第八話 : 不吉な波
「おらよ、レヴェリア王国だ。魔王様に辿り着く前におめえらなんて死ねばいいんだよ!!」
「前と全く同じ捨てゼリフだ!」
「ボキャブラリーすっくなー!!」
「うるせー!お前ら死ねー!」
鳥のくせにそいつは顔をほのかに赤くしながら飛び立っていった。
「それにしても...ここが、レヴェリア王国...」
「すごく素敵な国...!!」
レヴェリア王国はセインが言っていた通りの美しい街並みだった。
建ち並ぶ大きなレンガ造りの家。
人々で賑わい、活気溢れる商店街。
大きな女神の像がある噴水広場の前では、大道芸人が火を吹いて通りすがりの人々を魅了している。
"芸術の都"と呼ばれるのも納得だった。
「すっげー!パイナップル食おうぜパイナップルー!」
「見て見て!パイナップルアイスだって!おいしそ〜!!」
「パイナップル寿司ってなんだ!?ヤバそうだな!!」
パイナップルにテンションが上がるアーサーとユーリン。
その勢いのまま店へと駆け出そうとしたがーーー
「待て!俺達は観光しに来たわけじゃないんだぞ!?」
クラウドの一喝に二人はここに来た目的を思い出した。
「そ、そうだった...まずは図書館に行ってみよっか。」
「ちぇっパイナップルは本が見つかった後のお楽しみだな〜」
と、いうわけで五人は早速図書館へと向かった。
迷うはずがない。なぜならレヴェリアの図書館は他のどの建物よりも大きく、目立った場所に建てられているのだから。
「うわぁ、すごい大きい...」
「図書館っていうよりお城ね...」
「よし、入るぞ!」
重い扉を開くとそこは、まさに本の楽園であった。
床から天井まで全て本棚、つまり本棚が壁として機能している。
それでもまだ足りないというのか、広いホールにはアーサー達の背丈の二倍近くの本棚がズラリと立ち並んでいた。
「うわっ...すっげー...」
思わず感嘆の声をもらしたアーサー。
「この中から魔王歴伝を...探すんだよね...?」
シャロンの言葉に固まる場の空気。
「い、いや探そう!頑張ろう!お、俺は...俺は頑張るぞお!!」
「「「お、おーっ...」」」
弱々しい掛け声と共に魔王歴伝探しは開始された。
「...あーーーーっ!!!」
「どうしたアーサー!まさかもう見つかったのか!?」
「こ、こんなところにボケモン図鑑がある!すげー!本当に何でも揃ってるんだな!」
「真面目に探せ!」
ーーーと、こんな感じでそんな都合よく速攻で見つかるワケなく、数時間が経過した。
「くそッ...見つからない」
忌々しげにクラウドは舌を鳴らす。
目に見える全ての本を読み漁ったつもりではあるが、魔界について書かれた本すら一つも見当たらなかった。
「なんでよ〜!ここの図書館にあるんじゃないの〜!?」
「やっぱり、メロに騙されたのかなあ?」
「うわーまさかそこまで腹黒だったなんてな〜。はぁー。これはまた一から情報集めかねー」
アーサーは深いため息をつき、肘をかけて本棚にもたれかかった。
すると、アーサーのちょうど肘の所にあった本がぐっと押し込められ
ーーー途端、"カチッ"というスイッチ音が館内に響いた。
「なっ...!?」
アーサーは急いで本棚から飛び退くと、さっきまで彼がもたれていた本棚が音を立てて動き始めた。
「...まさかこんな仕掛けが...」
そして音が止んだ時、本棚が元あった位置には暗闇の地下へと続く階段が出現していた。
「隠し部屋...」
「ひょっとしてこの中に魔界の本があるかも!」
「よしっ行ってみよう!!」
しかし、階段が現れていたのもつかの間、本棚はすでに元の位置へと戻ろうとしている。
「やばいっ急げ!!」
アーサーに続いてシャロン、ユーリンが滑り込む。
直後、クラウドとセインが入る間もなく通路は閉ざされてしまった。
クラウドはあわてて、アーサーが押し込んだ本を再び押してみるが、何も起こらない。
どうやら、一回ごとにスイッチの位置が移動するようだ。
「ーーーくそっ」
何でよりによってコイツと...。
クラウドはセインをにらんだ。
しかしセインは変わらぬ表情のまま、本を読んでいる。
しばらくの沈黙。
するとセインはおもむろに読んでいた本を閉じ、クラウドの方へと顔を向ける。
「...ねぇ、クラウド君。君とは一度ゆっくり話をしたいと思っていたんだ。」
「...奇遇だな、俺もだ。」
ピリピリとした空気が辺りに広がる。
「何か僕に言いたいことがあるみたいだけど?」
「…ああ、そうだなーーーおまえは、何者だ?」
「何者?...一体なんのことだい?」
「っとぼけるな!!」
クラウドの怒りはそろそろ限界だった。今にも殴りかかりそうな勢いのクラウドに対し、セインは一切態度を変えず、冷静だった。
「まぁまぁ、落ち着いてよ。つまり君は、僕が君達の味方ではない、と思っているわけだね?」
「...ああ、そうだ」
「まぁ、察しは悪くないね。なら、どうしてそう思うんだい?」
「…っそれはーーー」
クラウドは思わず言葉に詰まってしまった。
もちろん、理由はいくらでもある。
途中から加入したいと言ってくることがまず怪しいし、そもそもなぜあの村にいた?
