5話
冒険者ギルドは龍と対峙する戦士が描かれた看板が目印ということですぐに見つかった。冒険者ギルドの中は規模こそ違うが宿と同じような構造になっており、正面にカウンター、右側に酒場、左側には階段、その下に沢山の紙が貼られた大きな掲示板のようなものがあり、何人かの冒険者が難しい顔をしながら掲示板を眺めていた。恐らく依頼書か何かの類だろう。カウンターは全部で五つあり、空いているカウンターがあるにも関わらず、どういうわけか冒険者達は三つのカウンターに集中していた。
「聞いてみるか」
もしかするとカウンターによって役割が分担されているのかと思い、空いていた受付嬢に声をかけてみることにした。空いていたのは社長秘書を思わせる冷徹そうな美人の受付嬢とベテランの雰囲気を漂わせる四十台前後の女性だった。涼は迷う事なくベテランの方へと足を向かわせたのだが、すれ違うように奥の方へと引っ込んでしまったので、進路を変え、社長秘書風の受付嬢の元へと向かった。
社長秘書さんは髪を後ろで結んでおり、少し目元がキリっとしているが顔立ちはとても整っていて誰がどう見ても超がつく美人なのは間違いない。ただ視線が鋭すぎて、近寄り難い雰囲気を放っている。
「あの、すみません冒険者登録したいんですけど。ここで出来ますか?」
「はい、出来ますよ。ではこちらに名前、年齢、得意な武器を書いてください。それと登録料として銀貨一枚を頂きますがよろしいですか」
「はい大丈夫です」
見た目通りというか、社長秘書さんの仕事はとても丁寧だった。愛想こそないが初心者にも分かり易いように説明をしてくれるし、こっちの質問にも嫌な顔一つせずに答えてくれた。
まず冒険者にはランクが存在する。一番下がFから始まり、次にE、D、C、B、A、Sと上がっていく、依頼にも難易度が設定されており、ランクに見合った依頼しか受けることが出来ない。ランクは自分のランクに合った依頼を十回連続で達成し、ランクアップ試験に合格することで昇格することが出来るという仕組みになっている。依頼には常時、通常、指名、緊急の四つがあり、常時依頼はその名の通り常時出されている依頼である。薬草の採集やスライム、ゴブリンの討伐など低ランク冒険者救済の為の依頼となっている。通常依頼は冒険者ギルドに持ち込まれた第三者による依頼で、冒険者ギルドを仲介して依頼を受けることになる。その際手数料として報酬の一割が冒険者ギルドに支払われることになる。掲示板に貼られている依頼は基本的には全て通常依頼だ。指名依頼はCランク以上が受けることが出来るギルドから直接指名を受ける依頼となる。これには信頼と実績が必要で貴族の護衛や、一般冒険者には討伐困難な魔物の討伐などが多く、依頼料は通常の二倍支払われる。最後が緊急依頼だ。緊急依頼は魔物による街の襲撃の際に出される強制参加が義務付けられる。参加しない場合はギルド登録の永久剥奪、罰金などが科せられ、良くて鉱山送り、最悪の場合は死刑となるらしい。
尚、ランクアップ対象となるのは通常依頼と指名依頼のみなので常時依頼を幾らこなした所でランクアップは出来ないらしい。
他にも冒険者同士の争いにギルドは介入しない。ギルドカードの再発行には金貨一枚が必要。犯罪を犯した冒険者は全冒険者ギルドによって指名手配されるなどの説明を一通り受けた。
「では最後に簡単な模擬戦を行いたいと思います。模擬戦の結果次第ではDランクから始めることも出来ますので頑張ってくださいね」
良い人に間違いはないんだろうが最後の最後まで愛想がなかった。頑張ってくださいねにも感情が籠ってなかったし、事務的と言った感じはした。だが不思議と気持ちが高ぶった。美人な受付嬢に応援されたからだろうか?それとも誰かに応援された経験があまりなかったせいだろうか?どちらにしても悪くない。悪くない気持ちだった。
「はい!頑張ってきます」
涼は異世界に来て初めて年相応の笑顔を見せた。
社長秘書さんに代わって男性職員に案内されたのはギルド内に設けられた訓練場だった。訓練場は体育館ほどの広さがあり、中では何人かの冒険者が駄弁っていた。どうやらこの中に模擬戦の相手がいるらしい。
「お待たせしました、リョウさんに戦ってもらうのはこちらのBランク冒険者のライズさんです。勝つ必要はありませんから慌てず、自分の出来ることをしてください」
紹介されたのははまだ二十代前半の男だった。遠目でも分かる筋肉ゴリラ。確かに戦士としてはそこそこ強いのだろうが、涼の相手が出来るレベルではない。新人に敗北するなど夢にも思っていないのか、ライズと呼ばれた男は強気な態度を見せていた。
今回は模擬戦なのでお互いに獲物は木剣だ。
