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捜索

 慎吾の運転する軽トラは、黒神山に向かって延びる細い山道を登る。山道の右側は見上げるような山肌で、初夏の毒々しいほどの緑が山肌を埋め尽くしている。それは緑色の壁だ。山道の左側はザクリと鑿でそぎ落とされたような崖になっていて、遥か下に伊尾田川の支流の緑青色の川面が見えている。河原には直径五メートルはあろうかという巨岩が、そこらじゅうにゴロゴロと転がっている。

 昨夜は暗くてよく見えなかったが、こんな道を無確認走行物体と化して、前後左右を確認せずに猛スピードで駆け抜けていたのかと思うと、ペーパードライバーで怖いもの知らずだとはいえ、竜太は初めて恐怖を覚えた。よく崖下に転落しなかったものだ。

 黒神山の七合目付近の追突現場に軽トラが到着したのは午前十時を少し過ぎていた。

 カーブを曲がった先には軽トラの右のヘッドライトの破片に加えて、UFO、いや、ヤナシス星人が短距離宇宙空間の移動や惑星の探査に使用する『星間飛行艇』のものらしき銀色の破片が落ちていた。軽トラはそこから三十メートルほどゆっくりと進み、小さな滝の前の空き地に到着した。乱雑に被せられた笹の枝の下から、鈍い銀色の光を放つ星間飛行艇の後部がはみ出していた。最後尾の部分は追突事故の衝撃でへこんでいる。

 軽トラを降りたヤムダンが星間飛行艇の側面に立った。卵を半分に割って伏せたような半球状の部分にヤムダンが手を当てると、側面に幅一メートルの切れ込みが入ってゆっくりと持ち上がった。星間飛行艇のドアが開いたのだ。

 ヤムダンはえんじ色のジャージの上下を着て、両手に手袋をはめ、頭にタオルを巻いて大きな麦わら帽子を被っていた。竜太から借りたジャージはサイズが大きく、両手両足ともダブついてしわが寄っている。顔には日焼け止めクリームがこれでもかと塗られて、白粉を塗った京都の舞妓さん、いや、コントに出てくるバカ殿のようになっている。そして目には寅子から借りた派手なレイバンのサングラスを掛けている。鼻梁がないので、歩くたびにサングラスが上下に大きく揺れている。ヘルメットと地球上活動用保護スーツがない以上、日中の強烈な紫外線の中を活動するには必要不可欠な装備なのだ。

 ヤムダンは星間飛行艇の中に入ると操縦席に座り、麦わら帽子を脱いでヘッドギアを被った。反重力推進装置を起動しようとしたが、やはり動く気配がない。通信装置のボタンを押したがこちらも反応がない。正面のディスプレイ画面では、バラリウム重粒子変換装置が赤くエラー表示されている。簡単な修理では対応できそうにない。メイン動力機関にエネルギーを供給するためのバラリウム重粒子変換装置を交換しなければならないだろう。通信不能となったヤムダンを心配して、派遣されるであろう捜索隊を待つしか方法はないようだ。

 まさか、このまま見殺しに・・・一瞬頭をよぎったよからぬ思いをヤムダンは必死に打ち消した。恒星間航行艦艦長兼司令官ゾアスの冷たい両目がヤムダンの脳裏に浮かんで消えない。

 ヤムダンはダメだとばかりに首を横に振ると、操縦席の脇にあるボックスの蓋を開けて、中から文庫本ほどの大きさの機械を取り出した。携帯用の救難信号受信機である。起動ボタンを押すと受信機上面の四分の三の部分が薄っすらと光を帯びて表示用画面に変わり、周囲の地図が浮かび上がった。地図上に赤い点が表示されて明滅している。そこが救難信号の発信地点なのだ。ここから山道を三キロメートル登った黒神山の九合目付近を指している。 

