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理想的レッドへリングI

 イーグルは、人気の全くないバスを降りた。同時に降車したのは、オンラインゲーム”レッドアトランティス”で知り合い、何年も冒険を共にしているギルドメンバーたち。シュダと、たくみん、あんず、それと帽子を被ったあつボンという男性である。あつボンの被っている帽子はゲーム内のアバターと似た造りになっていて、駅で一度合流したときの良い目印になった。

 イーグルは眼鏡を持ち上げて緑が豊富なバス停を見渡す。すでに雪が降っていた。

 閑散としたバス停には、すでに長い黒髪でマスクをしている女性が立っている。こちらに気付いた女性は、すぐにコートを翻しながらイーグルたちオフ会メンバーの方へ駆け寄ってきた。

「あ、あの! もしかしてレッドアトランティスの方たちですか?」

「あ、ええ、そうですよ。えっと、あなたは?」

「わぁ、凄い! えっと、私はみさっきーです!」

「ああ、みさっきーさん! いやぁ、ゲームキャラと同じで可愛らしいですね」

「もう、お世辞が上手いですね」

「お世辞じゃないよ」イーグルとみさっきーはもちろん初対面だったが、ゲーム内での長い付き合いのせいか笑みが零れた。「マスクしてるけど、風邪? ちょっと鼻声じゃない?」

「いえ、もうほとんど治りかけなんですけど、一応念のために」

「そうでしたか、もし辛くなったら言ってくださいね」

 みさっきーはゲームのキャラクターと似た黒を基調とした服を着ており、長い黒髪は特にそっくりだった。髪に関してはゲーム内でも本人が公言しており、リアルでもネットでも彼女のチャームポイントなのだろう。

 イーグルとみさっきーの声を聞いて、後ろにいた他の面々が次々と顔を出し、現段階で唯一の女性プレイヤーであるみさっきーに、皆は嬉々として自己紹介をした。

 最後に自己紹介をしたのは、帽子を被った男性、あつボンだった。

「オイラは、あつボンや。今日はよろしくな。それで、るねっとも来るって聞いてたけど、ここにはおらんの?」

 イーグルはもう一人の女性メンバーである、るねっとの事を思い出し、辺りを確認した。だが、このバス停に隠れる場所はおろか、他に人の気配すらない。

「そういえばいませんね。それにしても本当に田舎というか、凄いですね。たくみんさん、次のバスまで何分でしたっけ?」

「えっと今が十六時だから、次は十七時だな。ここ過疎ってるから一日五本しかバスがないみたいだ、あと二本しかないぞ」

 たくみんの隣にいたあんずも、バス停のダイヤ表を確認して顎を撫でた。彼がこの中で一番の年輩者である。

「酷いところはもっと来ないと思うから、まだマシだ。ところで、みさっきーが館の鍵を持っているんだったかな? 道も分かるの?」

「あ、はい! 地図があるので分かります。早速行きましょうか」

 黒髪でマスクをしているみさっきーが皆の先頭に立ち、一同は初めて出会うメンバーたちと会話を弾ませながらのんびりと歩き出した。

 今回はオンラインゲーム”レッドアトランティス”のオフ会ということで集まったのだが、招待状の差出人はここには居ない黒騎士と呼ばれる元ギルドマスターだった。

 黒騎士は人口の多いレッドアトランティスにトッププレイヤーとして君臨しており、プレイヤー同士が戦うPvPや、多種多様のモンスターを掃討する早さを競うPvE、どちらも上位ランクという脅威の人物だった。黒騎士は昼夜問わずゲームにログインしており、一部のネット掲示板では黒騎士伝説と噂されるほどであった。それはここに集まったオフ会メンバーにとっては周知の事実である。

 しかし、そんな黒騎士も半年ほど前に一切ログインしなくなった。はっきりとした理由は分からないが、黒騎士が装備している装備品の完成度の高さ、また、長時間プレイによるランキング上位の独占に嫉妬した人間が、ネット掲示板であることないことを書き殴り、黒騎士伝説とまで噂されていた武勇はぴたりと止まってしまった。そういった誹謗中傷が、黒騎士引退の原因ではないかと思われており、あまり触れずにいる話題だった。

 そうして新たにギルドマスターとして頭角を現したのは、中年のあんずである。彼も黒騎士同様に廃課金プレイヤーであり、またギルドメンバーからの人望も厚かった。彼は黒騎士不在のギルドを力強く支え、空いた時間に勧誘をしては新規プレイヤーを取り込むなどしてギルドをより発展させた。

 そんな折に、黒騎士が有名になる頃からギルドに所属していた、現段階でマスターとサブマスター、チーフにあたるプレイヤーの元に黒騎士からダイレクトメッセージが届いた。このメッセージこそが、今回のオフ会開催のきっかけとなったものである。

