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7話

 「よ!おばちゃん」

 

 果物屋のおばちゃんは顔を覚えてくれていたのか「またあんたかい」と苦笑いした。

 それも無理はないだろう。一日に三度もこの短時間で会えば苦笑もする。

 

 「またボボンの実を買いに来たのかい?」

 「えっと、今度は別の果物がいいかな。酸っぱいのとかない?」

 

 涼はキレンの葉に興奮するあまり、ボボンの実のことをすっかり忘れてしまっていた。アイテムボックスの中に入れてあるのでいつでも新鮮な状態で食べることが出来るのだが、アイテムボックスの中に入れるとそのまま忘れてしまうことが多く、まだ食べてませんとは言えなかった涼は他の果物を頼むことでその場を逃れることにした。当然、果物を買いに来たんじゃなくて奴隷について聞きに来ましたとは言えない。


 「じゃあレポンの実だね。一つ銅貨二枚だよ」


 レポンの実は見た目からしてレモンだった。銅貨二枚、一つ四十円は安いと十個ほど買い、奴隷についての話を聞くことにした。


 「おばちゃん、さっきギルドで聞いたんだけど奴隷って何だい?」

 

 あんたはそんなことも知らないのかいと呆れられたが、小言を言いながらもちゃんと説明してくれたあたり面倒見がいいのだろう。

 まず奴隷には三種類ある。金と引き換えにその身を売った借金奴隷、犯罪を犯した犯罪奴隷、盗賊や奴隷狩りに捕らえられ違法に奴隷に落とされた者達だ。違法ではあるもののそこは暗黙の了解。奴隷にされたのが貴族や王族ではない限り国は見て見ぬふりをしているらしい。一度奴隷となったものが奴隷から解放される手段はなく、奴隷を殺しても罪には問われないらしい。

 奴隷の相場は愛玩用が大金貨一枚、戦闘用が大金貨三枚、それ以外が金貨二枚だそうだ。愛玩用が二百万円、戦闘用が六百万円、今泊まっている宿が一泊四千円くらいなのでこの世界では結構高額な部類に入るのだろう。最も、容姿や能力次第で値段は変動するので参考程度にしかならないらしいが。


 「種族によって値段も違うからね、さっき言ったのは人間の奴隷の値段さ、他種族だともっと安いか、もっと高いだろうね」

 「そうなのか、ちなみに奴隷商人の店ってどこにあるのか分かる?」

 「ははは、まだあんたには早いと思うけどねぇ、冒険者ギルドの位置は分かるね?その通りをずっと進んで行けば見つかるよ」


 奴隷を売っている店にも看板はあるのかと聞くと、手錠や足枷のマークがあるよと教えてくれた。確かに分かり易いとは思うが印象は良くない。


 「そっか、ありがとな!おばちゃん!そういやまだ自己紹介してなかったな。俺はリョウだ。また果物買いに来るから覚えといてくれよ!」

 「リョウか、覚えとくよ。だったら私もおばちゃんはやめてデリル姉さんって呼んで欲しいねえ」

 「分かったよ、デリルお姉さん」


 本当に呼ばれるとは思ってなかったのか、デリルさんは「年上をからかうんじゃないよ」と笑い。さん付けで呼ぶことになった。

 

 デリルさんと別れた後、教えられた通りに進んでいくと奴隷商人の店はすぐに見つかった。

 奴隷商店バリエントと看板には書かれており、その横にはデリルさんの言った通り手錠や足枷のマークが描かれてはいるが、見た目は普通の店と何も変わらないように思える。店の中に足を踏み入れるもそこに何か変わったものがあるわけではなく、カウンターに首輪をつけた少女がいるだけだった。


 「ようこそ奴隷商店バリエントへ」

 「ここで奴隷が買えるって聞いたんですけど」

 「はい、ご購入の方ですね?店主を呼んできますので少々お待ちください」


 首輪をつけていることから見ても少女は奴隷なのだろうが、涼の知っている奴隷とは印象が違った。日本ではあまり見かけなかったが地球にも奴隷は存在する。その多くが性奴隷だったが、誰一人の例外はなく死んだような目をしていた。だが先ほどの少女の目は死んではいなかった。性奴隷と奴隷の違いかもしれないが、奴隷と言ってもちゃんと人間なのだと少し安心した。

