美形ってこういうこと、なんですか
気が付いたら倒れていた。
異世界に転生して、最初に出会った村。・・・村人Aになる為に転生してきた自分の、居場所になるはずだった場所。
そこから逃げて、逃げて、逃げた先は。
どことも知れない(どうせこの世界の地理なんか全然知らないけれど)森の藪の中で。多分夢中で森の中を走っていたからか、服からでていたところに切り傷が出来ているのか、あちこちがひりひりと痛くて。
この世界に来てから何も口にしてなかったから、喉はカラカラ、お腹もペコペコで。そんな意識も朦朧とした状態の俺が倒れて起きて、気が付いて。
そして目の前には今、刃物がつきつけられていた。
「なんだー、このご時世にこんな場所でこんな上玉が倒れているなんて。不審以外に何者でもないね」
「なんか薄汚れてるけど、すっごい美人さんだね、この子。ヤローがいればさー。この子で一儲け出来ただろうにね」
「そうだね!男はこういう若くてキレイな子が好きだからねー、まったく。しかし、今は男なんてゴロツキのろくでなしでさえいやしないしね」
まったくだね。
そう言って俺をとり囲んでいる5人が、いっせいに笑い声をあげる。その振動で俺につきつけられているナイフと思われる刃物が揺れて、首に当たりそうになる度にビクビクする。
「まあ、なんでこんな所にいるのかだなんて知らないが、あたし達に見つかっちまったんだ。諦めて貰おうかね」
「こんだけキレイな子なら、買い手もつくよ。男じゃなくても、さ」
ほら、立ちな!
刃物を突き付けられたまま、腕をとられて立ち上がらせられると、別の女の人が縄を持って来る。
「手、かしな。逃げられちゃたまらないからね。せっかくの獲物なんだから」
これは、野盗?に会ったということなんだろうか?
この世界に今男がいないって、本当に本当なんだな。
目を開けた時に取り囲んでいたのは、集落にいた女たちよりも更にすさんだ感じのする女の人たちで。そう、刃物を持って取り囲んでいた全員が女だったんだ。
なんか野盗とかって、こう、むさいボサボサ頭の無精ひげの、ずっと風呂にも入ってないおっさんが群れになっているイメージだったんっだけどな。男がいないと、女でも野盗になるのか。
何故か後ろで両腕を縛られながら、そんなことを考えていた。
どうせなるようにしかならない。
そう悟っている訳ではなく、勿論一回死んでからの出来事に頭がパンクしていただけだったけど。ただ他人事にように、今からどうなるんだろな、とか考えていた。
「あれ?こいつキレイな顔してるけど、女にしちゃちょっと筋っぽいよ」
「そういえば胸も膨らんでないしね・・・。どれ」
そしてまたか、というかもう諦めた方がいいのか。ガバっと音が聞こえる位豪快に胸元がはだけられる。
「おや~。これはもしかして、コイツは男なのかい?」
「お肌つるつるで筋肉なんて全然ないけど。これは男、だね」
「おいお前。何か言ったらいいだろ。お前は男なのかい?」
大阪のオバちゃんでも、こんなにズケズケやられないだろうにな。
あらわになった胸元を、遠慮会釈なく複数の手で撫でられる。
「なんだしゃべれないのかい?なら確認するだけだよ」
「男だよっ!男です、男ですからっ!!」
さすがに下半身をガバっといかれる危機に、頭が覚醒して気が付くと叫んでいた。
「ふーん。それならなんでまたこんあキレイな男がこんな場所に倒れているんだい?」
「・・・・」
「まあ、いいさ。後でゆっくり聞かせて貰うとするよ。とりあえず帰るよ、あんた達っ」
「はいよ」
つながれた縄を引っ張られ、歩かせられながら。とりあえずなんとかなったのか?とか思ってしまった。
後からそれまた後悔することになるけれど。その時は飲まず食わずでほとんど意識もないままだったんだ。
でも俺ってどんな顔なんだ?