 メッセージの内容は十二月二十四日のクリスマスイヴに、黒騎士が所有している館で一泊二日のクリスマスパーティーをしようというものだった。

 黒騎士からの約半年ぶりのコンタクトに、皆は少なからず動揺した。しかし、追記として付け加えられた「ゲームを正式に引退するので、持っているレアアイテムや課金アイテム、ゴールドを全て、出席者に均等に配ります」という一文に、ゲームにのめり込んでいたメンバーたちは出席せざるを得なかった。それほど、黒騎士の持っている装備はゲーム内で価値のあるものであり、その量は計り知れなかった。

 また、黒騎士は気軽に手が出せないような高性能ゲーミングデバイスを多数所持しており、不要になったものや自分に合わないものを仲の良いギルドメンバーに郵送したりもしていた。

 つまり、黒騎士は全員の住所を把握している。なので、今回みさっきーに屋敷の住所と簡単な地図、玄関の鍵が送られたらしい。

 それに関しては出発してすぐ、思い出したようにみさっきーが全員に地図を見せていた。そしてみさっきーがその地図の写真と住所を、遅れてくるであろうるねっとにメールで送信した。

 こうして今、るねっとを除くメンバー、イーグル、シュダ、たくみん、あんず、あつボン、みさっきー、が一緒にいることになる。

 全員は喋りながら慣れない雪道を必死に歩く。何十分も歩けば、滅多にこんな道を歩かないイーグルたちが疲れを感じ始めるのも無理はなかった。

「雪が大分積もっていて歩きにくいですね……あとどれぐらいで着くんですか?」

「もうすぐだと思います……あっ、ほら、多分あそこですよ」

 みさっきーが黒騎士から送られてきたと言っていた地図から顔をあげる。そのまま前方に指をさしたので、イーグルたちは期待を胸にその先を追う。

 六人の前には大きな屋敷があり、豪華なイルミネーションが燦然(さんぜん)と輝いていた。建物の左からは煙突が突き出ているが、今は煙を発していない。

 イーグルの横にきたあつボンが帽子を持ち上げ、白い息を存分に吐いた。

「でっかいなー、オイラこんなでかい館は初めてやで! あの黒騎士がイルミネーションを用意したのか?」

「そうなんじゃないですか?」みさっきーが適当に答えた。「それにしても立派ですね。黒騎士はやっぱり相当金持ちだったんでしょうね。凄い額を課金してましたよね? あんずさん」

「ああ。俺もかなりしてる方だが、黒騎士とは桁が一つ違うかもしれん。運営会社も、黒騎士がやめたと知ったらサービスを提供していく意志が弱まりそうだ」

「ふふっ、あんずさんが代わりに課金しないとですね」

「おいおい、冗談は止してくれよ」

 こうして六人は、るねっとがまだ到着していなかったが、寒空の下で待つのも変な話なので館の中で待つことにした。

 黒騎士から送られたという鍵を使ってみさっきーが玄関を開けると、そこは大きな玄関ホールになっており、天井には巨大なシャンデリアが浮かんでいた。左右に扉があったが、入って左側の扉は壊れているのか、板が打ち付けられていて通れないようになっている。正面の奥には玄関とほぼ同じほどの扉が設置されており、その両脇には二階へ続く階段があった。

 イーグルは一通り玄関ホールを見渡してから、腕時計を確認する。時刻は十六時五十分。道中は雪が降っていたが会話も弾み、女性であるみさっきーを先頭にゆっくり歩いていたせいか、バス停にいた時から五十分も経過していた。遅れて来るるねっとが次のバスで来るのだとしたら、あと十分後のバスでバス停に到着し、メールで送られた地図を頼りにここまでやってくるだろう。一人で黙々と歩くなら、三十分ほどで着くだろうか、とイーグルは頭の中で計算した。

「なんだ、これ?」

 小太りのシュダが玄関ホールの近くにあった受付のようなテーブルに向かっている。彼の手には、紙切れが二枚あった。

 すぐに近付いたあんずが、一枚の紙切れをシュダから受け取った。その一枚を、イーグルも顔を寄せて確認する。

「一階の見取り図ですね。凄い、黒騎士が建てたゲーム内の館と似てますね……黒騎士館、でしたっけ?」

「確かに似てるな。ゲームのを模しているのかもしれん。いや、ゲームのほうをこちらに似せたのかもしれんな」

「南側がこの玄関ホールの方ですか」

「そうみたいだな。おっ、西側に大浴場だって? 凄いな、楽しみだ」

 確かに北西側には大浴場と、脱衣所と記されている。その脱衣所の南側には娯楽室と記された部屋があった。しかし、西側の通路に通ずる玄関ホールからの道は板で打ち付けられているので、直接行くことは出来ない。

 どうやら見取り図によると、玄関ホール正面に見える大きな扉は、大食堂へ繋がる扉のようだ。この玄関ホールと大差ない間取りと記されているので、本当に巨大なフロアなのだろう、とイーグルは再認識する。

