9話
「お話があります。一先ずフードを被っては頂けませんか?」
その言葉を聞いた瞬間、涼は感情を抑えることが出来なかった。
顔を見せろ言うから見せてみれば、顔を隠せとひれ伏せてまで懇願される。おまけに様付けだ。どれだけ俺の顔は醜いんだ......。やばい切れそう。
落ち着け俺、落ち着け。俺は短気じゃない。バリエントに悪意はない。奴隷が全部犯罪奴隷だったがバリエントに悪意はない。最初会った時俺のことを下に見てたが悪意はない。うん、そうだこいつに悪意はない。悪い奴じゃないだろう。うん、でも何だろう。殺してもいい気がしてきた。
「なぁ、一つその前に一つ聞いてもいいか?なんで俺に犯罪奴隷なんて紹介したんだ?」
「な!?なぜそれを」
「いいから答えろ」
簡単に説明すると容姿しか指定されなかったので顔がいいだけの不良在庫を処分しようと思ったらしい。だからと言って犯罪奴隷はどうなんだと言えば、確かに犯罪を犯した奴隷だが、隷属の首輪という契約者に絶対服従の首輪をつけている為、別に危害を加えられることはないらしい。まぁだとしても犯罪奴隷を勧めるのは褒められたことはじゃないだろう。
「じゃあ次だ。なんで俺がフードを被らないといけない?そんなに俺の顔は不快か?」
「不快なんてとんでもございません。寧ろその逆です」
「どういうことだ」
「リョウ様はフードを取るとその、輝いていると申しますか。私達には眩しく映るのです」
輝く?眩しい?はっ、もしかして俺禿げてるのか?確かに俺と目線が合うと視線を反らしたし、もしあれが俺と目があったせいじゃなく、俺の頭が禿げていたせいだとしたら?胸元を隠したのは禿げにガン見されたからだろうし、フードを被れというのも顔を隠せって意味じゃなくてその禿げ散らかした頭を隠せって意味だったのか。最悪だ。辻褄が合ってしまった。
と涼は盛大な勘違いからトリップしていたのだが、頭を下げていたバリエントはそのことに気付かず話を続ける。
「まるで神を相手しているかのような、圧倒的なまでの存在感。決して逆らってはいけないと本能が警告するのです。フードを被って欲しいとお願いしたのは奴隷を改めて紹介させてもらおうとしたからで、決してリョウ様の顔が不快なわけではございません」
とバリエントが説明していたのだが禿げていると勘違いした涼はショックで一切話を聞いていなかった。
話はそのまま勘違いしたまま進み、最終的に涼がフードを被ることで落ち着いた。
「こほんっ、ではリョウ様は犯罪奴隷以外をご所望ですか?」
「あぁ、それで頼む」
バリエントが奴隷たちを引き連れ部屋を出たその直後、涼の前に神が現れた。
『はぁ、もう見てられないので言っちゃいますけどいいですか?』
『......』
『無視ですか、まぁいいでしょう。直接言わなかった私にも責任はあると思いますし、まさかあそこまで見事に空回りするとは思いませんでしたけど......』
『はぁ、じゃあ言いますね。涼さんはこの世界に来る前から超イケメンでしたよ。それはこの世界に来てからも変わってませんし、禿げてもいません。むしろ完全なる身体があるので一生髪の毛はふさふさですよ。ていうかまずそれ以上老けませんし。それと奴隷さん達の反応は涼さんが格好良すぎたので照れていただけで、奴隷商人は涼さんからバカみたいに漏れ出ている神の威圧のせいで心の底から貴方に平伏しちゃっただけです。輝いているとか眩しいって口にしていたのも神の気が溢れ出しちゃってるのが原因だと思いますよ。アイテムボックスに指輪を入れておいたのでそれ以上変な勘違いをする前につけてください。指輪を付けている限りは神の気を封じることが出来ますから』
女神、それは涼がどことなくバカにしていた存在。
女神、殺気に当てられお漏らししてしまう程ビビりな存在。
女神、それは涼を絶望の渦から助け出してくれた恩人。
『女神......』
『ふふふ、どうやら涼さんもようやく私の溢れんばかりの優しさに気付いたようですね』
『んなもんあるなら初めから出せよ。悩んで損したわ』
恩人ではあるが所詮は女神だ。
