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幻想ミスディレクションI

「なるほど……」

 冴木賢は、イーグル、たくみん、あんずが丁寧に話した内容を把握した。シュダとるねっとが時折補足していたが、みれいが開幕からうるさかったので冴木が頼んでみれいの相手をしてもらっている。どうやら今はスマートフォンのアプリで遊んでいるようだ。

「そこまで細かく説明して貰わなくても良かったんですけれどね。それであんずさん、まだ警察に連絡は出来ないんですか?」

「それが、ずっと圏外なんです」

「この雪じゃ戻るのも困難でしょうね。なんせもう本日分のバスは来ませんから」

「ええ……困ったものです」

「これだけ大食堂で話をしていてもあつボンさんが現れないということは、きっと部屋で眠っているか……言いにくいですが、最悪死んでいるかのどちらかだと思います。すぐに、倉庫から何か工具を持って、こじ開けたほうがいいですね。たくみんさんお願いできますか?」

「わ、わかった。すぐに行こう」

「では、この四人で行きましょう。シュダさんとるねっとさんは、有栖川君をお願いします」

 冴木が立ち上がりながらそう言うと、みれいがスマートフォンから顔を上げて大きな瞳をぱちぱちと動かした。

「え? ちょっと、冴木先輩。何処へ行かれるんですの?」

「トイレだよ」

「見え透いた嘘はやめてくださいます? あつボンさんの部屋でしょう? 私も一緒に行きますわ」

「駄目だ」

「どうしてですの?」

 冴木は近付いてきたみれいにそっと囁く。

「シュダさんとるねっとさんを見張っていてほしい。変なことをしないかどうかね。あと君も、用心しておいた方がいいと思うよ」

「まぁ、それってもしかして見張り捜査ですの? わかりましたわ!」

 冴木は咄嗟に思いついた冗談にまんまとはまったみれいを見て内心ほくそ笑む。見張りだとかいえば、彼女の中に眠る謎を解き明かしたいミステリー熱を刺激すると思ったのだが、効果は覿面(てきめん)だったようだ。

「……さぁ、あんなのは置いといて、行きましょう」

 冴木、イーグル、たくみん、あんずの四人は、玄関ホールで二階に上がり、二階東通路に行く。二階の倉庫に四人で入った。

 薄暗い倉庫に物はあまり置かれておらず、埃っぽかった。我先にと入ったたくみんがバールを見つけたので、すぐに四人は倉庫を出た。

 そして通路の手前から三つ目、奥から二つ目の扉。”客室F”の前に立つ。

 たくみんがもう一度ノックをして、ドアノブを開けようと試みたが、当然ながら開かないようだ。

「じゃあ、俺が壊します。皆さん、少し離れていてください……!」

 たくみんが力強く鍵の上部をバールで叩き、五、六回ほど叩きつけたとき、腕が入りそうなほどの穴がぽっかりと開いた。そこにたくみんが腕を慎重に伸ばして、内側から鍵を開ける。

 再びドアノブをたくみんが握ると、無事に扉が開いた。

 ゆっくりと開かれる扉から、冴木たちは中を覗く。部屋の電気は点いていた。

 部屋の中央に何かが見える。

 そこには、胸元をナイフで刺され、血塗れで倒れている人間がいた。

「うっ……酷い、なんてこった……」

 あんずが死体からすぐ目を背けて後退する。横でイーグルが呻きながら眼鏡を外した。直視し難いのだろう。

「こ、これで二人目……どうしてこんなことに……」

 たくみんはバールを力なく地面に置き、放心している。

 冴木は三人の表情を隈なくチェックしてから、質問した。

「あんずさん、僕は一度も彼と会っていないから分かりませんが、間違いなくあつボンさんですか?」

「ええ、そうです。帽子を被ったままですし、間違いなくあつボンです……」

「そうですか」

 冴木はあつボンの死体をじっくり見た。元々低血圧だからか、思っていたよりも冷静でいられた。だが、傍から見たら異常者だろう。

 あつボンは胸からナイフが生えており、すぐ横に血で赤く染められたベッドシーツが丸められている。出血量からして、既に亡くなっているだろう。顔はみさっきーの時と同様に十字の切り込みがいれられており、生々しい傷跡が残されていた。死体のすぐ隣にはキーホルダーの付いた鍵が血に塗れていて、離れた所に紙切れが落ちていた。冴木が唯一他の人よりも(まさ)っていると思われる視力で視認する限り、そのキーホルダーには”客室F”と黒い文字が書かれていた。

