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思慕を抱くブラックナイトI

 黒騎士館で発生した目を覆いたくなるような火事から一夜明け、有栖川みれいは気が遠くなるほど長い取り調べを受けていた。

 殺風景な取り調べ室。みれいの前に座っているのは警視庁刑事部捜査一課の碓氷(うすい)警部と名乗る矍鑠(かくしゃく)とした初老の男性だった。他にも、椅子に座ってパソコンに向かって何かを打ち込んでいる若い刑事が一人。

 碓氷警部は白髪混じりの短い髪をぽりぽりと掻きながら、かれこれ二時間以上もみれいに質問をしている。それほど、今回の殺人事件が奇々怪界な出来事である事を表していた。

「ええっと、それで有栖川さんは朝六時に黒騎士館を出て、ご自分の別荘へ行かれたんですね?」

「ええ、あの、警部さん。もう何回同じことを仰られるんですの?」

「いやぁ、こりゃ参ったな。実は有栖川さんと後、あの何だかしんどそうな……眠そうな顔してる子いたでしょう?」

「冴木先輩ですわね」

「そうそう、その冴木さんともさっき話をしたんですがね、どうも……納得できませんなぁ」

「あのですね、警部さん。何回聞いても事実は変わりませんわ」

「いやぁ、手厳しい」碓氷警部がおでこをぺちんと叩いた。

「それで、被害者の司法解剖は出来たんですの?」

「あの、申し訳ないんですが、あまりこういうのは言わない決まりになっているんですよ……」

「まぁ! こんなに私を引き止めておいて、何も教えて頂けないんですの?」

「ははは……いやぁ、こんなにぐいぐいくる子は初めてだね。最近の若いもんっちゅうのは」

 碓氷警部が頭を掻いて誤魔化そうとしているのを察したみれいは、睨むように碓氷警部の皺が刻まれている顔を見つめる。やがて観念したのか、碓氷警部はやれやれと呟き、スーツの内ポケットから別の黒い手帳を取り出した。

「すぐに有栖川さんの所の家政婦さん、えっと、恵美さんが連絡をしてくれたから鎮火できたものの、みさっきーさんとあつボンさんは焼けてしまってほとんど分からない状態でした」

「あんずさんは分かったんですわね?」

「ええ、少しですがね。冴木さんとるねっとさんと朝食を済ませて、ほとんどすぐに亡くなられていますね。アルコールが多いんですが、胃の内容物の消化具合から判明しました」

「そうなると、イーグルさん、たくみんさん、シュダさんに犯行が可能ですわね」

「いや、もう一人」

「え? まさか冴木先輩と仰るんですの?」

「違います、彼とあんずさんは全く面識がない。これは希望的観測ですけれど、自殺の線も考えているんですよ」

「自殺……ですの?」

「ええ、そりゃそう考えたくもなるでしょう? 部屋は鍵が掛かっていた、そしてサイドテーブルが更に邪魔をしている。うちの捜査員が念入りに調べましたが、入り口の扉以外に侵入経路はありません。ある程度焼けているとはいえ、これは絶対です」

「でも、みさっきーさんとあつボンさん、二人も殺されているんですわよ? 自殺するだなんて、考えられませんわ」

「確率は極めて低いですが、あくまでその線もある、というだけですよ。実はあんずさんが殺人を犯していて……罪の意識に苛まれたのかもしれない。あとですね、あの黒騎士館の周辺も調べさせているんですが、怪しいものは今のところなにも見つかりません。抜け道や地下もないですね。あと、今のところ合鍵もありませんね。依頼を受けた店舗もないんです。もうね、お手上げです、いやぁー参った参った」

 碓氷警部はまた頭を乱雑に掻いた。どうやらそれが彼の困った時の癖なのだろう。

「そうそう、死亡推定時刻が大体分かったとはいえ、死体の損傷は激しいです。じきに分かるとは思いますが……まだ身元が判明していないんです。心当たりはあります?」

「いいえ、皆さんずっとゲーム内のニックネームで呼んでいましたから」

「うーん、そうですか。あぁ、あと有栖川さんと話す前に手に入った情報なんですが、るねっとという女性の方。まだうつ病として睡眠薬などを処方されていますね」

「え?」みれいにとって新しい情報である。「でも、入浴したときにもう大丈夫だと仰っていましたわ」

「きっと、有栖川さんに気を遣ったんでしょうなぁ……」

「えっと、他には何かありませんの?」

「そうですねぇ、後は……あ、そうそう」碓氷警部が指を軽く舐めて手帳を捲る。「黒騎士という人ですが、IPアドレスというんですかね、そういうのに詳しいうちのネット捜査のプロが確認して住所を特定したんですが、自宅で亡くなられていました」

