第十三話 : 告白の代償
「…ねぇ、クラウドは…好きな人、いるの?」
「ーーえっ…」
シャロンの思わぬ言葉に、クラウドは驚いた表情で赤面する。シャロンもまた、言うつもりのなかった言葉が自然と零れ出たことに驚いていた。
「あ…ごっ…ごめんね。こんな時に…何言ってるんだろう、私。…気にしないで」
「いっ…いや…。お前、まさか…まだ気付いてーー」
「えっ?」
「あ…いや、何でも。」
クラウドは小さくため息をついた。
あれからしばらくして、洞窟を出た二人は身を隠しながら、少しずつ崖の上へと向かう道を進んでいるところだった。
奴らが追ってくる様子はまだ無い。
今のうちにどうにかアーサー達と合流しなければ…
そんな事を悶々と考えていると、シャロンが再び口を開いた。
「あの…あのね、こんな時する話じゃないんだろうけど…ひとつ、質問していいかな…」
「あぁ。何だ?」
「その…クラウドは、さ。もし自分の好きな人が他の誰かに恋してたら、どうする?」
「…アーサーのことか。」
「うん…。」
シャロンは苦笑して続ける。
「私…ね。ずっとアーサーのことが好きだったの。…あの人、バカだけど、何に対しても一生懸命で…そんな所に憧れてたの。でも…アーサーはユーリンちゃんの事しか見てなかった…。もう、どうしていいのか分からなくなっちゃって…」
「…そうか。」
気づけばシャロンの目には涙が溢れていた。…何回目だろう。アーサーの事で泣くのは。
「ごめ……なんか…泣いてばっかりだね……ダメだなぁ…っ私」
シャロンは慌てて涙を拭う。
それを見たクラウドは表情を翳らせると、すぐにシャロンから視線を逸らして空を見上げた。
魔界の空では真っ赤な月が爛々と輝いている。月はどこで見ても綺麗なものである。
「…俺は、好きな奴の恋を応援する」
クラウドは赤い月を見つめたまま呟いた。シャロンは少し驚いた表情を見せる。
「…俺は、好きな奴には幸せになってもらいたい。例え相手が俺じゃなくても、な」
「…そっか。クラウドは、優しいんだね?」
「…けど、その相手が好きな奴を泣かせるような男なら、話は別だ。」
「え…?」
クラウドはようやくシャロンに視線を戻し、小さく微笑んだ。
「ーーその時は俺が、命を懸けてでもそいつから好きな奴を奪ってやる。
だから…お前は、俺が…ーーーっ!!」
その時、突然どこからか無数の足音が耳に入り、クラウドは言葉を切った。
そしてシャロンの手を引いて近くの岩陰に身を隠す。
足音は次第に大きくなり、やがて話し声が聞こえ始めた。
「まだ見つからないのかい?」
「もっ…申し訳ございませんっセイン様!!」
「崖上に向かう道はここだけだからね。この辺りにいるはずだよ。探せ」
「はっ!」
「まぁ相手はあのクラウド君だ。見つけても慎重に、ね。」
そんな会話の後、手下や獣達は辺りの捜索を始めたようだ。
セインの奴…とうとう来たのか。
二人は必死に息を殺すが…。
ーーこのままじゃ時間の問題だ。
…何とか、コイツだけでも…。
悩んだ挙句、出した結論は一つだった。
今はこれ以外にこの状況を切り抜ける策は無い。
やるしか…無い…!
