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破顔の術式  作者: 慎之介
一章:変態犯罪者、聖都に誕生
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1.転がり落ちる者

 山裾から太陽が顔を出す。湿り気を帯びている澄んだ空気は、その太陽光を妨げる事なく直進させる。人工物の何もない山中は、暗闇の支配から解放された。朝露に濡れた木の葉や草は、虹色の光を反射し合う。

 月がまだ空にうっすらと姿を見せているその時間、男性が一人で山を下って行く。山道どころか、けもの道ですらない場所を進む男性。歩みは必然的に遅い。

「よっ……っと。ふぅ……」

 男性は落ち葉が降り積もった滑りやすい斜面を、踏み外さないように一歩一歩確実に踏みしめていく。そして、右手に握った柄の長い鉈を振るう。進行方向の障害物だけを的確に排除していくその手付きは、どこかこなれている。

 二十歳前後だと思われるその男性は、山歩きに慣れているのだろう。その事は、服装などからも見て取れる。速乾性の丈夫な素材で作られている長袖の上着に、普通よりも多くのポケットがあるズボン。背負っているザックには、適量の荷物が入っている。登山用のブーツや手袋は、かなり使い込まれているようだ。

 まさに登山者といった風貌であるその男性が、山を下っていても不思議はない。

 しかし、時間とルートという点で疑問を感じる者はいるだろう。時間的な面で考えれば、男性が山中で一夜を明かしたのは間違いない。宿泊できそうな場所がない事から、野宿をしたか夜通し歩いていたのだろう。

 ルートという面からならば、道なき道を進んでいる為、彼が遭難した可能性も考えられる。

 だが、その可能性は低いだろう。男性の目や顔からは、遭難者特有の悲壮感や諦めが読み取れない。何よりも、歩みに迷いが全く感じられないのだ。

 こげ茶色の真っ直ぐな頭髪と、黄土色の瞳を持つその男性、ハル・ベイン。彼は間違いなく、なんらかの目的があって困難なルートで山を下っている。

(もうすぐ国境だ。そこさえ抜ければ……。もう一度……あいつと……)

 進行の妨げになるほど植物が生い茂っていた藪を抜け、ハルの手が止まった。抜けた先は植生が変わっており、木々の生えている間隔も広がっていたのだ。草の長さが膝下までしかなく、もう必要ないだろうとハルは鉈を腰の鞘へと納めた。

 立ち止まった彼は、空へと視線を向ける。その空には、今にも消えそうな欠けた月が浮かんでいた。木の葉達の隙間から月を眺めていたハルだが、やがてゆっくりと目を閉じる。感慨にふけっているらしい。彼の脳裏に蘇るのは、この世でもっとも大事な者の顔だ。

「んっ? うわっ……」

 急な耳鳴りに顔をしかめたハルは、目蓋を開く。そして、不快そうに声を出していた。目を閉じている間に、周囲が濃い霧に包まれていたのだ。

(おいおい……。勘弁してくれよぉ)

 妙に明るい霧の中で、ハルはしばらく動かずに様子を伺う。その瞳には不快感だけがあらわされており、恐怖は感じていないようだ。彼は、山の天候が急変しやすい事をよく知っている。そして、それまでの経験から耳鳴りを気圧の変化だろうと推測し、恐れる必要はないと考えたのだ。

「はぁ……。嫌になるねぇ……」

 ハルを包んだ霧は、思いのほか濃かった。手の届く範囲までしか視界が確保できない。慣れているとはいえ、進む方向が狂うかも知れないとハルは考えた。その為、立ち止まっている。

 しかし、自分に纏わりつく霧が一向に晴れない為、仕方なくもう一度足を前へ出し始める。一刻も早く帰り着きたいのだろう。

(最後の最後でこれか……。やっぱ、俺ってついてないのかなぁ)

 下山を再開したハルは、なんとか見えている木や地面を注意深く観察しつつ、斜面を真っ直ぐに下って行く。目印にした木の幹がすぐに霧で見えなくなってしまうが、どうにか思った通りに進むことが出来ているようだ。

「えっ? あ……れぇ?」

 しばらく進んだ所で、ハルを取り巻いていた霧は突然消える。そこで、ハルは地面へと向けていた視線を前へと戻して首を傾けた。ハルが変だと感じたのは、突然消えた霧についてではない。明らかに周囲の風景がそれまでと違っていたからだ。

 自分はどのように進んだのだろうかと、ハルは振り向いた。そこには、見慣れない山中が広がっている。先程抜けたはずの藪すら見当たらない。

(えっ? 俺って、そんなに進んだか? えっ? なんだ、これ?)