「今戻ったよ」
途中で倒れかかって、わずかばかりの水だけ貰って歩き続けて約1時間。連れて来られたのは、、驚いたことに2階建ての石で造られた建物だった。
ただこの裏の方には、集落で見たような木造の家が何件か建っているのがチラっと見えたので、多分この世界ではこの建物はかなり普通よりも豪華な建物なんだと思われた。
「お帰りなさい。その子、新しい子ですか?」
「ああ・・・。まあとりあえず簡単なものでいいから何か食い物と水持って来てくれ」
「はーい。その子美人ですねー。お客さんとられそう!」
中に入ると、何人もの若い女性がいた。これまで会った女の人よりも身ぎれいで、華やかな顔立ちをしていた。服も薄手のざらざらな布よりもいい生地の服を着ていた。
・・・ただ布地は極端に少なくて、胸元を隠して、ミニスカートのような丈の腰巻を巻いていた。
そして化粧までいている女の人達に取り込まれて、目のやり場に困る。
な、なんだここ。
「ホラホラ、散った散った。もうすぐ陽が暮れるよ。客を迎える準備をしな」
「はーい」
その中を、自分に最初に話しかけてきたリーダーだと思われる女に手を引かれて、一階の奥の部屋へと入る。中は素朴ながらキレイに整頓され、手前には木の簡素な椅子とテーブル、そして奥には簡素なベッドがあった。
「とりあえずそこに座りな」
示された椅子へとよろよろと座る。なんかこうやって座るのさえ久々だな・・・。
つい今までの走って逃げて、を思い出す。
俺ってこの世界来てから倒れているか、走っているか・・・。地面にしゃがみこんでいるかだったんだな。
普通の高校生男子が事故にあって死んだ。で、転生して普通の村人Aになった。そんな予定だったハズだったのに・・・。
椅子に久しぶりに座ると、なんだかそんなことが頭をよぎった。
「姉さん。水と食べ物もってきたよ」
「ああ、そこに置いて。ホラ、食べな。そのまま死なれても商売にならないからね」
「!!」
商売、と言われた言葉が気にはなったけれど、目の前に出された食べ物に、それ以外はどうでもよくなる。
「すごいがっつきようだね、あんた。そんな顔してるのに今までどうしてたんだい」
水はどこか土臭い匂いがしたし、パンらしきものは黒くて固くて、かみ砕くのさえ苦労をした。ちいさ木の器に少しだけあったスープにも、具なんてものはほとんどなく。味もわずかに塩気がするだけだった。
けれど今は口にいれただけで、体の奥から生きる気力が湧いて来るくらいには美味しいと感じられた。
この世界についてからの、初めての食事だった。
「おいあんた。食べながらでもいいから答えな」
「・・・いつのまにか集落にいたんだ」
答えろと言われても、答える言葉もなく。ただ事実だけを言う。
神様?に転生して村人Aとして生活して子供作れって言われたって言ったって、多分信じられないだろうしな。
「ん?なんだお前落し人かい?・・・それにしちゃあキレイすぎるね」
『落し人』という言葉に、集落でも他のところにも自分と同じように転生者がいる、と話していたことを思い出す。
この世界ではそれが当たり前になっているのか?
「確かあちこちに振ってきた男はみんな偉丈夫で、畑仕事もすぐ出来たって聞いたけどね」
「・・・」
最後のひとかけらの黒パンを飲み込み、そんなに美形がいけなかったのか?とまた思う。
それでも本当に俺、どんな顔してんだ?
さっきは水を見ただけで顔を確認する、なんてことは頭の片隅にもなく一気に飲み干していた。
「まあいい。さて、それなら確かに男だっていうのは本当なんだろうけどね」
「ええっ、男なんですか、この子っ!あたしよりキレイなのにっ!」
水を持って来た、少し上くらいの17,18くらいに見える少女の言葉に、さすがに自分がどんな顔をしているのかかなり今すぐ確認したい衝動にかられてくる。
その少女は、明るめの茶色の髪に普通に日本人くらいの肌の色。そして赤い目をしたくっきりとした目鼻立ちの、俺から見ても普通にかわいい、と思える顔出ちをしていたから。
身長と体格は、昔の俺くらい、か?
今が多分前より小さく、そして多分骨格も細くなっている気がするから、その少女よりも確かに一回りくらいは小さいのかもしれない。
そう思うとかなりつい神様?に「美形にしてくれ!」と言った自分を呪いたくなる。
「確認もしたいところだけど、とりあえず薄汚れているから洗ってやってくれるかい?」
「わかった。じゃあこっちにおいでよ。風呂場に案内するから」
風呂、と聞いてこれでやっと自分の顔が確認できる、と思いそのまま腕を引かれるままについていく。
「ホラそこへ横になりな」
連れて行かれたのは、奥まった廊下を進んだ先の小部屋で。中には大きな桶と水瓶があった。
「え、ええええっ」
「髪を洗ってやるって言ってるんだよ。水は貴重なんだ。頭からかぶる余分な水なんかないんだから、いいからそこに寝ろって」
「うわっ」
肩をぐいっと押されて尻餅ついたところをそのまま押し倒される。
同じくらいの少女にさえかなわない力って・・・。
「ほら、キレイな色の髪なのに泥だらけなんだから」
桶のふちに頭を乗せられ、そのまま髪に水がかけられる。
「あー、からまっちゃてるな」
俺の体の上にのしかかったまま、ぐいぐい髪を水で濯がれる。
水で自分の顔を確認しなければ、とか、水の冷たさとか、色々感じることはあるはずなのに、つい目の上でゆれる、きわどい部分を覆っただけの上着からのぞいて揺れる少女の胸元に、目を奪われていた。
うわっ。太ももお腹と腕にって。や、やわらかい、な。
今も自分の置かれている状況は何も理解も出来ず、何もよくなってはいないのに、つい異性の体に心を奪われる自分に、誰ともなく言い訳したい気分になる。
だ、だって俺、ただの普通の高校男子だったし!こ、こんなに近くに同じくらいの女の子なんて・・・。妹とさえ記憶にないんだから、仕方ないじゃないかっ!