 ヤムダンは小さな鞄を肩から下げて、その中に救難信号受信機を入れた。非常持出し用鞄の中には簡易応急医療セット、非常用携行食、小型照明器具が入っている。

 ヤムダンは操縦席の後ろにある武器用ロッカーを開けると、バラリウム重粒子放射銃を手に取った。宇宙空間を超光速で移動するための反重力推進装置の動力源であるバラリウム重粒子を兵器として利用するものだ。掌にすっぽりと収まるほどの小さな武器だが、発射される高エネルギー重粒子弾の凄まじい破壊力は、重装甲のエグマ型戦闘用ロボット兵器を一撃で沈黙させることができるのだ。

 ヤムダンは暫く考えてから、竜太と慎吾の間の抜けた顔を思い出すと、放射銃をロッカーに戻した。あのお気楽なふたりがのほほんと生きていられるのだ、おそらくこの星では放射銃を使う必要はあるまい。


 一万年前。アキオス星団群の惑星ヤナシスから太陽系に飛来した恒星間航行艦から発進した小型探査艇が、地球探査の最中に墜落した。数千万年に一度という規模の超巨大太陽フレアが突如発生して、想像を絶する高エネルギ―荷電粒子の直撃を受けて、小型探査艇が操縦不能になったのだ。木星軌道上の宇宙空間で待機していた恒星間航行艦も、猛烈な太陽風の影響を受けて生命維持機器に損傷が発生したため、小型探査艇の救助ができないまま惑星ヤナシスに帰還した。

 墜落した小型探査艇は救難信号を発するとともに、搭乗していたヤナシス星人イシュウ・デズ・サデウは生命維持のために長期休眠装置に入り、救助がくるまで待つこととしたのだった。

 一万年のときを経て、アキオス星団群の惑星ヤナシスから救助部隊が地球に到着した。ヤムダンは救助部隊の一員であり、微弱な救難信号を頼りに、長期休眠装置の中で助けを待つイシュウを探していたのだ。ヤムダンのミッションは、イシュウを探し出して休眠状態から蘇生させ、救助部隊の母船である恒星間航行艦に連れ戻すことである。

 しかし、発信されている救難信号は極めて微弱なため、検知するのに時間が掛かってしまった。一万年の間に発信機が劣化したため、出力が低下したのだろう。救難信号を検知できないまま牛乃背村周辺を当てもなく捜索していたヤムダンは、昨夜、この場所でやっと救難信号を検知して、ホッと胸をなでおろしていたのだ。そして、その矢先に追突事故に遭ったのである。

 イシュウの眠る長期休眠装置の蘇生可能期限が二日後(正確には三十八時間後)に迫っていた。本来ならヤナシス星からの救助部隊は三千年前に到着していた予定だった。しかし、突発的な超新星爆発の影響で進路変更(迂回)を余儀なくされ、更に、超新星爆発により発生したブラックホールの影響下に置かれたことで時間の進みが遅くなり、結果的に地球上での時間が一万年も経過してしまったのだ。


 麦わら帽子を被り、小さな鞄を肩から下げてヤムダンが星間飛行艇の外に出ると、竜太と慎吾が星間飛行艇の周囲をウロウロと歩き回りながらビデオカメラを回していた。大きさを比較するためだろう、星間飛行艇のフロント部分には煙草のセブンスターが一箱置いてある。

 星間飛行艇をグルリと見回してから、竜太が呆れたような声を出した。

「しかし、前から見ても、横から見ても、後ろから見ても何の造作も工作物もない。楕円形の円板に半球状の突起部分があるだけ。これじゃあ歪な麦わら帽子だ。表面は銀色一色でツルツルだし。アンテナもなければライトもない。完全無欠な張りぼてだ、何とも手抜きじゃないか。観光課の連中は何を考えているんだろう」

 麦わら帽子の鍔のように見える星間飛行艇の主翼部分を、慎吾がポンポンと手で叩いた。

「ほんまや。昔映画で見たやつは、色とりどりのライトが仰山ついてて、アンテナもハリネズミかと思うくらいにアホほど立っとったで。もうちょっとUFOらしゅうせなあかんやろ。こんなもん子供にかて笑われるで」

