2.生気を失う者達
近隣で一番人口が多く、歴史が古い町。その町は聖都と呼ばれていた。名付けられたのは大昔であり、その理由を知る者はもういない。その為かも知れないが、長い年月で見た目も聖都と呼び難い物に変わっていた。
広い町には、多くの道が血管のように張り巡らされている。そのほとんどは舗装がされておらず、埃っぽい。大勢の人が行き交い、馬車等も走っているのだから、土埃が舞い上がるのは当然だ。
また、町の美観を損ねているのはそれだけではない。多くのゴミや住民の吐き捨てた唾液が、そこかしこに落ちている。進んで町を清掃しようとする者がいないせいだろう。
その風景を見て、聖都とは名ばかりだと感じる者も多いだろうが、人が生活する場とはそういった物なのだろう。川の水が澄み過ぎていては、生きられない魚もいる。住人達が生き生きと暮らしているのだから、問題ないとも言えるはずだ。
聖都の主要道を、一組の男女が歩いていた。少し前に出会ったその二人は、深い仲ではない。現在は、案内をする側とされる側という関係だ。腕など組んで会話を楽しもうとは、お互いに考えない。
槍を握ってハルの前方を歩くイヴは、道の中央を堂々と歩いている。彼女がその態度でも許される地位にいるのは、周囲の反応を見れば一目瞭然だ。徒歩のイヴを、住民だけでなく馬車まで避けていくのだ。彼女に対して頭を下げる者も多い。
(なんだこれ? 訳がわかんねぇな)
ハルはイヴの後ろを、黒こげになった鉈の刃をタオルに包みながら歩いている。その足取りはおっかなびっくりで、首は忙しなく左右に振られていた。訳の分からない状況に置かれているのだから、当然だろう。
悪いようにはしないとの言葉だけで、イヴについて行こうとハルが決めたのは彼女が美人だったからだろう。多分、そうでなければハルはその場から逃げていたはずだ。
(あれもそうだ。それにあそこも……)
街並みに違和感を持ったハルは、歩く速度が落ちていく。彼がおかしいと感じたのは、町の建物に統一感がないせいだ。大よそ古い様式の建物ばかりだが、それぞれで構造が全く違う。木だけを巧妙に組み合わせた東屋や、煉瓦だけで作られた家が隣り合っているのだ。
(あれは、中華風……。うん? あっちは変な瓦使ってるな)
「おい。迷子になってくれるなよ」
ふと後ろを振り向いたイヴは、自分とハルの距離がかなり開いている事に気が付いた。
「あ、すみません。ははっ……」
目を細めて呆れるイヴとの距離を小走りに詰めたハルは、誤魔化すように笑って頭を掻く。それを見て、鼻から息を噴き出したイヴは再び歩き出した。
「気持ちは分かるが、説明は他の者と一緒に受けてもらう。そうすれば、手間が一度で済むからな。悪く思わないでくれ」
「あ、はい。お願いします」
思うところはあるようだが、ハルは愛想笑いを崩さずにイヴの後をついていく。ただ、身の危険を感じれば逃げ出そうとは考えているらしい。
(大がかりなドッキリにしては、よく出来過ぎてるよなぁ)
目じりを下げていないハルは、逃走経路に使えそうな道をちらちらと目で追っている。
歩き続けた二人は、町の中を流れている小川にかけられた橋を越えた。そこから、町の風景ががらりと変わる。
(建物が更に古くなった? まあ、様式はバラバラのままか)
橋を越えた先は、それまでと比べて人通りが少ない。そして、道は石畳になっており、ある程度の清掃がされている。幾人かすれ違った者達は、それまでの者達と違って服装が明らかに整っている。その者達は、服に金をかけられるだけの余裕が生活にあるのだろう。
(もしかして、さっきまでは貧民街的な? いや、向こうが平民でこっちが貴族的な?)
