ミレアのヒミツ
二時間前ー
「はぁっ…はぁっ…!」
わたし…ミレア・フリージアは息を切らしながらアークスが銀色の光の粒となって四散した床をただただ見つめていた。
激しい動悸のせいで頭がクラクラした。力を使いすぎたせいだろうか…今は浅い呼吸を繰り返すことしか出来ない。立っているのもやっとだ。
早く回復しないと…。
そう考えていると、ふいにガチャッとドアが開く音が聞こえた。視線だけ動かすと、アカリファ先生が笑みを浮かべながらこちらを見ていた。先生は拍手をしながらこちらに歩み寄って来る。
「おめでとうミレア。素晴らしかったわ。合格よ」
「ありがとう…ございます」
どうにかそれだけ言うと、わたしは再び視線を床へと戻した。質問に答えることすら今は苦しかった。
だが、それ以上質問に答えない姿勢を示したにも関わらず、アカリファ先生の歩みは止まらなかった。コツコツとヒールが床を叩く無機質な音が、次第に近づいてくるのがわかった。
やがてアカリファ先生はわたしの真横にたどり着くと足を止めた。わたしはゆっくりと顔をあげた。
「…先生?」
アカリファ先生はいつもとは違う、妙にまとわりつくような声でささやいた。
「ねぇ、ミレア…私に隠してることがあるんじゃない?例えば…そう。あなたの本当の力について…とかかしら」
「…っ⁉︎」
わたしは鋭く息をのんだ。口元に手を当てて微笑を浮かべる先生と、先生の言葉に何か不可視の力を感じた。
わたしは動かぬ体に鞭を打ってバッと後ろに下がった。先生はわたしが下がった分だけなおも笑いながら近づいてくる。
「…わかっちゃった。あなたのヒミツ」
ー逃げなきゃ…これだけはばれてはいけないー
そう思っても体は言うことを聞いてくれなかった。アカリファ先生を恐れてしまったのか足は重りがついたように重く、ただ震えるだけだった。
そうしている間にアカリファ先生は私にスッと顔を近づけた。そして口元に手を当ててささやくように言った。
「ーーーー」
再びの驚愕。もはや先生にそれを隠し通すことは不可能だ。わたしは顔を背けてポソリと言った。
「…なぜ、わかったんです?」
「わたしも昔、そうやって自分を守ってたから」
わたしはパッとアカリファ先生に視線を戻した。急に先生の言葉が和らいだ気がした。先生は昔を懐かしむように目を細める。
「あの頃、わたしはいろんなものに恐がってた…。自分の力が誰かを傷つけてしまいそうでね。部屋から出られなかった時もあったわ。ミレアが力を隠す理由はわたしとは違うでしょうけど…。でも何かに困っていることがあるんでしょう?それは確かなはず…。その理由はわざわざ聞かない。でも…」
アカリファ先生はそっとわたしの手を握った。
「ここはメイローグ学園。全ての生徒があなたと同じレウィシア。…みんなたくさんの苦労を乗り越えてきた仲間たちなの。あなたの気持ちを理解してくれる生徒はたくさんいるはずよ」
わたしは眉間にシワを寄せた。
「お気持ちはありがたいです。…ですが!」
わたしは下唇を噛み締めた。
「わたしのそのヒミツを、他の誰かに話すわけにはいきません!」
わたしは浅い呼吸を繰り返しながらなおも続けた。
「いくら周りがみんなレウィシアだからって。…いえ、むしろレウィシアだからこそ、これは知られてはいけないんです!わたしだって隠し事なんかしたくない!でも、もし知ってしまったら、みんなに危害が及ぶかもしれないんです…。仕方がないんです…!」
わたしの言い分を聞き終えると、アカリファ先生は顎に手を当てて目を伏せた。
「…ミレアは力の制御は出来ているわ。何に怯えてるのか、何が危害を及ぼすのか…言いたくないなら言わなくても構わない。でも、ミレアのその言葉から察するに…ミレアの周りのレウィシアが、その危害を及ぼす何かよりも強ければ問題ないってことよね?」
「そうですけど…あれの力は未知数です。一般生徒をわたしのせいで危険にあわせるのは…」
「それなら大丈夫!わたし、それにピッタリの子を知ってるわ!この学園の誰よりも強くて、優しい心の持ち主…。あの子にならきっとそのヒミツも打ち明けられるし、相談にものってくれるはずよ!」
アカリファ先生は弾けるように一度ウインクしてもう一度わたしを見た。
「今日からあなたもこの学園の生徒なの。遠慮なんてしなくていい!仲間同士で助け合うのは当然のことなのよ」
わたしはそれにしぶしぶ首を前におると一番気になっていたことを口にした。
「それで…その人の名前は?」
アカリファ先生は静かに微笑んだ。
「その子の名前は…」