お父さんに変わった所はなかった?」

「「かわったところ?」」

「いつもはやらないような事をしているとか、いつもは言わない事を言ったとか」

「そういえばまえに……」

「うん、まえに……」

 双子はお互いを見ながら言った。

「おとうさん、かみとペンつかってしごとしていたの」

「紙とペン? いつもは使っていないの?」

「うん。いつもは『ぱちょこん』つかっているから」

「そうそう、いつもは『ぱちょこん』だよ」

 ……ほっこりさせるなぁ、この五歳児。将来が楽しみになってくる。見るとあさひも癒されたような表情をしていた。例外はキキ一人だけだ。

「紙とペン、か……」

「それより、おねえちゃんはどうしたの?」

「おねえちゃん、おとといからぜんぜんかえってこないよ」

 キキが表情を固まらせた。その質問が来る事を恐れていたのだろうか。

 多分この二人は、みかんがどこかに出掛けたとしか聞かされていないのだろう。実の姉が誘拐されたという事実は、五歳の子供にはあまりにショックが大きすぎるのだ。何も知らない二人に、どんな説明をすればいいだろうか。

「…………お」キキは重い口を開いた。「お姉ちゃんはね、学校で急に外せない用事が出来てしまって……忙しいから、まだ帰ることは出来ないって」

「「そうなんだ……」」

「でもね、ちゃんと帰ってくるから。心配しなくても大丈夫だよ」

 キキがそう言うと、双子は沈んでいた表情がぱっと明るくなった。嬉しくてはしゃいでいる双子の前で、キキは震える二の腕を押さえつけていた。

 自らの手で退路を断った、その瞬間だ。もう後戻りはできない。何が何でもみかんを無事に救い出すしかなくなったのだ。

「キキ……」

 恐らく非常な重圧を抱え込んでいるキキの肩に、わたしは手を載せた。

「うん、大丈夫……わたしは諦めないから」

 そう言ってキキは深呼吸をすると、もう一度双子に向き直った。

「ねえ、二人とも。もう一つ訊いてもいい?」

「「なあに?」」

「お父さんが、予定とかを書き込んでいるカレンダーとか手帳とか、あるかな?」

「それなら、おとうさんのしごとべやにあるよ」

「こっちだよー」

 二人はまたとことこと駆けていく。柑二郎氏の書斎も二階にあるらしいので、とりあえず移動中に捜査員に見つかる事はなさそうだ。

 それにしても、キキは何を考えているのだろう……?

 その書斎は、壁を埋め尽くすように本棚が置かれて、窓の近くに机、中央に応接用のソファーが置かれている。カレンダーは窓側の壁の、本棚が置かれていないスペースに架けられていた。

 ……冷静に部屋の状況を説明できる心境ではない。案内してくれた双子コンビの部屋ならまだいいが、書斎の主に一切の許可を得ずに踏み込むのはやはり後ろめたい。心臓が嫌な音を立てている。それならキキだけ入れて自分は入らなければいいが、親友としてそんな冷たい真似はできない。

 そんなわたしの内心の苦悩をよそに、キキは躊躇なく書斎に入り込む。

「うわあ……カレンダー真っ黒だよ。ほぼ全ての日付に予定がぎっしり」

 キキはカレンダーに顔を近づけて告げた。あさひが腕組みをして頷いた。

「さすが、年商数十億の企業の代表取締役ね。これじゃあ、五歳の娘二人に構っている余裕なんて、ほとんどなさそう」

「構ってもらえないという点では、多分みかんも同様だと思うけどね」

 何しろ、みかんの口から父親の話が出てきたのは数えるほどしかない。

 カレンダーはダブルリング綴じなので、今年の分のページは全て残されている。キキは一月から順番にめくって中身を調べているけれど、この大量の書き込みの一つ一つを慎重に吟味できるとは思えない。直感に従って怪しいと思える箇所を探しているのだ。

 キキの場合、その直感はなかなか馬鹿にできない。

「ん?」キキのページをめくる手は七月で止まった。「七月二十五日の欄に、流成(るせい)大附病院って書いてある。ねえ、お父さんは夏頃に病院に行ったの?」

 双子コンビは同時に「うん」と頷いた。

「それ、たぶん『けんこうしんだん』だとおもうよ。にんげんどっく」

「はるにもいったはずだよ。にんげんどっく」

 人間ドックの響きがそんなに気に入っているのだろうか。硫酸バリウムの一気飲みで苦労する人が後を絶たず、帰って来れば半死半生の様相を呈するのがお約束、そんな現実を知ったらどんな気分になるのかな。

「でもさ、どっくってワンちゃんのことだよね」

「なんでにんげんがいぬになっちゃうんだろうね」

「ねえ? わたしも不思議に思ってるんだよ」

 キキまで五歳児の疑問に同調してどうする。これは以前に気になって自分で調べた事だが、ドックとは船の修理・点検のための設備のことで、人間の健康診断を船の検査にたとえて命名されたそうだ。第一、犬であれば『ドッグ』になるはずだ。

