首席の役目
なんだコイツ…!
俺は身構えると同時に周りに視線を走らせた。生徒達は予想通り、いきなりの事態にうろたえているようだった。だがそこに驚きこそあれ、異質な物を見ているといった様子は感じられない。おそらく、この男が実戦授業の先生で、このような性格であることをすでに知っているからだろう。
そこで、再びミレアの口から細い悲鳴が漏れた。
見ると男は、ただ震えたまま下を向いていたミレアの顎を掴み強制的に上を向かせていた。そしてミレアの驚愕、恐怖が浮かぶ顔をしげしげと眺め、ニタリと笑う。
「ああ、キミ…アークスを倒したとか言う新入生か。名前はミレア・フリージア…だっけ?いい名前だなぁ」
この言葉に俺は堪忍袋の尾が切れた。もう見ていられなかった。
俺は自分の持つ筋力を振り絞ってダンッと床を踏み鳴らした。ようやく男の視線がミレアから俺たちへと移される。そこでやっと、男は俺たちの(主に俺の)軽蔑の視線に気づいたようでミレアからパッと手を離して数歩下がると、何がそこまでおかしいのか一人で声を上げて笑い出した。
「ハッハッハ!君たち、そんな射殺すような目で僕を見ないでくれよ。僕はここの先生として、一人の生徒を指導しようとしただけじゃないか…。それの何がおかしくて、不満だと言うんだい?」
指導…?誰が今の状況を見てそう思うんだ。いかれてる…!
男は悠々と続ける。
「僕の名前をまだ言ってなかったな。僕はオリバ・レザルタス。オリバ先生とでも呼んでくれ。で、指導の続きだけど…ミレア・フリージア。今から君に僕の相手をしてもらおうか」
オリバは口の端を釣り上げてニタリと笑った。ミレアは息をのんで一歩後ずさる。
「別に危害は加えようってんじゃない。ただ、明日のアッサムの練習にもなるし、それにアークスを倒したという君の戦闘スタイルも見てみたいからねぇ。要はみんなに手本を見せて欲しいんだよ!騎士の殺し方ってやつを…!」
俺が手を握り、飛び出そうとしたその瞬間、ザッと芝生を踏みしめる音と共に、ミレアとオリバの間にレイラが割って入った。レイラはオリバの視線からミレアを守るように立ちはだかるとオリバをキッと睨み、重々しく口を開いた。
「…お言葉ですがオリバ先生。私はそれには賛成できません!」
「ほぅ。なんでだい?サイネリア」
「…ミレア・フリージアは本日編入試験を受けたばかりだからです。騎士を先ほど倒したばかりならば、疲れもたまり、最高のコンディションで今からの戦闘に望むことは不可能です。…また、彼女にとってこの授業はメイローグ学園初めてのものです。いきなり戦闘をしても、今まで血の滲むような訓練に耐えてきた我々の手本とはなり得ないと思われます…!」
レイラの意見を聞き終えると、オリバはふーんと無感心そうに言い、腕を組んだ。そんな中でも口に浮かぶ下品な笑みだけは消えない。
「でもねぇ、今日はどうしてもアッサムの形式で授業して欲しいと上から頼まれてるんだ。なんなら君が代わりに手本になるかい?次席の君なら十分務まるだろうね」
「…私はそれでも構いませんが」
感情を押し殺したレイラの声。だが、レイラもまたオリバを恐れていることが、その声からひしひしと伝わってきた。
「じゃ、そういうことならばさっそく準備に入ろうか。君との試合、心から楽しみだ…」
オリバはそい言い残すと、準備をするつもりなのか身を翻し、その場から離れていった。よほど楽しみなのか、鼻歌さえもを歌い始める。だが、それとは対称を成すようにレイラは重苦しい表情で、眉間にシワを寄せていた。ミレアが隣から何やら声をかけているが、レイラの表情は厳しくなるばかりだ。
そしてとうとう彼女の目から涙が溢れた時、俺の横でずっと黙って状況を見ていた青年はスッとレイラに近寄った。
青年はレイラの横に立ちその肩をポンと優しく叩くと、凛とした声を広場に響かせた。
「待ってください!」
その言葉にオリバはピタッと立ち止まった。そして声の主を確かめようと、細長い目が青年の方を見据える。
「なんだ君かぁ…。どうした?何か問題でも?」
青年はレイラをかばうかのようにスッと片腕を広げると、高らかに言い放った。
「生徒の手本は…新入生でも、次席の役目でもない!首席の僕の役目だ‼︎」
「セイジ…!」
レイラの涙ぐんだ声に、オリバが明らかに不満の表情を浮かべた。