クラウドはシャロンの頭を優しく撫でる。
「シャロン、俺を信じてくれるか」
「…えっ」
クラウドは笑顔を見せた後、一つ大きく深呼吸をした。
そして彼は立ち上がり、岩陰からセイン達のいる方へと姿を現した。
「ちょっと……!」
「ーー俺はここに居る!」
シャロンの声を遮りクラウドは叫んだ。その声に反応し、セインと手下達は一斉にそちらの方を向く。
「やぁ、また会えて嬉しいよ。でもまさか自分から姿を現わすとはね、クラウド君?」
セインは相変わらず余裕の笑みを浮かべている。
クラウドはシャロンの居る岩陰をゆっくりと離れ、セインら大軍を前にたった一人で対峙した。
一方のシャロンは、彼の行動に一人愕然としていた。彼女の胸の中には不安と恐怖心の他には何も無かった。
そんな中、セインが口を開いた。
「シャロンさんはどうしたんだい?」
不意に名前を呼ばれたシャロンは思わずビクッとする。
「…シャロンは、先に逃がした。」
「ふーん。それで君一人囮に?」
「悪いか。」
「いいや?」
セインは笑顔のまま、ちらりとクラウドの背後にある岩陰を一瞥する。
「まぁ…分かってると思うけど、この数じゃさすがの君でも無理だよ。それでも戦うのかい?」
「当たり前だ。」
「…そう。残念だな。君のような優秀な人材が失われるのは。でも君がどうしても僕達に仇をなすと言うのなら…仕方ないね。」
ふっと一瞬、セインから笑顔が消える。
「君にはここで死んでもらうよ」
「ーーーーっ!!」
セインが左手を鳴らすと同時に、手下と獣達は攻撃を開始した。
クラウドは次々と発砲される銃弾を可能な限りかわしながら、少しずつ獣を灰に変えてゆく。
…しかし、一向に数の減らない獣達や次々と容赦なく飛んでくる銃弾に、たった一人ではなす術もなく、ただクラウドの傷が増えていく一方だった。
シャロンは手を組み、彼がどうにか助かるようにと祈っていたが…。
ーー祈りは届かず、とうとう限界に達したクラウドは立っていることすらままならず、地に膝をついてしまった。
そして、それをチャンスと見た手下や獣達が一気に畳み掛けようとしたーーーその時。
「お願いーーもうやめて!!!」
凛とした声が響き渡った。
声の主は言うまでもなくーー
シャロンである。
突然のその声に、その場にいた全員が動きを止め、シャロンに目を向けた。
「ばっ…馬鹿ーーっ」
「やっぱり、そこに居たんだね。シャロンさん」
「…っ!」
セインの言葉でふと正気に返ったシャロンは、目の前の状況に思わずたじろぐ。
怖いーーでも…。
シャロンは震える手を必死に握りしめて再び叫んだ。
「お…願い…だから…っ!
もうそれ以上、クラウドを傷つけないで…!!」
「シャ…ロン…」
しかしセインはそれにも冷静に切り返す。
「悪いけど、その頼みは聞けないなぁ。皆、ほら早いとこ二人まとめて片付けちゃってくれるかな」
獣達がじりじりとシャロンの方へにじり寄る。シャロンは数歩後退った。
「わたし……私はーーーっ!」
「…待ってくれ。」
シャロンのそんな姿を見たクラウドは苦しそうに立ち上がると、シャロンの前に立ち、再び彼女を背に庇った。
「…コイツにだけは、手を出さないでくれ」
「クラウド…っ?!やめて…!!」
目の前に立つクラウドをシャロンは必死に引き止めるが、彼はそこを動こうとはしなかった。
「私のことは、もういいから…っ!!」
「頼む」
「ふーん…それで、ここで彼女を逃がしたとして、その後君はどうするんだい?」
「…。」
セインの質問に、クラウドはゆっくりと瞑目し、答えた。
「そうだな……その後は、お前らの好きにしろ。」
「へぇ?」
「何言って…っ?!駄目っ…!!」
「俺は…どうなっても良い…から、頼む」
「クラウド!!」
クラウドはシャロンの言葉を聞き入れようとはせず、そのままセインに対して軽く目を伏せる。
セインはどことなく楽しげな表情を浮かべていた。
「面白いね、君が降参するとは。
良いよ。その話、乗ってあげよう」
「感謝する」
「ほら。早く行きなよ、シャロンさん?」
「そんな……嫌…だよ、クラウド…」
「…行け、シャロン。」
「いっ…嫌…っ!!」
