負けヒロインは君じゃない
楽しくお読みいただけましたら幸いです。
「またやっちゃった」
俺の部屋へ勝手に入ってきて、落ち込みながらベッドの上に乗り、体育座りをして負のオーラを纏う女子が言う。
彼女は俺の幼馴染。
ボブヘアーが似合っていて、勉強に集中する時に髪を耳にかける姿は色っぽい。
そんな彼女は昔から、何か嫌なことが起きると俺の部屋へ来て、負のオーラを撒き散らす。
「何回目なんだよ。いい加減、人に譲るのを止めたら?」
この状況が毎度のことだから、呆れながら俺は彼女に言った。
「だって、私よりもお似合いなんだもん」
「だからって、好きな人を譲るバカがどこにいるんだよ?」
「ココよ」
彼女は自分自身を指差しながら、自分の愚かさに呆れているようだ。
簡単に言うと、彼女は負けヒロインだ。
好きな人を譲ってしまう。
好きなのに嫌いと嘘をついて他の女子に譲ったりするんだ。
そんな彼女が、好きな人に告白をされたのに告白を断って他の女子に譲った時には、天性のバカだと思い呆れて何も言えなかった。
「それで、今回は何?」
「聞いてくれるの?」
「いつものことじゃん。それに話を聞かないと帰ってくれないだろう?」
「そうね」
「じゃあ、電気を消すよ」
俺は部屋の電気を消し、ベッドの枕元に置いてあるホームプラネタリウムの電源を入れる。
星が天井に現れる。
彼女を見ると、星空を見ながらベッドに寝転んでいる。
「綺麗だよね」
彼女の横顔を見ている俺は“君の方が綺麗だよ”なんて言いそうになるのを我慢して、視線を彼女から星空へ移す。
「それで今回は何?」
「今回は、私は譲っていないのよ」
「えっ、それなら恋人ができたってことじゃん」
「違うの。私の好きな人が、私を都合のいいように使って、本命の女子と付き合いたかったみたいなの」
「それって、相手は君の気持ちを知っていたのか?」
「どうだろう? 知らな~い」
「あっそ」
彼女が適当に答えるから、俺も適当に返事をした。
これで、今回の話は終わりだ。
彼女が適当に答えるということは、話したくないという意思表示だ。
この後は、このまま星空を飽きるまで見てから彼女は自分の家へ帰る。
これが彼女の恋が終わった証拠だ。
明日には好きな人のことなんて忘れて、いつものように元気に振る舞う。
しかし、今日は違った。
彼女はベッドに寝転んだ後、すぐに彼女から寝息が聞こえた。
俺のベッドで寝るなよな。
そう思いながらも俺は、彼女にタオルケットをかける。
寝顔が可愛すぎて、ずっと見ていたい。
長いまつ毛に、ぷっくりでピンク色の唇。
俺は彼女が好きだ。
いつから好きかと訊かれたら答えに困るが、昔から好きだったんだと思う。
彼女の優しさ、彼女の可愛い仕草、彼女の努力する姿。
昔から見てきた俺が、好きにならない訳がない。
そんな彼女を好きだと意識したのは覚えている。
彼女が初めて“好きな人ができた”と俺に言った時だ。
その後、好きな人の好きな所を言う彼女にイライラしたのを覚えている。
「疲れたのか? 後で起こしてやるよ」
俺は寝ている彼女の頭を撫でて言った。
彼女には間違いなく聞こえないと思う。
だって彼女は、一度寝ると起こすのが大変なくらい起きないからだ。
「ん~。バカ」
えっ、彼女が反応したのか?
彼女の顔を覗き込む。
彼女は涙を流していた。
好きな人に裏切られて傷付いていたんだ。
本当は傷付いているのに、俺にまで強がるなんて。
本当に彼女はバカだ。
「俺なら悲しませないのに」
俺は彼女の涙を拭った。
少しでも彼女のために何かをしたかった。
傷付いた彼女の力になりたかった。
「ねぇ、お母さんがご飯だって言ってるよ」
いきなり姉貴が部屋のドアを開けて言った。
「静かにしろよ。起きるだろう?」
「一度寝たら起きないわよ。あんただって知ってるでしょう?」
「そうだけど、、、」
「何あんた? もしかして何かしようとしたの?」
「はあ? そんな訳ないだろう?」
「そうよね。そうじゃなきゃ、こんなに安心して眠れないわよね?」
「どういう意味だよ?」
「女子は男子の部屋で無防備に寝れないわよ」
当たり前と言うような顔をして腕組みをしながら姉貴は言う。
その言葉に俺は嬉しくなった。
だって彼女は、俺と一緒にいて落ち着くということだからだ。
「あんた、勘違いしてない?」
「何をだよ?」
「あんたは男として意識されていないのよ」
「はあ?」
「友達というより幼馴染、、、もしかして家族かもね」
「家族?」
「何でも、お互いに知っているんだもん。そうでしょう?」
俺は姉貴に言われて即答できなかった。
だって俺って、彼女のことを本当に知っているのかな?
