第九話 : 離脱と追行
本の絨毯に乗ってから出口に来るまで、本当にあっという間だった。
「クッソ〜まさか本当に角の上に座らせるなんて...」
「乗せてもらっただけありがたいと思いなさいよー。」
「へいへい、じゃあさっさと出るぞ」
アーサー出口のボタンを押した。
とびらは音を立てて開き始め、外の光が差し込んできた。
ーーー直後。
「アーサー!!!!来るなああーーーっっ!!!!」
「えーーーーーっ」
突然のクラウドの叫びに対応できず、彼の言葉の意味を理解した時にはもう遅かった。
その隙にセインはアーサーの横をすり抜け、シャロンが手にしていた本を奪い取った。
そして、三人が状況を把握した頃には、もうすでにセインは逃走を始めていて、三人からは少し離れた場所でいつものように微笑んでいる。
「おっ...おい、セイン。
これは一体どういう事だよっ!?本を返せ!」
「それは悪いけどできないね。」
「セインっ...貴様ぁーーー!!!」
クラウドはセインに近づこうと一歩踏み出したが、シャロンがそれを引き止め、何とか踏みとどまる。
「まあまあ皆さん。そんなに恐い顔しないで。君達には悪いけど、僕には僕の使命があるんでね。」
「使命?だってセインは確か、"魔王の調査"をしているってーーー」
アーサーが尋ねた所、セインは可笑しそうに腹を抱えて笑い出した。アーサーの表情は少し険しくなる。
「あはは...ああ、すまないね。
そんなの本気で信じていたんだと思うと可笑しくて...。」
「何ぃっ!!?」
「いや、しかし。本当にクラウド君以外は気付いてなかったらしいね。全く、期待はずれだったよ。
クラウド君、君も大変だねぇ?」
「黙れっ!!!」
クラウドの怒りはそろそろ限界だ。
アーサーも頭の整理がつかず、混乱していた。
「お前は、一体ーーーーー」
「ああ、申し遅れたね。
僕は魔王様直属の一番の部下。
そして他の弱い手下共の司令塔である、セインと申します。」
「なっーーー!!?」
セインの言葉によってその場は凍りついた。
「まっ...魔王の、部下…!!?」
「そう。僕は魔王さまの命により、勇者と言われる貴方たち四人を見張るついでに試していたんだよ。
そして、最優先すべき指令が、"魔王歴伝を手に入れろ"。
この本は魔王様にとっては脅威になりかねないからね。こちらで処分させて頂くよ。」
「!!!」
クラウドを除いた他の三人は、未だに状況を受け入れ難い様子だ。...特にユーリンは。
ずっと黙って呆然と彼を見つめていたユーリンは、ようやく口を開いた。
「じゃあ...ずっと私達の事...騙して...ーーーーー?」
「そういう事だね。じゃあついでに僕から見た君達の評価を教えようか。
まずは...アーサー君。
君の剣の腕は素晴らしい!そこは僕も認めるよ。...しかし、鈍感な上に隙だらけ。そしてさらにお人好し。それじゃあ騙されて当然だね?」
「なっ...!!」
「次はシャロンさん。
君は人見知りのせいで一番探りにくかったよ。そうだなあ...君は、見ているようで見ていない。そんな所かな。何かに熱中すればその事しか見えなくなって、周りは全く見ていない。もちろんそれじゃあ気づかないよね。」
「...っ!」
「そしてクラウド君。君の観察力や直感には脱帽だよ。他の誰よりも頼りになるだろうね。
しかし、気が短い所と他人を頼ろうとしない所が残念だね。もしもっと仲間を頼っていれば、もっと早く僕の正体を暴けたかもしれないのにね。せっかくの力が台無しだよ。」
「きっ...様っーーー言わせておけばっ...」
「クラウドっ!!」
再び一歩踏み出そうとしたクラウドをシャロンがなだめる。
しかし、正直三人が言われた事は大半が図星で、三人はかなり動揺していた。そしてーーーーー
「最後に...ユーリンさん。そうだね...君は...ーーー単純で、一番扱い易かったよ。」
「ーーー!!!」
「君のおかげで物事が僕の思い通りに運んだんだ。感謝するよ。」
「う...嘘...ねぇ、嘘でしょ!?だって...だってセイン...言ってくれたじゃない...!!私の事がーーーーー」
「ちょっ...と待って。まさか...あれを本気にしてた、だなんて...言わないよね?」
「え...ーーーーー」
「あれが本気?...まさか。嘘、に決まってるじゃないか。
僕が、君を?ありえないね。」
「あっ...」
気付けばユーリンの目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。
そしてその涙はせきを切ったように次々と溢れ出す。
それを見たアーサーは俯き、そのままセインの方を向いた。
「...くもーーー...ンを...せたなーー」
「ん?何だって?」
「よくも...よくもユーリンを泣かせたなっっ!!!!」