 慎吾が星間飛行艇の底をサンダルでコツンと蹴飛ばした。

「カップ焼きそばの容器の方がよっぽどUFOらしいよ・・・。うん、そうか、プロジェクションマッピングだ。この銀色のツルツルの表面に映像を映してUFOらしく見せるつもりだ」

 竜太がひとり合点して頷いた。慎吾が感心したようにホオッと顔を上げた。

「なるほど、そやさかい逆に表面は銀色でツルツルにせなあかんちゅうことかいな。観光課も考えよるのお」

 本物の星間飛行艇を前にして、竜太も慎吾も言いたい放題である。ヤムダンがヒョコヒョコと竜太に近づいた。

「ああ、山田さん、用事は終わったの。忘れ物は見つかった? よかった」

 竜太の声にヤムダンが頷いた。ヤムダンは山道の先を指差した。

「この道を三キロメートル進んだ先に、私が探しているものがあります。是非そこに連れて行ってください」

 ミッションを成功させるためには、能天気な現地人の協力が不可欠だ。とにかく、時間がないのだ。

 いきなりのヤムダンからの申し出に、竜太が首を捻った。

「三キロメートル先? 探し物って何ですか」

「大変重要なものです、是非連れて行ってください」

 ヤムダンはペコリと頭を下げた。それに合わせて大きな麦わら帽子とレイバンのサングラスが揺れる。

 ヤムダンの心中も知らず、慎吾が能天気な声を出した。

「竜ちゃん、ここまできたんや、連れてったろやないけ。そうや、黒神山の天辺に展望台とかないんかいな。そこで寅子婆さんが持たしてくれた弁当を食べようや」

「そりゃあ名案だ。展望台はないかもしれないけど、見晴らしのいいところで食べる弁当は格別だからなぁ。今日も元気だ弁当が美味い、よし、決定」

 竜太と慎吾の頭の中は寅子婆さんの用意してくれた弁当でいっぱいになっている。竜太と慎吾のお気楽コンビの後ろで、ヤムダンの目がレイバンのサングラスの底でピカリと光った。いよいよミッションの核心部分に突入するのである。


 軽トラで山道を三キロメートル進むと、円錐形をした黒神山の山肌の一部がスプーンで抉り取られたように大きく窪んでいた。富士山の南東斜面にある宝永火口のような形状だが、黒神山は火山ではないため、おそらく太古に落下した隕石が造ったクレーターなのだろう。深く抉れていたであろう地表面は長年の風雨による浸食と土砂の流入で平らになり、三百平方メートルほどの広場になっていた。山道に面している側を除く広場の三方は垂直な崖になっていた。

 崖に囲まれた広場には玉砂利が敷き詰められていて、広場の奥には苔むした古い社が建っていた。社は木造の切妻造で、檜皮葺の屋根は黒ずみ所々に草が生えている。広場の入口には鳥居の代わりなのか、オベリスクのような石の四角柱が二本並んで立っていて、二本の石柱を繋ぐように太いしめ縄が張られていた。

 二本の石柱の前で軽トラが止まった。

「へえ、こんなところにお社があったんだ。山田さんの探し物というのは、このお社のこと? それともお社の中に何かがあるの?」

 竜太の声が聞こえないかのように、神妙な顔をしたヤムダンは肩から下げた小さな鞄の中から救難信号受信機を取り出して起動スイッチを入れた。表示用画面に浮かび上がった地図上の赤い明滅点は確かにこのお社を指していた。

「ここです、この場所のどこかに私が探しているものがあります」

 竜太がヤムダンの持つ救難信号受信機に気が付いた。

「あれ、山田さん。ハイカラな物を持っているじゃないの。うん? テンテンドーのゲーム機じゃないの? 分かった、パケモンを探すやつだ。ははあ、このお社でレアパケモンをゲットできるんだね」

