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DEAD LINE~悪魔の刻限~  作者: 深井陽介
第一章 長く長い誘拐の軌跡
1/47

その1 何気ない日常

初投稿作品です。

この作品の原型は五年以上前に作っていましたが、ほぼ違う話になりました。

展望としてはこの先かなり長く続くかもしれません。あ、この『DEAD LINE』自体はおそらく四十話ほどで完結します。それでも長いか……。まあ、辛抱強くお付き合いくだされば幸いです。

何気にハイスペックな女子中学生の活躍、どうぞお楽しみください。

ちなみに、作中における主要人物の言動の一部は、実際に行うと軽犯罪に該当する可能性があります。この物語はあくまでフィクションなので、決して真似しないでください。

 <1>


『吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ』


 秋というのは寂しさをひときわ強く感じる季節だという。百人一首にも収められている文屋康秀(ふんやのやすひで)の歌の一つを、わたしは不意に想起する。朝方まで降り続いた弱い雨は止んだものの、吹きつける風は今なお冷たく湿り気を帯びている。時間の流れは止めようがなく、遠くに見える木々の色鮮やかさも無情に褪せてゆく。見慣れた秋の光景。

 わたし、坂井もみじは、私立四ツ橋(よつばし)学園中学校二年D組の教室の窓から、一人外を眺めて物思いに耽っていた。正直に言おう。わたしは自分で自分のことをセンティメンタルな性格だとは思っていない。そんなわたしがなぜ、学校の教室の窓から一人外を眺めて、似合いもしない感傷に浸っているのかと言うと……退屈だからである。

 ついでに言うなら、わたしは秋が嫌いである。もみじという名前のくせに、と思った読者諸君よ、わたしが秋を嫌っている理由は、まさにその名前にあるのだ。

「むっ」

 まただ。風に舞う紅葉がわたしの顔に当たったのだ。

 神様のいたずらという言葉を聞いた事があるだろうか。わたしの場合、そのいたずらは大抵秋にやってくる。小学校の時から、二学期に席替えを行えば必ず窓際に配置され、窓を開ければ毎回一度は紅葉が飛んできて顔に当たる。地味に嫌ないたずらだ。

 加えて、何度から顔から剥がして放り投げても、紅葉はまた戻ってきて顔に当たる。いつもその繰り返しだ。そのうち上半身が枯れ葉で覆われるのではないかと思える。

 それだけならまだいいのだ。面倒だと思ったら窓を閉めればいいのだから。問題は、わたしのこの地味な惨状を、同級生の馬鹿な男子共が毎回似たようなフレーズで囃し立ててくることにあるのだ。

「紅葉がもみじに当たったぞぉ!」

 そして、わたしが恨みのこもった目で睨み返すと、彼らは揃って頬を引きつらせながら距離を置く。これも毎回のこと。懲りるという事を知らないのか。

 毎年こんな目に遭っているので、わたしは秋が嫌いなのだ。この時期になると、こんな名前を付けた両親への恨みが募る。

 まあ、そんな恨みも雪の季節になれば、綺麗に忘れるのだけど。


 十月も終盤に入ったある木曜日。放課後になり、わたしは校舎から真っ直ぐ校門に向かって歩いていた。家に帰ったら何をしようか、思案を巡らす。

 ……巡らせるまでもなかった。宿題以外、やることはない。

「おっ、もみじ。これから部活か?」

 同じクラスの男子生徒が、手を振りながら向こうからやって来た。

 外山(とやま)功輔(こうすけ)。わたしとは家が近所の幼馴染みで、男女の隔てなく一緒に遊んだ仲だ。けれどそれも小学校低学年までのことで、知り合い以上の付き合いはないとわたしは思っている。功輔がどう思っているかは知らないが……。

「今日は貴重なお休み。帰って暇を持て余す」

「勉強しろよ」功輔は短く突っ込んだ。「そういや、剣道部も大きな大会が終わって、もうそろそろ引き継ぎの時期だよな。部長とかどうなるんだ?」

「さてねぇ……わたしは事務仕事なんて不得手だし、先輩方から統率が上手いと言われた人が、自然と部長になるんじゃないかな」

「まあ、そういうもんだからな」

「次の交流試合が来年の冬にあるから、そこが新部長のデビュー戦になるね」

「まさに束の間の休息だな」

 その通り。大会が終わってたまに休みの日が与えられるけれど、そんなものは長く続かない。特に三年生の中には、男子ですら恐れをなす厳しい女子生徒がいる。休んだ分の反動でよりハードな練習が待っている、その可能性は十分にあるのだ。