「あの黒騎士が? それはいつ頃ですの?」

「はっきりとは断定できませんが、丁度ゲームにログインをしなくなったという時期と合致しますね。そして黒騎士は、他殺だと思われます。いや、他殺です」

「まさか、同じように胸を刺されて?」

「いいえ。それがですね……黒騎士は絞殺されてしばらく時間が経過してから、体をばらばらにされて冷凍庫に入れられています」

「えっ……」みれいは一瞬想像しかけて止めた。あまりにも残酷に思えた。「そんなこと誰がやったんですの?」

「そんなの、こっちが知りたいですよ。……それで、その家に黒騎士の代わりに少しの間ですが住んでいた人物がいます。黒騎士のパソコンでゲームにログインしてダイレクトメッセージを送り、そのアパートの近所のポストに投函されたものが、みさっきーさんの家に届いていました。黒騎士館の鍵と、地図ですね。今も、大家や周辺住民に聞き取り調査を行っているところです。もう、本当ね……証拠が出れば出るほど謎が深まっていく気がしますよ」

 碓氷警部はまたしても乱雑に頭を掻いて嘆息した。

「うーん、本当に知れば知るほど謎ですわね」

「いえ、でも私なりに色々考えてはいますよ」

「何ですの?」みれいは身を乗り出す。

「例えば、あんずさんを殺害したのがイーグルさんという可能性です」

「まぁ、面白そうな仮説ですわね。どうやって殺害したとお考えですの?」

「ええ、まず彼は既に起床済みで夜中のうちに調理室の包丁を盗んでいたわけです。それで、あんずさんが部屋に戻るときに偶然を装い廊下で会います。そして、ギルドマスターになってもいい、と話題を提供するわけです。そして、”客室A”に入って刺殺した……」

「そこからどうやって密室にしたんですの……?」

 碓氷警部が口元を斜めにしてから額をぺちんと叩いた。

「そこが、分からんのです。窓が少しでも開いていれば、イーグルさんは隣の部屋ですから糸が何かで物理的な細工が出来るかも知れないと思ったんですがねぇ……」

「残念ながら、冴木先輩の証言では窓は開いていなかったということですわ。あつボンさんがいた”客室F”も同様に」

「まぁ、サイドテーブルもありますしね。それに、なぜ密室にしたのかもよく分かりません。ほんと、ええまぁ、とりあえず、ですね。今回はこれぐらいにして……」碓氷警部が手帳を閉じる。「また何か分かったら、そうですね、私の名刺を渡しておきましょう。いつでも結構ですので、何か些細な事でも思い出したりしたら電話してくれると嬉しいです」

「ええ……分かりましたわ。色々教えていただいてありがとうございます」

「くれぐれも、内密にお願いしますね」

 碓氷警部が名刺を取り出す。みれいは名刺を丁寧に受け取ると、新しい情報に困惑しながらも一礼して取調室を出た。

 それにしても、冴木と別々に取り調べを行ってこの時間とは、他の人たちとも取り調べをしていると考えると、あの碓氷という警部は何時間あそこで頭を悩ましているのだろう、とみれいは警部の大変さを痛感した。きっと頭を掻きすぎて、その箇所だけ早くハゲるに違いない。

 警察署のロビーには、妹の専属メイドである恵美がメイド服のスカートを掴んだり離したりしてそわそわしながら椅子に座っていた。彼女はみれいの姿を見つけるとぱっと表情に花を咲かせて、おぼつかないいつもの足取りで駆け寄ってきた。