 竜太の勘違いは筋金入りだ。慎吾が何じゃいという顔でヤムダンを見た。

「レアパケモンをゲットやと? マッタク、時間がないとか大変重要やとかさんざん脅かしといてからに、蓋を開けてみたらこれや。とにかく、とっととゲットして弁当を食べに行こか」

 竜太たちは軽トラから降りた。黒神山の九合目ともなると標高は高く、千二百メートルを超えている。竜太たちはゾクリとするような冷たい空気に包まれた。それは標高が高いためだけではなく、目の前のお社の境内から流れ出てくる清浄な霊気のせいかも知れない。不思議なことに、その一帯だけ鳥や虫の鳴き声が聞こえてこない。三方を崖に囲まれているためだろう、正午前だというのに陽光の届かないお社の境内は薄暗い。そこは神域なのだ。

 竜太は二本の石柱の根元に立つと、身体を仰け反らせるようにして石柱を見上げた。

「へえ、神社の入口にこんな石柱があるなんて初めて見たなぁ。鳥居・・・ではなさそうだ。材質は・・・御影石だ」

 竜太は石柱の表面をペタペタと手で触った。磨き上げられた御影石の表面はスベスベしていて、何かの霊力が封じ込まれているかのようにヒンヤリとした感触が掌に伝わってくる。

「いったいどんな神さんをお祭りしとるんやろうな。そういやお社の名前を書いた看板らしきもんが見当たらんなあ。お賽銭箱もないやないか、けったいやなあ。おみくじはどこで買うんやろう」 

 慎吾も興味深げな表情をして石柱の周りをキョロキョロと見ている。

 竜太と慎吾を尻目に、ヤムダンは救難信号受信機を片手に境内に入った。表示されている地図の縮尺を最大にして、発信地点を絞り込む。やはり、発信地点はお社の建物の中かその下の地中に間違いないようだ。ヤムダンはお社に向かってゆっくりと歩いた。足元から玉砂利を踏むシャクシャクという音が響いている。

 静寂を破って山道から車のエンジン音が響いてきた。竜太が振り返ると、二台の車がカーブを回って姿を現した。一台は黒のワンボックスカーでもう一台はトラックだった。トラックの荷台の上にはブルーシートで包まれた巨大な物体が、荷台からはみ出すようにして載せられていた。二台の車は軽トラのすぐ後ろに止まると、蹴飛ばされたようにドアが開いてワラワラと人が降りてきた。六十代から八十代の男が全部で七人。頭に手ぬぐいのねじり鉢巻きをして、背中に天河の字が白く染め抜かれた揃いの印半纏を着て、股引をはいている。足元は地下足袋だ。

 真っ白な頭髪を短く刈り込んだ金壺眼の老人が竜太たちに声を掛けた。かすれた声に険がある。日に焼けた老人の顔の頬はコケていて、両頬に深い一本の筋が走っているように見える。天河集落の世話役の星尾文治である。

「おまんらぁは、ここで何をしゆうがぜよ。ここは天河集落のもんしか入ったらいかん。地元の神さん、天河様のお社じゃき」

 星尾の声と同時に、残りの男たちが竜太と慎吾を取り囲むようにサッと動いた。

 突然の成り行きに竜太は驚いた。この物々しい雰囲気は何だ?

「怪しいものではありません。私たちは牛乃背村役場の未確認生物対策班のものです。私が坂本で、こちらが中岡と申します。あのう・・・軽トラをご覧いただければ、信用していただけると思います」

 竜太は叱られた子供が言い訳をするようにオズオズと、軽トラのドアやフロント部分にペイントされている『牛乃背村役場未確認生物対策班』の文字を指差した。 しかし、土埃と泥に汚れた車体のためほとんどの文字は判読できない。辛うじて『牛』と『班』の字が読める程度だ。こまめに洗車しておけばよかったと悔やんだが後の祭りである。