ハルは、ヨーロッパにある観光用の古い街並みを思い出していた。観光用にわざと古い街並みを残したその場所と同じように、その通りは美観が整えられているからだ。
(くそ。やっぱり、ドッキリか! なんですか? さっきの物の怪はっ! SFX? 最近の技術って凄いな、この野郎)
渋い顔になったハルがカメラを探し始めたのは、町の中心部にある大きな建物が見え始めたからだ。城壁らしき物に囲まれたそれは、ハルのよく知るビルと呼ばれる建築物だった。
(まんまと騙されたぁ。どうリアクションしよう……)
大きく息を吐いたハルは、何処か安心しながら頭を指で掻く。そして、ドッキリだと知らされた時に、どのような顔をしようかと悩み始めた。
だが、彼の思惑に反して、カメラを背負った者も、プラカードを持った者もあらわれない。
「まだ、説明開始までに時間がある。どうだ? 食事でも」
石の塀に囲まれている建物に、イヴはハルを連れて入る。どうやら、そこが目的地だったらしい。中には、広い庭と煉瓦やモルタルで作られた大きな平屋があった。
「は、はぁ……」
笑顔を作ったイヴに逆らえなかったハルは、間の抜けた返事をして建物の中へとついていく。
彼は、笑顔の意味を取り違えた。彼女は騙した事を誤魔化そうとしたのでも、驚くだろうと期待して笑ったのでもない。朝早くから動いていたイヴは、朝食を食べ損ねており、正当な理由をつけてありつけると笑っただけだ。
(いつ、終わるんだ? この茶番は)
長い木机が並ぶ食堂らしき場所で、ハルはイヴと向かい合って食事を取っていた。木で出来た二つの皿には、ふかした芋と野菜のスープが入っている。勿論、スプーンとフォークも木製だ。
「私は、術もなく妖魔に立ち向かった異邦人を初めて見た。んぐっ……」
のろのろと食事をしているハルと違い、イヴは見る間に全てを食べ終えた。かなり空腹だったのだろう。
「お前……腕に覚えがあるんだろう?」
満足げにゆるく息を吐いたイヴは、ハルに問いかける。
(えっ? この芝居、まだ続けるの? てか、妖魔って何? 設定的な何か? てか、あれって切りつけてよかったの?)
愛想笑いを忘れたハルに、眉をひそめたイヴは再度確認した。
「違うのか?」
「あ……いえ。まあ、少しは護身術に心得があります」
ハルのその言葉は、嘘だ。彼はある事情から、小さい頃より格闘術を修めている。ただ、それをむやみに喋れない為、嘘をついたのだ。
「そうか……。まあ、多少でもないよりはいい。今後の役に立つだろうしな」
イヴはハルの所作が、多少で身に付くのだろうかと疑問を持ったらしい。
だが、出会って間もない者を問い詰めるべきではないと考えてか、それ以上の質問を止める。
「あ……。食器は?」
「そのままでいい。使用人達が、片付ける」
ハルが食事を終えると同時に、イヴは別室へと彼を誘導する。その部屋は、いくつもの机と教壇があり何かの教室のように見えた。
(えぇぇ……。もう、なんなんですか? 帰りたいんだけど)
その教室と思われる部屋には、机を囲む様に兵士達が立っている。そして、机にはすでに幾人もの男女が座っていた。それを見て、ハルはドッキリに巻き込まれたのだろうという、自分の考えが正しかったのだと確信する。何故ならば、ハルから見ておかしくない服を着ている者が大勢いたからだ。
「好きな席に座って待っていてくれ。すぐに始まる」
ハルの肩を軽く叩いたイヴは、そのまま部屋を出て行く。少し呆けていたハルは、そのイヴを呼び止める事に失敗した。
(あ……。くそ)
後頭部を乱暴に掻き毟ったハルは、仕方なくイヴの指示に従う。
「ふぅ……」
部屋中央付近の空いている机の上にザックを置いたハルは、周囲を見回しながらゆっくりと席へ座る。
十五人の男女が席についていた。一人だけ四十代の髭を生やした男性もいるが、他は十代か二十代だと思われる若い者達ばかりだ。
(東洋人……。紺のブレザー……か。ペアルックってわけじゃないよな。何かの制服か?)