「みれいお嬢様、お疲れ様です。すぐご帰宅されますか?」

「いえ、入院しているたくみんさんとるねっとさんにお見舞いにでも行こうと思っていますわ」

「あ、車にいる冴木様もお連れになられるのですね?」

「え?」みれいは首を傾げる。「冴木先輩、まだいますの?」

「は、はい。あおいお嬢様とお話をされていらっしゃるようですけど……」

「まぁ! 何だか出し抜かれた気分ですわ。車まで案内してくださる?」

「も、もちろんです。ではこちらへ」

 みれいは恵美の後に続いて警察署を出た。恵美の動きに合わせて周りの目線が付いてくることに気付いたが、理由は不明だった。

 駐車場は年末が近いせいか車が少なく、心なしか澄んだ空気が停滞している。

 一際異彩を放つ白いボディの車の後部座席に、冴木とあおいの二人が並んで座っていた。

「冴木先輩、お待たせ致しましたわ」

「やっと来たね……有栖川君。ずっと取り調べ?」

「ええ、そうですわ」

「僕もだよ」

 冴木は肩を竦めて隣のあおいに視線を向けた。みれいはそれを見ながら、同じ後部座席に体を押し込む。

「え、ちょっと有栖川君、君は助手席だろう」

「私、冴木先輩とお話をしたいんですの」

「前に座っても話せるだろう」

「あおいとは横に座って話しているのに?」みれいは冴木とあおいの反応を窺う。「あれ、あおいは何で黙っていますの?」

「ついさっき寝たんだ。これ以上刺激して起こさないで貰えるかな。ずっと彼女から取り調べを受けて疲れたよ」

「まぁ、何を聞かれていたんですの?」

「あ、家政婦さん。車出してください。僕のアパート……って言って通じますか?」

「ちょっと、冴木先輩。スルーしないでください、あと行き先は総合病院ですわ」

 みれいは恵美に指示を出すと車を出させた。運転席に恵美が座り、後部座席にみれい、冴木、あおいと数字の百十一、あるいは漢字の川のように座っている。

 みれいは走行中、碓氷警部から聞いた情報を事細かに冴木に伝えた。内密とはいえ、冴木は事件に関与しているので問題ないだろう。恵美とあおいはこの際除外した。不可抗力ということにでもしておこう。

 冴木は相槌も打たずに呑気に棒付きキャンディーを頬張り始めたが、味について追求するのは(はばか)られた。

「本当、災難でしたわ。折角開催したミステリー研究会のクリスマスパーティー、少し覗いたんですが楽しそうでしたのに……参加できなくて残念ですわ」

「どうせ、飲んだくれるだけだろう?」

「よく分かりますわね? でも、それが醍醐味でしょう?」

「皆、大人の真似事をしたがる年頃だからね。二十歳を超えて堂々と飲酒が出来るものだから、羽目を外しすぎるんだ。家を飛び出した君みたいにね。全く、きっと風邪をひくだろうね」

「もう……家を飛び出したってこと、あおいから聞きましたの? でも、冴木先輩のお好きなオレンジジュースもきっとクリスマスパーティーならあると思いますわ」

「それはコンビニにもある」

「冴木先輩ったら屁理屈ばかり……そう、皆変装……じゃなくて、仮装もしてましたわ」

「ああ……そういえば、有栖川君の荷物が全部燃えてしまったからサンタ服が無くなってしまったね」

「それはまた来年買いますわ」

「買わないという選択肢はやっぱりないんだね」

 みれいは、冴木にはトナカイにでもなってもらおうかと企みながら外の景色を眺めた。やがて、総合病院と書かれた文字が目に飛び込んでくる。

 現在、総合病院にはるねっととたくみんの二人が入院している。二人とも命に別状はないが、火傷の治療を行っていると碓氷警部が言っていた。回復を待ってから、二人も長い長い事情聴取を受けるのだろう。

 四人を乗せた車は軽やかに駐車場に入り、後ろ向きに駐車した。全く振動を感じさせない恵美の完璧な運転技術は他のどのメイドにも真似できない精巧さがあった。

 車のロックが解除され、みれいは車から外に出る。眠ったままのあおいは別として、何故か冴木も座ったままだった。

「冴木先輩?」

 みれいが声を掛けても、冴木は時が止まったかのように静止している。ただ口に咥えられたキャンディーの棒だけが、電池が切れかけているオモチャのようにぎこちなく動いていた。

「あの、冴木先輩? どうなされたのです?」

「氷解した」

「え?」

 みれいが小首を傾げていると、冴木がキャンディーを噛み砕いて棒を取り出した。

「有栖川君、その碓氷警部と電話は出来るの?」

「え、あ、はい。出来ますわ」

「ちょっと、電話してくれ」

 まさに青天(せいてん)霹靂(へきれき)とも言える冴木からのお願いに、みれいは驚愕した。それに加えて、普段より低い冴木の声色に鳥肌が立つ。

「さ、冴木先輩、もしかして何か分かったんですの?」

「何か……じゃない。全部だ」

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