幼い頃とは違って高校生になり、見た目も綺麗になった。
そんな彼女のことを、俺は本当に知っているのだろうか?
「即答できないのは、お互い様かもよ」
「えっ」
「だって子供の頃は、親とか好きな人には好きって簡単に言ってたけど、大人に近付くにつれて言わなくなるでしょう?」
「そうかもしれない」
子供の頃は彼女に“好き”って言っていた。
でも、その好きは一緒に遊んでくれて楽しかったから好きだった。
今の気持ちとは全く違う。
「だから言わなきゃ分かんないのよ。少年よ思う存分悩みなさい」
姉貴は俺の頭を撫でながら、声を低くして言った。
「誰のマネだよ」
「ん? こんなことを言う人がいなかったかな? お笑い芸人とかで」
「聞いたことねぇよ」
俺の頭を撫でる姉貴の手を払って彼女の方を向く。
姉貴は“彼女の分のご飯もあるから食べにおいでって言ってて”と言ってから、リビングへ向かっていった。
俺は彼女に近付き、彼女の顔を覗き込む。
ぐっすり寝ている彼女の寝顔は天使みたいだ。
「昔から、この顔は変わらない」
俺は右手で彼女の頬を覆うように触れた。
もちもち、ぷにぷにで柔らかい。
この感触も昔から変わらない。
「おーい、起きろ。ご飯の時間だぞ」
俺は彼女の耳元で大きな声を出して言った。
それくらいしないと彼女は起きないからだ。
「んっ」
彼女は“分かった”とでも言うように小さく頷き小さな声で言った。
「早く起きないと、俺の母さんが作ったご飯を俺が君の分も一緒に食べるぞ」
「んっ」
俺の母さんが作ったご飯でも起きない。
彼女は俺の母さんが作るご飯を、いつも美味しいと言って食べているのに。
他に起こす方法は?
「起きろー」
俺は彼女の耳元で叫んだ。
すると彼女が目を開けた。
しかし、すぐに目を閉じた。
「今、起きたよな? 絶対に起きたよな?」
彼女は目を閉じたまま何の反応もない。
「そうかよ。それならこれは?」
俺は、起きない彼女にイタズラをしたくなった。
彼女の脇腹に手を当てて、くすぐる。
彼女は嫌がり逃げようとするが、彼女が目を開けて“起きた”と言うまでは止めるつもりはない。
「止めて」
彼女は目を開けて、俺に懇願した。
その顔は本当に嫌がっているように見えた。
俺、もしかしてくすぐり過ぎた?
「あっ、ごめん」
俺はすぐに彼女から離れる。
彼女から嫌われた気分になった。
「ふふっ」
いきなり彼女が笑いを堪えきれず笑った。
何が起こっているんだ?
もしかして、とうとう壊れたのか?
自分の恋愛が毎回、上手くいかなくて。
「あなたって本当に面白いわね」
「えっ、何がだよ?」
「だって表情がコロコロ変わるのよ」
「表情?」
「うん。物欲しそうに見てきたり、ワンちゃんみたいにウルウルした目で許しを乞うし、目をまん丸にして驚くし、全部可愛いんだもん」
「可愛い? 俺が?」
「そうだよ。可愛い。可愛い」
彼女は俺の頭を撫でながら言った。
俺って犬や猫と同じ扱いなのか?