国から追ってきたとはいえ、鳥で移動した俺達に追いつくには早すぎる。異常なまでの戦闘能力も気になる。
それなのにエルダ村で戦闘に加わらなかったのも妙だ。食事も一緒に取ろうとはしない。ユーリンに何かしたのも確実だろう。
...しかし、どれも決め手に欠ける。
そんないくつかの理由と、残りは自身の勘によって、クラウドは彼が内通者であると断定していたのだ。
「それは...ーーー」
「...理由はあるけど、決定的証拠が見つからないって所かな?」
「っ!?」
まるで思考を読まれたような発言に、クラウドはセインから少し目を逸らした。セインは続ける。
「そもそもそんなものがあったら、とっくに三人を説得して僕を追放しているはずだからね。」
「ーーーーーっ...」
クラウドはセインの正論にひるんでしまい、言葉を失う。
「まぁ上手く行ったようで安心したよ」
「っ!おまえーーーっ!!」
「落ち着きなって。なら話題を変えようか」
「〜〜〜っ!」
セインの飄々とした態度にクラウドは心底イラついていたが、ここが図書館であることと、一人では勝算がないことから、クラウドは怒りをぐっと堪えていた。
それを知ってか知らずか、セインは構わず続ける。
「ところで君は、シャロンさんのことが好きなのかい?」
「……はっ?!」
予想外に飛んできた質問に、クラウドは思わず赤面し、視線を逸らす。
「…か、関係ないだろっ!!」
「はは…図星みたいだね。」
「うるさいっ!シャロンに何かしたらーーー」
「何もしないよ。…今はね。」
何ともいえない嫌な空気だけがその場を漂う。
そんな時。
ふいにセインの後方から物音が聞こえる。アーサー達が帰ってきたのだ。
セインはそれを待っていたかのようにクラウドの方を向き、笑顔のまま言い放った。
「仲良しごっこは終わりの時間みたいだね、クラウド君。最後に僕の目的を教えてあげようか」
「なっーーーーー!!!」
クラウドはセインが何をしようとしているのか、直感的に察した。
が、もうすでにアーサー達が入っていった所と、ちょうど対になる所の本棚が移動し始めている。
クラウドは慌てて走り出すが...
ーーーーー間に合わない!
「アーサー!!!来るなっっ!!!
