忌み子と入局試験
「……うるせぇ」
二人はチェーニと同じ試験内容を選んだらしい。
試験を行う演習場に移動してきたテラとリドル、そしてギルドの何人か。
テラは隅っこの方に立っているが、先に試験を行うリドルは演習場の中央にいる。そしてそのリドルと対峙しているのは、茜色の髪をもつ女――アカネだ。
だが、肝心の二人はその中央でギャーギャーと何かをわめき散らしているのだ。
チェーニでなくても顔をしかめたくなる。
「てめぇの判断なんか信じれるか! ……それよりも餓鬼、さっさとするぞ!」
手首のリストバンドをいじりつつロートに吼え、そのままの顔でリドルを見るアカネはある意味圧巻だ。
チェーニでさえよろけるほどに。
「それじゃ、始――」
「あっ、リディ! ごめんロート、ちょお待ってくれん?」
開始を告げようとしたロートに待ったをかけ、テラはリドルの元にトテトテと歩み寄った。
しばらく何かを二人で話したあと、
「ごめんロート。もうかまんよ」
隣にいるロートを見上げると、彼は頷き宣言した。
「始め!」
ロートの開始宣言により、演習場全体に緊張が走る。
リドルも気を引き締め、相棒の双剣を一気に鞘から引き抜いた。反り返った刀身が、キラリと光る。
一方のアカネは、武器らしき物を何も持っていない。
(魔法専門か?)
チェーにはそう思った。
両者共に見つめあったまま動かない。
演習場の緊張感が、段々と高まっていく。どちらが先に動くのか。それはチェーニにも分からない。
風が吹き、アカネの茜色の髪を揺らした時。彼女が動いた。
「海から生まれし知恵高き誇り高き使者、“水猫”」
ありふれてはいるが、なかなかに攻撃力が高いその呪文。
水で形作られた猫がリドルの目前に現れ、鋭い爪を出して飛びかかってくる。
(一匹、だと?)
一直線の単純攻撃しかできない水猫は、できれば4匹、少なくとも3匹居なくてはとてもじゃないが、ダメージを与えられない。
案の定、リドルは水猫がかかってくるのとほぼ同時に後ろへ飛んで躱し、そして右手の剣で一閃。
水猫を形作る水が斬られたことで辺りに飛び散り、リドルの口元と腕を僅かに濡らした。
と、同時にキラリとチェー二の目の端で何かが光った。
気のせいとも思えるものだったが、チェーニはそれがアカネの武器であると確信した。
リドルはふっと息を吐くと、呪文を唱えた。
「我の燃ゆる魂今ここに具現化せよ、“宿り火 ”」
(おいおい、気がついてねーのかよ)
あれほどに小さい輝きなのならば、おそらく殺傷力はさほどあるまい。
それならば、何か薬が塗ってあるはずだ。気がついていればすぐに治癒魔法を自らにかけたであろう。
(こりゃー負けるな)
チェー二はそう思った。
リドルが呪文を唱え終わるや否や、右手に持つ剣が焔に包まれる。轟々と燃え盛る剣を、リドルはアカネの左肩をを目掛けて――投げた。
縦に回転しながら、火剣と化したリドルの相棒はアカネに向かって飛んでいく。
あと少しでアカネの肩を切りつける所まで飛んでいった時、ギリギリまで剣を引き付けたアカネは最小限の動きでそれを躱した。目標を失った剣は、虚しく後方へと飛んでいく。
左手の剣を右手に持ち替え、リドルはアカネが剣を避けたと同時に次の詠唱を紡いだ。
「赦し請う者を無に返還する穢れなき焔、“聖火”」
顔面程の球状になった白い焔がリドルの前に出現し、そして剣を避けたばかりのアカネに向かって飛んでいく。リドルも、それを追うように走った。
アカネの遥か後方で先程投げた剣が、ブーメランのように弧を描きこちらに戻ってきている。まだ火を纏って回転している剣は、リドルの抜群のコントロールによってアカネの足首を切るように低い位置を飛んでいた。
(火球を避け、迫ってくるあいつを見据えたところに背後からの剣が足を切る。突然の衝撃に驚いとるその隙に、首元に剣を突き付ける。か、なかなかの手だな)
「混沌を吹き飛ばす神の風、“黄金風”」
淡々と呪文を紡いだアカネの背後から、突風が吹き付けた。リドルの前を飛んでいた白き焔の玉はあっさりと、あさっての方向へと吹き飛ばされた。
にっと笑ったリドルは剣を逆手に持ち、そのままアカネに向かって行く。アカネはそんなリドルを無表情に見つめていたが、ふっと視線を下に向けた。
カキンッ!
「なっ……!?」
リドルが渾身の一撃を放つと、金属のぶつかりあう音が響いた。
リドルの刃とアカネの首の間には、何故か鈍色に光る刀身がある。アカネは、武器を持っていなかったはずだ。
アカネの低い呟きに攻撃を受け止められ呆然としていたリドルは我に返ったが、遅かった。アカネはリドルの腹に、素早く蹴りを放つ。
文字通り、リドルは蹴り飛ばされ五メートル程吹っ飛んだ。しかし上手く受け身を取り、腹を押さえながらも素早く立ち上がる。
かなり洗礼された戦闘スタイルで、子供とは思えぬほどの実力だ。
しかし、やはり現役冒険者にはかなわないのか、疲労の色が見え隠れしていた。
(いや、それだけじゃないな。どこか動きがぎこちない。
その上、何だ? この違和感は)
そう、チェー二と他数人のものは気がついていたが、
リドルの戦いにはなんとも言えない違和感があった。
その後もリドルは攻撃するも、ことごとくアカネにかわされる。
チェーニがその原因を考えている間に、勝負はついた。