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理想的レッドへリングII

 たくみんは、広大な大食堂に置かれたテーブルの前で大きな欠伸をした。

 すぐ横には、ゲームでよくパーティーを組む帽子のあつボンがいる。

「なんや、たくみん。でかい欠伸なんかして、寝不足か?」

「そうだよ。深夜バスで来たんだけど、隣のおっさんの寝息が酷くて全く眠れなかった。災難だよほんと」

「ああー、オイラも寝息うるさいで。客室どこだった?」

 たくみんは自分のネームプレートの横に置かれていた鍵のキーホルダーを確認する。

「えっと、俺は”客室D”だな」

「マジか、オイラは”客室”F”や。なんだ隣じゃないかー、ちぇっ」

「いや、ちぇっ、じゃないだろ。やめろよな、でかい(いびき)かくのは」

「オイラは自覚がないねん。オカンにうるさいって言われるから知ったんやで」

「ほんと迷惑な奴だな、そんなんじゃ、るねっとに嫌がられるぞ?」

 たくみんはにやりと笑った。まだこの場にはいないが、あつボンとるねっとはここ最近なにやら仲良くつるんでいるのをゲーム内で目撃していた。

「なんでるねっとが出てくんねん。それより、オイラは飯が気になるわ。腹減った」

 あつボンが無理に話題を変えようとお腹に手を添えると、いつの間にか近付いてきていたシュダが同じジェスチャーをする。その隣にはみさっきーもいた。

「僕も腹減ったよー。もうここに来るまでかなり歩いただろ? 腹ペコだよ。お腹と背中がくっつきそう」

 たくみんはシュダの膨らんだお腹を見て、これが背中にくっついたら人命に関わりそうだと思った。

「私もお腹空いちゃったー」

 みさっきーもシュダの真似をしてお腹に手を添える。ポーズこそ同じだが、シュダが早くも上着を脱いでいるのに対して、みさっきーはまだコートを羽織っていた。

 たくみんも暖房のせいか段々と暖かくなってきたので、ジャンパーを脱ぐことにした。あつボンはジャケットを脱いでいたが、帽子は被ったままだった。よほど気に入っている帽子なのだろう。

「シュダが腹減ったっていうのは分かるけどさ、俺たちの分まで食べるなよな?」たくみんは冗談を言う。「絶対料理も絶品だから」

「おいおい。僕はこう見えて少食だからな!」

「絶対嘘やん。オイラの倍は食べるやろ、ちょっと腹触らして……うおっ! すげぇ肉やな」

「まぁ、伊達にデブを名乗ってないからな」

 あまり触れないほうがいいか、と思っていたがどうやらデブキャラで通すらしい。何故か誇らしげなシュダを見て、みさっきーが声を出して笑った。たくみんはそれを見て、少なからずみさっきーよりはシュダの方が食べるだろうな、と思った。