来るなぁぁぁーーー!!!!」
時はさかのぼり、階段への入り口が閉ざされた頃。
中に入ったアーサー達はというと。
「くっ...!!全然開かねー!!」
アーサーは閉ざされた入口をこじ開けようとしてみたが、一向に開く気配はない。
「クラウドとセイン、大丈夫かな...?」
「まあ敵の襲撃があってもクラウドとセインなら何とかなるだろうけどね...」
「とにかく!ここに魔界の本があるかどうか探し出して早く戻りましょう!」
三人は階段を降りて地下へと歩みを進めた。
階段を下り切った先には薄暗く、人間二人がギリギリ通れるくらいの一本道が続いていた。
その両サイドの壁は驚くことに全て本で埋め尽くされていた。
「地下にもまだこんなに本が...」
「す、すごい!私のおばあちゃん家にしかなかったような本がある...え、こんな古い本まで!!」
シャロンは壁一面の古書に目を輝かせていた。
ーーーが、そうゆっくりしてはいられない。
「行こう!これだけの古書があるんだ。きっとこの奥に魔王歴伝はある!!」
シャロンには悪いが、三人は先を急いだ。
一本道がずっと続いていたので道に迷ったりはぐれることはなかったが、なかなか目的の本は見当たらない。
とにかく三人は進み続けーーー、そして、一本道はある扉の前で終了していた。
「...開けるぞ...」
アーサーは恐る恐るドアノブを回した。中を覗くと、その部屋の壁もまた本で構成されていた。
しかし、部屋の中心にある机の上にはポツンと、分厚くひときわ古そうな本が置いてある。
シャロンはそっとその本を手に取った。
「‘魔王歴伝’...!!これだわ!ついに見つけた...!!」
「おしっ!じゃあ早くクラウドの所へ帰ろう!」
ーーーその時、部屋の空気は一変した。
「えーーーー」
「何か揺れてる...地震!?」
「違うわ、揺れてるのは地面じゃなくてーーー」
そう、揺れているのは壁を覆う本棚の中に収まった無数の本ーーー
嫌な予感がした次の瞬間、本棚の本が一斉に彼らに襲いかかってきた。
「うわあああああーーー!!!」
三人は入ってきた扉のちょうど正面にあった扉から部屋を脱出し、扉を閉めた。
「はぁ〜...助かーーーのあああっっっ!!?」
扉はあっさりと突き破られ、一本道に立ち並ぶ本の間を必死に駆け抜ける。
ーーーしかし、本達の追撃は止まらない。
「くそっ...埒が明かねー!!」
「ちょっアーサー!?」
アーサーは剣を取り、大群の中にあった一冊の本の表紙を裂いた。
「おおぉおぉ...貴様...許さん、許さんぞ...!!何てことを...!!」
低く唸るような声が聞こえると同時に、壁にあった本が一斉に飛び出し、大群の中へと入って行った。
さらに勢力を増した本の波は徐々に三人を追い詰めて行く。
「ひょえー!」
「状況悪化したじゃないのよバカー!!」
「とにかく走らなきゃーーー」
『ーーーんで...ーーーてないで』
「ーーーえ?」
突然シャロンの頭に響いた何者かの声。その声は哀しみに満ちていた。
『読ん...捨て...ないで、閉じ込め...』
「まさか...この声はーーー」
『読んで読んで読んで読んで面白いから、読んでほしいみんなにみんなに読んでもらいたいーーー』
間違いない。この声は本達のもの。
ずっとここに閉じ込められて長い間、誰にも読んでもらえずにいた孤独な嘆きだった。
彼らは自分たちが読んでもらうことを望んでいる。
「それならーーー!!」
シャロンは踵を返し、迫り来る本達と対峙する。
「!?ダメよシャロンーーー!!」
シャロンが本の波に呑まれる直前、彼女は大群の中から一冊手に取って表紙を見た。
「あ、これ去年読んだ本だわ。ラストの主人公が剣を海に投げるシーンがとっても素敵だった。」
「...わたしを、知っているのか?」
「ええ。あ、貴方は私が10歳の時に読んだ...あれ!貴方はおばあちゃんの家にある!!すごーい!」
本をひたすら褒めちぎるシャロンをアーサーとユーリンは呆然と見つめていた。
『おもしろいって言われた...!!』
『嬉しい嬉しい嬉しい』
「私、絶対またここに会いにきて貴方たちを読みます!!
でも、今はちょっと急いでて...この本は魔王を倒すのに必要なんです!借りてもいいですか?」
『ああ...お嬢さんにならその本を託しても大丈夫だろう...くれてやる。』
「!!ありがとうございます!」
『うむ...急いでいると言ったな。どれ、出口まで送っていってやろう』
バラバラと不規則に飛んでいた本は並び始めて、人間がちょうど三人座れる程度の正方形の形を作り出した。
「送ってくれるんだって!」
「すごい...お手柄ね、シャロン!」
「よっしゃあ!このまま出口まで一直線だー!!」
アーサーが飛び乗ろうとした途端、彼の落下点にあった本はサッと横にずれ、アーサーはそのまま床に落ちた。
「いてっ!何す...」
『貴様には乗る権利がない!!』
『本を斬るなんて非常識だ!』
「いや、その件については悪かったって...」
『だまれ!貴様は本の角の上にでも乗るんだな!!』
本と喧嘩を始めるアーサーを、シャロンとユーリンは呆れながらも目を合わせて笑っていた。