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思慕を抱くブラックナイトII

 冴木賢は病室の扉をノックした。すぐに部屋から女性の声が返ってくる。

「どうぞ」

 総合病院は部屋が沢山あるのか、個室があてがわれているようだ。扉の横のプレートには”鵜飼”と書かれていた。

「あ……冴木さんでしたか」

「どうも。るねっとさん、怪我の具合はどうですか?」

「はい、何とか……これも冴木さんとたくみんさんのお陰、ですね」

「僕はなにも。礼ならたくみんさんに直接してください」

「ふふっ、相変わらずですね」

 何が相変わらずか不明だったが、冴木はベッドで寝そべっているるねっとの横に行き、椅子に腰掛ける。

 るねっとは火傷のせいか包帯を幾重にも巻いて窮屈そうに見えた。顔も半分が覆われており、表情はよく分からない。

「でも、どうして火事の時に二階の”客室E”にいたんですか?」

「ちょっと荷物を取りに行ったんですよ」

「調理室に火を放ってですか?」

 るねっとは包帯のせいで片方しか出していない目を素早く冴木に向けた。

「……火を放って?」

「火をつけて、のほうが正しいかな」

「何が言いたいんですか」

「るねっとさん、あなたが火をつけたんですよね。処方されていた睡眠薬をイーグルさんに飲ませて」

「き、急に何ですか? あの、お見舞いに来てくれたものと思ったんですが、冗談を言うなら帰ってもらえます?」

「冗談は言っていません。そうですね……こう言えばいいですか?」

 冴木は悠然とポケットから棒付きキャンディーを取り出す。まるで挨拶をするように、軽く告げた。

「るねっとさん、あなたが黒騎士です」

 るねっとは口元をぎゅっと結んでから冴木を睨んで震える声で否定した。

「やめて下さい……そうやってカマをかけているんですか?」

「いえ……あなただけが犯行が可能なんですよ」

「何故ですか?」るねっとはまばたき一つしない。「そもそも、私が来た時にはもうみさっきーさんが殺されていたんですよ?」

「それは違いますね。あなたは一度みさっきーさんと二人で黒騎士館に行っている。恐らく、イルミネーションや夕食の用意を一緒にしたんでしょう。みさっきーさんにだけ、集合時間を早く伝えたんですよね? それは恐らく記録に残るダイレクトメッセージには記載せずに鍵と地図の入った封筒に記載したんでしょう。それも何か理由をつけて分からなくなるように捨てさせたんですね」

 るねっとは黙って冴木を睥睨(へいげい)しながら話を聞いている。冴木は棒付きキャンディーの麻婆豆腐味と書かれた包みを開けながら黙々と話した。

「それで一通りの準備が終えてから、あなたは談話室にみさっきーさんを連れ込んで、持ってきていたナイフを使って刺殺した。みさっきーさんはあなたと黒騎士館でオフ会の準備をしていたわけですから、もちろん彼女はコートを脱いでいた筈です。あなたはそれを奪ってから、用意していたマスクを付けて、イーグルさんたちとバス停で合流した」

 冴木の頭の中で、みれいが言っていたミステリー研究会の仮装という言葉が新幹線のように通り抜ける。つい先ほど車内で、みれいが変装と仮装を言い間違えたのが解けかけていた糸を解くきっかけとなっていた。

「そしてあなたは、初対面というのをいい事にみさっきーさんに成りすまし、行動を共にした。るねっとさん宛に送ったというメールも、みさっきーさんの携帯で送信したのでしょう」

「冴木さん、面白いことを言いますね。でも、私はご覧の通り髪が短いんですよ? どうやって誤魔化したっていうんです? まさか皆が見間違えたとでも?」

「いえ、あなたはウィッグも用意していました。みさっきーさんの容姿はゲームと似てる黒髪がチャームポイントだとイーグルさんが言っていましたね。あなたも当然それを知っていた。だから、事前に用意できたんですよ。多少の長さの違いは、みさっきーさんを刺殺後にいつでも調整が効きますから、長めの黒いウィッグを持ってきていたのでしょう。全員で大食堂に入ってもコートとマスクを取らなかったのは、なるべくその変装した姿を維持していたかったからでしょうね」冴木は棒付きキャンディーを口に放り込もうとして、一瞬止まる。「そうそう、風邪気味のように演じて鼻声になってたんでしたっけ」

「そんなの……そんなの憶測です。第一、私は玄関をノックして外から来たんです。たくみんさんもシュダさんもそれを見ています。仮に冴木さんの言う通り変装をしていたとしても、矛盾しています!」