 ハルはきょろきょろと、周囲を確認する。その視界には見慣れない草や木が映り、彼は更に混乱した。

(落ち着け……落ち着くんだ、俺。取り敢えず、別の場所にいきなり移動できるはずがない。うん。そうだ。下りてから考えよう)

 頭を抱えそうになったハルだが、すぐに瞳から迷いが消える。どうやら、深く考える事を面倒だと止めてしまったらしい。

 その彼は、太陽の位置だけを確認して、下山を再開した。

 ハルのその行動は、正しかったのだろう。彼が置かれた状況は、普通ではない。つまり、彼がいくら考えても答えなど出るはずもないという事だからだ。



 幾度も首を傾げながら進んでいたハルの足が、再び止まる。

(なんだ? 鹿か? 熊……じゃないよな)

 自分から少し離れた場所に動く物体を見たハルは、身構えた。山には危険な野生の動物もいるのだから、当然の行動だろう。

「えっ? 何? あれ?」

 動物を下手に刺激するのは得策ではなく、ハルは声を出さないようにしようと考えていた。それが出来なかったのは、相手が異様だったからだ。

 木の枝に片腕だけでぶら下がっていたそれは、ハルに近付いてくる。枝から枝へ移動するそれは、テナガザルをハルに思い出させた。

 しかし、明らかに別物だ。全身が灰色の体毛に覆われたそれは、人間と変わらぬ体躯を持っていた。そして、瞳のない真っ白な三つの目と、大きく裂けた口が顔についている。

(やばいっ! やばいっ! やばいっ! やばいっ!)

 それの大きな口には尖った牙が並んでおり、伸ばされた長い舌からは涎が滴っていた。身の危険を感じたハルは、唾液を飲み込むと同時に振り返る。彼が選んだのは、全力での逃走だ。恐怖で動けなくなる者もいるであろう状況で、ハルは迷わず逃げに徹する事が出来た。以前、熊と遭遇していた経験が活きたのかもしれない。

(何? 何、あれ? 無茶苦茶怖いんですけど!)

 顔を恐怖でひきつらせたハルは、無我夢中で走る。なりふり構わず走る彼は滑稽に見えるが、格好をつけている場合ではない。全力で走っているハルだが、枝から地面におりて四本足で走り始めた相手の移動速度はそれ以上だった。徐々に距離が詰められていく。背後から迫る音に、ハルの全身から冷たい汗が流れ出す。

(やばいって! これっ! やばいんだって! くっそっ……お……おっおう……)

 瞬間的に、ハルの顔から表情が消えた。そして、相手の視界からハルの姿が消える。

「ぎゃあああああぁぁぁぁ!」

 焦ったハルは、足を踏み外したのだ。それにより、崖と言えなくもない急な斜面を転がり落ちていく。

(最悪だっ! ちくしょぉぉぉぉぉぉ!)

 反射的に両膝を抱えて丸まったハルは、とてもよく斜面を転がって行った。

「ぎゃんっ! おぶっふぅ!」

 三度ほど木の幹にぶつかり、進む方向を変えた彼は、まるでピンボールの玉にでもなったかのようだ。地面から突き出す尖った岩にぶつからなかったのは、ただの偶然だろう。

(いだだだだっ! 死ぬっ! 死んでしまう!)