「一同は一旦荷物を置き、正面の大扉を抜けて大食堂へ集合せよ……って、書いてあるけど」

 シュダが見取り図ではないもう一枚の紙切れを読み上げる。みさっきーが早くも重そうな荷物を置いてシュダに質問した。

「それって黒騎士の命令なの?」

「それしかないだろ? そういえば、玄関ホールから二階へ続く階段はあるのに、二階の見取り図はないのか」

 確かにそうだ、とイーグルは見落としがないかテーブルを確認した。だが、埃ひとつないテーブルにも厚いカーペットにも紙はなかった。

「きっと、黒騎士が教えてくれるんでしょう」イーグルは館に入ったというのに姿を現さない黒騎士のリアルの姿を想像する。「大食堂でディナーの用意でもしてるんだと思いますよ」

「なるほどな……」

 隣であんずが大きく頷いた。緩慢な様子からあんずの貫禄が垣間見えた。

「イーグル、やっぱりお前は俺より頭の回転が早い。今からでもギルドマスターを交代しないか?」

「やめてくださいよ、あんずさん。あんずさんの方がふさわしいです」

「よく言うよ」

 あんずが笑いながら見取り図を折りたたみ、胸ポケットにしまう。シュダの持っていた紙切れもあんずが一緒にしまっておく、と言って同じく胸ポケットへと吸い込まれていった。

 まだ到着しないるねっとを除く六人は指示通りに一旦荷物を置いて、正面の大扉を開けた。大食堂へ続く扉である。

 真っ先に大食堂の扉を開けたみさっきーが立ち止まった。

「うわぁー、凄い広いね!」

 続いてぞろぞろと大食堂に入り、皆が同じ驚きをした。

 大食堂は先ほどの広大な玄関ホールと全く同じ広さを誇っていたが、二階まで吹き抜けになっていた。ここにも同様にシャンデリアがあったが、玄関ホールのよりも小さいデザインのシャンデリアが二つぶら下がっている。壁にも照明があり、見たこともない壁画が浮かび上がっていた。

「ここも凄い広いですね……玄関でさえあんなに凄かったというのに」

 イーグルが呟くと、すぐ横にいるあんずが腕組みして声を漏らす。

「そりゃ、そうさ。こういう館の玄関ってのは、ようはこの館の顔なのさ。だから必要以上に豪華にするもんだよ。その割には、西側の扉が壊れているのか板が打ち付けられていて見すぼらしかったがな」

「へぇ、詳しいですね。確かに外装も凝ってましたよね、イルミネーションも華やかでしたし」

「ああ、よく出来ている。流石は黒騎士だ。ん? どうした、あつボン」

 帽子を被ったあつボンはきょろきょろと辺りを確認している。

「いや別に……ただオイラは装飾とかそんなのよりも、食事が気になんねん」

 イーグルは食事と聞いて、大食堂に置かれている巨大なテーブルを見る。そこに料理の姿はなく、黒騎士の姿すら見えない。その代わりに、今回のオフ会メンバーの名前が記されたネームプレートが整然と並べられている。そのネームプレートの隣に、小さな鍵と、鍵に繋がっているキーホルダーがあり、そこに何か書かれていた。

 イーグルは、イーグル様、と記されたネームプレートの元へ行き、鍵のキーホルダーを確認する。そこには、”客室B”と書かれていた。

「皆がそれぞれ一部屋貸し与えられるみたいですね」

 イーグルは鍵を置く。すぐ脇に、玄関ホールにあったものと似たような紙切れが置いてあることに気付いた。

「イーグルと、あんずの二人は、大食堂の東の扉を抜けて調理室へ行け……ですか」

 すぐ隣の席だったあんずが、イーグルが紙切れを読んでいることに気付き、近付いてきた。

「なんだ、それ?」

「また、指示が書かれた紙です」

「……ふむ。仕方ない、招待者の黒騎士の指示ならば従うほかないだろう。機嫌を損ねてレアアイテムを渡さないとか言われたら困るからな」

「やはり、ここに集まった人はそれ目当てですかね?」

「そりゃ、そうだろう。そうじゃなかったら、こんな人里離れた場所までわざわざ足を運ぶ必要がない。それぞれどこに在住かは知らんが、俺は新幹線の移動でくたびれたぞ」

「僕より大変そうですね、僕は電車とバスを乗り継いで来ました。えっと、それじゃ僕とあんずさんで調理室、ですね。行きましょうか」

 イーグルとあんずは調理室へ向かう前に、一応紙切れを皆に見せる。その時にシュダがあんずを呼び止めた。

「あんず、ちょっともう一度あの一階の見取り図を見せてくれないか?」

「ああ、いいとも。折角だから、二枚とも置いておくよ。後で黒騎士が来たら渡そう」

「そうだな、サンキュー」

 あんずが大食堂から調理室へ続く扉を開ける。イーグルは今一度、腕時計を確認した。

 時刻は、十七時十分だった。

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