対峙してみて改めて分かる。
「この程度でBランクか」
弱すぎる。
男性職員の開始の合図と共に、戦闘は終了する。
Bランク冒険者が新人に敗れるという形で――。
冒険者ギルドの長であるギルドマスターはギルド職員からの報告を受け、その真偽を確かめるべく、訓練場へと向かっていた。本来であればギルドマスターが出るような内容ではないのかもしれない。報告通りBランク冒険者が新人に負けたというだけならば前例がないわけじゃないし、騒ぎ立てるようなことでもないのだ。だが、報告には続きがあった。その場にいた誰一人として新人の動きが見えなかったというものだ。その場にいたのがBランク冒険者ならまだしも、その中にはSランク冒険者もいたという。Sランクは冒険者のランクの中で最も高く、人類最高峰の戦闘力を持った者達だ。その彼らでさえも動きを捉えられない新人など前代未聞。だがそれでも別に問題はない。こちら側に取り込めばいいだけなのだ。味方ならば何も恐れることはないし、喜ぶべきことだ。だがギルドマスターはその場にいたというSランク冒険者のパーティー名を聞いた途端その考えを捨てた。
「戦ってませんように、戦ってませんように」
Sランクパーティー。正義の盾、勇者に憧れたリーダーがつけた痛々しい名前なのだが、その戦闘力は本物だ。ただ戦闘力に問題はないのだが、性格面に問題があり、自分達が正義だと信じて疑わないのだ。その勘違いで殺された者は数知れず、今までも散々警告を受けており、次に問題を起こした場合には問答無用で死刑が確定している。少しでも理性がある人間であれば問題を起こさないように行動するだろう。だが彼らは違う。常に自分達の世界だけで生きている彼らに理性など存在しない。正義を行使する自分に酔っているだけなのだ。そんな彼らが自分達でも動きを捉えることが出来ない新人を見てどう判断するだろうか。考えられるのは二つ、一つは勇者の再来だと騒ぎ、崇め始める。もう一つは、魔王認定して殺しにかかる。そして確率が高いのは後者だ。同じような理由で今まで幾度となくSランク冒険者に喧嘩を売っているのがその証拠だ。
「はぁ、何でうちの支部で問題起こすかなぁ」
ギルドマスターは今後を想像し、頭を抱えながらも訓練場へと向かう足を速めた。
戦闘終了後、男性職員に試合終了の声をかけてもらおうとした時、それは起こった。
観戦していたはずの冒険者達による奇襲だ。一人は大剣を持った青年、一人はモーニングスターを持った神官風の男、一人は黒いローブを深く被った身の丈程の杖を持った魔法使い。
「おい、これも模擬戦なのか?」
狂気に満ちた目で襲い掛かってくる冒険者達をあしらいながら、涼は男性職員に声をかけた、が。
「まじかよ」
男性職員は腹から剣を生やした状態で倒れていた。
それを見てこれが模擬戦ではないことを悟った涼の行動は早かった。
『換装:蒼月』
何もない空間から突如現れた一振りの刀は、大剣を持った男の斬撃を食い止め、涼の手元へと舞う。
『一刀円舞』
涼の魔力の籠った声に反応するように蒼月の刀身が振動し、一つが二つ、二つが四つに増えていく。僅か数秒で百を超える分身を産み出すと、涼の動きに合わせ百を超える刀が三人を襲う。涼が華麗に一回転すれば、刀は竜巻のようにその刃で肉を斬り裂き、突きを放てばその全てが胸を抉る。上段に構えれば百の刀が一つの大剣となる。それは刀と踊る円舞。残るのは真っ赤な絨毯のみ。
「という夢を見たんだ」
一刀円舞は殺気と魔力を込めただけのただの剣舞で、殺傷能力は皆無だ。ただ、殺気に一度でも飲まれてしまえば二度と自力で抜け出すことは出来ず、百を超える刀で殺され続ける幻を見る心を殺す剣技。もはや幻覚魔法と言っても遜色ないレベルになっている。
「職員さん助けないとな」
涼は今も尚幻覚の中で殺され続け、呻き声を上げる三人組に気を止めることなく、職員の治療へと向かった。職員は背中から一突きにされたようだが、運の良いことにまだ息はあった。涼は無造作に剣を抜き、傷口に手を当て自身が出来る最大の治癒魔法を使った。
「『透視』『万能治癒』」
透視で体内の損傷を確かめ、万能治癒で本来あるべき状態へと肉体を改変する。
肉体は一瞬で修復され、傷跡の一つも残らなかった。
「よし、修復完了!」
誰一人殺すことなく、危機を乗り越えた涼は男性職員が目を覚ますのをゆっくりと待つことにした。
※前の世界だと確実にジャスティスシールド(笑)を殺してますが、涼は都市に入るときに触れた犯罪歴を確認する水晶にビビッているので今のところ殺人は犯しません。
まぁすぐに対抗策を見つけ次第殺しまくると思いますのでよろしくお願いします。