「それにしても、黒騎士はどこにいるんだろうな」

 たくみんが率直な質問をすると、他の三人は首を傾げた。やはり、誰も居場所を知らないようだ。

「オイラは食事の時には黒騎士が顔を出すやろうと思ってるけど、どうなんやろ」

 あつボンがそう言うと、シュダが何か閃いた、という動作をした。

「もしかしたら今頃、調理室でイーグルとあんずが黒騎士に会っているんじゃないか?」

「ああ……あり得るな」

 たくみんが頷くと、みさっきーが人差し指を顎に当てて宙を見る。ウィンドウショッピングをしているかのようだ。

「それって黒騎士がエプロンして料理作ってるかもってこと? なんか可愛いね」

「確かにオイラのイメージとはかけ離れてるわ。それか、ここまで正体を見せなかったんやし、黒騎士とイーグル、あんずの三人が何かドッキリを決行するのかもしれへんな」

「ええー、そんな手の込んだことするのかな? だとしたら、私もやりたかったなー」

 そこで、シュダがまたアイデアが浮かんだジェスチャーをした。

「そういえば、るねっとがまだ来てないだろ? 本当はもう来ていて、黒騎士と隠れてるんじゃないか?」

 たくみんは一瞬なるほどと思ったが、みさっきーを見て不可能なことに気付いた。

「いや、それはないだろう。だって、みさっきーが鍵を持っていたんだぞ? いくつもあるものなのかな?」

「私は一つしかないって聞いてるよ。それになんかこの鍵、古めかしいデザインっていうか……複製とか難しいんじゃないかな、詳しくはないからよく分からないけど」

 そう言ってみさっきーが取り出した鍵は確かに中世ヨーロッパやゲーム内に出てきそうな趣のある鍵だった。ゲーム好きの黒騎士が作りそうなデザインである。

「いいデザインの鍵だよね。そういえば、鍵はかけたの?」たくみんは玄関の方に親指を向ける。「こんなところに人は来ないと思うけれど……」

「一応鍵はしたよー。私に鍵を送ったってことは信頼しているんだと思うからさ、一応何があるか分からないからね」

 胸を張って言うみさっきーは、ゲーム内でもギルド倉庫の管理を任されている人間である。よほど黒騎士から信頼されているのだろう。

「用心するに越したことはないね」

 たくみんは頷きながら、不審人物なんかよりも、野生の動物が紛れてくるかもしれないと思った。それほどここは辺りを木々で覆われている。

「まぁ、そんな鍵はこの鍵開けマスターであるシュダ様にかかれば余裕だけどね」

「いや、それはゲームの中での話だろ? シュダはトレジャーハンターってジョブだもんな」

「あ、じゃあ私は、えーと、ガンスリンガーだから錠前を壊して侵入できるわ」

「オイラはメカニックだから錠前をいじってなんとかなるかもな」

 たくみんは思わず吹き出した。ゲームの中のスキルで鍵を開けれると自慢げにいっているのが実に愉快だった。

「お前ら面白いな。リアルでもゲームの話でこんなに盛り上がれるなんて、オフ会も捨てたもんじゃないな」

「おいおい、まだオフ会は始まったばっかりだぞ。それより、僕はちょっとトイレに行きたいな」

 シュダが一階の見取り図を手に取り、眺めた。たくみんもつられて確認する。

 一階にトイレは二箇所あったが、西側の通路にあるのは女性用トイレ、玄関ホールから東側に行った先に男性用トイレと記載されている。

 シュダが指で目的地までのルートをなぞった。

「えっと……東通路に男性用トイレだから、玄関ホールに戻って東の扉を開けて、右手側か。よし、ちょっと行ってくるよ」

「おう、俺は待っとくよ」

 たくみんが手をひらひらと振っていると、みさっきーがシュダの持っていた見取り図を受け取った。

「じゃあ、私もトイレに行っておこうかな。女性用トイレは、あっ、玄関ホールの西側の扉って、開かない感じだっけ?」

「せやな。オイラ見たけど、なんか板が打ち付けられてたで」

「ということは……この大食堂から西の扉を開けて、談話室を抜けたらいいのね?」

「それが一番近いやろ。イーグルたちが料理持ってくる前に、はよ行ったほうがええで」

「うん、わかったー。じゃあちょっと行ってくる」

 こうして大食堂から、シュダが玄関ホールを通って東の男性用トイレへ。みさっきーが、西の談話室を抜けて女性用トイレへ向かった。

 大食堂には、たくみんとあつボンの二人が残されている。調理室にいったイーグルとあんずはまだ戻ってくる気配が無かった。遅れてくるであろうるねっとはまだだろうか、とたくみんは少し心配に思った。