「功輔はこれからサッカー部に行くの?」

「おう。次の試合じゃスタメン出場が決まっているから、気は抜けないんだ」

 功輔は毎日のように野外でサッカーの練習をしているせいか、幼少期と違いきつね色の肌の立派なスポーツ少年の容貌となっている。飾らない気さくな性格も相まって、女子からの人気もそれなりにあるらしいが、告白をされたという話は聞いた事がない。わたしが興味を示さないだけかもしれないが。

「ふうん。頑張りなよ。わたしもどこかで応援するから」

「微妙に嬉しくない激励だなぁ……それより、一人で帰るのか? タイミングが合えば一緒に帰ってもよかったんだけど、ちょっと残念だったな」

 功輔とは家が近いから、たまに一緒に帰ることもあるのだけど、その時間を特に貴重だと思ったことはない。だから、

「…………別に」

「あっそ」

 功輔は心底つまらなそうな表情で視線を逸らした。そんなにわたしと帰れないのが残念か。普段からサッカー部の連中と帰ることもあるだろうに。

「今日は学外の友達と待ち合わせる予定だから。一人じゃないのでご安心を」

「別にお前が一人で帰る事が危ないだなんて思ってないけど」

「おいコラ。言い方ってものがあるだろ。あえて否定はしないけど」

「元から否定の余地がないからな」

 本当に、昔からわたしに対しては口の減らない奴だ。言い返すのも馬鹿らしい気がして、わたしは功輔の反応を無視して通り過ぎる。

「ていうか、学外の友達って?」

 今になってそこに引っ掛かるか。わたしは振り向きざまに言った。

「……功輔の知らない友達」

 そして、放心状態の功輔を放置して、わたしは学校を後にした。幼馴染みだからと言って、自分の身上を何でも話すいわれはない。

 そう、人には誰しも、仲のいい友人にだって明かさない秘密があるのだ。

 わたしの場合、いつまでも隠し通すほど重大な秘密などないけど。

 学校から自宅への最短ルートを外れて、わたしは星奴町(せいぬちょう)内を流れる丸丹(まるたん)川沿いの土手に出た。ここで会う予定の学外の友人は、この土手のどこかで待ち合わせようとメール一本で伝えてきた。川の土手が何キロメートルに及ぶと思っているのか。

 多分、歩いているうちにどこかで鉢合わせるのだろう。とはいえ、橋梁の近くを除いてどこも見通しがよく、こんな所で一人ぽつんと待っていたら相当に目立つはずだ。その程度の事は(いと)わないのが、我が友人の性向なのだ。

 雨が上がったばかりのため、アスファルトの地面は少し湿っている。濡れた道路からは独特のにおいが漂うけれど、わたしはそのにおいが割と嫌いじゃない。十月も終わりに近づけば日の入りの頃合いも早く、千切れた雲が流れる空も落暉(らっき)が朱に染めていた。

 ……あ、誰かいる。

 川辺にしゃがみ込んで、何かを川に投げ込んでいる。音がほとんどしないので、粒状の物をいくつかまとめて投げ入れているようだ。魚の餌だろうか。

 とりあえずわたしは周囲を見回して、『餌やり禁止』の看板が立っていないか確認。幸いにもそれらしい看板はなかった。いや、何度もここには来ているし、この川で給餌が禁止されているという話は聞いていない。何より、現在進行形で餌をやっている彼女が、そんな看板の近くでやるはずがないのだ。

 あいつは天然だが、何をするにしても抜からない。

 艶のある長く整った黒髪の少女の名前を、わたしは土手の上から呼んだ。

「キキ! そこで何をしてる!」

 すると、彼女ははち切れんばかりの笑顔で振り向き、同じくらいの声量で言った。

「お魚さんに餌あげていたんだよ、もっちゃん!」

 だから、その呼び名はやめろ。

 先程の外山功輔とは幼稚園の頃からの付き合いだが、キキとは小学校二年生の時に出会って以来の付き合いである。しかしわたしの感覚では、功輔よりも一緒にいる時間が長い気がするのだ。同性だから気が合うのも当たり前に思えるが、単純に、キキといる時が一番居心地がいいという事ではあるまいか。

 醸し出される雰囲気は人の心を癒し、何をしても許せる純真さに溢れた振る舞いは、自然と人を寄せ付ける。それがキキという少女なのだと、わたしは常に思っている。

「……つか、その餌はどこで手に入れた?」

 土手を滑り降りてきたわたしは、真っ先にその事を訊いた。魚に餌をやっていること自体を、突っ込む気にはなれなかった。

「これ? ペットショップの無料(タダ)コーナーからくすねてきた」

 キキは可愛らしい振る舞いとは裏腹に、時々せこい事を真顔でやってのける。

 大抵の人は知らないのだ。キキがどういう人間なのかという事を。わたしも全てを知っているわけではないが、他人の知らないキキのもう一つの側面を、わたしは知っている。

 だから、これでも頼りになる奴なのだ。

「そういえば、ペットショップの中に可愛いぬいぐるみがあったんだ」

 キキはわたしの肩に腕を回してきて、体を密着させながら携帯の画面を見せる。ぷんといい香りが漂って、情けなくもどきっとしてしまう。

「ほら見て。可愛いでしょ?」

「おー……確かに可愛いな。で、これ買ったの?」

「え、買ってないよ。そのお金があるなら餌も普通に買うし」

 それはどうだろう……。というか、未購入の商品を撮影するのは、法に触れないのだろうか。今にもペットショップの店長が怒髪天を突く勢いでやって来そうで、わたしは内心びくびくしていた。