 星尾はチラリと軽トラに目をやると、フンと鼻で笑った。

「村役場の職員さんかえ。それで、休みの日に天河様のお社に何か用やろうか。儂は天河集落の世話役の星尾いうもんやけんど、村役場から儂のところへは何ちゃあ連絡がきちゃあせんが」

 村役場の職員だと分かった上でも、星尾の言葉には微かな怒気をはらんでいる。思いもよらぬ星尾の反応を受けて、竜太はしどろもどろで答えた。額に薄っすらと汗が浮かぶ。

「天河様のお社に用があってきた訳ではないのです。たまたま、この黒神山の周辺で探し物をしているご老人のお手伝いをしていましたら、偶然にこの前を車で通りまして、珍しいお社だなあと思って拝見していただけです。ここをサッと見終わったら、黒神山の山頂の見晴らしの良いところに行って弁当を食べようと話していた矢先なんです。ねえ慎吾さん」

「世話役さん、竜ちゃんの言うとおりですわ。ご迷惑をかけるような気は毛頭ありまへんのや。竜ちゃん、ほんならおいとましようか」

 慎吾は言葉もそこそこに、竜太の背中を押さんばかりにして軽トラに向かおうとした。しかし、ふたりを見る星尾の目は尖ったままだ。

「お社の前におる、あの人は誰ぜよ。おまんらぁの連れじゃあないがかね。あの人も村役場の職員かえ? あの人は何をしゆうがやろ」

 星尾は、お社の正面の格子扉の隙間から中を覗いたり、お社の高床の下に頭を突っ込んだりしている、いかにも挙動不審かつ怪しい風体のヤムダンを指差した。どこから見ても完全無欠の不審者だ。痛いところを突かれてしまった。竜太の頬を汗が一筋タラリと流れた。

「あうう・・・あれは、山田と申しまして・・・村役場の職員ではありません。えーと、吉木新喜劇の芸人さんでして、色々なことに興味を持たれる困った性格で・・・テンテンドーのゲーム機でレアパケモンをゲットしたいだけなんです。はい、すぐに連れて帰ります。オーイ、山田さん! ここは勝手に入っちゃいけないんだそうですよ。早くこっちへ・・・え? 嫌だ?・・・そんなこと言わずに」

 竜太の呼び掛けに応じる気配のないヤムダンを見て、星尾は周囲にいる印半纏の男たちに目配せをした。印半纏の男たちは無言で頷くと、ヤムダンを捕獲すべく足早にお社に向かった。

 玉砂利を蹴立てて境内を逃げ回るヤムダンを、印半纏の男たちは的確に追い込んでいく。そしてものの五分ほどでヤムダンは捕獲され、両腕を掴まれて『捕えられた宇宙人』そのままに星尾の前に引きたてられた。

「どういうつもりか知らんけんど、ここは天河集落の住人にとって神聖な場所やき。よそもんが勝手なことをせられんぜ。しかも明日の新月の夜は五年に一度の天河様の大祭やきねえ。黒神山一帯が立入禁止で、黒神山に通じる県道も通行止めになるがよ、覚えちょいてよ。役場の坂本さんかねえ、この人をよう見ちょってよ、勝手なマネをさせたらいかんぜ。こりゃあ約束じゃ」

 星尾は底光りのする目で竜太を見た。竜太はゴクリと生唾を呑み込んでから頷いた。何もそんなに怒らなくてもと腹の中で思いつつ。

「分かりました。山田さんは私が責任を持って預かります」

「よっしゃ、ほんなら行ってもええわ」

 星尾が頷くと、ヤムダンの両脇に立って腕を掴んでいた印半纏の男たちがヤムダンを開放した。ミッション遂行中に未開の地の野蛮な原住民に襲われたヤムダンは、憤まんやる方ないという表情で印半纏を着た原住民たちを睨みつけているが、麦わら帽子とレイバンのサングラスのおかげでその表情は隠されている。