「やめろよ」
俺は彼女の手を払った。
彼女はそれでも撫でてくる。
「撫でられるのは俺じゃない」
「どういう意味?」
「俺じゃなくて、君みたいに傷付いて泣いている人を撫でるんだよ」
俺は彼女の頭を撫でながら言った。
「私、泣いてないよ」
「泣いてた。さっき寝ている時に」
「それなら、それは、あなたのせいね」
「俺のせい? どうしてだよ?」
「自分で考えてよ」
「俺、何かしたのか? 君を傷付けたのか?」
「お腹空いちゃった。お母さんのご飯があるんでしょう?」
「えっ、あっ、うん」
「それじゃあ、食べに行こうよ」
「うん、、、じゃなくて、何で母さんのご飯があるのを知ってんだよ?」
「ご飯の良い香りがするのよ」
彼女はそう言ってリビングへ向かって行った。
俺は“そんなに良い香りがするか?”と疑問に思いながらもリビングへ向かった。
「そういえば、何で俺のせいなんだよ?」
俺は近くの彼女の家まで彼女を送っている。
彼女は毎回“送らなくても大丈夫”って言うけど、俺は心配だから必ず送る。
その途中に思い出したことを口にした俺。
「なっ、何の話よ?」
「俺のせいで泣いたんだろう?」
「自分で考えなさいって言ったでしょう?」
「聞いたほうが早いじゃん」
「自分で気付かなきゃ同じことの繰り返しになるでしょう?」
「そうか?」
「そうよ。家に着いたわよ。送ってくれてありがとう」
彼女は家へ入っていった。
俺は家へ帰る。
俺が、何をして彼女を傷付けたのか考えながら。
◇
「あれ? なんで?」
ある日、彼女と一緒に下校中に彼女が何かを見つけ走り出した。
俺は彼女のいきなりの行動に驚き、追いかけることもせず彼女の背中を見ているだけだった。
彼女は少し前を歩く学生カップルの男の腕を掴んでいた。
そして力の限り引っ張った。
後ろから引っ張られた男は倒れそうになりながらも体勢を整え彼女を見た。
彼女は怒りながら何か言っているようだ。
俺は心配になり彼女の元へ向かう。
彼女に近付くと彼女が本気で怒っていた。
「何してんのよ。あの子は知ってるの?」
「はあ? なんだよ? 関係ないだろう?」
「関係ない訳ないわよ。私の大切なあの子を傷付けないでよ」
「うざっ。離せよ」
男は彼女の手を振り払う。
彼女は男の力に負け、後ろに倒れそうになる。
俺は急いで彼女を後ろから支えた。
その時、フワッと彼女の髪の毛から甘い香りがした。
この香りも昔から変わらない。
俺の大好きな香りだ。
「ありがとう」
彼女は、すぐに俺から離れてお礼を言った。
彼女の視線は男に注がれている。
でも、その視線は憧れとか好意ではなく、敵意にしか見えない。
「許さないから」
「あっそ」
彼女が怒りで震える手を握り締めながら言ったのに、男は相手にする様子もなく、女子と手を繋ぎ歩いていった。
彼女はずっと男子の背中を睨んでいた。
「何があったんだよ。俺に分かるように説明をしてくれ」
「嫌っ」
「はあ? なんでだよ?」
「、、、」
彼女は何も言わなくなった。
彼女の様子を見て俺は気付いてしまった。
「もしかして好きだった男か?」
俺の言葉に彼女が目を開く。
それが答えだ。
俺は走り出す。
あの男の元へ。
「待って」
彼女が俺を止めるために叫んだが、もう止まらない。
彼女を傷付けた奴を許す訳がない。
「おいっ!」
俺は男に向かって言う。
男は振り向いて怪訝な顔をする。
振り向いて知らない奴がいれば、そんな顔にもなるだろう。
「その人は彼女なのか?」
「はあ?」
俺の問いかけに答えず、不機嫌な顔で男は言ってきた。
「彼女じゃないんだろう?」
「だったら何?」
「アイツが、あんたなんかと付き合わなくてよかったよ」
「アイツ?」
「そうだよ。さっき怒ってた彼女だよ」
「あ~ね。あの子ね。せっかく顔は可愛いのに中身が可愛くないんだよね」
目の前の男は、彼女を侮辱している。
それに俺は腹が立った。
「お前に彼女の何が分かるんだよ。いつも自分の気持ちを後回しにして、傷付いている彼女の何が分かるんだよ」
「そんなの知らねぇよ」
俺は男の胸ぐらを掴もうと距離を詰めた時、後ろから足音が聞こえた。
「止めて」
俺が振り向くと彼女が息をきらして立っていた。
「コイツが君を傷付けたんだろう?」
「違うわ」
「でも、、、」
「止めて。あなたには関係ないのよ」
「はあ? 俺は君のために、、、」
「必要ないの。この問題に、あなたの助けは必要ないの」
「そうかよ」
俺は彼女の言葉を聞いて、バカらしくなった。
こんなに彼女のために動いたのに、彼女に拒否された。
そして俺は一人で家へ帰った。
あの後、彼女がどんな対応をしたのかは分からないし、知る必要もない。
だって俺は関係ないし、必要ないのだから。
◇
「ねぇ、あの子、最近来ないわね?」
ある日、姉貴がリビングでテレビを見ながら俺に言った。
「だから?」
「寂しいって顔に書いてるわよ」
「はあ?」
「素直じゃないんだから。言葉にしなきゃ伝わらないわよ」
彼女は俺に想いを伝えた。
俺はいらないって。
俺は言葉にする必要なんてない。
だって、言葉にする前に彼女に拒否されたんだ。
「言葉にする必要もない」
「それでいいの?」
「いいも、悪いも結果は決まっているんだ」
「結果が決まっていても伝えるだけで前に進めるんじゃないの?」
「伝えて何の意味があるんだよ?」
「あんたは後悔しないの?」
「後悔、、、」
「あの子と、このままでいいの?」
彼女の寝顔も、彼女の可愛い笑顔も、たまに強がる所も、俺には弱さを見せる所も、このまま見れなくなるのか?