ハルが目をつけたのは、端の席に仲良く固まって座る三人の男女だ。彼等は他の者と違い、笑顔で会話を交わしている。
(長髪の暗そうな男に、短髪の男。あ、女の子は結構可愛いな)
その三人は目立っている。同じブレザー型の学生服を着ているからではない。古臭かったり、派手すぎたりと、他にもっと目立つ服の者はいる。学生らしきその三人だけが、笑っているから目立つのだ。
ハルの隣に座る女性は震えており、前に座っている男性は貧乏ゆすりをしていた。訳の分からない状況なのだから、そちらが普通だろう。一見冷静に見えるハルも内心穏やかではなく、無理矢理作りでもしなければ笑えない。
(あいつらは、何か知ってるのか? うん。そんな感じだな。おっと……)
腕を組んで三人を見ていたハルだが、相手の視線が自分に向いた事で顔を逸らす。
(なんだ? あいつ等? 感じわりぃなぁ)
ハルを見た三人の学生は、お互いに耳打ちをしてくすくすと笑う。視線を三人に向けないハルだが、眉間に皺を作った。自分が笑われているように思えたのだろう。実際にその考えは正しいのだから、ハルは何も間違えた事はしていない。
(あいつらに話し掛けて情報を……。いや……。嫌だ。なんか嫌だ。あいつら、感じ悪い)
三人の不快な声を聞かないようにハルが気を逸らしてすぐに、部屋へ五人の人間が入ってきた。白いだぼだぼのローブを着た男性と、鎧を着た兵士が四人だ。その四人の兵士は、他の兵士達より鎧が少し豪華だ。兵士としての位が高いのだろう。
「皆さん。お待たせしました。そして、初めまして。私は、この国の術士長を務めているアルバートという者です」
目立つ首飾りや腕輪をつけた銀の長い髪を持つその男性は、教壇の前へ立つと深く頭を下げた。ハルは反応しなかったが、幾人かはアルバートに対して頭を下げ返している。
(術士……長? って何? てか、その胡散臭い占い師みたいな格好は何? カメラどこ?)
顔を上げ、ハル達の顔を確認したアルバートは、ゆっくりと片手を上げる。
(なっ?)
アルバートの合図を受けて、周囲の兵士達が槍の刃先を机に座っている者に向けた。それに関しては、学生三人組も焦りを顔に出す。
「無礼とは思いますが、ご容赦ください。危害を加えようとは思っていません。ですが、今から喋る事で過去に暴れ出してしまう方が幾人もいましたので、その用心としてだけです」
(くそ……。美人局だったか……)
少しだけ腰を浮かせたハルは、すぐに考えていた逃走経路に目を向ける。学生三人を盾にすれば窓から逃げ出せると踏んだハルは、動き出すタイミングを待つ。
「落ち着いて下さい。今からするのは、貴方達にとって悪い話じゃありません。それどころか、必要不可欠なんです」
(なっ! 放せ!)
隣に座っている茶色い波打った髪を持つ女性が、震えながら何故かハルの服を掴む。怖さからハルの服を掴んだその女性に悪気はない。それでも、生存確率について考えるハルは、相手から見えないように拳を握る。彼に、女性へ手を上げないといった信念はない。
「はぁぁ……。やはり、こうなりますか。この方法も失敗ですね」
思っていたよりも身構える者が多かったらしく、アルバートは焦りながら優しい声でなだめようとした。
だが、武器を向けられてその言葉だけで落ち着ける者等少ないだろう。当然ながら、ハルも臨戦態勢を解除しない。
(落ち着けるかっ! もう、何を言っても嘘にしか聞こえねぇよっ!)