 両目を強くつむり、彼はただただ耐える。それ以外、今の彼には何をする事も出来ないからだ。恐怖に体が支配されている彼には、不幸を嘆く余裕すらないらしい。


 彼にとっての拷問のような時間は、そう長くなかった。それでも、ハル本人には長く感じられた事だろう。

「うがっ! あ……あぁぁ……」

 ハルの体は道端の側溝に引っかかり、大きく宙へと持ち上げられた。そして、地面がむき出しの道へと叩きつけられ、鈍い音を響かせる。

「ごほっ! ごほっ! あぁぁ……くそ……」

 落下によって胸を強く打ち付けたハルは、咳き込みながら仰向けになる為に転がった。

(なんなんだよっ! くそっ! 最悪だ)

 道の真ん中で大の字になったハルは、毒付きながら青い空を眺めている。帽子を紛失したらしいハルの頬は擦り傷が複数出来ており、鼻血も出ていた。全身は泥だらけで、上着も数か所破れている。

(いっ…………てぇぇ……)

 上半身を持ち上げるハルに、打撲の痛みが襲いかかった。かなり強く打ち付けた所もあるが、それだけで済んで幸運だったと思うしかない。障害物が多く急な斜面をかなりの勢いで転がり落ちたのだから、運が悪ければ死んでいたはずだからだ。軽症で済んだのは、ハルの体が柔軟だったからだろう。

 痛む箇所を手で押さえながら確認しつつ、ハルは自分が転がってきた斜面を見つめている。先程の異形が追いかけてきているかもしれないと恐れているからだ。

「ふぅ……」

 そのハルの視界には、風にそよぐ木の葉や草以外に動く物は映らない。安堵したハルは、息を吐き出しながら鼻血を上着の袖で拭き取った。

(さっきのは……なんだったんだ? 物の怪の類か? おっかねぇ。ってか……)

 体についた泥を払いながら立ち上がったハルは、眉間に皺を作って首を傾げている。その眉尻は、表情が悲しく見えるほど下がっていた。

「ここは……どこですか? いや、マジでどこなんだよ」

 ハルの立っている道の先には石垣があり、さらにその先には民家ではないかと思われる屋根が見える。その屋根はどこまでも連なっており、町と表現してよさそうな規模だ。

 人の声も聞こえるその場所で、ハルは下山できたと素直に喜べない。何故なら、彼の頭の中にある地図では、そんな町がないからだ。山を下り切れば、本来国境を分ける金網と、入国手続きをする施設だけがあるはずだった。一番近い集落は、その国境から更に数キロ先にしかない。

 ハルはその町を、なんらかの理由で急造された物かとも考えた。

 だが、道沿いに続く石垣の年期がそれを否定する。苔むしているその石垣は、一年や二年で出来る物ではない。

(あ……れぇぇぇ?)

 首を傾けたままのハルは、口をだらしなく開いていた。狐につままれたとしか思えない状況で、頭が混乱しているのだ。

 ハルは地図に載っていない町があるという理由や、下山ルートを間違えた可能性も考えたが、どれも腑に落ちない。そして、最終的に自分の正気さえ疑ったが、それでも納得が出来なかった。

(駄目だ。分からん)

 大きな溜息と共に考える事を放棄したハルは、体の痛む箇所をもみほぐしていく。患部を冷やす事の出来ない彼は、取り敢えず血流だけでも改善しようとしているらしい。

(どう……すっかなぁ)

 屋根から伸びている幾本もの煙突からは、煙が空へ向かって昇っていた。朝の食事を住人達が用意しているらしい匂いが、ハルの鼻に届く。それにより、ハルの腹の虫が目を覚ました。

「まあ、なるようになるか」

 ハルは自分に言い聞かせるかのように呟き、石垣に沿って歩き始める。その彼は、舗装されていない道を見つめながら不安をよぎらせていた。道に残った轍は細く、自動車の物ではない。人の足跡よりも多い馬の蹄跡も、不安の原因だ。

 田舎の牧場などで、観光用に馬車が使われている可能性はある。または、馬を現役の働き手として農業に使っている地区もあるだろう。

 しかし、科学全盛期の時代に、自動車の轍が一切残っていないのはおかしいのではないかと、ハルは考えているのだ。そのハルの考えは、嫌な方向に的中していた。



(なんだここっ! おいおい……勘弁してくれよ……)

 町の中へと足を踏み入れたハルは、左右を見回しながら歩を進めている。顔は明らかに困惑の色だ。

 それもそのはずだ。石垣の中は、まるで古代や中世であるかのような装いを呈している。道は一切アスファルト等での舗装がされておらず、建物は石や木をベースに日干しか焼いた煉瓦で作られていた。行き交う人々の多くは中世風の古臭い服を着ており、中には古代ローマ風のチュニックを身に着けている者さえいる。

 ただ、皆が使う言葉はハルのもっとも使い慣れているものであり、意味は理解できた。店の看板に使われている文字も、綴りの違っている部分はあるが読み取れる。それが逆にハルの頭を混乱させていた。

(えっ? あれは……城? 城壁的な何かなの?)