 それからたくみんはあつボンと談笑して大いに笑ったが、一区切りついたので一度席に座り休憩することにした。すると、調理室の扉が開いてイーグルが出てきた。

「あれ? 何か少ないですね」

「ああ……シュダとみさっきーがトイレへ行ったよ」

「そうですか、えっと、先に飲み物を持ってきました」

「お、オイラ喉乾いてたんだよね」

 あつボンがいち早くイーグルが持ってきた飲み物を受け取る。そのまま飲むのかと思いきや、しっかりと各々のテーブルに配置した。意外に周りが見えているようだ。

 飲み物の配膳が終わると、再びイーグルは調理室へと姿を消した。

 たくみんは枯れた喉を潤わせながら、スマートフォンで時刻を確認しようとポケットに手を入れたが、硬質な感触がない。

「あっ、スマホを鞄にいれたままだったか」

 たくみんは席を立ち、あつボンに「鞄に忘れたスマホを取ってくる」と言い残して玄関ホールへ出た。

 玄関ホールにある自分の荷物からスマートフォンを取り出すと、玄関の扉を叩く音が聞こえた。

「うお……ビックリした、誰だろう」

 たくみんは訝しげな様子で、玄関の鍵を開けて扉を開ける。そこには、見知らぬ女性がいた。

「あ、あの、私……るねっとっていうんですけど。ここってレッドアトランティスの方たちのオフ会で、あってますか……?」

「ああ! そうだよ、俺はたくみんだ。遅かったから心配したよ、さぁ、入って」

「わぁ、たくみんさんですか! 凄い、ガタイが良いですね」

 るねっとがニコニコ笑って玄関ホールに入った。ちらりと外を見たが、雪はまだまだ積もりそうに思えた。

「遅かったけど、何かあったの?」

「はい、少し……道を間違えちゃって、すいません」

「いやいや、全然大丈夫だよ」

 たくみんは今一度るねっとをよく観察する。みさっきーと同じ小柄な体だったが、みさっきーの長い黒髪とは対照的に、るねっとはショートヘアで、まさしくたくみんの好みにどストライクだった。そして頬には青い星のタトゥーがある。