「よし、大体取れたわ。しっかし腹立つくらいにキレイな色だね、本当に。じゃああとは着替えもってくるから、この水取り換えるから身体洗ってね。お水はそれ以上ないから、この布を水にひたして身体をふくのよ」
わたわたと頭に触れる指と、体にまたがる足の感触に惑わされていると、ふいに体の上からだ少女がどいた。そして俺を起き上がらせてたらいの水を替えて、目の粗い布を差し出してきた。
「あ、ああ。わかった」
布を受け取ると扉から少女が出ていくと、やっと我に返る。
いやいやいや。さっさと顔を確認しないと。・・・まあ身体も洗うけど。泥で気持ち悪いし。
とりあえずさっさと洗うか。
なんとなくさっき言っていた『確認』の言葉を思い出し、つい周りを確認してさっさと服を脱ぎ捨てる。そのまま桶にとりあえず顔を映してみた。
すると。薄暗い部屋の中なので鏡というわけにもいかなかったけれど、桶の中には。今まで映画の中でしか見たことのないような、美少女が、いた。
「えっ、だれ、これっ。すっごいかわいいじゃんっ」
いやいやいや。ここには俺しかいないし!ってことはこれ、俺なのかっ!!
「ええええええええっ」
こ、これはちょっとっ!び、美形ってこういう美形なのかっ!
水の中には、淡い金髪のウェーブがゆるくかかった髪、整った顔立ちにバッチリまつ毛の二重瞼、そして淡い水色の目に、薄い色合いの肌の、一見少女に見える美少年の姿があった。
いやいやいやいや。美形っていったらホラ、切れ長の目にこうスラっとした体躯のこうっっ!
あああああ、それってカッコイイ男子にしてくれって言えば良かったんじゃね!
水の中で百面相する美少女の姿に、だんだんとこれまでのことが腑に落ちてくる。
これで村人Aをやれって・・・?野良作業・・・?あ、あれ?
なんかそういえば神様?に美形にすると全部そっちに使われるから苦労しない村人Aとしての知識が入らないって・・・?あれ?それでも子供がいっぱいできるからいいか、とか。
なんか捨て台詞みたいなこと言われてたような?
その言葉の意味とこの状況を考えると、怖い考えしか出てこなくて。ハっと我に返ると急いで身体を洗い出した。
と、とりあえずこんな恰好でいるのはヤバい!
水の冷たさに止まりそうになる手をせかしてやっと大体洗い終わった時、不意に扉が開かれた。
「身体洗い終わった?これ着替え適当に・・・」
「う、うわっっ」
思わず振り返って、全裸だよっ!ってしゃがみこむ。
「うわー。ちゃんと男の子だったんだねー。でも、かわいいけど」
プププっと重なる笑い声と、その声が向けられている下半身に、ボンっと頭が沸騰する。
ほっとけよっ!どうせ前の世界でだって童貞だったよっ!
「でもあなたこの館であっという間に一番の売れっ子になるのは確定ね。今から続々集まってくる奥様達が見えるようだわ」
「?い、一番?」
「ええっ。あなたまだ気づいてなかったの?ここは娼館だよ。今は男がいないから客も女だけどね。でも暇を持て余した奥様達には需要があるのよ?」
そこにあなたみたいなかわいい男の子が入ったとなったら、そりゃ入れ食い状態だよ。
・・・・。・・・・。
真っ白になった頭の中に。頭の裏からさっき目をそらした声が響いてくる。
『まあ子供を増やすことには変わらないわよね』『娼館でも』
む、村人Aとして転生するって言ったくせにーーーーーー!!
美形にして下さい。そう望んだ言葉がすべての現況だと、現実逃避したい頭の中にガンガンと響き渡る。
お、俺のバカーーーーーー!
「はい、服。多分姐さん達が、あんたに似合う服をすぐ調達してくれると思うから、それまでは女物しかないけど我慢してね。まああたしよりも似合いそうだけど」
そう言って差し出される服をとっさに奪うように受け取る。
「おい、キレイになったのかい?どれ、確認しないとね」
受け取った服を着るまもなく、俺をここに連れて来た女の登場に、更に一気に頭に血が上る。
『ここは娼館だよ』
そんなの、イヤだーーーーっ!