 そんなわたしの不安など気にも留めず、キキは次々と写真を見せる。その度にわたしの体を抱き寄せてくる。遠慮のないスキンシップは日常茶飯事だ。

 いや、頼りにはなるのですよ。こんな奴でも。

「おーい」土手の上から声がした。「そげなトコで何しとっと?」

 振り向かなくても誰の声か瞬時に分かった。どことなく不自然なこの訛りは……。

「あっちゃん! あれ、みかんも一緒だったんだ」

 ピントのずれた方言で脱力気味になったわたしの代わりに、キキが二人の名前を呼ぶ。土手の上に目を向けると、二人の少女が並んで立っていた。

 セミショートの少女は名前を山本あさひといい、わたし達の中では一番学業成績が優秀で、通っている学校では生徒会副会長も務めている才媛の十四歳だが、性格は先程の不可解な訛りを見ても分かるように掴み所がない。今日は自転車を押していた。

 鮮やかな金髪をなびかせる淑やかな雰囲気の少女は、鈴本みかん。どうも母親の家系のどこかで外国人の血が混ざっていて、その遺伝が今になって発現したらしいが、詳しい事は本人もよく知らないという。いい所の家で育ったせいか、お嬢様みたいな穏やかな性格をしているが、やることは結構庶民的である。わたし達の一つ上の十五歳。

 わたしとキキは小学校が同じだったが、この二人は違う所に通っていた。元々、あさひとみかんは小学校で同じ委員会に所属していた先輩後輩で、みかんの方があさひを気に入ったことで友達付き合いを始めたそうだ。あさひとわたしが学校交流をきっかけに知り合った事から、四人での付き合いが自然と当たり前になっていた。

 そして中学生になった現在、四人全員が違う中学校に通っている。よくもまあ、これで友達付き合いを継続できるものだ。

 自転車を土手の上に置き去りにして、あさひとみかんは土手を降りてきた。

「キキ、まさか川の魚に餌をやっていたの?」

「うん」

 あさひの問いに、あっけらかんと答えるキキ。

「大丈夫なの? そんなことして……」不安がるみかん。

「だって、魚にあげて危ないものを魚の餌に入れて売るわけないじゃない」

「あ、それもそっか」

 納得してどうする。みかんもキキと並ぶほどの天然だ。

「相も変わらずこの連中は……」苦笑いするあさひ。「似た者同士ってわけかい」

「気が合うのは結構だけどね……ところで、二人とも今日は部活とか休みなの?」

 わたしは先程説明した通りだけど、キキはいわゆる帰宅部なのでこういった待ち合わせで支障が生じる事は滅多にない。この二人の場合は……。

「わたしは生徒会に集中したいので部活は元々やってない。今はそれほど忙しい時期でもないから。みかんから一緒に帰りたいと言われたもんで」

「みかんって部活とかやってなかったっけ」

「家庭クラブって所に入っているはずだよ。幽霊だけど」

「名前だけ置いている口か……」

「みかんからすれば、本物の家庭の方が優先順位高いんでしょ。妹大好きだし」

 確かに、みかんの口から家の話が出る時は、ほぼ必ず二人の妹が登場する。未だにどういう妹さんなのか聞いていないのだけど……本人はすでに話したつもりでいるらしい。

「さて、寄り道もこの辺にして、そろそろ帰らない?」と、あさひ。

「えー……まだ袋二つ分しかあげてないんだけど」

 あといくつやるつもりだったのだ。誰かに見つかって何か言われる前に、わたしは不満そうにしているキキの手を引いて川辺を離れた。あさひとみかんも笑いながら後に続く。

 普段通りのやり取り。当たり障りのない会話。見慣れている帰り道。

 そんな普通の毎日がいつまでも続くわけはない。それはちゃんと分かっていた。でも、何気ない日々の中にあって、明日も同じようにいくと誰もが無条件に信じてしまう。

 わたしはなぜか違っていた。その原因はキキにある。経験上、キキがいつもと違うことをしている時は、呼応するようにイレギュラーな事態が起きている。それはまるで予兆のように。それはまるで疫病神のように。

 まあ、キキはオールラウンドのトラブルシューターでもあるのだが。

 だから頼りにはなるのだ。これでも。

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