 冴木はそっと部屋に入ると、あつボンの死体の奥にあった紙切れを拾い上げ、ポケットにしまった。

「もう、良いでしょう。もうこの扉の鍵は機能しませんが、一応扉を閉めて立ち入らないようにしましょう」

 冴木が提案すると、イーグル、あんず、たくみんは力なく頷いた。

 冴木たち四人は来た道をそのまま戻ることにした。道中でたくみんがバールを倉庫に戻して、大食堂へ戻る。首を長くして待っていたであろうるねっとがすぐに立ち上がった。

「ど、どうだったの? あつボンさんは部屋にいたの?」

「いました。ですが、お亡くなりになっています」

「嘘、そんな……みさっきーさんも亡くなって、あつボンさんもだなんて、信じられない……」

 冴木はポケットにしまっていた紙切れを取り出す。あつボンと一緒に”客室F”にあったものである。

「これが、あつボンさんの部屋に落ちていました」

「やだ……また黒騎士からのメッセージがあったんですか?」

 冴木は鷹揚(おうよう)に頷きゆっくりと紙切れを広げた。

「黒騎士の力には、誰も抗えない……と書いてありますね」

 それを聞いたシュダが困惑した様子で椅子を蹴った。

「また黒騎士か! くそっ、何なんだよ、遥々遠くから来たっていうのに!」

 盛大に倒れた椅子がイーグルの足元に転がる。彼は暗い表情をしていたが、すぐに普段から皆をまとめている気質を取り戻したのか、椅子を元の位置に戻しに行きシュダを宥める。

「落ち着いて下さい、シュダさん」

「もういい! 僕は部屋に行く、鍵を掛ければきっと安心なんだ、雪が弱まったらすぐに帰るからな!」

 激しく扉が閉ざされ、シュダが二階西の客室に行ってしまった。

 冴木の隣にいたあんずが、鼻息を漏らして冴木の方を向いた。

「……すいませんね、冴木さん」

「え? 何がですか?」

「いえ、その……偶然来たばっかりに、何だかややこしいことに巻き込んでしまって」

「あんずさんが謝ることはありませんよ。元はといえば、有栖川君のわがままのせいでこの山奥に来たわけですし……」

 冴木は横目でみれいを見た。みれいはあれだけの物音が立っていたというのに、あろう事かうたた寝していた。なんという精神力だ、と冴木は素直に驚いた。

「長々と話をしてしまったのも、何というか。この状況に納得のいく答えを、欲しかったんでしょうね。まさかこんな事になるなんて思ってもいませんでしたから」

 冴木はポケットから棒付きキャンディーを取り出して、口に放り込んだ。

「そうですね。それで、この後どうなされるのですか?」

「ええ……何人かで、大浴場にでも行こうかと、なんせもう変な汗ばかりかいてしまってね。気持ち悪いんです」

「なら、必ず二人以上で行動してください。念のためですが……」

「分かりました。えっとじゃあまず……レディーファーストですかね」

 こうして、うたた寝していたみれいと、るねっとの二人が大浴場に行くことになった。

 大食堂に残ったのは、冴木、あんず、イーグル、たくみんの四人である。

 冴木は棒付きキャンディーを舐めながらぼんやりとしていた。この館で起きた殺人は奇妙だったが、当事者でないせいかあまり首を突っ込みたくなかった。明日にでも警察に連絡が取れれば、問題ないだろう。

 しかし先ほどのシュダの言動のせいか、イーグルは気が気じゃない様子で冴木に質問した。

「あの、冴木さん。こんな時間に、別荘に向かっていたんですか?」

「え? ああ、ちょっと色々ありましてね……」

 冴木はミステリー研究会のメンバーであること、みれいの別荘でクリスマスパーティーが開かれることになったこと、出発前にアパートでボヤ騒ぎが起きて散々だったこと、雪が強まって仕方なくこの館へ来たことなどを、詳しく説明した。