 竜太と慎吾はこれ以上面倒を起こしたくないという一心で、ヤムダンを抱え上げるようにして軽トラに押し込むと、軽トラをUターンさせて黒神山から下山すべく山道を下った。


 軽トラのハンドルを握る慎吾は、カーブを回ってバックミラーから天河様のお社の姿が見えなくなると、肩の力を抜いてホウッとひとつ息を吐いた。

「マッタク、何なんやねん、あのけったいな連中は。下手したら殺されるかもしれん思うたで。くわばらくわばら、触らぬ神に祟りなしや」

 竜太も頷きながら額に滲んだ汗を掌で拭っている。

「地元の方たちにとっては神聖な場所なんだよ。よそ者が勝手にウロウロしてはいけない聖域、都会では失われてしまった場所なんだ。村役場の軽トラじゃなかったらどうなっていたか・・・。それにしても山田さんは無茶をするなぁ」

 慎吾と竜太の間に挟まれたヤムダンは、ミッション遂行途中に原住民から横やりが入ったことにブツブツと文句を言っていた。バラリウム重粒子放射銃を持ってこなかったことを後悔しているのだ。放射銃さえあれば、あんな原住民どもにミッションの邪魔をされることはなかった。よし、星間飛行艇に戻って放射銃を持ったら、すぐに引き返してミッション継続だ。邪魔するようなら放射銃で原住民を蹴散らしてやる。

「衝突現場にもう一度戻ってください。忘れ物があります。それを持ったら、ミッション再開です。とにかく、時間がないのです」

 竜太が何を言っているんだという顔でヤムダンを見た。

「ミッション再開って、たかがレアパケモンゲットでしょ。そんなことであそこには戻れないの。山田さんも聞いたでしょ、あのお社はよそ者がウロウロしちゃいけないんだよ」

「たかがではないのです。私の同胞イシュウの命が危ないのです。あと三十六時間以内に蘇生装置を起動できなければ、イシュウは死んでしまうんです」

 竜太が首を傾げた。死んでしまう? 聞き捨てならない言葉が竜太の耳に残った。

「同胞のイシュウ?・・・イシュウ、イショウ・・・ははあ、吉木新喜劇で同僚だった衣装係の人のことかな。その人が死んでしまうとは穏やかじゃないなあ。その衣装係の人はどこにいるの?」

 やはり竜太は徹底的に勘違いしている。

「イシュウはあのお社の中です。あの中で眠っているのです。私の助けを待っています」

 竜太と慎吾は顔を見合わせた。山田の言っていることはチンプンカンプンで理解できないのだ。竜太は必死で頭を回転させた。但し、半分は空回りだが。

「レアパケモンゲットのためにお社に向かったと思ったら、急に同僚の衣装係の人が死んでしまうから助けるだとか言い出して・・・うん? まさか・・・」

 空回りしている竜太の脳内で何かがピカリと光った。

「何や竜ちゃん、何か分かったんかいな」

「天河集落の世話役の星尾さんの言動だよ。いくら集落にとって神聖なお社だといっても、あんなに頑なになるもんだろうか。レアパケモンだ。山田さんの同僚の衣装係の人もレアパケモンゲットのためにお社に向かったんだ。そこで星尾さんたちと出くわして口論となり・・・監禁されたんだ。衣装係の人はお社の中で監禁されている。眠っている? そうか、睡眠薬で眠らされているんだ。その姿を、山田さんがお社の正面の格子扉の隙間から中を覗いたときに見つけた。

 村役場の職員だと分かってもあの態度だ、相手が一般人なら何をするか分からないな。殺されて埋められる・・・、そうか、そして山田さんはお社の高床の下に頭を突っ込んだときに、過去に殺されて埋められていた人骨を見つけたんだ」

