VS銀の騎士
「…っ!」
鈍色に輝く、太く鋭利な剣先が俺の肩を浅く切り裂いた。目の前に対峙している、騎士タイプの上級レベルイメージ戦闘体、アークスの突き技が俺の首筋を襲ったのだ。どうにか首をひねり致命傷は回避したので、大きな痛みは感じなかった。
そう、痛みは感じない。だが、俺の活動限界は騎士の一撃を受けるたびに一歩、また一歩と近づいているのだ。その証拠に…
俺はチラリと壁にかかっている円型のHP表示器を横目に見た。すると先ほどまでグリーンだった俺のHP残量はその6割を黒く染め、現在は注意信号であるイエローゾーンにまで突入し、点滅を繰り返していた。
俺は後方に素早くバックステップしてアークスとの間合いをとった。その距離約15m。いかに身長が2m近い長身騎士だろうと一歩踏み出しただけではこの間合いは埋まらない。俺は詰まっていた息をフゥッと吐き出した。そして再び目の前に対峙する銀色の騎士を見やる。
騎士は自身の剣を下げたまま、一歩一歩を踏みしめるように俺にゆっくりと近づいてきていた。その足が地面を捉えるたびに、ガシャッ…ガシャッ…と鎧と鎧がこすれる金属音が緊迫した空気を揺るがす。
間合いが10mほどになった時、不意に騎士は足を止めた。そして下ろしていた剣をスッと上段に構えると、最後に再びガシャッと鎧を鳴らし、その動きを止めた。
俺は騎士アークスを凝視した。厚い装甲に覆われているせいでその表情は伺えない。いや、もしかしたらその下に顔なんてものは存在しないのかもしれない。なぜなら今、俺の目の前に対峙する銀色の騎士はただのイメージ体でしかないのだから。体は存在せず、感情すらその身に宿してはいない作り出された仮の人間…。敵を倒すためだけに存在するただの兵器。
しかし、俺はその構えに一種の気迫と戦いへの高揚を感じ取った。
確かにこの騎士は作られた人間だ。だが、それでも一人の剣士であり、騎士である事に変わりはない。自らの命をかけ剣を振るものに全力で応えないのは、たとえイメージ体であっても相手に失礼であるし、それは俺の意思に反する。
今まで見せてこなかったアークスの構えからして、今から俺に向かって放たれるのはアークスが振るえる最高難度にして最強の技なのだろう。
アークスから放たれる気迫が俺にそう告げていた。俺もそれに対抗するべくアークスを睨み返す。
止める…絶対に止めてみせる。アークスの剣技と心意気に応えるため。過去の俺を超えるため。なによりも…
大切な誰かを守れる力を身につけたのだと、俺自身に証明するため…
俺は剣を下段に構えた。
刹那ー
一陣の風と化して、アークスは俺に切りかかってきた。反則じみた加速に加え、その巨躯の剣と長身も手助けして10mあった距離が2秒もしないうちにグンと縮まる。あっと言う間に俺を間合いに入れた銀の騎士は、剣をそのまま右後ろに大きく振りかぶった。そして声にならない気合の咆哮とともに剣を横一文字に凪ぐ。
後ろに回避する時間も、剣でふせぐヒマもない。唯一の道は…
そう考える合間にも、剣は勢いを増しながら俺に襲いかかってくる。俺に剣が届くまであと3m…2m…1。
…動け、俺の体!
剣がまさに俺を捉えようとした瞬間、俺は身を地面につくギリギリまでかがみこんで攻撃を回避した。アークスの剣が背中をかすめ、再び俺のHPが減少したのがわかった。恐怖が背中を撫でて、俺は思わず身震いしたが、今は震えている場合ではない。動かぬ体に鞭打ち、俺は精一杯の力で地面を前に蹴った。すぐに目の前に巨大な鉄の塊が俺の行く手を阻む。すなわちアークスの鉄の鎧だ。
アークスは剣の振られる方向に逆らわずに、技がよけられたと認識するやいなや次の技につなげるつもりらしく、すでに構えの姿勢をとっていた。この状態の敵に自ら近づくなど普通は危険すぎる行為だ。
だが、俺が無理してまで身を前に投げ出したのには理由があった。それは、体当たりをして相手の体勢を崩すため。いかに次の技の準備が出来ようとも、最強の剣技をよけられたばかりで体勢が万全なわけがない。俺はそこにつけこんだのだ。
俺は肩を中心にしてアークスの腹部あたりに全体重ののった体当たりを食らわせた。さすがに鉄鎧と戦闘装備なしの差は激しく、今度はしっかりとした痛みがHP減少とともに俺を貫いた。
俺のHP残り2割…。注意信号のイエローすらも超えて、危険を表すレッドの光が視界の端で瞬くのが見えた。
だがその痛みのかいもあり、俺の捨て身の体当たりにとうとうアークスは完全に体勢を崩し、上体を大きく後ろにそらせた。
これが最初で最後の決定的チャンス。逆に言えば、俺はこれを逃してしまえば確実にアークスに負ける…。
俺は剣を左の腰近くへと移動させた。
ここで決める…!
すると俺の意志に共鳴して、体の中心から黒いオーラが湧き上がった。それは湧き水のごとく次々と溢れ出し、やがて俺の握る剣すらもを黒く塗りつぶした。
剣が敵を切ることに渇望し、自ら叫んでいるかのごとく大きく震えた。その瞬間ー
俺は剣をアークスの銀の鎧の胸元へと叩き込んだ。剣は黒いオーラを纏いながらアークスの銀の鎧を確実に切断し、俺の手に握られたまま、その身を宙に踊らせた。
俺もアークスもしばらく動かなかった。
だが、剣のオーラが徐々に薄まり、そして完全に消えた時、胸を斜めに切断された銀の騎士はゆっくりと後方へと倒れていった。
胸を切られ、敗北を目の前に叩きつけられてなお、その気迫を失なわない銀の騎士は、壮絶なまでに凛々しく見えた。
騎士の体が地面に触れ、鎧と鎧がこすれるガシャッという音が再び空気を揺るがしたその瞬間…
銀の騎士アークスはその身を銀色の光の粒と変えて四散した。
光の粒が完全に空気に溶けて無くなるのを見届けると、俺は剣を一振りし腰の鞘に収めた。壁を見ると、残り2割になったHP表示機の上に、それを覆い隠すように「congratulation」の文字が点滅していた。
そこでようやくやり遂げたのと実感し、大きく息をはいた。すると急に疲労感が俺に重くのしかかってきた。久しぶりに全力で力を使ったからだろうか。自分でも気づかぬうちにそうとうの体力を消耗してしまっていたらしい。
俺は床に座り込むと目を閉じた。床の冷たさがこの時ばかりは気持ち良く感じた。