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幻想ミスディレクションIII

 大食堂を出た冴木賢とたくみんは、一度、入浴はどうするのかシュダに聞きにいくことにした。

 シュダの部屋は二階西通路の”客室C”である。

 客室の扉をたくみんがノックすると、すぐに大きな体が姿を現した。うたた寝でもしていたのか、眠そうに頭を掻いている。

「ああ、たくみんと、冴木さんか。その、さっきは取り乱してすいません」

「何しけた顔してるんだよ。誰も気にしてなんかいないさ、しょうがないよ」

 たくみんに合わせて冴木も頷いた。冴木にとっては珍しく空気を読んだといえる言動である。

「ありがとう、たくみん、冴木さん」

「それでだ。冴木さんと風呂に行くんだ、シュダもどうだ?」

「いいね、賛成。着替え、持って行ったほうがいいのか?」

「いや、さっき女性陣が先に行ったんだが、浴衣が脱衣所にあるみたいだったからいらないと思う」

「オッケー、じゃあこのまま行くよ」

 冴木とたくみん、シュダの三人は西通路階段を下りて脱衣所に入る。脱衣所だけでもかなりスペースが設けられており、たくみんが大袈裟に両腕を広げた。

「脱衣所も結構広いな。流石立派な大浴場なだけある。シュダでも泳げるかもしれないぞ」

「それはやばいな。にしても、ようやく入浴だ。本当は僕、真っ先に風呂に入りたかったよ。なんせ、汗っかきだからね」

「俺もだよ。黒騎士があそこに行けだとか、ここに行けだとか指示ばっかりするもんだから、ようやくありつけるってわけだ」

「そうそう。そもそもここに集まったのも黒騎士の指示だし、俺たちはチェスの駒か、ってな」

「シュダさんはチェスをなさるんですか?」

 黙って話を聞いていた冴木が質問した。

「いや、全然。ボードゲームはどれもあんまり得意じゃないんだ。卓球ならそこそこできるんだけどね」

「卓球ですか。いいですね。たくみんさんは何かなさるんです?」

「俺はよく麻雀するぜ。よく家族とか友達とやるからな」

「あ、僕も麻雀はアニメとか見てたよ。嶺上開花(リンシャンカイホウ)! っとかやってるだろ?」

「お前は本当そう言う希少なやつが好きだよな。嶺上開花なんて早々でないだろ? そういえば、そうそう。亡くなったあつボンは将棋が強かったんですよ。冴木さんは将棋やりますか?」

「将棋ですか、人並み程度には出来ますよ。あつボンさんと、一度手合わせしたかったな」

 三人は仲良く大浴場に続く扉を開ける。

 大浴場はかなり広々としており、シュダとたくみんははしゃぎながら体も洗わずに湯船に入っていった。

「いやはや……僕より年上のはずなんだが、大人気ない」

 はしゃぐ二人を差し置いて、冴木は癖っ毛である髪を適当に洗い、ボディソープを大量に手に取ると、そのまま体に塗りたくった。少しぬるめのシャワーで全身を洗い流して、湯船に向かうと、たくみんだけがそろそろ体を洗う、といって湯船から出てきた。広い浴槽内にはシュダしかいない。

「シュダさんは、まだ洗いに行かないんですか?」

「もう少ししたら行くよ。僕はね、毎日湯に浸からないと生きた心地がしないんだ。だからゆっくり浸かるのさ」

「健康的ですね」

「全然。健康的な人はこんなに太らないさ。それより、たくみんから聞いたんだけど冴木さん頭が良いんだってな」

「そんなことありませんよ」

「実際、誰が怪しいとか分かってるの? どう考えても皆にアリバイがあるように思えるけど……」

「アリバイって何です?」

「え、知らないの? なんていうか、例えば今この瞬間に冷蔵庫にあるプリンが誰かに食べられたとするだろう? でも僕と冴木さんは一緒にこうして風呂に入ってるわけだ。つまり、犯行は不可能、アリバイ成立ってわけ」

「ああ、なるほど。現状不在みたいは意味合いですね」

「まぁ、そうかな。ほんと可笑しな話だよな。殺人だなんて……ゲーム内ならまだしも、犯人にとっては殺したいほど憎い人間だったんだろうか」

「でも、皆さんは初対面なんでしょう?」

「もちろん。でも、もう長いことずっと同じゲームで毎日飽きずに話していたんだ。嫉妬や怨みなんかの感情が湧いてもおかしくないのかもしれないな。ネットだと相手の顔が見れないから、どうしてもちょっとしたボタンの掛け違いみたいなことが起こったりもするもんだよ」

「シュダさんはそんな嫉妬や恨みを感じる相手がいるんですか?」

「まさか、皆凄い好きだよ。ギルドメンバーが止めずにずっとゲームをしているから、僕も止めずにここまで続けられたんだからね」

「そうですか」

 冴木は熱いお湯が苦手で、早くものぼせそうなほど体が暖まっていた。それにプラスしてお気に入りのキャンディーが恋しくなり急激に外に出たくなった。念のために一応行動を共にしたいのだが、シュダはまだのんびりと湯に浸かっている。

