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10話



 魔人、それは人の姿をした悪魔だと言われている。

 その多くが破壊的思想を持っている、過去幾度となく侵略行為を繰り返している。

 また、自分達以外の種族のことを劣等種と呼び、自分達こそが完成された種族であると他種族を見下している。確かに獣人並みの身体能力に、エルフ並みの魔力を持っている魔人は強い。

 だがそれだけだ。

 確かに他の種族と比べても魔人は群を抜いて戦闘力は高い。だが頭の中は残念だ。自分達こそ至高の存在だと信じ、居もしない邪神と呼ばれる神を崇めている。それに加え、種としても脆弱と言わざるを得ない。魔人はエルフと並ぶ長寿として知られている種なのだが、その破壊的思想故か五十年も生きず死ぬ者が多く、出生率が低いのも相まって種存続の危機に瀕している。

 強いだけで他種族に喧嘩ばかり売る迷惑で愚かな種、それが魔人だ。

 最も、魔人の力は本物なのである程度成長した魔人であれば一人で街一つを壊滅させることも可能なので馬鹿に違いはないが見かけたら逃げることを推奨します。

 

 バタンッ。

 意識を取り戻したバリエントに渡された本には魔人について様々なことが書かれていた。

 

 「お分かり頂けましたでしょうか。それほどまでに魔人は危険な存在なのです」

 

 お分かり頂けません。

 いや、確かに半分くらいはその恐ろしさについて書かれてたかもしれないけど半分以上ディスってるし、まぁとりあえず魔人が自分達が絶滅するかもしれない状況に陥っても侵略行為をやめないバカな種だってことだけは理解出来た。


 「あの、それで本当に二コラは魔人なのでしょうか?」

 「それは間違いないな。尋問して聞き出したから間違いない」


 涼は地面に倒れたままピクピクと体を痙攣させている二コラに視線を落とす。

 本当に危険か?これ。

 脇腹をこしょこしょっとしただけであっさりと情報を吐き出した二コラは幸せそうに寝息を立てていた。


 「そう、ですか」

 「二コラで驚き過ぎだと思うが、リュクリースのことも忘れてやるなよ?今は記憶を失っているみたいだけど一応は帝国の王女だから」

 「そ、そうでした!リョウ様の話を疑うわけではございませんがそれは本当なのでしょうか」

 「あぁ、間違いないな」

 

 バリエントの顔色が一向に良くならない。

 まぁ色々大変だとは思うが俺には関係ないのでルナだけ貰って今日は帰ろう。


 「じゃあルナは貰ってくぞ?」

 「え、はい。金貨五枚になります」


 バリエントは顔面蒼白のまま手続きをしてくれた。

 こんな状況でもしっかりと仕事をしてくれたのは驚いた。

 隷属の首輪は無骨な鋼の首輪だった。契約者の血が必要ということだったのでナイフで指先を切り、血を擦りつけるとプシュッという音と共に首輪が外れ、その代りにルナの首元に鎖の紋様が浮き出た。


 「契約完了で、す......」


 バタンッ。

 契約完了と共にバリエントが倒れてしまったので仕方なく近くにあったソファーまで運び、涼はルナと共に奴隷商店を後にした。







 熊の料理亭に着いた頃にはすっかり陽は落ちており、街には昼間はあまり見かけなかった冒険者の姿があった。ルナは宿に着くまでの間一言も喋ることなかった。


 「いらっしゃいませ、ってリョウさんですか、おかえりなさい」

 「おう、ただいま。人が一人増えたんだが大丈夫か?部屋は一緒でいい」

 「問題ないですよ。奴隷さん、ですよね?」


 ミアはルナの首元にある鎖の紋章を見て、涼に小声で問いかけた。

 涼は何故突然小声になったのか理解できなかったが、ミアがくすりと笑みを浮かべ「今晩はお楽しみですね!」と呟いたのでその言動に納得した。


 「まあな。それで代金は追加で払えばいいのか?」

 「はい!奴隷さんは大銅貨一枚で馬小屋を貸し出してますが、同じ部屋に泊まるのであれば銀貨二枚となります」


 馬小屋?と疑問が浮かんだが、地球でも奴隷は家畜と同様の扱いを受けていたことを思い出し、そのままミアに銀貨六枚を渡した。


 「三日分だ。あと、食事は部屋で取ることって出来るのか?出来るなら後で持ってきてほしいんだが」

 「んー出来ますけど、今忙しいんで少し遅くなりますよ?」

 「それでいい。頼むよ」


 涼はミアにチップとして大銅貨五枚を渡し、ルナを連れて部屋へと戻った。

 ミアと話している間も一言も口を開かなかったルナは部屋に入っても喋る素振りすら見せなかった。この世界では主人の許可がないと喋ることも許されていないのだろうか?