 

 「ようこそお客様、私は当店の主をしております。バリエントと申します」

 

 待つこと数分後、現れたのは高級そうな服を着た裕福な男だった。男はこちらを一瞥し、名乗った。これが普通の相手であれば礼儀正しいと好印象を受けただろうが、涼は違った。

 舐められたな。

 今まで総理大臣や大統領なんて大物を相手にする機会が多かったためか、相手に侮られることは何度も経験した。一々それに反応するほど短気ではないがやはり気分のいいものではない。


 「冒険者のリョウだ。今日は奴隷を買いに来た。早速だが見せてもらってもいいか?」

 「はい、本日はどのような奴隷をご希望で?」

 「戦闘が出来て使用人としても使えるのがいいな。種族は問わない」

 「はぁ、戦闘が出来る使用人ですか?」


 商人が困惑するのも無理はない。

 涼が冒険者と名乗った為に、愛玩用か戦闘用の奴隷のどちらかだと思っていたのだ。冒険者は基本的に根無し草だ。決まった家などは持たず、宿屋暮らしをするので使用人は必要ない。また、バリエントが知る限り戦闘が行える使用人というのは一部の大貴族や王族に仕える特殊訓練を受けた精鋭しかいない。当然その情報はごく一部の者しか知らず、王都に拠点を構え、王族とも関わりがあり、信用されているバリエントだからこそ知っている情報だった。侍女や執事は身の回りの世話をするもので騎士が危険から守るものという認識が高いこの世界に置いて、戦闘が出来る使用人など普通は考えられない。ごく一部の者しか知らない情報を知っているということは王族や大貴族に関わり深い者か或いは何処からかその情報を掴んだ者。どちらにしてもバリエントは目の前にいる少年の評価を改めた。

 駆け出しの冒険者から警戒すべき相手へと。

 最もこれはバリエントの盛大な勘違いなのだが、この事にバリエントが気が付くのはもっと後のことだ。

 

 「理想はナイフやフォークで戦える執事かメイドだな。暗器でも可だ」

 

 涼は困惑するバリエントへと更に追加の希望を伝えるが、そもそも戦闘が出来て使用人としても使える奴隷などいないので意味がない。


 「大変申し訳ないのですが戦闘が出来て使用人としても使える者は当店にはいません。ある程度の家事が出来る元冒険者や戦闘経験のない元使用人はいますが、どちらもとなると恐らくどの店にもいないかと」

 

 涼は家事の出来る元冒険者と聞き、いるじゃん!と心の中で叫んだが、自分が使用人と言ったのが原因だということに気付き、声には出さなかった。そもそも涼の中で思い描いていた使用人とバリエントの言う使用人は全くの別物だ。涼が思い描いたのは掃除や洗濯、家事の一切をやってくれる家政婦のような人で、バリエントの思う使用人とは家事はもちろんのこと。文字の読み書き、簡単な計算、礼儀作法、馬車の操作等々、戦闘以外の様々な技能を持った教養のある者のことだった。これはバリエントに限った話ではなく、この世界において使用人というのはそういう認識をされている。つまり少し家事が出来る程度では使用人とは到底呼べないのだ。

 それは認識の違いが生んだすれ違いだった。

 涼は難しそうな顔をするバリエントを見て、家事が出来ると言っても大したことがないんだろうと今回は見送ることにした。


 「まぁ俺も家事出来るから急ぎじゃないし、今回はやめておくよ」

 

 当然と言えば当然か、望みのものがないから帰る。ただそれだけなのだが、涼が大貴族や王族と関わりがある疑いがある以上、バリエントも引き下がるわけにいかなかった。もし関わりがあるならここで縁を作るべきだと、商人の血が騒いで仕方ないのだ。


