番外編:セインの記憶 <1>
アーサー達への挑発を終え、魔王城まで帰還したセインは何か険しい表情をしていた。
「あの時のアーサー君……彼が本気を出したら一体どれほど…」
…まぁ今はそんな事を考えていても仕方ないか。
とにかくクラウド君の件はこちらにとっても大きかった。このまま上手く立ち回って勇者共を退けねば。魔王様の一番の部下として、何としても先の失敗を取り戻さねばならない。
セインがそんな事をぐるぐると考えていると、一体の獣型モンスターが彼の元へとやって来た。
「ぐるるふ…ガウッバウバウ、ウッフッ!!」
「君…いつまで僕の事をガキ呼ばわりするつもりだい?いい加減…」
「ガウッ!バフバウ…ガウ!」
「あぁわかったわかった。それで、魔王様が呼んでるって?すぐ行くよ」
「ウッフ!」
セインは平然と奇妙な会話を終えると、魔王の元へと向かった。
魔王の部屋の前。
「魔王様、セインです。入りますよ」
セインは返事を待たずに部屋の扉を開いた。
「魔王様?ああもう、魔王様!魔王様!!」
「んっ?うおっ?!セイン!!?おめぇいつの間にッ…乙女の部屋にノック無しとはいい度胸しとるなぁ?!」
「誰が乙女だ」
うわー、今日魔王様やたら機嫌良いなぁ…。めんどくさ……ゴホンッ
これが魔王だ。
一見人間のような姿をしているが、頭には二本の角、後ろには尻尾が生えている。
この姿はセインを見た魔王が人間の姿を羨ましがり、かつて試しに変身してみた姿らしい。それを本人はえらく気に入ったため今でもこの姿だそうだ。
ちなみに人間の言葉も現在絶賛練習中である。
「それに、声は掛けましたからね。呼んだのは魔王様でしょう?」
「わっはっはー!冗談冗談だ!して、勇者共はどうなったのだ?」
「あぁ…先の作戦は成功しましたよ。勇者パーティは現在一人が離脱、一人が戦意喪失状態にあります」
「そうかそうか!でかしたぞセイン!これで俺様の勝ちは見えたな!」
「そうだと良いのですがね…」
魔王は満足気に笑っている。しかしセインは思いつめた様子で少し俯いた。
「…何としてもこのまま、ここで僕の失態を取り戻さねば…」
「む?失態とは、魔王歴伝の件か?それについてはあれほど気にするなと言ったはずだろう、セイン」
「…しかし、失態は失態。落ち度は僕にある。」
「てめぇは本当にクソ真面目だなぁ。もうちっと肩の力抜きやがれ、な」
「…誰がクソだ」
「そこだけ拾うんじゃねぇよバカヤロウ」
そう言って魔王は笑い、グシャグシャとセインの頭を乱暴に撫でた。
セインはムッとした顔で髪を整える。
ここがセインにとっては唯一自然体でいられる場所で、魔王が自分などを気にかけてくれることは何より嬉しかった。セインはふいっと魔王から視線を逸らした。
「そうだセイン!そういえば今回の勇者共はどうなのだ?」
「あぁ…どう、でしょうね…一言で言うなら、とても個性的、ですかね。」
「ほう?」
「しかしまぁ、欠点だらけの未完成パーティでしたよ」
「未完成か!そりゃあこの俺様の敵じゃあないな!はははーーっ!!」
高笑いする魔王にセインは苦笑した。
確かに欠点だらけだった。だけど…
「…とても、良いパーティでしたよ。眩しすぎるくらいに純粋な、ね」
「珍しいな、セイン?」
「そんな事ないですよ」
セインは微笑んだ。
…不覚にも、ほんの少しだけ羨ましいと思ってしまったんだ。
信頼できる仲間に楽しい旅路に、恋。
僕だって本当はそんな旅をしたかった。…いや、するはずだったのにーー。
「…意外にも、ああいう人達が魔王様を倒してしまうかもしれませんよ?」
「はは!馬鹿言うな!俺様は最強だ!!俺様は誰にも負けないぞ!!お前も居ることだしな!」
「…そうですね。」
「あ!そうだ、すまんが俺様はこれから少し出るぞ。まぁまた、たまには顔出しに来いな、セイン!」
「気が向いたら来ますよ」
「魔王寂しい」
「ほら、馬鹿言ってないで。」
「うむ。行ってくる。そちらは引き続き任せたぞ!」
「仰せのままに。」
「よし!」
魔王は再びセインの頭を乱暴にかき乱すと、満足気に高笑いをしながら部屋を出て行った。
「まったく…あの人は……」
セインは呆れ顔のまま再び髪を整える。
しかし、まぁ…
「……任せた、か。」
ふと、魔王の言った言葉を呟いてみた。
ーー信頼されているというのは、嬉しいものだ。
セインは静まり返った部屋の真ん中で、近くの柱にもたれかかって座り込んだ。そのまま天井を見上げる。
幸せだなぁ…。
今が一番幸せだった。
悪役にはなった。だがそれでも今が一番だった。
ーーまさか、こんな事になるだなんてね。
あの頃は思いもしなかった。
勇者だった、あの頃は。
セインはとある名家の長男として生まれた。
幼い頃から剣を学び、才能のあったセインはどんどん上達し、いつの間にか周りに敵うものは居なくなった。
ちょうどその頃、当時各地で好き放題していた魔王やモンスターを国ぐるみで討伐しようと、国は勇者パーティに参加する若者を募っていた。