「だいたいね、あんなに仲が良かったのに、いきなり距離ができるのは言葉にしないからよ。もっと、ちゃんと会話をしなさい。思ったことを、あの子に伝えなさい」
「姉貴って、彼氏なんてできたことないよな? そんな姉貴に言われてもな」
「それは、あんたが知らないだけよ」
「それも言葉にしないからってことなのかよ?」
「そうよ。あんたは知らないようだけど、私は恋愛経験は豊富なのよ」
「どうせ、また誰かが言っていたことを口にしているだけだろう?」
「うるさい」
姉貴は俺の頭をグーで優しく殴り、その時に着信があり電話に出ながら自室へ戻った。
俺も自室に戻り彼女のことを考えていた。
あの日の会話を思い出す。
彼女は俺に“必要ない”と言った。
でもよく思い出してみると“この問題にあなたは必要ない”と言っていた。
この問題とは、あの男のこと。
全てにおいて、俺が必要ない訳ではないのか?
そういえば俺って、彼女の歴代の好きな男のことをよく知らない。
知りたくない。
だから知ろうとしなかった。
だから彼女に言われてしまったんだ。
俺は必要ない、関係ないって。
俺が彼女に、そんな言葉を言わせてしまったんだ。
俺は自分勝手だったんだ。
彼女に謝らなければいけない。
俺は彼女の家へ向かった。
インターホンを鳴らしても、誰も出てこない。
彼女は、まだ帰って来ていないようだ。
彼女が帰るまで待とうと思った。
◇
「どうしたの?」
学校から帰ってきた彼女が、驚いた顔をして訊いてきた。
「俺、、、ごめん」
「えっ、何? どうして謝るの?」
「だって俺、自分勝手だったから。君が泣いたのも、俺が君のことよりも自分のことを優先したからだよね?」
「ん? どういう意味なの?」
「俺、君が好きなんだよ」
「えっ」
俺、今なんて言った?
告白してしまった?
早すぎだろう?
まずは、どれだけ彼女のことが気になっていたのか伝えてからだろう?
「待って、私の部屋へ来て」
彼女は、そう言って俺の手を取り彼女の家へ入る。
無言で彼女に手を引かれ彼女の部屋へ入る。
ベットの横に置いてある机を挟んで、二人で向き合うように座る。
彼女の部屋へ入るのは久し振りかもしれない。
甘い香りと女の子の部屋って感じで可愛らしい部屋。
ベッドの上には、昔からお気に入りのクマのぬいぐるみが置いてあった。
「いやっ、あの、、、」
「待って、さっきのを取り消すなんて言わないでよ」
「そんなの言わない!」
「よかった」
「よかった?」
「うん。だって私も、あなたが大好きだもん」
「ん? でも君は、この前まであの男が好きだったよね?」
「ううん。私の好きな人は、ずっとあなたよ」
「意味が分からない」
混乱している俺を見て、彼女はクスクスと笑っている。
「本当は私、負けヒロインじゃないの」
「え?」
「簡単に説明をすると、負けヒロインはドラマやアニメや漫画では視聴者や読者に好かれるでしょう?」
「うん。まあ、そうかも」
「恋が上手くいかなくて可哀想だけど、ヒロインより可愛いとか、ヒロインより性格が良いとか言われるでしょう?」
「そうだね。ヒロインより人気が出たりするよね?」
「だから私も負けヒロインになったのよ」
「それって、ヤラセ?」
「その言い方は野望よ。私の作戦よ」
彼女はニコッと笑った。
「俺、騙されたのか?」
「だ・か・ら、私の作戦勝ちってだけよ。騙すとか騙されたとか言うのはやめてよね」
「いいや、俺は騙されていないよ」
「騙されて、、、いない?」
彼女は俺が先程とは反対の言葉を言ったから戸惑っているようだ。
「俺は君が負けヒロインになる前から好きだからね」
「それは私だって、負けヒロインになる前からあなたを好きよ」
彼女は俺と張り合おうとしている。
彼女は負けず嫌いだが、俺だって彼女と同じくらい負けず嫌いだ。
これでは決着がつかない。
「俺は、君を負けヒロインなんかにさせないよ」