 その混乱した頭では気付けないようだが、一人だけ浮いた格好のハルを人々は奇異な目で見ていない。化学繊維で出来た服装のハルが、普通であるかのように古臭い服装の住人達は通り過ぎていく。

(うそぉぉぉ……。何、これ?)

 タイムスリップという言葉が、ハルの頭をよぎるがすぐに受け入れられるはずもない。泣き出したいほど理解できない状況が、ハルの足取りを重くした。

「うおっ! っと……」

 注意が散漫になっていたハルは、自分に向かってきた馬車をぎりぎりで回避する。そして、脈を確認する為に胸に手を置きながら毒づく。

(あっぶねぇなぁ! くそっ! 気をつけろよっ!)

 刺激を受けた事で我に返ったハルは、早足で来た道を戻っていく。訳の分からない事には関わらないようにしようと考えたようだ。

(これは夢で、幻だ。うん。もう、それでいい。とっとと、国境に向かおう!)

 おっかなびっくり進んでいた時とは違い、ハルの戻る足からは迷いが消えていた。その為、すぐに町の出口である石垣へとたどり着く。

(なんなんだお前達は。ちくしょう。映画でも撮ってるのか? 衣装なのか? それとも趣味か? 趣味なのか?)

 石垣の近くには、先程までいなかった兵士らしき者達が集まっている。勿論、その兵士達の装備は前時代的で、鎧兜に槍や剣だ。銃など持ってはいない。

「おい、あれ……」

 円陣を組む様に集まっていた兵士達の一人が、女性だった。その彼女は、自分達をじろじろ見るハルに目を向けた。

(あっと)

 女性兵士に気が付いたハルは、面倒な事になるかも知れないと急いで視線を逸らす。そして、足早に石垣の外へと出た。



 石垣と森に挟まれた道を、ハルは俯き気味に歩いていく。落ち込んでいる訳ではなく、まだ混乱している頭を彼なりに整理しようとしているらしい。

「ん?」

 道の森側にある側溝を眺めていたハルは、頭上からの何かが折れたような音を聞く。何気なく顔を上げたハルの視線は、山へと続く森に向けられる。

「ちょっ……。勘弁してくれよ」

 木の上から草むらに降り立ったのは、先程ハルを追いかけた異形だ。人を捕食対象として見るそれは、ハルの臭いを辿って山を下りて来たのだ。

(最悪だ)

 ハルは自分が餌だと認識されているとはすぐに思いつけない。それでも、自分に執着する異形が何らかの害を及ぼしてくるだろう事だけは、察することが出来た。

 獲物を見つけた喜びからか、異形は口角を上げ、粘り気のある涎を地面へと落としている。異形の口と全身からは、獣の死臭を思わせる不快な臭いが漂い出していた。

 額に冷たい汗を滲ませたハルは、銃を所持しなかった事を悔やんでいる。持っている鉈では、目の前の異形と戦えない。その事が、ハルには本能で理解できているのだろう。

(駄目だ。相手との距離がない。逃げても追いつかれる)

 鉈の柄を握って唾液を飲み込んだハルは、頭をフル回転させていた。どのような手を使ってでも、生き残りたいのだ。

 だが、敵が何者なのかすら分かっていないハルは、対策を思いつけない。

(町の中に逃げ込んで……。いや……間違いなく追いつかれる。目線を逸らした瞬間に跳びかかられて終わりだ。くそ……)

 どうしようもない状況下で、恐怖に引きつっていたハルの表情が変わる。諦めたわけではない。肝を据えたのだ。ハルの眠たげだった目つきが、厳しくなっていく。

(俺は、帰るんだっ! やられるくらいなら、やってやるっ!)