「その矛盾を可能にしたのが、あなたの悪魔的なトリックです。あなたはみさっきーさんに成りすました状態でトイレに行くと言い残して談話室に向かうと、マスクを脱いで、そしてコートも脱ぎ捨てた。事前にみさっきーさんの周りに本を撒いていたのは、血液が乾いているのを少しでも紛らわすためでしょうね。流れた血が大食堂にいってもいけませんから。そしてあなたは、まず娯楽室に行った」

 冴木はそこでるねっとの反応を窺った。彼女の視線はもう冴木を捉えていない。

「あなたは娯楽室で暖炉に火をつけた。すぐに着火できるように準備をしておけば、そんなに時間はかかりません。そして、付けていたウィッグを放り込み、証拠を隠滅した。これが、なぜ暖炉がついていたか、の理由になります。それからあなたは、一階西通路から二階へ上がり、黒騎士像の前を通り抜けて二階東通路に向かいました。すぐ右手に何があるか、もちろんご存知ですよね?」

「……バルコニーがありますね」

「そう、あなたは事前にバルコニーの鍵を開けていたんです。鍵自体は、ポケットの中にでも入れていたんでしょう。そしてあなたはバルコニーに出ると、そこから下へ飛び降りた。そこにはあらかじめ、あなたの本当の荷物が雪で隠されていたんでしょう」

「ちょっと待って下さい、二階から飛び降りたですって? そんなの、出来っこありません。いくら雪があるとはいえ、怪我をします」

「用意周到なあなたに、出来ないことはありませんよ。ちゃんと道具を使ったんですから」

「道具? バルコニーにロープなんてなかったんでしょう?」

「ロープはありませんでしたが、イルミネーションに使われるコードは沢山ありましたね。僕が有栖川君と二人で黒騎士館に来た時、右側のイルミネーションの装飾が剥がれていたのを確認しています。その時は吹雪のせいだと思っていたんですが、あれはあなたがロープ代わりに使ったからだったんです。何本か纏めれば、耐久力も増えます。もちろん、僕たちが来ること自体が想定外ですから、イルミネーションの証拠は消さなかったわけです。いや、元から雪のせいにするつもりだったのかも知れませんね。なんせあの地方は毎年雪が降るそうですから」

 この時期は必ず雪が降る、というのはみれいの妹であるあおいが言っていたものだった。

「そしてあなたは全く別のコートと、自分の短い髪という姿になっています。そこにわざとゲーム内と自分をリンクさせるアイテムとして星のタトゥーシールを頬に貼った。言い忘れていましたが、シュダさんが聞いた外での物音、というのはご存知でしたか? 男性用トイレにいたシュダさんが、あなたが飛び降りた時の音を聞いていたんです。そしてたくみんさんはまんまと騙されて、るねっとさんが来たと思ったんです」

「そんなの……言い掛かりです」

「まだ、証拠はあります。あなたは一度だけ致命的なミスを犯したんですが、やはり自分では気付いてはいないようですね」冴木はあえて数秒の間を作った。「いいですか、るねっとさん。あなたは、みさっきーさんがトイレから戻ってこないという話になって、様子を見に行こうとした時に談話室に向かいましたね?」

「そうですよ。だって女性用トイレに行ったんだから」

「なぜ、女性用トイレだと?」

「……え?」

「いいですか?」冴木は手に持った棒付きキャンディーを顔の前で立てる。「僕の聞いた話では、みさっきーさんがトイレに行ったけれど帰りが遅い、という情報しかその時点で掲示されていないんです。それなのにあなたはトイレと聞いて談話室に向かった。それも、食事を運んできたイーグルさんより先に、です。丁度あなたは玄関でトイレから戻ってきたシュダさんと会っていますよね。彼は一言も”男性用トイレ”とは言っておらず、トイレに行っていたと言ったんです。つまり、男性用と女性用とトイレが分かれていることを後から来たのであれば知りえなかった。なのでトイレと聞いたら、真っ先にシュダさんが現れた東側の通路にあるものだと思う筈です。でも、あなたはみさっきーさんに扮している際に地図を見て男性用トイレと女性用トイレ、二つがあると記憶していた。だからあなたはあの時真っ先に女性用トイレがある談話室の方に向かったのです。本当に遅れてきたのだとしたら、あり得ない行動ですよね」