「それは喜んでもいいの?」
「当たり前じゃん。俺は知ってるよ」
「何を?」
「本当の君はヒロインが大好きだってことを」
「でも私は負けヒロインになりたかったのよ?」
「それは君の作戦で、本当はヒロインになりたかったんだよね? その証拠に君はアニメやドラマのヒロインの髪型を真似したり、台詞を覚えて俺に台詞を言ったりしてたよね?」
「そっ、それは、、、」
彼女は本音がバレて何も言えなくなった。
「誰だってあることだよ。好きな人のヒロインになりたいと思うことはね」
「分かったわよ。私の負けね」
彼女は口を尖らせながら言った。
負けるのが悔しいみたいだ。
「君は負けじゃないよ。だって俺は、こんなに君が好きなんだから」
机を挟んで向い側に座る彼女の後ろから、俺は彼女を抱き締めた。
華奢な彼女の体は俺の腕の中におさまる。
彼女の髪の毛から俺の好きな甘い香りがする。
「大好きだよ」
彼女を好きすぎて、口から言葉が勝手に飛び出す。
彼女も“私も大好きだよ”と言って俺の腕に手を添えた。
なんて幸せなんだろう。
「あっ、ごめんね」
彼女が思い出したように謝る。
「何のこと?」
「あなたに必要ないとか関係ないとか言っちゃって」
「傷付いたけど、俺って部外者だったから仕方がないよ」
「それでも本当にごめんね」
「いいよ。俺もごめん」
俺達は見つめ合って時間が止まる。
沈黙も見つめ合う時間も嫌じゃない。
なんだか心地良い。
『プルルル』
俺の電話の着信音が鳴る。
俺はスマホの画面を見て彼女に見せる。
「お姉ちゃんね。早く出なよ。急ぎの電話かもよ?」
俺は彼女に言われて仕方なく電話に出る。
「はい」
「ねぇ、何してんの? お母さんのご飯が出来てるわよ。早くあの子と帰って来なさいよ」
「はあ? そんだけのために電話してきた訳?」
「当たり前じゃない。私の可愛い妹になる子と食べるご飯は美味しいのよ」
姉貴の電話の声が大きすぎで彼女にまで聞こえていて、彼女はクスクスと笑っている。
そして彼女は口パクで“行く”と言っている。
「分かったよ。今から帰るよ」
「そう? それじゃあ、あの子に、私の弟の弱点を教えてあげるって言っててね」
「はあ? なんだよそれ?」
「じゃあね」
姉貴は勝手に電話を切った。
「あなたの弱点を聞いておくわね」
「いいや、聞かなくていいよ」
「そうね。聞かなくても知っているからね」
「えっ」
「早く行こうよ」
彼女は立ち上がり、俺の手を引っ張る。
俺も彼女の手を引っ張る。
彼女が俺の力に勝てる訳もなく、俺の胸にダイブする。
「教えて。俺の弱点って何?」
俺は彼女の耳元で言う。
「そっ、それは、、、私よ」
「えっ」
「あなたは私の嫌がることはしない。だからあなたは私には勝てないのよ」
彼女が俺を見上げて言った。
恥ずかしそうにしている彼女はとてつもなく可愛い。
彼女の言う通りだ。
俺は彼女には勝てない。
俺の弱点は彼女だ。
俺は彼女の頭を撫でる。
彼女は嬉しそうにニコニコと笑う。
「さあ、家へ帰ろうか?」
「うん!」
俺と彼女は手を繋ぎ俺の家へ帰る。
家へ着くと、姉貴がすぐに駆け寄り彼女をリビングへ連れていった。
◇
「私、あなたの家族が大好きよ」
俺達はご飯を食べた後、俺の部屋でのんびりホームプラネタリウムを見ながら過ごしていたら、彼女が嬉しそうに言った。
「それなら俺の家族になるか?」
「えっ、それってプロポーズ?」
「仮プロポーズ」
「仮プロポーズ?」
「だって、まだ学生だし、将来も決まっていないのに、君に人生で最大の選択を決めてほしくはないから、今はまだ仮だよ」
「なる!」
「えっ」
「あなたの家族になるよ!」
彼女は嬉しそうに笑って言った。
俺も嬉しくて彼女と一緒に笑った。
俺達は、これでいい。
プロポーズは仮だけど、彼女は確かに俺のヒロイン。
負けヒロインは君じゃない。
お読みいただき、誠にありがとうございます。