「さて、ちょっとこの事を調べてもらおうかな」

 そう言ってキキは携帯を取り出し、どこかへ電話を試みた。

「あ、美衣? さっそくで悪いけど、ちょっと調べてほしい事があるんだ。これから流成大附属病院に行って、七月二十五日にみかんのお父さんが受けた人間ドックの担当医師の事を調べてほしいの。話を聞き出すだけでいいから。名前は鈴本柑二郎ね」

 この無茶が過ぎる頼みに対して、美衣がどんな返答をするのか気になって、わたしはキキの携帯に耳を近づけた。ため息の後に聞こえた第一声。

「バァ―――――カ」

 そして後続のセリフもなしに通話は切られた。キキは半泣きの表情に。

「うっ……美衣の声と口調で言われると、ものすごく傷つく……」

 あの子に頼みごとをするのは友人でも難しいのである。

 十秒ほどで回復したキキは、今度は机の引き出しを調べ始めた。これはさすがに、見つかった時のダメージが大きすぎる……。

「もっちゃんとあっちゃんは部屋の外を見張っていて。一分で終わらせるから」

「へーい」

 あさひはあっさりと従った。もうこの状況に慣れたらしい。

 しかし、これは見張りの効果が薄すぎないか。誰かが来たとして、この書斎では逃げ道が全くない。それにわたしも、その時になって冷静に行動できるとは限らない。キキもずいぶん面倒な役回りを押し付けてくれる。

 まあ、それで彼女を嫌うことになるかといえばそんな事はない。

「ん? これって……」

 宣言通り一分で何かを見つけたキキ。わたしは見張りをあさひに任せて、キキが見つけた一枚の書類を見せてもらった。

 それは、DNA親子鑑定の診断書だった。専門的で難解な記述を除外して要約すると、サンプルAとサンプルBに親子関係が認められる、という内容だ。誰のDNAサンプルなのか、名前は書かれていなかった。

「なんでこんなものが、みかんのお父さんの机に……?」

「とりあえず、持って行くわけにもいかないから写真だけ撮ろう」

 キキは書類を机に置き、携帯で撮影した。

「えっと、この書類が作成されたのは九月の十三日……あれ?」

 キキはもう一度壁際のカレンダーをめくり始めた。一番下のページ、つまり九月のページを開いた。やっぱり内容を覚えていたのか……?

「九月二日と、九月十四日に、小早川(こばやかわ)と書かれてある……この日に会っていたのかな。ねえ、もう一つ訊いていい?」

 キキはまた双子コンビに顔を向けた。

「二人のお父さんがこの間、紙とペンで何かを書いていたそうだけど、それっていつの事か分かる?」

「たしか……せんしゅうだったよね」

「そうそう、プリズムせんしがテレビでやってたひだよ」

『プリズム戦士』は今年の秋クールで放送開始した、少女向けのアニメだ。東京で放送されるのは木曜日の夕方だ。

「一週間か……精神的余裕を与えないという点では、申し分ない設定かな」

「どういうこと?」

 キキの呟きの意味が分からない。わたしの問いかけにキキは答えなかった。

「あっちゃん、もうしばらく廊下を見張っていてくれない?」

「へいへい」

 あさひはあっさり応じた。反駁(はんばく)を諦めているだけにも見えるが……。

 キキは再び机の引き出しを漁り始めた。はたから見れば完全に空き巣の家探しだけど、キキの表情から焦燥や強欲は微塵も見えない。常に真顔、要は好奇心旺盛なだけだ。

 机だけでは飽き足らず壁の書棚まで探し始めた。一応、好奇心から来る衝動に抑制は利くらしく、本やファイルの間とか、書棚の奥を探すだけに留めていた。それでも家探しにしか見えない行動であることに変わりはなく、見ているわたしはずっとびくびくしていた。双子コンビなどは、何が起きたのか分からず呆然としている。

 一通り捜索を終えたけれども、キキは目的のものを見つけられなかったようだ。

「キキ、もしかして、みかんのお父さんの直筆の書類を探しているの?」

「うん。それが見つかれば手掛かりになると思うんだ。まだ想像に過ぎないけど、多分それはみかんだけが見つけられる場所にあるのかも。この書斎にないのなら、その可能性が高いかな」

 どうしてそういう発想に至ったのか、そこまでは説明してくれない。

「他の誰でもなく、みかんだけが確実に触れる場所……あっ、もしかして」

 キキは何らかの閃きを得て、しばらくそのまま固まっていた。ここからどう動くか決めようとしているみたいだ。

 やがてキキは顔を上げた。

「そろそろ帰ろう。いちごちゃんにりんごちゃん、もう一度裏口に案内してくれない?」

 双子は揃って頷いた。信頼は積み上げるまでが長く壊れるのは一瞬、とはよく言ったものだが、キキが信頼を築くまでは一日で事足りるらしい。羨ましいが呆れてしまう。

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