6話
「『透視』『万能治癒』」
迷宮都市グレイフィアの冒険者ギルドのマスターであり、元Sランク冒険者のロッセラ・シルンフィードが訓練場に辿り着いた時、まず目に入ったのは腹から剣を生やしたギルド職員と、その治癒を行う少年の姿だった。少年は今まで聞いたこともないような魔法を使い、エルフ族に伝わる秘薬と同じ名前の魔法を使用して瀕死だった職員を完治させた。
「何あれ」
エリクサーとは代々エルフ族のみに伝えられるどんな病や怪我でも瞬時に直してしまう秘薬だ。それと同じか似たような効果を持つ魔法など聞いたことがない。もしそんなものが存在するならば、魔法に長けたエルフ族が知らないはずがないのだ。となるとあの魔法は少年が自らの手で産み出したものと言うことになる。或いは少年も誰かから教わったか。
「どちらにしても凄い」
もし少年が使った魔法が本当にエリクサーと同じような効果を持つというならそれだけで王宮魔導士になれるだろう。あらゆる国が彼を欲し、彼の魔法を巡って戦争が起きるかもしれない。そして恐らく、彼はそのことに全く気付いていない。ここは知らせて恩を売っておくべきだろうか?正義の盾の事もあるし、悩む必要はない。大丈夫。職員を助けてくれるくらいだもの。怖い人じゃないはず。今だって倒れてる冒険者の様子を見てるし!私だって元Sランク冒険者なんだからちゃんとしないと!!
「あっ、あの!」
ロッセラは恐る恐る少年に声をかけた。
涼は男性職員が気を取り戻す間、何もすることがなかったので、初めにぶっ飛ばしたBランク冒険者ランズの様子を見ていた。
「気を失ってるだけだな。問題なしっと」
怪我をしないようにソフトタッチな峰打ちをしたのでこれで怪我をされたらこっちが困る。
峰打ちにも関わらず数メートル後ろまで吹っ飛んだのが驚きだ。どうやらこの世界の住人のほとんどが俺と比べて弱く、豊富な魔素で溢れているにも関わらず全くそれを活かせていないらしい。Sランク冒険者とやらは少しは期待出来るかもしれないが、過度な期待はしないでおこう。
「あっ、あの!」
と自分の敵になりそうな相手がこの世界にもいないことがほぼ確信的になった所で、先ほどからちらちらとこっちを見ていた幼女が話しかけてきた。心なしか声が震えているので、もしかしたら戦闘を見られたのかもしれない。さすがに小さい子には刺激が強すぎたか。もしあれなら、記憶を操作して記憶を消そう。
「どした?迷子か?」
「一応このギルドのマスターをやってます。ロッセラと申します」
幼女はどうやらギルドマスターだったらしい。どう見ても七、八歳にしか見えないがそういう種族なのだろう。清潔感のある金髪、透き通るような白い肌、潤んだ瞳、少し尖った耳。ん?耳が尖ってる?
「もしかしてエルフか?」
「はい、それで、その。今回は本当に申し訳ありませんでした」
ロッセラと名乗った幼女が頭を下げる一方で、涼は初とも言える他種族との会話にテンションが上がりまくっていた。
エルフは成長が遅いとされていたけどここまで成長しないとは思ってもみなかったな。まだ小学生くらいにしか見えないぞ。ミアも見た目と年齢が合っていなかったしな。もしかして他種族は基本的に成長するのが遅かったりするのか?それなら一応言葉遣いに気を付けないとな。態々不敬を買うような真似はしたくないし、そう言えばこの子は何歳なんだろう。この見た目でギルドマスターをやってるってことはかなりの実力者だろう。俺よりも数倍は年上の可能性が高いな。これが俗にいうロリ婆ってやつか。口調と見た目からして本物の幼女にしか見えない所が凄い。
涼は態々不敬を買うような真似はしたくないと思いながらも無意識の内にロッセラの事をこの子扱いしており、ロッセラに対しては年下扱いすることが確定していた。
「別に俺は怪我もしてないしね。問題ないから頭あげて?」
涼は笑顔を浮かべながら「それよりも人を呼んできてもらえないかな」とロッセラに頼み、まだ意識の戻っていない二人に目を向ける。ロッセラもそれで通じたのか、もう一度、涼に頭を下げるとトコトコと訓練場を出て行った。
「うん、ミアに通ずるものがあるな」
守りたい衝動に駆られながら、涼はロッセラが戻ってくるまでの間に今も幻覚に殺され続けている三人組を縛り上げる。幻覚から自力で抜け出せるとは思わないが、何事にも絶対はない。
暫くして、ロッセラとギルド職員が担架と共にやってきたので、涼はお役御免だとばかりに訓練場を立ち去ろうとしたのだが、
「何処に行くんですか?」
とロッセラに呼び止められ、簡単な事情聴取を受けた。