アーサーは珍しいほど怒っていた。
彼はセインを思いっきり睨みつけるが、セインの表情に変化はない。
「これは失礼。君はユーリンさんのことが好きだったのかな。」
「なぁっ!!?」
そう言われたアーサーは思わずひるんでしまい、赤面する。
しかしユーリンはまだ俯いたままである。
それを見かねたアーサーは、不意にユーリンの頭にぽん、と手を乗せた。
「...ユーリン、もう泣くな。
ーーーお前には、俺たちがいるだろ。」
「...えっ?」
ユーリンが顔を上げた時には、アーサーはすでにユーリンに背を向け、セインの方へ歩き出していた。
「...アーサー。ありがとう...」
ユーリンは聞こえるか聞こえないかくらいの大きさでそう呟き、精一杯微笑んでみせた。
一方、アーサーは真剣な表情でセインを見つめていた。
「セイン。もういいだろ?本を返せ!!」
「それはできないね。」
「だったら...俺と勝負だっ!!」
「面白そうだね。...でも、今は遠慮させてもらうよ。悪いけど、急いでるんでね。」
セインはそう言い捨てると、アーサー達に背を向けて去って行ってしまった。
「待てっ!!セインーーーっ!!」
四人はセインを追うために、図書館の外に出た。
ーーーーーが、
「なっ...なんだよこれ...!!」
図書館は無数のモンスターによって包囲されていた。
「くそっ...セインのしわざか...!」
「つくづく抜かりのない奴だな...」
モンスター達が目をギラつかせながら一斉にアーサー達に襲いかかってきた。
それを合図に戦闘は開始された。
数はあるが、一体一体はたいしたことはない。アーサー達は着々と敵の数を減らしていった。
しかし、ユーリンはセインの言葉がよほどショックだったのか、応戦しながらもどこか上の空だった。
「ーーーおいっユーリン!!!」
「えーーー」
そんなユーリンを狙って、数体のモンスターが彼女の頭上をめがけてとびかかる。
「きゃっーーー!?」
「ユーリン!!」
アーサーはユーリンを後ろに突き飛ばし、モンスター達を斬り捨てた。
そのまま弱々しく尻もちをついていたユーリン。
「あ、アーサー、ありが」
「何してんだ!!状況わかってんのか?!しっかりしろよ!!」
振り返ったアーサーは、厳しい口調でユーリンにそう言い放った。
「あ...」
アーサーは自分を見上げるユーリンの瞳が今にも泣きそうになっているのに気づいた。
「...っあ...」
「そうね...言う通りだわ...ごめんね、アーサー。」
ユーリンは立ち上がり、俯いたままアーサーの脇をすり抜けていった。
アーサーが何か言おうと振り向いた頃にはもうユーリンはモンスター達と対峙していた。
一瞬、アーサーは目を伏せたが、すぐに顔を上げ戦闘に加わった。
「くそっ!思ったよりも時間を食っちまったな...」
しばらくした頃、周りを包囲していたモンスターのほとんどが四人の手によって灰に変えられており、モンスターは残り数体となっていた。
「さぁどうする?まだ戦うか?」
「うぐぅ...」
クラウドの挑発的な言葉にモンスター達は後ずさる。
「助かりたいなら質問に答えろ。
セインはどこへ行った?」
「それは......っ」
「答えられないのか?
だったらお前らもーーーーー」
クラウドはモンスターを睨みつけながらゆっくりと彼らに近づく。
「ひっ...ひいぃっ!!!
いっ、言います言います!!!
言いますから許してくださぁぁぁいっ!!!」
「...よし」
「セイン様は、その...たぶん魔界の入り口に向かったのではないか...と」
「魔界の入り口?どこなんだ、それは。」
「それは...あの森を抜けたところにある丘です。」
モンスターが指差した先は深い森があり、そっちは確かにセインが向かって行った方向だった。
「そこに奴はいるんだな?」
「はっ...はい!たぶんーーー」
「...分かった。アーサー、そいつらは任せた。ーーー俺は先に行く」
「えっ!?ちょっ...クラウド!?」
引き止めるアーサーに構わず、クラウドは走り去ってしまった。
「おまえらだけでもここで消し去ってやるーーー!!!」
モンスター達が三人の背後に襲いかかる。
だが、アーサーは振り返りざまに剣を抜き、そのままモンスター達を一気に斬り払う。先ほどまで三人に襲いかかっていたモンスターたちは一瞬で全て灰に変わってしまった。
「俺たちも急ぐぞ!!」
「うん!!」
三人はクラウドの後を追うために 、そして本を奪い返すため森へ向かった。
お久しぶりです、由豆流です!
約2ヶ月ぶりの更新となってしまいました...
何と何と、セイン君まさかの(でもないか?笑)裏切り!!そして怒るクラウド!!失恋のユーリン!!奪われた本は無事に取り返せるのでしょうか?次回もお楽しみに!
(次はもう少し早く更新します〜)