その心の叫びに従って、一瞬でもここにいたらまずい、という本能のまま服も着ずに扉を開けた女の脇をすり抜けて、廊下へと飛び出した。
「おい、待てっ!みんな、新入りが逃げるよっ、捕まえておくれっ」
「はいよっ」
持った服で一応前を隠しただけの裸の姿で廊下を出口を求めて走りだした俺を、次々と部屋から出てきた女が立ちふさがる。
それをよけながら進んでも、出口へは何十にも囲いが出来て近寄れずに、後ろから伸ばされる手に追われて奥の階段を上って上へと走ってあがる。
それでも走りながらも見た部屋の中には、ベッドしかない部屋が続いていた。しかも一部屋一つのベッドではなく、二つ、三つと置かれた大部屋なんかもあって、ついここがどこかを考えると叫びたしたくなった。
なんだよこれっ、なんだよこれっ!どうするんだ俺っ!
二階に上がってももちろん出口があるハズもなく。後ろから伸びる腕に追い立てられて、突き当たりの扉をあけ放つ。そして中に飛び込むとそこには、天蓋付の大きなベッドがあった。
な、なんだここはっ。
他の部屋にあったベッドとは格段の違いに、一瞬足が止まる。
そこをすぐ後ろに迫ったここの主と思われる女に腕を掴まれ、そのままベッドの上へと放られた。
「ここから逃げられるなんて思わない方がいいよ。あんたみたいな上玉、逃がすと思うのかい?」
思わず周りを見渡すと、右手の奥に小さな窓が見えた。でもここは2階だと思うと一瞬動きがとまる。
「ちょうどいいね。ここはあんたの部屋になるんだよ。いいかい?今この国にはもう男なんて、小さな子供と王城くらいにしか残ってない。お貴族様だってみんな魔王の戦場へと行って帰って来なかったんだ。だから今は未亡人と未婚の女性なら、いくらでもいるんだよ」
そう言われて、本当にそこまで男がいないことに驚く。
いきなり湧いた男でも、それではどこでも喜んで村人Aとして歓迎されるだろう。顔なんかよくなくても。
そう言った神の言葉に、美形という言葉を撤回しなかった自分を改めて自分で罵倒する。
「これから毎晩何人もの貴族の未亡人がここに通って来るんだよ。あんたを目当てにね。まあ最初は上お得意限定にしようかね。かわいいもんじゃないか。大丈夫だよ。あんたがリードしなくたって、相手が全部好きにしてくれるからね。あんたはそのベッドで横になってりゃいいだけさ」
女の言葉に、頭の中にこのベッドに横たわったさっき水の中で見た自分の上に、何人もの熟女が群がる姿がまざまざと浮かぶ。
そして女の視線がズレた服からのぞく下半身に向けられていることに気がつくと、俺の息子はここでずっとそんな生活そする為に転生してきたのか、とそう思うと、カっと身体に火が灯った。
「そ、そんなのイヤだっ!イヤだって言ってるだろっっ!!」
その火に追い立てられてベッドから飛び降り、その勢いのまま小窓へと走った。
「ちょっと待ちなっ、ここは2階だよっ!」
そんなのわかっている。でも、そんなのかまっていられるもんかっっ!
その勢いのまま窓を開ける手間を惜しんで身体からぶち当たり、そのまま割れたガラスと窓枠と一緒に下へと落ちて行く。
ドンっと衝撃が来て、ザクっと切れた感触があった。
それでも頭から下に落ちることはなく、倒れこむように、下の地面へと叩きつけられていた。下が雑草が茂った草叢だったことが、唯一この世界に来てから俺が運がいいと思えたことだった。
「おい、待ちなっっ!おい、捕まえるんだよっ。逃がすなっ」
上から落ちてくる女の声に、あちこち痛みを訴える身体を無視して起き上がり、そのまま館の裏手にあった森の中へと飛び込む。
そこからは、走って、走って、走った。
草叢に、木の根に。足元をとられて転んで。それでも起き上がって走った。
途中で回りが夕闇から夜になって、やっと止まって持っていたままだった服を身に着けて。
それでも後ろからまだ声が迫ってくるような気がして、手探りで真っ暗な闇の中を歩き続けて。
そしていつしか意識がなくなっていた・・・。
「美形にして下さいっ」
たった一言の言葉が、すべてを左右することもある。
そんな格言めいたものをしみじみ実感しながら、そのまま意識は闇に沈んでいてたい・・・。
次から主要人物でます。
・・・小説形式で投稿してたんで、もしかして1話が長いですか?