「なるほど、そうだったのですね。それで、道中に誰かとすれ違うなんてことはありませんでしたよね?」

「ありませんね。あんなに吹雪いてきていたのに、外に出る人なんていないでしょう。雪に殺されます。それに、玄関の鍵は掛かっていたんでしょう?」

「はい、その通りです……。その、何か分かりますか? この事件について」

「というと?」

「その、犯人とか……」

 真剣に鋭い眼光を放ちながら言うイーグルを見て、冴木は思わず微笑した。

「あのね、イーグルさん。僕は警察でもないし、超能力者でもないんですよ。それにあつボンさんの死体は見ましたが、みさっきーさんの死体を僕は確認してもいません」

「そ、そうですよね。すいません……」

 イーグルは申し訳なさそうに頭を下げる。その後ろで、たくみんが恐る恐る手を挙げた。

「でも、冴木さん。ミステリー研究会というぐらいだから、何かこう……探偵みたいに推理とか出来るんじゃないですか?」

「僕は半ば強制で入ったようなものですから……」

 冴木は棒付きキャンディーを手で持ち、ゆっくりとたくみんに向ける。その間に頭の片隅に追いやっていた記憶を呼び戻した。

「でも、そうですね。じゃあ一つたくみんさんに質問をしましょうか?」

「えっ、あ、はい」

「本当に、あつボンさんがいた”客室F”は施錠されていましたか?」

「えっ? そんなの、当たり前でしょう?」

「いえ、断定はできません。まず、皆で荷物を置きに行く際にるねっとさんとあつボンさんが二階東通路に行ったのをあんずさんが見た、と言いましたね」

「え、ええ」たくみんの横であんずが素早く二度頷いた。「見ましたよ」

「その後、娯楽室であつボンさんの話題になった時に、るねっとさんが”客室F”の扉をノックしたと言ったんです。つまりドアノブを回して施錠は確認していません。そしてその後に全員で確認に行った際、ドアノブに手をかけて施錠を確認したのはたくみんさんです。それから僕と有栖川君が黒騎士館に現れて話を聞き、この場にいる四人で再び”客室F”へ行った。この時も、ドアの施錠を確認したのはたくみんさんです。バールで扉に穴を開けてから腕を入れて中から鍵を開けたのもたくみんさんですよね」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。本当は鍵なんて掛かっていなくて、鍵が掛かってたように俺が見せかけたっていうのか? そんなのただの憶測だろ?」

「たくみんさんが推理してと言ったんですよ。それにこれは単なる仮説です。こういったことも可能だったかも知れないと思っただけです」

「神に誓って言うけど、鍵は閉まっていた。絶対だ」

「なら、あの部屋の窓から犯人は逃げたのでしょう」

「それは、無理ですよ。一応見たんですが、あの部屋も窓ガラスには鉄格子が嵌められていました。俺の部屋もそうだったんで、多分どの客室も同じだと思います。あの隙間じゃ外へは出れない……客室を出入りするには入り口の扉しかないです」

 冴木は「なるほど」と呟いて棒付きキャンディーを再び味わう。自分自身は何とも思っていなかったが、初めて死体を目にして少なからず気が動転していたのか、客室の細部まで確認できていなかった。そう考えると、年長者であるあんずの洞察力の良さが伺える。

「なら、”客室F”は誰も出入りできませんね。死体の横に鍵が落ちていました。”客室F”と記されたものです」

 それを聞いたイーグルが眼鏡のレンズを拭きながら小さく呟いた。

「密室……ですよね。こんな天候で外に行く人がいるとは思えないし、玄関の鍵も掛かっていたんですよ。最初の殺人も黒騎士館という大きな密室なんです」

「密室? 密閉された室内ってことですか?」

「え、ええ。多分そうです。ミステリーや推理小説で言いませんか?」

「いや、僕はそういうの読まないので……。よくサークルメンバーからトリックは聞きますが、そうですか、密室というのですね。つまり、最初の殺人は館全体が密室で、第二の殺人は館全体と”客室F”の多重密室で起きたという事になりますね」

「言葉にすると益々不気味ですな。ですが、冴木さんは頭が切れる。この短時間に俺たちの説明を聞いてここまで理解するなんて、とてもじゃないが俺には真似できません。いやぁ、凄いですな。どうです? 俺と交代でうちのギルドマスターになりません?」

「あまり面白くない冗談ですね。それに僕は現状を把握しただけで、何も解決していませんよ」

 冴木は溜息を吐きかけて、堪えた。幸せが逃げるからではなく、溜息一つするのも億劫に思えたからである。本当の所、こんな場所には一分一秒も長くいたくなかった。

 冴木は五人全員の名前と特徴を思い出しながら、腕組みする。

 眼鏡のイーグル。

 中年のあんず。

 筋骨隆々のたくみん。

 小太りのシュダ。

 小柄な女性るねっと。

 黒騎士がいるとすれば話は別だが、果たしてそんな人物がここにいるのだろうか。冴木にはそうは思えなかった。なぜなら外は雪で逃げ場がないというのに、こそこそと館内を隠れ続けるのも無理がある。それに、自分がやったと言っているも同然だ。わざわざ密室を作る意味がない。

 皆は恐らく、招待状を送った黒騎士が今もこの館の中に潜んでいて、黒騎士が殺人を犯していると思っているのかもしれない。

 とてもじゃないか、非現実的だ。現実逃避も甚だしい。

 黒騎士が館の中に事前に居たのだと仮定するのならば、一体誰がこの館の鍵をみさっきーに送ったと説明するのだろう。それとも全く関係のないギルドの上位メンバー以外の第三者が潜んでいるのだろうか。どちらの想像も、冴木にとっては希望的観測に思えた。

(全く、とんでもないクリスマスイヴだ)

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