2話
絶叫から数分後、ようやく持ち直した涼は女神を脅していた。
「なぁ、拉致したんだからトイレットペーパーくらい寄越せよ」
『いや、だからさっきも言いましたけど。世界間を移動させるのはそれなりに力が必要で』
「本当は石鹸、シャンプー、リンス、が欲しい所をトイレットペーパーだけで許してやろうっていう俺の寛大な心が伝わらないのか。そうですか、そうですか」
『魔法が使えるんだから自分で作ればいいじゃないですか!百人殺すよりよっぽど簡単だと思います!』
「は、お前紙職人さん舐めてんの?今じゃ工場で量産されてるけどな、あれは技術者の絶え間ぬ努力の結晶なんだよ。俺みたいなぽっと出が簡単に出来るわけないだろ?そもそも作り方知らないし。人は誰でも殺せるけどな、紙は誰でも作れるわけじゃないんだよ!!」
涼のトイレットペーパーに対する情熱が半端ないが、別に職人をリスペクトしているわけではない。ただ単に葉っぱが嫌なだけである。
『布でいいじゃないですか!布ですよ!普通じゃないですか!』
「おい、自称女神。じゃあ俺を肉体改造してくれ」
『は?はい??』
「トイレットペーパーが必要ない肉体に改造してくれ」
『何ですかそれは!!』
「排泄物が一切でないクリーンな肉体に改造しろって言ってんだよ!察しろ!!」
カチンッ。今まで涼に対して多少の無礼を許してきた女神だったが、勝手な事ばかり言う涼に対して今回ばかりは苛立っていた。その中に困惑や呆れの感情も含まれているが、やはり一番大きなのは怒りだった。それは数えきれない年月を過ごした女神が久しく忘れていた感情。
『別に出来ますけどいいんですか?後悔しませんか?いつか大事な人が出来た時絶対に後悔しますけどいいんですね?やっちゃいますよ?種なし野郎になりますけどいいんですね?分かりました分かりました!私は寛大な女神ですからね。カマ野郎になりたいという哀れな子羊の願いを叶えることにしましょう』
「は?待てよ。いや、待ってください!ちょ、それだけは勘弁して」
股間が眩いばかりの光を放ち始めて女神の言葉が冗談ではないと気づき、涼が慌てて謝罪する。
『あるぇー?男性機能を失ったカマ野郎になりたい特殊性癖を持った九重涼さんじゃないですかぁ、そんなに慌ててどうしたんですかぁ?お望み通りクリーンな肉体にしてあげますよ~』
「いや、本当にごめん。俺が悪かった」
『反省してますか?反省したなら脅しはもうやめてくださいね。説明に戻りますよ?いいですよね?』
「はい......」
涼の異常なまでのトイレットペーパーへの執着が大きく話を反らしてしまったが、これ以降、お互いに話を反らすことなく、異世界についての説明が問題なくされた。
まず、先ほど言いかけた種族について。この世界には人以外の種族が多数存在する。エルフ、ドワーフ、獣人、魔人、人魚、魚人、妖精の七種族が人以外で国を持つ種族らしく、この七種族以外の種族はまず出会うことがない位珍しいらしく、今は覚えておかなくてもいいだろうとのことだ。この世界の住人であれば多かれ少なかれ魔力を扱うことが出来るのだが、涼クラスの魔法使いは存在せず、数段劣る魔法使いが涼が来るまでの世界最強だったらしい。
次にこの世界には魔物がいる。涼を襲ってきたゴリラも魔物だ。魔物は体内に魔石と呼ばれる魔力を蓄える石があり、魔力により、身体強化や魔法を扱い人を襲う害獣で、稀に知性を持ち、人を襲わない魔物もいるらしいが基本的には敵という認識でいいらしい。また魔物の素材は売ることが出来る為、それを専門とした冒険者と呼ばれる職業が存在するらしい。冒険者は魔物の討伐や、護衛、薬草などの採集を主にしており、元いた世界でやっていた何でも屋のようなものらしい。
最後にこの世界の貨幣についてだ。この世界には紙幣は存在せず、全てが硬貨だ。銅貨十枚で大銅貨、大銅貨十枚で銀貨というように十進法が用いられており、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨、大白金貨、魔鉱貨となっている。銅貨は一枚が日本円で言う二十円に値するらしく、この世界の一般的な定食が大銅貨一枚、安宿が一泊大銅貨五枚、普通の宿が一泊銀貨一枚、一般家庭の収入が一か月あたり大銀貨二枚から三枚らしいので宿を長期的に借りるよりも家を買ったほうが安上がりのようだ。
「そう言えば俺、一文無しだ」
『涼さんはアイテムボックス持ちでしたよね』
「ん?あぁそうだけど向こうの金こっちじゃ使えないだろ?」
アイテムボックスは涼が小学生の時に作成したどんなものでも収納出来る倉庫のことで容量は無限、生き物も中に入れることが出来る上、時間経過や温度も自由自在だ。裏で手に入れた報酬や換装した装備も全てここに収納されている。こちらの世界でもアイテムボックスというものは存在するらしいが、収納する容量は魔力量に比例する為、無限ではなく、時間経過もする上、生き物は入れられないという様々な制限が存在する。