涼がこの程度のことで女神に敬意を払うはずがなかった。
有り難く指輪だけを頂戴し、そろそろバリエントが来ると思うからと一方的に女神との念話を切断する。
それとほぼ同時に、バリエントが奴隷を三人引き連れて部屋に戻ってきた。先ほど連れてきた犯罪奴隷とは違い犯罪歴もなく、三人とも処女だった。
「お待たせしました。ほら、お前達挨拶をしなさい」
バリエントがそう促していたが鑑定を使えるようになった俺には自己紹介など必要なかった。
左端の子からルナ、リュクリース、二コラ。
ルナは兎の獣人で人間の国の近くに村を作って獣人たちと暮らしていたらしいのだがある日、盗賊たちが村を襲い、ルナは妹を庇い捕らえられ、奴隷として売られることになったようだ。年齢は十九歳、既に奴隷として二年間過ごしているが今まで一度も売りに出されたことはない。というのも獣人は二十歳を迎えると身体能力が急上昇し、獣化という一種の先祖帰りをする術を覚えるらしい。覚えられるのは獣人の中でも一握りなのだがバリエントはその一握りにかけていたらしく、売るのは二十歳を超えてからにするつもりだったらしい。家事は得意で獣人ということもあって運動神経もいい。
リュクリースは、うん。経歴を見た瞬間却下した。
だってソバリエ帝国第四王女って肩書きがあったんだもの。何でも貴族同士の争いに巻き込まれ、盗賊に扮した騎士に襲われて命からがら逃亡している最中に足を滑らせ崖から転落、命こそ助かったものの現在は記憶喪失となっている。たまたま発見したバリエントが保護、記憶がないのをいいことに奴隷にしてしまったようだ。王女なのに何故か家事が得意で魔法もそれなりに使えるらしい。ただ王女なので却下、面倒なことに巻き込まれること間違いなしなので却下。でも面白そうなので後でバリエントを弄ろう。
最後に二コラ。二コラもうん、経歴を見て諦めた。
さすがに王女ではなかったが、これはもっとややこしい。二コラの正体は魔人だった。人間の動きを偵察する為にこの街にやってきたのが数か月前、それからたったの一か月で借金奴隷となった。何があったのか言うのもバカらしい。ギャンブルにハマって借金まみれになっただけだ。魔人は本来獣人にも勝る力とエルフを超える魔力を持つ、こと戦闘においては最強の種なのだが、二コラは酒に弱いらしく、泥酔している所を借金のかたに奴隷へと落としてしまったらしい。家事は出来ないが戦闘は得意。これも面白そうなのでバリエントに伝えてやろう。
「お気に召しましたでしょうか。この三人は容姿も優れており、能力も高いので少しお高くなっていますがリョウ様には色々と無礼を働きましたのでお安くさせて頂きます」
どうやらバリエントとしてはこの三人をセットで買ってもらいたいらしい。
まぁ嫌だけど。
「あぁルナは気に入った。だが他の二人はダメだな」
ルナを気に入ったと言った瞬間、バリエントの顔が笑みに満ちていたが、涼のそのあとの一言で一瞬にして笑顔が消える。
「何故、と聞かせてもらってもよろしいでしょうか。この二人は犯罪奴隷を除けば当店で最も美しい奴隷です。これらのどこが一体ダメなのでしょうか」
「ふ、まずリュクリースだったか?あれソバリエ帝国の王女じゃん。さすがに奴隷とか出来ないわ。むしろバリエントさん尊敬するよ。王女を奴隷にしてるとか凄いよ」
「へ?」
やっぱりバリエントは何も知らなかったらしい。
帝国の王女と口にした瞬間、面白いくらいに硬直した。
涼は留めとばかりに更に問題を口にする。
「二コラの正体は魔人だしな。そんな奴隷買えるわけないだろ?逆に聞きたいよ。この二人の何処がいいんだ?」
「......」
バタンッ。
バリエントの心はそこまで強くなかったらしい。泡を吹いて気絶した。
その代わりに正体を見破られた二コラが慌てていたのでバリエントが目を覚ますまでの間、話相手になってもらうことにした。
「さーて何を話してもらおうかな」
一時間後、バリエントが復活した時、何故か隣に気絶した二コラと、涼を怯えた目で見るルナとリュクリースの姿があったとか。
初奴隷は兎耳です。