 完全な誤解に基づく空論だ。しかし、竜太の声はなぜか根拠のない確信に満ちている。思い込みとは恐ろしいものなのだ。竜太を見る慎吾の目に称賛の色が浮かんでいる。

「竜ちゃん、それや。それに違いないでぇ。見事な推理や。しかもリミットは残り三十六時間」

 竜太の頭の中で事件のピースがピタリと嵌った。

「明日の夜は五年に一度の天河様の大祭だから、それが終わるまでは不浄の殺人は行わないんですよ。だからリミットは残り三十六時間、ピッタリだ」

 どうだとばかりに、竜太が慎吾にゾロリと流し目をくれた。それは自信にあふれた名探偵の顔だ。

 慎吾は口に両手を当てて「オウ!」と感嘆の声を上げた。どうも芝居がかっている。

「竜ちゃん、天才や。一分の矛盾点もない完璧な推理や。ホームズや、シャーロック・ホームズの再来や」

 慎吾におだてられた竜太は、まんざらでもないという顔をしてムフフと笑った。鼻の穴が広がっている。

「真相が分かった以上、山田さんの同僚の衣装係の人を見殺しにすることはできない。私たちで救出しよう。いいね、ワトソン君」

「竜ちゃ・・・いや、ホームズはん。了解しましたでえ」

 竜太と慎吾はいつものように完全に誤解している。

 ヤムダンはふたりの会話を聞いて、理由はともかくとして、ふたりがお社に戻ることに協力してくれることに安堵した。とにかく、能天気な地球人ふたり組は誤解させたままにしておく方が何かと都合がよいのだ。

「竜太さんのおっしゃるとおりです。それでは、イシュウの救出にご協力いただけるということで、先ずは衝突現場に戻ってください」

「了解です。ところで、その衣装係の人は何という名前なんですか」

「名前は、イシュウ・デズ・サディウと言います」

「サディウ・・・サトウ・・・ああ、衣装係の佐藤さんね、了解。それじゃあ佐藤さん救出作戦開始だ! 慎吾さん、GO!」

 やはり竜太の耳はどうかしている。

「よっしゃ、竜ちゃん。合点承知の助や! 行くでえ!」

 慎吾は威勢のいい声とは裏腹に、軽トラのアクセルペダルを踏む足にそっと力を入れた。元暴走族の慎吾は徹頭徹尾安全運転なのだ。

 お社から三キロメートル山道を下った先にある小さな滝の前の空き地に、慎吾の運転する軽トラはゆるゆると到着した。辺り一面に笹の枝が散乱している。どうも様子がおかしい。軽トラから降りたヤムダンが悲鳴のような声を上げた。

「ない! 星間飛行艇がない! どこへいったんだ」

 小さな滝の前の空き地に隠してあったヤムダンの星間飛行艇が消えていた。ヤムダンは空き地に駆け寄ると、気が狂ったようにキョロキョロと周囲を見回し、地面に落ちている笹の枝をつまみ上げてその下を確認しては投げ捨てている。そんな小さな笹の枝の下にあの大きな星間飛行艇が隠れている訳がないのだが、ヤムダンは気が動転しているのだろう。そして、空き地の中に星間飛行艇がないことを悟ると、今度は山道のガードレールから身を乗り出すようにして、崖の下を覗き込んでいる。

 ヤムダンの様子を見ながら、竜太と慎吾は軽トラの横で呆然と立っていた。張りぼてのUFOは観光課の偽装工作を裏付ける物的証拠だったのだ。

「慎吾さん、やられた。証拠隠滅だ」

「そやな竜ちゃん。観光課のやつら手回しがええわ、なかなかやりよるやないか。こっちはビデオカメラで撮影しとるっちゅうても、やはり現物があるとないとでは説得力が大違いやさかいな」

 フラフラとした足取りでヤムダンが竜太たちの前に戻ってきた。血の気が引いて顔色が真っ白だ、いや違う、これは塗りたくった日焼け止めクリームの色だ。

「星間飛行艇がなくなってしまった。私はどうすればよいのだろう」

「星間飛行艇? ああ、張りぼてのUFOのことかいな。どうすればええ? 山田はん、決まっとるやないけ。観光課の造った張りぼてのUFOがのうなっても、月曜日には村役場でキチンと証言してもらいまっせ」