シャロンは泣きそうな顔で首を横に振る。
「勝手に…勝手に決めないでよ…っ!!私っ…クラウドを置いてなんて……そんな…そんなの…!!」
シャロンは珍しく声を荒げた。しかし、クラウドの表情は冷たかった。
「…だったら、お前は今戦えるのか?それともあいつらを説得して助かる自信でもあるのか。ここで二人とも死んだら、アーサー達は、魔王はどうするんだ!」
「……っ」
「今優先すべきなのは、一人でも多く生き残ることだろう。違うか」
「違わ…ない……けど」
「それなら今お前がすべき事は何か、分かるな?」
「…でも…でもそんなの、勝手、だよ」
「…いいから早く、行ーーっ」
シャロンは完全に俯いたまま、そっとクラウドの手を取る。
「おい…!」
「私、だって……守られてばっかりは、嫌なの…!私にもっ…守らせてよ……」
クラウドはシャロンの言葉に一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに彼女の手を振り払うと、ふいっと目を逸らしてしまった。
「…迷惑だ」
「…っ!」
彼の冷たい言葉にシャロンは面を食らった表情で固まってしまう。
「今のお前に何が出来る」
「そ…れは……」
言葉は続かず、シャロンはそのまま黙り込んでしまった。
そんな様子を今まで黙って見ていたセインが見かねた様子で口を開く。
「悪いけど茶番はその辺にしてもらえる?僕たち暇じゃ無いんだ。」
「…。」
クラウドは小さく一度ため息をつくと、もう一度ちゃんとシャロンに向き直った。
「…悪い、シャロン。俺が悪かった。
ありがとうな、お前の気持ちは嬉しい。が、お前に守ってもらうわけにはいかないんだ」
「ク…ラウド…」
クラウドは優しく微笑む。
「俺だってお前を守りたいんだよ、シャロン」
「…っ!」
シャロンはクラウドを直視出来ず、思わず下を向く。クラウドは続けた。
「もし俺に何かあったら…お前の好きな奴にーーアーサーの奴に、伝えてくれ」
「アーサー…に?」
顔を上げたシャロンに、クラウドは真っ直ぐに彼女を見据えて言った。
「"俺の大切な人をーーシャロンを、これ以上泣かせるなよ"…ってな」
「…えっ…?」
クラウドはシャロンの頬にそっと手を触れ、精一杯の笑顔を向けた。
「シャロン、お前が好きだ」
「う…そーーー」
「最期にお前の側に居られて、良かった。本当にありがとう」
「…っ!クラーーーっ」
ーー直後。
一つの銃声が響き渡った。
その音と共に、クラウドの身体はシャロンの目の前で崩れ落ちた。
彼の倒れた先にはこちらに銃を向けるセインの姿。
「ク…ラウド……?」
返事はない。
代わりにセインが言葉を発する。
「悪いねクラウド君。でも、最高のタイミングだったとは思わないかい?」
「嘘…でしょう…?お願いだから返事して……
クラウドっ!!」
シャロンはクラウドの身体を揺さぶるが、それでも返事はない。
「どう…して…っーー」
「さぁ、もう良いよね、シャロンさん。君がどうしようと君の勝手だけど、早く逃げないと君も彼と同じ道を辿ることになるよ?」
「……や…」
セインはやれやれといった様子でため息をついた。
「君は彼の犠牲を無駄にする気かい?」
手下達がシャロンに銃口を向けると、彼女はようやくヨロヨロと立ち上がり、今にも倒れそうな足取りで2、3歩後退った。
「…い…や」
「…撃つよ?」
「…やーーーっいやあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
シャロンは今までにない程の叫び声を上げながら、彼らを背に走り出した。
「やれやれ…やっと行ったか。本当に手間をかけさせる…」
「セっ…セイン様……!」
「判ってる。さて、どうするかな…」
セインは笑みを浮かべた。
どうも、鳳月でございます
クラウド、やってくれましたね…!
このシーンを書くのはすごく心苦しかった覚えがあります。
今回ノーギャグとか言わないでください!ごめんなさい!!
この先どんどんシリアスな展開を迎えますが、由豆流が頑張って各所にボケをぶっ込んでくれてますので、乞うご期待。笑