「それで、最初の殺人なんだけどさ。あつボンのアリバイがないと思ったんだ」

「あつボンさんが?」

「うん、大食堂からイーグルとあんずが調理室に行って、僕はトイレへ、みさっきーは談話室。大食堂に残ったのはあつボンとたくみんだけだ。そこで、たくみんがスマホを鞄に忘れた、と玄関ホールに行く。この時点で、一人大食堂に残っているあつボンにはアリバイがないんだ」

「へぇ。よく考えていますね」

「あ、ああ。ちょっと一人で頭を冷やしてる間に考えたんだ。まぁでも、そのあつボンも殺されたんだからなぁ……」

「でも、そう言ったらシュダさんにもアリバイがないですよ」

「えっ、僕?」

「はい、そもそも本当に一階東の男性用トイレに行ったのかという疑問があります。一階東通路からそのまま二階東通路に行き、像の前を通って二階西通路に行く。そこから階段を降りて、談話室でみさっきーさんを殺害することだってできますね」

「ああ、確かに! 凄いな、冴木さん。でも違う」シュダが切り札を隠し持っているかのように笑った。「実は僕には完璧なアリバイがあるんだ」

「というと?」

「実はね、僕はトイレに入ってすぐにトイレットペーパーを確認したんだ。これは昔に何度か紙がなくて頭を抱えたことがあって身についた動作なんだけどね、確認したら案の定、紙が無かったんだ。それで、つい先ほど見た一階見取り図を思い出して、僕はトイレの向かいにある扉を開けた」

「調理室と、倉庫に繋がる二つの扉がありますね」

「その通り。でも僕は間違えて左側、調理室の扉を開けた。調理室にはイーグルとあんずがいて、こっちの扉から来た僕をみて驚いていたよ。事情を説明して、調理室からも倉庫に行けるから、そこから倉庫に行った。それでトイレットペーパーを無事に入手した僕はトイレに戻ったってわけさ」

「なるほど……イーグルさんとあんずさんにもアリバイが生まれ、シュダさんにも確かにアリバイがありますね」

 冴木は自分の持っている情報と照らし合わせて齟齬(そご)が生じていないか確認した。だが仮にこれが嘘だとすると、イーグルとあんずに聞いてすぐにばれてしまうわけだから、嘘をつく理由がない。つまり、シュダは確かに男性用トイレに行ったということになる。

「それでな、これは誰にも言ってないんだけれど……外で、音がした気がするんだ」

「外? 館の外ですか?」

「うん、丁度正面玄関の右側かな」

「どんな音です?」

「何かこう、どさっ、って感じの重たい音だった。今思えば多分、屋根に積もった雪かなんかが落ちてきたんだと思うんだけれど、僕はそれでびっくりして小便が変なところに飛んじゃってね。証拠にちょっと湿ってるよ」

「後半はちょっといらない情報ですね」

 冴木が口元を斜めにしていると、たくみんが戻ってきた。

「おい、シュダ、早く洗うもん洗ってこいよ」

「悪い悪い、じゃ、速攻で洗ってくるよ、一分待ってて」

 シュダが大きな体を揺らして、湯船から出て行った。心なしか、湯量が減った気がする。

「ほんと、綺麗に洗ってもらいたいよ」

 たくみんが笑いながら冴木の横に座った。

「たくみんさん、ちょっと聞きたいんですけれど、いいですか?」

「はいはい、何でもどうぞ」

「これはずっと疑問だったんですが、始めて客室に入った時、客室に入ってからすぐに娯楽室に向かったんですよね?」

「そうですよ。黒騎士の紙切れを見つけてすぐです。娯楽室に入って少ししてからシュダが来て、その後あんずが来たんだ」

「では、誰が娯楽室の暖炉の火をつけたんです?」

「え? 誰もつけてないよ。元からついていたんだ」

「僕がイーグルさんから聞いた話では、最初にここに来たときに煙突から煙は出ていなかったと言っていました」

「あっ、そうか。確かにそうだ。えっと、待てよ、じゃあ誰が?」

「僕と有栖川君が来たとき、煙突からは白煙が雪に混ざって立ち込めていた。つまり、全員が館に入ってたくみんさんが娯楽室に行くまでの間に暖炉に火がついたんです」

「うわ……えっ、でも、誰もいける人物なんていないんじゃ?」

「きっと、犯人でしょうね。先ほどもお二人が言っていたように、黒騎士の指示が行動を制限させているのがネックだ。たくみんさんは本当に暖炉をつけていないんですね?」

「当然ですよ! でも冴木さん、よくそんな事に気付きましたね」

「話の中で矛盾を見つけただけですよ」

 冴木が限界を感じて湯船から出ようとしたとき、早くもシュダが戻ってきた。

「お待たせーってあれ、冴木さんもう出るんですか?」

「シュダさん……(カラス)の行水ですね」

 冴木が半ば呆れながら言うと、後ろでたくみんが声を大にして笑った。

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