その街きっての天才剣士だったセインは周りからの推薦を受け、勇者候補の選考会へ参加することになった。
はるばる城へ参上したセインは、選考会を見事にトップ通過し、晴れて勇者として、またパーティをまとめるリーダー役として任命され、国王から正式に魔王討伐の依頼を受けたのだった。
セインのパーティメンバーはセインを入れて5人だった。
リーダーである剣士のセインに、もう一人の剣士、女剣士のベル。様々な魔術を使いこなす男、リックに女ファイターのアイリス。そして冷徹な男、ガンナーのユーリ。この5人のパーティだった。
しかし何よりこのメンバーが最悪だったのだ。
旅立って間もない、とある戦闘でのこと。
「ファイアーボーール!!」
「わっ!あっつ!!ちょっとリック!あたしにまで当てないでよ!」
「お前がそんなとこに居るのが悪いんだろ〜?」
「何ですって?!!」
…と、このような調子でいつも魔術使いリックとファイターアイリスがケンカを始める。
そこにベルが止めに入るのだが…
「もう!二人とも、やめなさいよ…!」
「「あんた(お前)には関係ないでしょ(だろ)!!」」
「きゃっ…?!」
止めに入ったベルは突き飛ばされ、ケンカはさらにヒートアップする。
これがいつものお決まりパターンだった。
その上ガンナーのユーリに至っては戦闘にすら参加しないのだ。
「…ねぇユーリ。君も一緒に戦ってくれないかな?やっぱり4人よりは5人の方がーー」
「なんで俺がそんなザコ相手にしなけりゃならないんだ。ただでさえこの騒がしいパーティに入れられてウンザリしてるってのに」
「はは…」
苦笑するしか無かった。
しかしこんな時いつも助けてくれるのは女剣士、ベルだった。
「その言い方は酷いわよ、ユーくん。せっかくセインくんが頑張ってくれてるのに…」
「知るか。」
ユーリとベルは幼馴染らしく、ベルは事あるごとにユーリに構っていたが、彼はいつも全く相手にしていなかった。
「ユーくん!お願い…ちゃんと協力ーー」
「うるさいな…ほんとお前は昔っから俺に構うのが好きだな」
「なっ…!あんたは…!!」
「ベル、落ち着いて。もういいよ、大丈夫だから。ありがとう」
「駄目よ!だって…!」
「あーお前らうるさいから。言い合いするなら向こうでやってくれ。迷惑だ」
「…ごめん。」
そして何も解決しないまま会話は終わる。いつもこうだった。
リーダーであるセインのストレスは日々積み重なり、限界を迎えていた。
しかしそんな時でも唯一励ましてくれたのがベルだった。
「ごめんね、ユーくん昔からああで…才能はあるのにもったいないわよね。ちゃんと言っておくから」
「ううん、ありがとうベル。」
「大丈夫、今度はきっと分かってくれるわよ!一緒に頑張ろうね、セインくん。」
「そうだね。君がいてくれて良かったよ。本当にありがとう、ベル。」
「こちらこそ。」
ベルはふわっと微笑んだ。
ベルは強かった。何があっても、どれだけ辛くても、いつもセインを励まし、そばに居てくれた。
戦闘においてもベルはとても強かった。セインに劣らず、鮮やかな剣さばきで次々と敵を切り倒し、いつもセインを助けてくれた。
彼女がいてくれたから、こんなパーティでも頑張れた。
しかし…最悪の事件は起こってしまった。
魔界への道だと言われるレヴェリア王国に入ってすぐの事だった。
いつものようにリックとアイリスがケンカを始めた。
「お前、本当になんなの。いつもいつも俺に突っかかってきやがって」
「はぁ!?突っかかってくるのはあんたの方でしょ!なんなの、あたしに気でもあるわけ?!」
「あるわけねぇだろお前みたいなブス自惚れるなよ」
「黙れこのチンパンジーが!」
「何だと!」
「ちょっと落ち着いて二人とも!せっかくここまで来たんだから…!」
「「あんた(お前)は黙ってて(ろ)!」」
突き飛ばされたベルをセインが受け止める。
そのまま二人のケンカはいつにも増してヒートアップした。
そして最終的に……
「こんな頭の悪いサルがいるパーティなんてもう御免だわ!」
「俺の方こそこんなメスゴリラもうウンザリだっての」
「悪いけど抜けさせてもらうわ」
「俺も抜けるぜ、悪く思うなよ、セイン。」
「ちょっと待って!二人とも…!」
セインの制止もむなしく、リックとアイリスの二人はパーティを去った。
「丁度良い、だったら俺もここでおさらばだ」
「ユーくん!待って、お願い!!」
「これ以上俺に関わるな。ウザいんだよ、お前」
「……っ!」
こうしてユーリも便乗し、パーティを抜けてしまったのだった。
残ったのはセインとベルの2人だけで、実質的に勇者パーティは崩壊した。
しかしベルはまだ諦めてはいなかった。
「…大丈夫だよ、セインくん!私たち二人だけでもきっと、魔界への道を見つけられるよ!だから…頑張ろう?ね?」
セインはベルの励ましにハッとした。
ベルはまだ諦めてはいない。ここで諦めてどうする?