 

 「えっと、改めて自己紹介でもしないか?俺の名前は涼、冒険者をやっている。と言ってもまだ一回も依頼を受けたことがない初心者なんだけどな。まぁ金だけは腐るほどあるから心配はしないでくれ。あと質問があれば何でも言ってくれ。答えれる範囲のことは答える」

 「私はルナ、奴隷です。リョウ様は貴族なのですか?」

 「貴族じゃないよ。だから別に様付けなんてしなくてもいい」

 「いえ、私は奴隷なので」

 「まぁルナがそう呼びたいならそれでいいけどさ、他に質問は?」

 

 涼はルナと会話をしながらルナの美声に癒されていた。

 鈴のような可憐な声。別段声フェチというわけではなかったが、ルナの声に魅了されていた。


 「私は何をすればいいんでしょうか」

 「明日、家を買おうと思っているから、ルナにはその家の管理をしてほしい。簡単に言えば使用人だな。出来そうか?」

 「使用人、ですか?家事はある程度できるので問題はないと思います」


 問題なさそうなので何よりだ。

 最も、ただの使用人ではなく戦闘メイドとして鍛え上げるつもりなのだが、それはまだ説明しなくてもいいだろう。


 「そうか、ならよかった。じゃあ俺からも質問いいか?」

 「はい」

 「妹に会いたいか?」


 瞬間、ルナの無表情だった顔が崩れ、親の仇を見るような鋭い視線を涼に向けた。

 涼は鑑定が使えるからルナの過去をある程度知っていたが、普通の人間はそんなこと出来ないのだ。

 ルナは店でも盗賊に捕らえられ奴隷として売られたとしか言っていないし、妹のことは一言も口にしていない。にも関わらず自分を買った男が妹に会いたいかと聞いてきたのだ。ルナは涼のことを盗賊の仲間だと勘違いしてしまったのも無理はないし、それで殺気を向けられたとして涼が敵対することは有り得ない。

 涼の聞きたい答えはその殺気で、目に宿った闘志で確認出来たのだから。


 「じゃあ家を買って、こっちの生活に慣れたら探しに行くか」

 「え?」

 

 ルナは涼の言葉を理解出来ずにいた。

 探しに行く?誰を?妹を?何で?この男は私達の村を襲った奴らの仲間なんじゃないの?


 「勘違いしてるようだから一応言っておくが俺はお前の村を襲った盗賊とは全く関係ないし、妹のことも知らないからな。んーなんて言えばいいのか、俺には特殊な力があってな?見えるんだよ、相手の記憶の一部というか記録みたいなものがさ。だから妹を庇ってルナが捕まったことは知ってる。それだけ大事に思ってるんだろ?もう結構時間が経ってるし探すのは大変かもしれないけど、家族は一緒がいいだろ?」

 「本当ですか?」

 「本当だよ。ルナの妹が今どうしているかは分からないから手探りになるけどね、俺は基本的に暇だからルナさえよければ一緒に旅をしよう」

 「なんで、ですか?」

 

 ルナにとって涼の持ちかけた話は悪い話ではなかった。いや、むしろ良すぎだ。都合の良すぎる話、裏があるのではないかと不安になるくらいに出来過ぎていた。


 「俺さ、スローライフを送ってみたいんだ」

 「スローライフ?」

 「んーそうだな、ゆっくりと流れるような日々を送りたいってことかな。家の庭に小さな庭園を作って野菜や花を育てたり、昼になったら日差しを浴びながら本を読んだり?心が充実した生活っていうのかな?今まで仕事、仕事で慌ただしい人生だったからね、好きなことをして、好きなように生きてみたいんだ」


 涼はフードを取るとアイテムボックスの中からボボンの実を取り出し、皮を剥く。

 何もせずに話すには少しばかり恥ずかしい内容だった。ただの照れ隠しだ。

 

 「でもさ、一人で好きなことをしてみても多分つまらない。一緒に笑える人がいるほうが心は充実すると思うんだよね。俺はルナを買った。ルナはもう俺の物だ。これからずっと一緒にいるんだからルナにも笑って欲しいと俺は思う。だから妹を探そうかなって、そしたらルナは今よりも笑えるだろ?」


 胸を掻きむしりたくなるような恥ずかしい言葉だ。

 ただこれが本心から出た言葉だった。

 家族を失って、心を壊す人間を幾つも見た。自分が命を奪ったせいで心が壊れた遺族がいた。追いかけるように死を望んだ者もいた。

 贖罪のつもりなのだろうか、自分でも何でこんな事をルナに言ったのか分からない。

 なんで妹を探そうなんて言ったのか、何で妹に会いたいかなんて聞いたのか、分からない。

 でも、


 「俺の周りで不幸な顔されるのが嫌なだけ、だからルナが嫌がったって探しに行くから」


 俺は何処までも自己中だ。自分さえ良ければそれでいい。自己満足の為に偽善的な行動を取る。今までがそうだったようにこれからもこの本質だけは変わらない。

 それに戦闘メイドにするには明確な敵がいたほうが便利だしな。

 村を襲った盗賊という。明確な敵が。


 「だから別に信じなくていい。ただ協力はしてくれよ?俺はルナの妹の顔も名前も知らないんだからな」


 ミアが料理を持ってくるまでルナと涼はお互いに一言も喋ることはなかったが、少しだけ二人の距離は縮まっていた。

 


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