緊迫した空気を緩和させたいらしいアルバートは、もう一度大きく溜息をついて手を上げた。それにより、兵士達は槍を元に戻す。
「暴れないでくださいね……」
力なく笑ったアルバートは、今から大事な事を喋ると表現する為に真剣な顔を作る。
「ここは、皆さんにとって異世界です。残念な事に、今の所元の世界へ帰る手立てはありません。これは、嘘やお芝居ではありません。真実です」
室内の事前に何らかの説明を受けていたらしい半数が頷き、ハルを含めた半数が首を傾げた。
「いいですね? それを元に、話を聞いて下さい」
口をぽかんと開けてしまったハルは、浮かしていた臀部を椅子につけてアルバートの話を聞いた。その話を聞けば聞くほど、ハルの目は光を失っていく。
(落ち着け……。落ち着くんだ、俺)
皆の前に立つアルバートが、腕輪の宝石らしき物を光らせ、火の玉を手の平に出現させる。それがトリックではないと思えた所で、ハルは相手からの情報を整理し始めた。
「ここに集まって頂いた皆さんは、まだ恵まれていると思ってください。言葉が通じない方も別室に大勢来ているんですよ」
(笑えない……)
二十一世紀の科学全盛時代から、ハルは術(魔法)が日常的に使用される、メルヘンでファンタジー的な世界へと来てしまっていた。その世界には、妖魔と呼ばれる人間に害をなす存在が多数存在している。
(妖魔? が、人間を捕食して……魔獣が、更に妖魔を捕食する? なんだろう。信じたら負けな気がする。てか、放せ)
教えられた事を整理しながら目まいを覚えたハルは、目蓋を閉じて頬杖をついた。目を閉じたハルは、自分を掴んだままの女性が震えているのを感じとる。
「皆さんがここへきて、我が国の兵に接触した山がありますよね? あそこは空間が歪んでいるんです。四年に一度、深い霧に包まれると異邦人……つまり皆さんのような人が、迷い込んでくるんです」
頭を大きく左右に振ったハルは、目を開いて他の者からの質問に答えるアルバートを見つめた。
「ごもっともです。まあ、この都市が元々異邦人の手を借りて作られたのもありますが……。一番の目的は、皆さんのお知恵です」
なんの得があって自分達を助けるのかという男の言葉で、アルバートは包み隠さず思惑を喋り始める。
「文明……科学や魔法がこの世界より発展した世界から、異邦人の方が来ることは少なくありません。それを我が国の発展と平和の為に、ご教授頂きたいのです。見合った報酬も、お渡しします」
アルバート達は、異邦人であるハル達の知恵をあてにしている。それを聞いて、建物の建築様式がちぐはぐだった理由がハルの中で見つかった。文明が遅れているらしいその世界でも、コンクリートならば作れるだろうとハルには分かったのだ。
(水酸化カルシウムだったっけ? 古代エジプトの頃にはあったって言うし……。まあ、作ろうと思えば作れるよねぇ……。はぁ……)
「そして、知恵がない方を悪く扱うつもりもありません。しばらくの間、生活の保障をします。そして、職の斡旋もです。当然ですが、これは強制ではありません」
相手が暗に言いたい事がハルには分かったらしく、重い息を吐き出す。
異邦人になった者達は、帰れないならばその世界で生きるしかない。ならば、糧が必要だ。下手に放置して犯罪者になられるよりは、管理できる状況を作り、町の労働力としたほうが面倒も少なくて済むだろう。
「少し厳しいですが……。こちらで定めたルールに従っていただけなければ、しばらくといった保証は出来ませんのでご容赦ください」
(でしょうねぇ……)
退室したければ好きにしろと言われて、その状況で立ち上がれる者はいなかった。周囲を見ながら、過去に強制をして暴れる者でもいたのだろうかと、ハルはぼんやり考えている。
「我が国ゼノビアは、この聖都ハルベリアを中心に、幾つもの集落、民族が集まって出来ました。元々、魔法大戦以前の都市がこの地には有り……」
集まった者が落ち着いたのを見計らい、アルバートは子供にでも教えるかのようなトーンで講義を始めた。兵士達の大多数は部屋を出て行く。残った者達はアルバートの助手として壁際に立ち、大きな地図などを広げている。
「町の北と西には門があり、簡単には出られません。そちらには、我が国と関係のよくない集落や国があります。そして……」
あまりの事態に現実を受け入れられないハルは、生気のない顔で講義を聞き続けた。他にも顔から生気を失った者は多い。その者達は、言葉の通じなかったらしい者が逃げ出すのを、窓越しに見ても反応は薄い。
「あ、南は何もありませんが、町の外へは出ない事をお勧めします。皆さんが来た山のある方角ですね。町の外では妖魔に会う可能性がありますからね」
妖魔に会うという言葉で、ハルを掴んでいた女性の手に力がはいる。彼女はハルと同じように、山で妖魔に襲われたのだろう。
「今我が国は、兵員を求めています。主な仕事は、妖魔から人を守る事です。術さえ使えるようになれば簡単ですので……」
休憩を幾度かはさんだアルバートからの講義は、昼食にしようという提案で一時中断となる。
(大事なのも分かるが……。一週間も講義を受けないといけないのか……)
自分について来て欲しいと出口に向かったアルバートだが、扉に手を掛けた状態で振り返る。
「皆さん。座って聞くだけでは飽きますよね? 昼からは少しだけ、魔法の実技にしますので」
ほとんどの者が顔をしかめたままだったが、学生らしき三人だけは待ってましたといわんばかりに、仲間と喋り出す。その三人は元々魔法がある世界から来ており、それが余裕の根源なのだろう。
(何? こいつ?)
