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第ニ十一話 : 幻惑の森



長い船旅を終え、トーマと別れた一行は、魔王城への最後の砦となる森の入り口へとたどり着いていた。


「ここが、森かー!」

「かなり広そう…だね。」


3人の目の前には鬱蒼と覆い茂った無数の木々。そして、それらの木々に遮られてその奥は何も見えなかった。

迂闊に足を踏み入れれば、方向が分からなくなってしまいそうだ。



そんな森の前に、ひとりの青年ーーー



「やぁ。待ってたよ、愉快な勇者御一行様。魔界の船旅は楽しかったかい?」


「てめぇセイン…ッ!!」


3人は森の入り口に立つセインを見るなり、一斉にそれぞれの武器に手をかけた。


「ちょっと待ちなよ、物騒だね。僕は無駄な争いは好まない主義なんだよ」


3人は、お前が言うな、という言葉をかろうじて飲み込む。

一方のセインはいつもの如く一切動じる様子はない。彼は表情一つ変えないまま言葉を続けた。


「ところで、君達みたいなへっぽこ勇者が、よくここまで辿りついたね。驚いたよ。」

「うるせぇ!!」


アーサーは敵意むき出しでセインを睨みつけるが、セインは笑顔を崩さない。


「君達を無事にここまで運んでくれた優しい船乗りさんには、あとで僕からお礼をしてあげなくちゃいけないね。」

「…っ!!あいつに!トーマに何かしたら許さねぇからな!!」


アーサーのその強い言葉に、セインはただ無言のまま微笑んだだけだった。


「てめーーー」

「さて!」


何か反論しようと身を乗り出したアーサーだったが、それもセインのパン!と手を叩く音に遮られる。


「皆さん、ここに広がる森は魔界が誇る迷宮の森。一度足を踏み入れると、一生抜け出せないそうだよ。」

「迷、宮…」

「そう。森には恐ろしいモンスターが棲みついているという噂もあるから、くれぐれも気をつけてね…?」

「余計なお世話だ!ユーリン、シャロン。行くぞ」


アーサーは不機嫌そうな様子で、セインの横をすり抜け躊躇なく森へと足を踏み入れた。

その後をシャロンと ユーリンも続く。


セインはシャロンとすれ違い様に、ふと声をかけた。


「あれ、シャロンさん……」

「えっ…?」


不意に名前を呼ばれ、シャロンは思わずその場で立ち止まり、振り返る。

セインはシャロンの目を真っ直ぐに見つめて言った。


「…君、少し変わったね。前よりもいい顔をしてる。船の上で何かあったのかい?」

「……別、に」

「今の君の方がずっと素敵だよ。」

「っ…?!」


シャロンは思わぬ言葉に動揺する。

イライラしている様子のアーサーは、再びセインを睨みつけた。


「おいセイン!」

「アーサー君。君もそう思うだろう?」


不安げな表情でアーサーを見つめるユーリンを一瞥し、セインは続けた。


「今のシャロンさんは本当に素敵だから、君だってシャロンさんのことを好きになってしまうんじゃないかい?」

「…っ!」


その言葉にユーリンが動揺したのを、セインは見逃さない。


アーサーはセインの質問に、苛立ちを隠せない様子で言い放った。


「うるせぇ!俺は元からシャロンのことが好きだ!」

「えっ……」

「……っ?!あ、アーサー?!!」

「行くぞ!!」


悪びれた様子もなく、アーサーは一人ズンズンと森の奥へと入って行った。


「ま、待って、アーサーっ!」


シャロンは俯くユーリンを一瞥するが、すぐに申し訳なさそうに視線を逸らしてアーサーの後を追っていった。


ユーリンは…ただ一人その場を動けなかった。



セインは笑顔を浮かべたままユーリンに近づき、彼女の耳元に口を寄せる。


「……君って、本当に単純だよね」


「ーーーっ」



「じゃあね、ユーリンさん?」


そのままセインはその場を去っていった。










森の中にはやはり道らしい道はない。

もう2度とここには戻れそうにない。


そんな確信を抱きながらも、3人は暗い森を突き進んでいく。


「くっそー...景色が全く変わらねーから魔王の城に近づいてるのか遠のいてるのかもわかんねーな...」

「とにかく今は城までの手がかりを探すためにも歩くしかないんじゃないかな...」


3人の間に流れる空気はどことなく重苦しい。この森の雰囲気がそうさせるのか、入り口での出来事が応えたのか、交わされる会話は必要最低限しかない。


「手がかりって例えばなんだ?」

「例えば...そうだね...セインの足跡が辿れたら1番いいんだけど...」

「アイツはそんな痕跡残すようなヤツじゃねーもんなあ〜地道に歩くかあ...めんどくせーなあ〜」


いつも元気が有り余っているアーサーらしくない発言に、シャロンは少し違和感を覚えた。

しかし、たしかにシャロンも森を少し進んだところから、身体の気だるさを感じ始めている。


この森特有のよくない瘴気が流れているのかもしれない。


「...アーサー、ユーリン、気を付けて。何だか嫌な予感がするからーーー」

「ーーーセイン!!」

「え?」


アーサーが声をあげた方向を向くと、白髪の青年が何かを担いで、木々の間から足早に逃げていくのが見えた。


「まさか監視されていたの!?」

「クソっ...追うぞ!捕まえて魔王の城への行き方も吐かせる!」


セインらしき人影を3人は何とか後ろ姿を捉えながら追いかける。


(セインのわりにスピードが遅いな...何か担いでいるからか...)