『私がこっちの世界の硬貨と換金してあげますよ!』
「いいのか?多分凄い額になると思うんだが」
『問題ありません!むしろ勝手に転移させて手ぶらで放り出すほうが問題です!』
「確かに」
『というわけで、涼さんの総資産を換金......って何ですかこれ!!十七歳の少年が持つような金額じゃないですよ!どんな犯罪でこれだけの大金を!?』
「自分で言うのもなんだがかなりのぼったくりだからな。最低依頼料が五百万、過去最高の依頼料が二十兆円だったな」
涼の存在は国家機密だったが、例外としてアメリカには涼の存在が公開されていた。過去最高額の二十兆円を出したのもアメリカだ。依頼内容は過激発言を繰り返す某国に自然災害を起こし首都に壊滅的な被害を与えてほしいというものだった。核を使えば問題となるが、自然災害は誰にも文句が言えない。それどころか他国に協力を求めなければいけなくなる。作戦は成功、突如現れた巨大竜巻によって首都は半壊、死者は数万に上り、未曾有の大災害として世界的に報道されることとなった。アメリカは救済措置として軍を派遣し、有利な交渉を行うことが出来た。大統領曰く、『戦闘機を買うよりも君を雇うほうが経済的だね』とのことで、これ以降、様々な形で依頼を受けることとなった。大金を持っても使う機会がほとんどなかったので小国の国家予算を簡単に超えるほどの金を涼は持っている。
「てか今思ったけど日本の総理やばくね?」
涼自身が大統領と仲が良かったこともあり、友達割の良心価格で何度か依頼を受けていた。『いつかこの借りは返すよ』と口にしていたのを思い出し、まだ見ぬ新総理に黙とうを捧げる。
『あー、あれですね。大統領さん超怒ってます。新総理暗殺を命令しましたよ!?ばれたら戦争になっても構わないから今すぐ殺せって、涼さん!!貴方私が見ていない間の数年で何しでかしてたんですか!』
「大統領と友達になっただけ。騒ぎ過ぎな」
『あー、暗殺されましたよ新総理、しかも高校生の殺害を警察に依頼したって報道されてます。凄い勢いで叩かれてますね。あっ涼さんに殺された警官も口封じに殺されたことになってますよ?涼さんは犯罪に巻き込まれた哀れな高校生ってことで一躍有名人です!』
「哀れって、まぁいいけど」
新総理は正義をマニフェストに掲げるほどのバカな真っすぐな人だった。故に悪は許せず、国家機密になっている涼の存在が許せなかったのだろう。涼は確かに人を助けてはいるが、アメリカに依頼されたような大災害を幾つも起こしており、巻き込まれて死んだ民間人の数も多い。バカで真っすぐな新総理はそれが許せなかったのだろう。正義とは聞こえがいいが、自国を守る為なら他国の犠牲くらい目を瞑るべきだ。政治家には向いていない。
『うっわーこの人の魂歪過ぎて気持ち悪いです。消滅っと』
「まぁどうでもいいや。さっさと換金してくれ」
『......無理です』
「は?」
『多すぎますよ!何ですか!三百兆円って!大国の国家予算並みですよ!?個人が持っていい金額じゃないです!こんなの渡したら経済が混乱します!』
「いやいや、使わないから。使っても五億くらいだろ」
『むぅ、でも万が一ということもあるのでお渡し出来るのは一兆円くらいです!残りは別の形でお渡しします!』
「別の形?」
『武器や道具に特殊能力!何でも御座れです!』
「トイレットペー『まだ言いますか!?』何でもないです」
『はぁ、取りあえず涼さんのアイテムボックスの中に硬貨を送っておいたので後で確認してくださいね』
女神は後でと言ったが、涼は中身を取り出さずともアイテムボックスの中身を確認することが出来るので全ての硬貨がそれぞれ五十枚ずつ入っているのをちゃんと確認することが出来た。
『あぁそう言えば涼さんって結局何の力を手に入れたんですか?』
「力?」
『あれ?私言いませんでしたっけ?涼さんが一番望んでいる力が手に入りますよーって』
無理矢理異世界に転移される際、確かにそんなことを聞いた記憶があった。
「分からない」
『あー、魔力を込めながらステータスと念じれば自分の情報が見れるので確かめてみてください』
女神の言う通り念じてみると半透明のゲームウィンドウのようなものが出て、そこには名前、種族、身長、体重などが記載されていた。
「これか?」
下のほうに特能と書かれた項目があったので詳細に目を通してみる。
特能:完全なる身体
あらゆる状態異常を受け付けない。万人を癒し、何者にも汚されず、何者にも屈することのない最強の肉体を得る。毒無効化、病無効化、精神異常無効化、呪い無効化、状態維持、身体能力向上、最適化、絶倫、超再生。
そこには確かに涼の望んでいた力が書かれていた。
ごちゃごちゃ