 「確かにリョウ様のご希望に添える奴隷はうちにはおりませんが、それは何処も同じこと。今後もそのような奴隷は現れないでしょう。戦闘が出来、使用人としても使えるというのは多くの金と時間がかかります故、リョウ様自身が奴隷を育成したほうが早いかと思います」


 なるほど。自分で育成するという手もあるのか。確かに金と時間はかかるかもしれないが、幸いにも異世界に来てすることもない今なら金も時間も腐るほどある。これならナイフやフォークで戦う使用人も夢じゃないな。ただ一から育成するとなると執事は無理だ。白髪のセバスって名前のよく似合う執事が欲しかったんだが年寄りに鞭を打って一から鍛え上げるわけにはいかない。となるとメイドだ。

 

 「それもそうだな。じゃあ容姿の整った女の奴隷を見せてくれ」

 「かしこまりました。ではこちらに」


 案内されたのはソファーとテーブルが置かれただけの殺風景な一室だった。壁には落書きのような絵が飾られているが、価値があるものなのだろうか?落書きにしか見えない。暇潰しにその絵を見つめていると疑問が浮かんだ。これは一体何を描いたものなんだろうか。藻?いやそんなものを絵にするわけがないな。緑色の何かということは分かる。微かに輪郭のようなものが、ん?もしかしてこれは人の顔なのか?この精神を混乱させるような球体が目?じゃあこの額一杯に伸びた三日月型のこれは口!?おいおい、これは一体どんな化け物なんだ?子供の描いたものならまだしも右端にしっかりサインがしてあるし、子供のものじゃないよな?やばい、この世界の美的感覚についていけない。


 暫くその絵と睨めっこをしているとドアがノックされ「失礼します」と受付にいた少女が十人ほどの奴隷を引き連れて部屋に入ってきた。

 奴隷はどれも容姿が優れており、服が薄いせいで身体のラインが強調され、目のやり場に困った。

 のも一瞬、一周回って開き直った涼は深く被っていたフードを取り、ガン見することにした。


 「みんな綺麗だな」


 つい思ったことが口に出てしまったが、涼は特に気にすることもなく、一人一人をじっと見つめる。そして見つめられた奴隷は例外なく頬を赤らめ俯いてしまう。

 うん、顔が見えないよね。

 仕方なく胸に視線を落としてみると、これまた例外なく胸元を手で隠した。

 あれ?俺嫌われてる?

 

 「リョウ様、大変申し訳ないのですが、フードを被ってもらってもよろしいでしょうか?」


 グサッ。

 受付の少女の言葉が涼の弱った(ハート)に突き刺さる。


 いや、別に自惚れてたわけじゃないけどさ、地球じゃ多少はモテたし、容姿もそこまで悪くないはず。なのに何この扱い。フード被ってくださいって、フード被ってくださいって何だよ!泣いていいよね?泣いていいよね?よし、女神にクレームの念話を送ってやろう。


 『おいこら、駄女神』

 

 先ほどまでの落ち込みようは何処に行ったのか。涼は女神との念話になった途端威圧的になる。

 当然、事情を知らない女神はいきなり駄目な女神、略して駄女神扱いされ抗議の声をあげた。


 『いきなり駄女神扱いとは一体何なんですか!!あれですか?好きな子にわざと悪戯しちゃう小学生の男の子でも今時やらないような残念な求愛行動だったりします?あぁ分かります。だって涼さん童貞ですもんね。あーやだやだ。童貞をこじらせると心が狭くなるって言いますもんね!精神的にも成長しないって言いますもんね!ふふふ、ですが私は許しましょう。哀れな童貞の暴言に目を瞑りましょう。私は寛大で優しい女神様ですから!』


 それはもう過剰なくらいに浴びせられた言葉の暴力。

 涼のライフはゼロになった。


 『殺す』


 涼には女神の暴言を許すほどの寛大さはなかった。

 まぁ涼の自業自得なのは言うまでもない。




次回、奴隷を買う2

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