「何ということだ、新車だったんだぞ。ローンが三百年も残っているのに・・・」

 ヤムダンがガクリと首を垂れた。ヤムダンの星間飛行艇は、今回のイシュウ救助部隊への参加報酬の前渡金を頭金にして、三百年ローンで購入したばかりの新車、いや、新飛行艇だった。それが、竜太に追突されて故障し、更に誰かに持ち去られてしまったのだから、踏んだり蹴ったりである。ヤムダンが落ち込むのも無理はない。

 ヤムダンの気落ちした様子を見て、慎吾がウヒヒと笑った。

「ローンが残っとる? ははあ、あの張りぼての中に何ぞ高価なもんを置いとったんやな。そら可哀そうに。そうはいうても、あんなもんの中に高価なもんを置いとく山田はんが悪いんやで。金目のもんは肌身離さず持っとかなあかん」

 慎吾とヤムダンが話している脇で、竜太は片膝を突いて地面に残されたタイヤの跡を見ていた。未舗装の山道の小石交じりの白っぽい地面に、最近付けられた大型車のタイヤの跡が残っている。そのタイヤの跡は、一旦小さな滝の前の空き地に入り、そこから出て山頂に向かっていた。よく見ると、滝の前の空き地の湿った黒っぽい腐葉土の上にも複数の足跡が残されている。足跡は足の指が親指とその他の二股に分かれていた。

「慎吾さん、山田さん、ちょっとこれを見てよ」

 竜太の声に慎吾とヤムダンが振り向いた。竜太は地面を指差している。

「大型車のタイヤの跡があるんだ。それが、一旦空き地に入っている。それとこの足の指が二股に分かれた足跡、これは・・・地下足袋の跡だな」

「竜ちゃ・・・いや、ホームズはん。ということは・・・」

 竜太は自信満々の表情で、慎吾とヤムダンの顔を見て頷いた。

「ワトソン君、張りぼてのUFOを持ち去ったのは観光課ではなくて、天河集落の星尾さんたちだ。あの二台目のトラックの荷台に乗せられていたんだ。バカでかいブルーシートで包まれたものは、張りぼてのUFOに間違いないだろうね」

 竜太の推理が珍しく当たった。ヤムダンの顔が安堵で緩む。慎吾は感心したような声を出した。

「さすがはホームズはんや、大したもんや。うん、それで決まりやな。それで、星尾はんは何であんなもん持っていかはったんやろうなあ」

「ウッ・・・それは・・・謎が謎を呼ぶんだ。これは一筋縄ではいかない奇妙奇天烈摩訶不思議な事件なんだよ。分かるかね、ワトソン君」

 竜太の苦し紛れの説明を慎吾はフンと鼻で笑った。竜太の頭の中など、慎吾にはとっくにお見通しだ。

「簡単に言うと動機は不明ちゅうことやな。とにかく、もう一回あのお社に戻らなあかんのや。よっしゃ、佐藤さんを救出して、ついでに張りぼてのUFOも確保や。一石二鳥作戦やな」

「いまはお社に天河集落の人たちがいるから、お社に潜入するのは無理だ。少し時間を置いてからがいいね。大祭の準備が終わったら一旦集落に引き上げるはずだから、その隙を狙って・・・よし、今夜潜入しよう」

 頷いた慎吾は腕時計をチラリと見た。

「そうと決まったら、どこぞ景色のええところでお弁当を食べてから撤収や。寅子婆さんの家で夜まで身体を休めよか」

 聞き間違い、思い違い、誤解、憶測、思い込み、事実誤認、独断・・・ありとあらゆる過ちに基づく方針は決まった。途中の思考過程はともかく、方向性はヤムダンのミッションと一致している。能天気な地球人ふたり組の協力を得て、何としてでもミッションを成功させるのだ。ヤムダンの腹は決まった。今夜のミッションに備えて、竜太たちはそそくさと軽トラで山を下った。

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