 鉈の柄を強く握ったハルは、異形に素早く背を向けた。

 それを見た瞬間に、異形はハルとの距離を詰める。驚異的な身体能力を持っていた異形は、一跳びでハルの背中へと迫った。

「おっ……らあああぁぁぁ!」

 ハルは振り返った勢いを殺さず、もう一度異形へと視線を戻す。そして、握った鉈を相手の肩口へと叩き込んだ。

 彼は、逃げる為に振り向いたわけではない。後ろへ振り向くふりをして、相手を誘い込んだのだ。ハルは左足を軸として百八十度ではなく、三百六十度回転した。それにより半身ずらせる上に、振るう鉈に威力を乗せられる。

「がっ!」

 鉈を見事に当てられたハルだが、相手の手が左肩にぶつかってしまう。左肩を引いている最中だった為、衝撃は最小限だったはずだ。それでも、一跳びで十メートル以上を稼ぎ出す敵の勢いはいなし切れない。異形と縺れるように、ハルは道の端へと転がった。

(やべぇ!)

 敵の骨にまで食い込んだ鉈をハルは、勢いに負けて手放してしまっていた。その事で焦ったハルは、立ち上がろうとして手を滑らせ、転んでしまう。斜面を転がったダメージが残っていたせいもあったのだろう。

(あっ……これ、死んだ)

 肩から地面に落ちたハルは、敵へと顔を向ける。そして、その顔からは一気に血の気が引いていく。不気味な敵は、すでに立ち上がってハルを見下ろしていた。

「今だっ! 放て!」

 今まさにハルへと腕を振り下ろそうとした異形は、不自然に体を宙に浮かせる。背中に強い衝撃を受け、吹っ飛んでしまったのだ。

(えっ? えっ? 何? なんなの?)

 倒れたままのハルは、浮き上がった敵が眼前を通り過ぎた為に、ぽかんと口をあけている。そして、状況を理解しようと視線を周囲へと泳がせた。

(なっ、何事?)

 町の出口付近に、先程集まっていた兵士達が並んでいる。ハルの窮地を救ったのは、その者達だ。

「外すなっ! ってえぇぇ!」

 剣を握った指揮官らしき男性の声で、異形へと片手をかざしていた兵士達の小手が光り出す。そして、驚く事に兵士達の掌からは、直径五十センチほどの火の玉が飛び出した。

「えっ? はい?」

 自分の頭上を飛び越えていく火球を目で追ったハルは、まだうつ伏せのままだった異形が燃え尽きていく姿を見る。頭の回転が止まってしまったハルは、焦げた臭いを嗅ぎながら、ぼんやりと治まるまでその火を見つめ続けた。

 それは仕方がない事だろう。彼にとって余りにも予想外な事の連続だったからだ。なんの躊躇いもなくその状況を受け入れられる者の方が、普通ではないだろう。

(あ……腹減ったなぁ)

「大丈夫か?」

 遠い目をして現実逃避を始めたハルに、軽装の鎧を着た女性兵士が手を差し出す。少し日焼けした肌と、綺麗に切りそろえられた黒いショートヘアーをその女性は持っていた。

 しかし、ハルが目を奪われたのはそのきめ細やかな肌でも、髪型でもない。端正な顔と真っ黒な淀みのない瞳に、息を飲んだのだ。

(なっ……なんか、人形みたいによく出来た顔の奴だな……)

 自分の差し出した手をなかなか取らないハルに対して、女性兵士はもう一度問いかける。

「どうした? 私の言葉が分からないか?」

「あ、失礼。ありがとうございます。大丈夫です」

 相手の手も取らずに急いで立ち上がったハルは、体についた土を手で払っていく。そして、ある事を思い出し、燃えカスとなった異形へと再度目を向ける。

(あいたぁぁ……。やっぱりか)

 ハルの愛用していた鉈は、異形に刺さったままだった。つまり、敵と一緒に燃やされたのだ。木で出来た柄は炭になっており、刃の部分も黒く焦げていた。

(何をどう、誰に、どうやって愚痴ればいいのぉ?)

 悲しそうな顔を空へと向けたハルは、大きく息を吐く。


 これが後々深くかかわる事になる、ハルとイヴの出会いだ。当然ながら、本人達はその事をまだ認識してはいない。

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