「……そんな、でも、じゃああつボンさんも私が殺したって言うんですか?」

「そうです。あれは簡単なすり替えですよ。元から”客室E”と”客室F”の鍵は入れ替わっていたんです。鍵に付いているキーホルダーにどの客室の鍵なのか記されているというのが、肝ですね。あなたは自分の鍵のキーホルダーとあつボンさんの鍵のキーホルダーを事前に交換していたんですよ。あなたがネームプレートや客室の振り分けをしたんだから、容易いことです。スタッフルームのみさっきーさんはいない、そしてあつボンさんもいなくなれば、西側にはあなたしか行きませんからね。でも一番最初に閉まっている扉を開ける際に鍵の不一致でバレてしまう、だから最初に荷物を置きに行ったときには、二階東通路の”客室E”と”客室F”の扉は清掃済みだと思わせたのか、全部開いていたんでしょうね。あんずさんの話では西側の客室は全て施錠されていた。そのせいで、東側も施錠されているものだと考えていたのが、巧妙に出来ています」

 るねっとは話を聞きながら掛け布団を強く握った。冴木は構わずに話し続ける。

「つまり、あなたは”客室E”と書かれたキーホルダーを付けた”客室F”の鍵を持っていたんです。あなたはあつボンさんとわざとらしく親しく接していたので、怖がる素振りをして彼を殺したのでしょう。その後、あなたは持っていた鍵で堂々と施錠して次にもう一つ持ったままであるバルコニーの鍵を使いバルコニーを施錠した。ここはさっきあなたが逃走に使った場所ですから、施錠しておく必要がありました。そして西階段で一階に降りて事務室に行くとバルコニーの鍵をしまって、それから急いで娯楽室に向かったんです」

 冴木はそこでようやく棒付きキャンディーを口に放り込んだ。冴木にとっては珍しく饒舌(じょうぜつ)である。ややあって、また話し出した。

「わざとイーグルさんを別の箇所に行くよう紙切れで指示を出したりして錯乱させたあなたは、何食わぬ顔でそのまま夜を迎える筈だった。でも、あなたは突然現れた僕と有栖川君という不穏分子が鬱陶しかったんでしょうね」

「……じゃああんずさんも私が殺したといいたいの? 私は他でもない、冴木さんと一緒にいたじゃありませんか! 絶対に不可能です!」

「そこが、まさに偶然の一致というか、今回の事件を迷宮に誘おうとする出来事でした。この際だからはっきり言いますが、あんずさんは自殺です。それにもう隠す必要はありません、るねっとさん。あんずさんは、あなたの父親ですよね」

 るねっとがついに諦めたように息を吐いた。心なしか、締め付けている包帯が緩んだ気がした。

「ふふっ……冴木さん、もう本当に全部分かっているんですね。そうです、あんずさんは私の父親でした。産まれてすぐに離れ離れになって、顔も名前も知らなかった、私のただ一人の父親だったんです」

「これは僕の仮説ですが、あなたは有栖川君が失礼にも踏み入った話をするものだから、ロケットペンダントを脱衣所に忘れたんじゃないですか? 恐らく後から大浴場に行ったあんずさんがそれを見つけ、妻とあなたが写っているのを見た。るねっとさんが自分の娘だと確信したあんずさんは、それであなたに一杯付き合ってくれないかとワインセラーに呼んだんです。あの時あんずさんは、いつも連れていっていたイーグルさんがいたのにあなたを誘っていた。それがちょっと、不自然に思えたんです」

「はい、その通りですよ。私のロケットペンダントを父が拾っていました。私の母……ひなたの顔をみて、すぐに分かったんだそうです。それで父は……私を黒騎士から守ると言ったんです。父の真摯な気持ちに、私は嘘をつき通せなかった。全て、話してしまったんです。自分が二人を殺したと……冴木さんとみれいさんが来たせいで、計画がバレそうだとも話しました……」

「それであんずさんは、完全な密室を作り、他の被害者と同じように自ら顔に十字の傷をつけて、胸を刺した……。黒騎士が殺人を犯したと思わせると同時に、自分の娘に鉄壁のアリバイを作った彼なりのクリスマスプレゼントだった、という訳ですね」

 それを聞いたるねっとは、(せき)を切ったように涙を流して何度も何度も、小さく頷いた。

「何でも、お見通し……ですね。冴木さん。私、死のうと思ったのに、死ねなかった……私には背負いきれなかったんです……馬鹿みたいですよね。知らなかったとはいえ、父親に迷惑をかけて死に追いやって、それなのに……わ、私……。その、父のためにも、素直に自首をします……あの、警察と話をするとき付き添ってくれませんか?」

「えっとですね……その件なんですが、大丈夫です」

「え……?」

 冴木は申し訳なさそうにポケットからスマートフォンを取り出す。それはみれいの物だった。

 画面には、碓氷警部という名前と、通話中、という文字が映し出されていた。それを見て、るねっとはその周到さに圧倒されてか、力なく微笑んだ。

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