涼の話を聞いたロッセラは頭を抱え「やっぱりそうですか、このバカ共は!!」と幻覚に殺され続け、呻き声をあげていた三人組を蹴りつけていた。
身動きが取れず、縛られている相手に蹴りを入れるというロッセラの行動には、さすがの涼も引いたが、この後の行動はもっと過激なものだった。
ロッセラは職員に命じて三人組の装備を全て剥ぎ取らせ、それを涼へと手渡した。
「いいのか?勝手に剥ぎ取って」
「いいんですよ。このバカ共は今から消し炭になるんで必要ありませんもん」
「は?」
涼が疑問の声をあげたと同時、ロッセラが詠唱を始めた。
「我が友、炎の精霊よ、我が怒りを糧に、罪人を裁く業火となれ『ヘルフレイム』」
パンツ一枚となった三人組の足元から火柱が生まれ、一瞬にして包み込む。涼の魔法には及ばぬものの、その威力は高く、あっという間に肉体は灰と化した。
「よかったのか?」
「はい、次に問題を起こした場合は即刻死刑だったので問題ありません。むしろ生きたまま捕らえたほうが問題ですね。幾ら問題を起こしたからと言っても彼らはSランク冒険者でしたから、どうにか戦力として使おうと国は彼らを奴隷落ちさせたでしょう。生きていれば幾らでも復讐のチャンスはあります。奴隷には隷属魔法がかけられますが、一流の魔法使いの手にかかれば解除は出来ますし、そうすればまた面倒事が起こるでしょう。こういう輩は殺したほうが後々楽なんですよ」
ロッセラは見た目と違って実に情け容赦ない良い性格をしていた。最も、涼もロッセラの意見には全面的に賛成だ。殺したほうが後々楽なのは間違いない。復讐なんて馬鹿なことを企むことも出来ないし、何より後処理が楽だ。
「まぁ分かった。ただ一つだけ言いたいことがある」
「何ですか?」
「俺、こいつらが使ってた装備なんていらないから」
別に中古が嫌というわけじゃない。ただロッセラの話を聞く限りじゃ三人組は狂信者のような振る舞いをしていたらしいので、装備が呪われていそうというか、そんな危ない奴らが使ってた武器や防具を身に着ける気にはならなかった。ロッセラも俺の言葉に「確かに」と頷き、結局装備は全てギルドが買い取ることとなった。職員が査定した結果、大白金貨一枚と大金貨六枚で買い取られることになった。大白金貨が一枚で二億円、大金貨一枚が二百万円ほどなので、日本円にして二億千二百万円。これに三人組の所持金、白金貨四枚とギルドからの迷惑料として白金貨二枚が合わさり、涼は冒険者初日にして三億を超える金を手に入れた。
色々と問題は起こったが、ロッセラの判断により涼はDランク冒険者として登録することとなった。Sランクパーティー正義の盾の件に関しては問題行動を起こした為、元Sランク冒険者のロッセラが対処、処刑したこととして処理し、涼に関してはその場に居合わせた新人冒険者という扱いだ。後日聞きたいことがあるので顔を出すようにとロッセラに約束させられたが、涼としても折角登録したんだから依頼の一つも受けてみるつもりだったので了承した。
涼が三人組がSランクだったことを知り、その弱さに嘆いたことは言うまでもない。
「まじで弱すぎ、魔法使い相手に魔法なしで負けるってどんだけだよ」
涼は三人組との戦闘で一切魔法を使ってはいない。魔力は使ったが、それは殺気を増幅させる為に使用しただけで魔法とは別物だった。殺気に呑まれ、自分が殺される幻覚を見続けていた。殺気を浴びせただけで戦闘にすらなっていない。冒険者の最高ランクでソレなのだ。同じ人間でまともな戦闘が出来る奴はいないだろう。
「まぁ戦闘狂ってわけでもないし、元の世界と同じだからいいんだけど」
涼は既に十分すぎるほどの金を持っていた。何も無理して戦う必要はない。
「スローライフもいいかもしれないな」
以前は依頼、依頼、依頼で趣味と呼べるものがなく、同級生がゲームや漫画の話をしている時に、要人暗殺や災害を起こしていたのだ。今思うと結構酷い人生を送っていたのかもしれない。金はあっても心に余裕がない生活をしていた。余裕を持つにはどうすればいいか。家を買って自分だけの空間を作るか?友人や恋人を作ればいいのだろうか?いや、ペットのほうが癒されそうだ。人間関係は複雑だからな。そういえばロッセラが奴隷とか言ってた気がする。もしかしてこの世界には奴隷がいるのか!?奴隷なら人間関係を気にする必要もないだろうし、家を買った時なんかには家事を任せられる。金には余裕があるし問題はない。
「聞いてみよう」
涼の足は自然とボボンの実を買った屋台へと向いていた。
次回、奴隷を買う。