アーサーは先頭を走りながら、セインが肩に担いでいる何かに目を凝らす。しかし、この距離からではセインの腰あたりまで丈があるその何かはよく分からない。


(でも...あの大きさ...もしかして...)


そんなことを考えていると、突如セインは方向を変えて、森の脇道へと逃げ込んだ。


「!!逃すかー!!」


アーサー達も急いで方向を転換する。

距離が開いてしまったかと思って前を見ると、セインは数十メートル先で止まっていた。


肩に担いでいた何かを足元に置いて佇んでいる

後ろ姿が見える。


「セイン、追いついたぞ!

さあ、魔王の城の場所を教えてもらーーー」


セインを捕らえようと近づいて、飛び込んできた光景に3人は声を失った。


セインが先ほどまで担いでいた何かがーー幼いこどもが胸から血を流して、セインの足元を真っ赤に染めている。

セインの右手には血に濡れた剣が握られていた。


「ーーーっ!!」

「セイン!テメエ...!!」


「ア...アー...サー...」


アーサーはその小さく、か細い、でもどこか聞き覚えのある声が聞こえたセインの足元に視線を向けるとーーー


「アー...サー...さん...」


自身の胸から流れる血の海に沈みながら、アーサーの名を呼ぶトーマがいた。


「ーーーっ!!?」

「そんな...!?トーマくん...!?」

「セイン!!てめえトーマを...!!」

「ちょっ...アーサー!?」


激昂したアーサーは、いまだに無防備な状態を晒すセインの背中めがけて剣を振りかざす。


「許さねえーーーーセインッッッ!!!」


アーサーの剣はそのままセインの背を斬りはらうーーーかのように思えたが、突如3人の世界からセインはいなくなっていた。


「...は?」

「な...消えた...!?」


武器をかまえたまま周りを見渡す。セインも地面に転がっていたトーマも辺りに散っていた血痕も、まるで最初から何もなかったかのように綺麗さっぱり消えていた。


「こ...これは...」

「オホホホホ。あー笑わせていただきましたわ。何て無様な慌てっぷりなんでしょう。あなたたち、そんなので勇者なんですか??」

「え...??ユーリン、キャラ変更した??絶対前の方がいいと思うけど...」

「違うわ!今しゃべったのはあそこにいる女でしょ!」


ユーリンがアーサーの背後の上を指差す。


「オホホホホ。ようやくワタクシの存在に気付きまして?」


振り返ると、闇色の森には似つかわしくない金色の髪を縦に巻いている美しい少女が木の上で仁王立ちをしていた。

その上品な顔立ちとは裏腹に、ノースリーブのトップスにミニスカートという露出の激しい格好をしている。


「はじめまして、かわいい勇者様方?」

「新しい敵か...!!」

「貴方よね...さっきのセインとトーマの幻覚を私たちに見せたのは」

「名推理ねえ、ワタクシには劣るけどなかなかにかわいらしい魔法使いのお嬢さん?そう、ワタクシはありとあらゆる生命を偽りの世界に引き込んで惑わせる魔界1の幻覚使い。そして、魔王様の忠実なるしもべ “ジュリー”と申します。」


ジュリーと名乗る美少女は、挑発的な笑みを浮かべたままアーサー達を見下げている。


「幻覚使いだと...!?」

「ええ。先ほどのセイン様とトーマの姿は全てワタクシが作り出した幻。まずはご挨拶としてみなさんに楽しんでもらえるようなものを用意いたしました。」

「アレがご挨拶って...悪趣味な...」

「そうだぞ!その見えてるいちご柄のパンツよりも悪趣味だぞ!!」

「はぁぁ!?てめえ今何つったよあああ!?」

「どぐぁはっ!!?」


ジュリーは木の上からアーサーの鼻柱にキックを食らわすと、そのままフワリと着地した。


「ウフフ...ワタクシ暴力は苦手でして...だからあーいった幻覚を磨くしかなかったんですの...」

「う...ウソつけ...」

「ふんっ...わざわざ自分の手の内を見せるなんて、随分余裕なのね。舐められたものだわ...」

「あらあら。男性も女性も余裕がなくっちゃ魅力的に見えないでしょう?」


乱れた髪とスカートを整えながら、ジュリーはユーリンの発言に笑顔で答えた。


「余裕から生まれる優雅さが人々を惹きつけるというものです。...それに」


ジュリーの顔から笑みが消えた。


「ーーーあなた達はもうすぐ死ぬんだから、手の内を見せたって何も困らないでしょう?」


「ーーっ!?」


途端、3人の膝ががくりと折れた。

咄嗟に地面に両手をついて、崩れ落ちる身体を何とか支える。


「なっ...これは...」

「まさか...また幻覚が...」


地面に沈んでしまいそうな身体を必死に奮い立たせていると、突然あたまを掴まれて無理やり顔を上げさせられた。


「人は誰しも心に闇を抱えているもの。ワタクシはその闇を幻覚で抉り出すだけでいい。」


眼前には、無表情なジュリーの顔があった。

自分の頭がおかしくなったのか、本当にそうなっているのか分からないが、ジュリーの顔以外は霧がかかって何も見えない。


近くでユーリンとシャロンが倒れているはずだが、そんな気配すら消えていた。


「後はみなさん勝手に耐えきれなくて死んでしまうの。あなたたちは...フフ、どうかしらね?」

「ぐっ...!!」


あたまを乱暴に地面に叩きつけられた。

その勢いで、かろうじて踏ん張っていた両腕も力を失う。


「さあ...自分の闇で滅んでしまいなさい。」


その声を合図に、アーサーの意識は途切れた。

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