「そのほっぺたの青い星さ、ゲームと同じだね」

「はい、そうなんです。簡単なシールのやつなんですけど、面白いかなって思って」

「凄い似合ってるよ」

「ふふっ、ありがとうございます。もう皆さんお揃いなんですか?」

「あ、ああ。そうだよ。黒騎士だけいないんだけど……多分もうすぐ食事だろうから、一緒に大食堂まで行こうか」

「はい、えっと、ここに荷物を置けばいいんですか?」

「そうだね。よく分からないんだけど、黒騎士からの手紙が置いてあって、荷物はここに置いて正面の大食堂へ行け、って書いてあったんだ。一応従ってるわけ」

「そうなんですか、分かりました。それじゃあ、行きましょう」

 たくみんとるねっとが歩き出した瞬間、扉を開く音がしてたくみんは思わずどきりとした。

 音のした東の方角へ視線を移すと、トイレが終わったのかシュダが立っていた。

「あれ? もしかしてるねっと?」

 シュダが体を揺すりながら歩いてくる。るねっとが一歩前へ出て小さくお辞儀した。

「はい、るねっとです。すいません遅れてしまって」

「いやいや大丈夫だよ。おかげで僕はのんびりトイレにいれたからね。あ、言い忘れてたけど、僕はシュダね。体型見て分かったかな?」

「まぁ、シュダさんでしたか。おっきいですね」

「よく言われるよ。さぁ、行こうか、こっちこっち。あ、たくみん、鍵しめたか?」

「あ、危ない、鍵閉め忘れるとこだった。よいしょ、オッケー」

 シュダのおかげで無事に施錠を終えたたくみんと、遅れて来たるねっと、男性用トイレに行っていたシュダの三人は揃って正面の扉を抜け、大食堂に戻った。

 大食堂にはすでに、あつボンの他に調理室に行っていたイーグル、あんずの姿があった。テーブルには美味しそうな料理が沢山並べられている。

「あっ、るねっとさんですよね。良かった、来たんですね」

 イーグルが「ちょっと待ってて下さいね」と言い残して一人で調理室まで行った。恐らく、るねっと用の食事を持ってくるのだろう。

 その隙に、たくみんはスマートフォンを開く。時刻は十七時三十五分だった。

 たくみんたちは、イーグルが戻ってくる間、るねっとにメンバーを紹介しながら話を交わした。

 そこで今度はみさっきーが不在だと思い出す。

「そういえば、あつボン。みさっきーはまだ戻ってこないのか?」

「あー、そういえばまだやな。戻ってないで」

「どうしたんだろ」

「迷子になってるんやろ」

「いや、しっかり地図を見て確認していたし、迷うことはないと思う」

「そうやったな、じゃあ寒くてお腹壊したんやろうな」

 釈然としないまま会話が終わり、同時に調理室の扉が開いた。イーグルがるねっと用の食べ物を台車の上に乗せて出てきた。そこにるねっとが歩み寄る。

「わぁ、美味しそう。ありがとうございます、イーグルさん」

「いえいえ、あれ、まだみさっきーさんは戻られていないのですか?」

「ええ、ちょうど今その話をしていたんです」

「うーん、見に行きますか。何かあったら大変ですし、るねっとさん一緒に来ていただけますか?」

「はい、もちろんです」

 るねっとが食べ物をテーブルに置き西の談話室の方へ向かった。すぐにイーグルも台車を置いて後に続き、二人は扉を開ける。

 座ったままのあつボンが早くも料理をじろじろ眺めていて、シュダとこの食材は何だろう、と議論していた。

「うわっ!」

「キャッ!」

 突然の悲鳴で、あつボンとシュダの食材議論は中断し、たくみんもスマートフォンから顔を上げ、あんずがグラスを置いた。

「どうした?」

 たくみんはすぐに立ち上がり、談話室の入り口で固まっている二人の元へ駆け寄る。二人の合間から談話室の中を覗き込んだ。

「えっ……!」

 そこには、血まみれで倒れているみさっきーの姿があった。

 談話室にはいくつもの本棚があり、部屋の中央にみさっきーが仰向けで寝そべっている。そして胸の辺りには深々と刺さったナイフが見えた。死体に被せるように本が散らかっており、みさっきーの近辺にある本は血で赤く染まっている。顔の横にはマスクが落ちていた。

 三人の声を聞いて不審に思ったのであろう、あんず、シュダ、あつボンも駆け寄り、横たわっている死体を見つけ言葉を失った。

 つい先ほどまで、この館まで先導してくれて、大食堂で話をしていたギルドメンバーのみさっきーがナイフで胸を刺されて死んでいる。現状を把握するのに、時間がかかった。

「い、いかん。皆、何も触るな」

 沈黙を破ったのは中年のあんずだった。皆はほとんど後ずさりする形で大食堂へ戻り、あんずが談話室の扉を閉めようとする。

 その時、たくみんはみさっきーの死体の横にあるものを発見した。

 この館の玄関の鍵。そして、紙切れ。

「ちょっと待って」

 たくみんが言うと、あんずは閉めかけていた扉を止めた。

「どうした? あまりじろじろ見るものでもないだろう……」

「いや、紙切れがある……」

 すぐ後ろでシュダが声を出した。

「えっ、まさか、黒騎士からのメッセージ?」

「分からない、だから見に行かないと」

 たくみんは扉を開けて、極力何も触らないように忍び足でみさっきーの死体に近付く。思わずちらりと顔を確認したが、派手な十字の切り傷が付けられていて、赤黒くなっていた。たくみんは吐き気を堪えて玄関の鍵と紙切れを取り、慎重に大食堂へ戻った。

「たくみんさん……大丈夫ですか?」

「心配しすぎだよイーグル。俺は紙切れ取っただけだよ」

 たくみんたちは一度大食堂のテーブルまでいき、紙切れをテーブルに広げた。

 紙切れは二枚重なっていたようで、手前の一枚には今までと同じ筆跡で黒いペンで書かれた文字が綴られていた。

 たくみんは逸る心を抑えてゆっくりと読み上げた。

「黒騎士の裁きは、執行された……」

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