まだやれることはあるはずだ。せめて自分たちだけは、勇者として、最後まで頑張るべきじゃないのか。
そう思った。とても勇気づけられた。だから。
「…そうだね。うん、頑張ろう」
きっと自分たちだけでも魔王を倒し、本物の勇者になってやるのだと心に決めたのだった。
それから2人は必死に街中で魔王に関する情報をかき集めた。
勇者として、リーダーとしてここであっさりと任務を投げ出すわけにはいかなかった。
何より、こんなに必死なベルを見て、自分が頑張らないわけにはいかない。
意地とプライドだけが、彼を突き動かしていた。
そしてやっとの思いで2人は魔界への行き方を見つけ出すことに成功したのだった。
とうとう魔界へ行く前日の夜。
セインは一人部屋のベッドを抜け出した。
判っていた。たった2人じゃ魔王に敵うはずがないと。
ベルを無駄死にさせるわけにはいかない。
ベルは大切な人なんだ。
ベルにだけは幸せになってほしい。
セインは既に一人で魔界へ行く決意を固めていたのだ。
セインは隣ですやすやと寝息を立てるベルの頭を、そっと一度だけ撫でた。
「…ありがとう。君がいてくれたから頑張れたんだ。ベル。ごめん…大好きだったよーーー」
ベルはいつでもセインの味方でいてくれた。いつも励ましてくれた。
とても大切な人だった。
だからこそ、連れては行けない。
いけないのだ。
セインは単身で魔界へと乗り込んだ。
魔界。
着いたのは幸運にも魔王城のすぐそばだった。
覚悟を決め、魔王城に乗り込もうと一歩踏み出した時。
ポケットの中で何かがカサリと音を立てた。
探ってみると、ポケットからは何やら入れた覚えのない四つ折りの紙が出てくる。
「これはーー」
開いてみると、そこには丁寧な文字でたった一文だけが記されていた。
『たとえこの先どんな事が起ころうと、貴方が幸せでありますように。』
…と。
彼女はーーベルは、初めから気づいていたのだ。セインが一人で魔界へ行こうとしていたことに。
ーーありがとう、ベル。
涙は見せなかった。
セインはその紙をぎゅっと握りしめると、魔王城へと向かった。
そして…
魔王と戦った。
結果ーーー惨敗。
手も足も出ないまま打ちのめされてしまった。
「はっはっはーー!!!残念だったなぁ勇者とやら!やっぱ俺様強い!最強!!」
「くっ……!」
「しかしまぁ、人間にしてはよく戦った方だなぁ?」
「…勝たなきゃ…勝たなきゃ何の意味も無いんだよ!くそっ…!」
セインは一度、拳を思いっきり地面に叩きつけた。
そして腹を決めた様子で目の前に立つ魔王を見上げて言った。
「…早く、殺しなよ」
「殺す?」
「敗北した勇者を前にして、それ以外の選択肢があるかい?」
「ほぉう?いい度胸だなぁ」
魔王はにやりと笑った。
そしてーーー
「もちろんあるとも!!お前、俺様の仲間になれ!」
魔王は大声でそう言い放った。
「………えっ」
セインは呆然と魔王を見つめる。
「ははは!なんで俺様がお前を殺さなきゃならないんだ?まさに!お前みたいな人間を待っていたんだ!その才能と度胸、俺様が買ってやる!仲間になれ!!」
「はぁ……!?」
突然の勧誘に、死まで覚悟していたセインは拍子抜けしてしまった。
いやいやいや、魔王の仲間になるなんて、ありえないよね。
だけど断ったらどうなる?
役に立たないと分かった途端手の平を返すかもしれない。
…いや、きっとそうに違いない。
とにかくここでこのまま死ぬよりは賢明だろうか。
それに、仲間になるフリをして、上手くいけば隙を見て魔王を倒せるかもしれない。
初めはそんな甘い考えから、セインはほんの軽い気持ちで魔王の申し出を承諾したのだった。
どうも、鳳月でございます。
本編アーサーの方も気になるところですが、今回はちょっと逸れてセインの過去編でした。セインもああ見えて苦労人です。
鳳月はギャグ苦手ですので、鳳月パートにギャグがございましたら生暖かく見守ってやってください。すみません。
セイン編、次回に続きます