学生達から少し遅れて席を立ったハルは、自分を掴んだままの女性を見下ろした。それでも相手の女性は、手を離さない。彼女は不安になると人を頼るタイプなのだろう。
(手を振り払って、逆恨みされてもやだなぁ。夢なら……覚めようぜ? 俺ぇ……)
仕方なく食堂へと向かう廊下を歩いていたハルは、ある部屋の前で歩みを止める。
その部屋では、言葉の通じない異邦人達への説明がされていた。そして、その中の一人が暴れ出したらしく、イヴが取り押さえている。関節を極められて倒されたその男性は、もがいているが脱出は出来ないらしい。
(あのねぇちゃん……。おっかねぇな。逆らわなくてよかった……)
アルバートが自分達に槍を向けたのをその光景で納得したハルは、イヴと食事を取った部屋で再び芋とスープを食べる。勿論、死んだ魚のような目で。
昼食と休憩後、兵士達が日頃訓練用に使っている庭にハル達は集まった。
「このロッドには、すでに術の行使に必要な呪文が書き込まれ、精と呼ばれる結晶が組み込まれて……。まあ、つまり、念じるだけで術が発動します」
そのハル達異邦人に、兵士達が精の埋め込まれた長さ五十センチほどの木製ロッドを渡す。
「行き渡りましたね? 分かり易くて危なくないように、弱い火の魔法を仕込んであります。お手本を見せますので、皆さんもあの目標を狙ってください」
皆と同じロッドを持ったアルバートが実戦をして見せる前に、学生の一人が中空に火球を作り出して木の杭へと当てる。
「へへっ! 余裕」
自分達に得意満面の笑みを浮かべる髪の短い男に対して、幾人かが驚きの声を上げた。それが心地よかったらしい男は、木の杭が真っ黒になるまで火球を幾度も放つ。
「あ、勝手に……。まあ、見て頂いた通りです。えぇ……術にはイメージが一番大事です。火が出ると信じて、念じて下さい。呪文等はロッドに仕込んであるので必要ありませんので」
元居た世界に魔法が存在したのは学生三人を含めて五人だけであり、残りの者は苦労する事になる。アルバートと兵士達は、その魔法が使えない者達へ優しく説明をしていった。異邦人達は皆、生きる為だとそれを懸命に習得しようとする。
「ちげぇよ。おっさん! ったく……」
「駄目駄目。力んでも一緒。少しは、頭使えば?」
魔法を使いこなせる学生達三人は、頼まれもしていないのにいつの間にか講師側にまわっていた。
だが、その教え方は丁寧とは言い難く、最年長らしき男性は怒りで顔を赤くしている。
(あいつ等……。元の世界に帰れないって言われてんのに……何がそんなに楽しんだ? 馬鹿なの?)
「おや? 貴方は……試さないんですか?」
学生達に細めた視線を向けていたハルに、アルバートが話しかける。
「あ……。やります。やります」
情報の整理と収集に注力していたハルは、その声に反応してロッドに念を向けた。
(火っ……と。足りないか……)
ハルの最初の念では、ロッドに刻まれた文字が薄く光るだけに留まる。
(なら、これぐらいか? 出ろっと!)
ロッドの先端から出た小さな火は、空中の酸素を消費してすぐに消える。
「おおっ! 初めてですよね? 凄いじゃないですか」
「す……凄い……」
アルバートと、先程ハルの服を掴んでいた女性が称賛を口に出す。そして、何かが気に入らない学生の一人が、ハルを睨みつけた。
(無限に使えるって訳には、いかないか……)
短い時間ではあるが、軽い脱力感を覚えたハルはロッドを見つめながら、本当に自分は異世界に来てしまったのだと溜息をつく。
この場合は、学生達が異常で、ハルの反応が正常なのだろう。学生達三人の事情を、ハルはまだ知らない。