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ミステリーサークル

 竹中班長から中間報告を受けた山内村長は、とにかく一連のUFO騒動が観光課の仕業である証拠を掴むように竹中班長に指示した。

 山内村長の話によると、牛乃背村にある伊尾田川支流にダム建設計画が持ち上がっているらしい。補助金や協力金などが期待できるとあって、山内村長はダム建設計画を積極的に推進する意向だが、古くからの村人には反対派も多く、反対派の中心となっているのが観光課の東山課長だった。

 山内村長と東山課長は牛乃背小学校時代からの同級生だが犬猿の仲で、ことあるごとにいがみ合っているらしい。何でも、小学一年生のときに、山内少年の消しゴムを東山少年が借りたまま返さなかった『消しゴム事件』が発生したことが発端らしい。その後、東山少年が机の中に入れておいたガムを、山内少年が無断で食べた『消えたガム事件』が発生して、ふたりの仲は修復不能なまでに決裂したと言われているが、いまとなっては、事実関係は闇の中である。

 ゴム・・・いや、ガム・・・違った、ダム建設計画を阻止するために、東山課長が村おこしにかこつけてUFO騒動を起こしているのではないかと、山内村長は疑っているのだ。

 対策班では、害獣駆除用の監視カメラを産業課から借り受けて、大鼻山の山頂付近に上空監視用の定点観測カメラとして設置するとともに、対策班の三人が交代で定点観測カメラの張込みを行うこととした。観測カメラが設置されたと知れば、観光課がUFOの証拠を捏造するために何らかのアクションを起こすだろうと考えたのだ。


 観測カメラを設置してから六日目の夜。

 宮ノ岡集落の井上宅で、百歳を迎えた井上嘉代を祝うお客が開かれた。宮岡善治郎・幸太郎親子もお客に呼ばれて、酒と皿鉢料理をたんまりご馳走になった。同じ集落の知った顔ばかりである。座卓を囲んでワイワイと酒を飲み、午後九時を回って、そろそろ帰ろうかと幸太郎が酔眼で座敷の中を見回すと、善治郎の姿が見えない。

 幸太郎は腰を上げると、床の間の前に座って酒を飲んでいる家の主の井上弘道の横に進み、膝を突いて挨拶した。

「弘道のおんちゃん、ごちそうさまでした。ちくと飲みすぎた。もういぬるけんど、あしとこのお父を知らんかねえ」

 弘道は農作業で日に焼けて真っ黒な顔を幸太郎に向けて首を傾げた。飲みすぎで目が真っ赤だ。

「善治郎のおじいやったら、さっきまでそこで飲んじょったけんど、おらんかねえ。幸恵、おんしゃあ知らんか」

 弘道の隣に座って巻き寿司を頬張っていた妻の幸恵が、慌ててモゴモゴと呑み込みながら言った。

「善治郎のおじいは、たるばあ呑んでもう酔うたき帰る言うて、ついさっき出て行きよったけんど。幸ちゃんに声を掛けんと帰ったがやろうねえ」

「うちのお父はボケちゅうきね。ほんなら、帰ります。ついさっき出たならすぐ追い付くろう」

 幸太郎はあきらめ顔で言った。こういうことは日常茶飯事なのだ。

 幸太郎は皿鉢に盛られた巻き寿司や蒲鉾を詰めた寿司折を土産に貰って井上宅を出た。痴呆症でボケがきているとはいえ、勝手知ったる集落の中の道であり、自宅までは目と鼻の先で、距離にして五十メートルほどである。井上宅の玄関を出て道に目をやると、善治郎の姿はもうなかった。幸太郎は心配だとはつゆとも思わず家路についた。酔っ払っているからだろう、何だか月がふたつ見える。道の上は昼間のように明るかった。

 幸太郎はガラガラと玄関のアルミサッシの引き戸を開けた。

「オーイ、帰ったぞ。ふう、飲みすぎじゃ。これ、お土産をもろうてきた」

 幸太郎はよっこいしょと玄関の上がり框に腰を下ろして、寿司折を横に置いた。妻の育代が奥から出てきた。

「あれ、お父さん。おじいちゃんは一緒じゃないがかえ? ボケちゅうき、あんまり飲ませたらいかんぜ。はよう連れてきちゃって」

「うん? お父は帰っちょらんがか・・・どこへ行ったがやろか」

 幸太郎は千鳥足でフラフラと玄関を出ると、キョロキョロと左右を見た。月が照らす集落の道には人っ子ひとりいない。そもそも、集落には子供はいないのだが・・・。六月に入ったとはいえ、標高の高い牛乃背村では夜の空気はヒンヤリとしている。育代も心配して玄関から出てきて幸太郎の横に並んだ。

「しょうがないお父じゃねえ、ちくと探してくる」

 幸太郎は井上宅に向かって歩きだした。

 一時間経ったが善治郎は見つからなかった。

 幸太郎・育代夫婦が集落の各家を回り、善治郎がどこの家にもいないことが分かると、集落では大騒ぎになった。宮ノ岡集落の男衆は近くの山や沢に分け入って善治郎の姿を探した。

 県道から宮ノ岡集落に向かって延びる細い山道を、一台のジープが駆け上がってきた。ジープのボンネットで赤色灯がグルグルと回っているが、サイレンは鳴っていない。ジープはギギギとブレーキ音を立てて幸太郎の家の前に止まった。幸太郎の家の周りには心配そうな顔をした女性たちが輪になって、ヒソヒソと立ち話をしている。夜も更けたというのに宮ノ岡集落の全ての家の玄関の灯りが点いていて、集落は何とも落ち着かないジリジリとした焦燥感に包まれていた。

 ジープから降りてきたのは、通報を受けた牛乃背村駐在所の近藤勇次巡査である。ちなみに、牛乃背村には警察官は彼しかいない。五十がらみの近藤巡査は、米俵のようなずんぐりとした体型で、顔は獅子舞の獅子頭にそっくりだ。

「宮岡さんところの善治郎のおじいがおらんようになった言うて聞いたけんど、どうなっちゅうろう。何か分かったかねえ」

 近藤巡査が立ち話をしている女性たちに声を掛けると、人の輪の中から育代が前に出てきた。近藤巡査に向かってペコリと頭を下げた。心配のためだろう、育代の顔は青ざめている。

「駐在さん、こんな夜遅うにすまんよう。うちんくのおじいちゃんがお客から帰ってきよって、途中でどこへ行ったか分からんようになっちゅうがよ。いま、うちんくのお父さんと集落の男衆が裏山と沢を見にいっちゅう。もうすぐ帰ってくると思うけんど」

 育代の言葉が聞こえたかのように、ザワザワと人の声がして裏山の細いけもの道から懐中電灯を持った数人の男が出てきた。先頭にいるのは幸太郎だ。

「幸太郎さん、どうやった」

 近藤巡査の呼び掛けに、幸太郎はダメだと首を横に振った。近藤巡査は周囲の男衆をグルリと見回した。夜の山中を素人が満足な装備もなしに捜索することは、二次遭難に繋がる恐れがある。近藤巡査はきっぱりと言った。

「おらんかったか・・・。よし、もう午後十時を過ぎちゅうし、このメンバーじゃあ手が足りん。今日の捜索は打ち切りじゃ。村役場と他の集落にも応援をだせっちゅうて儂から声を掛けちょくき、明日の朝からもういっぺん捜索しよ。幸太郎さん、それでえいのう?」

「駐在さん、お手数をおかけしますよう。それで頼みます」

 幸太郎は頭を下げた。夜中は冷えるとはいえ、六月初旬の南国土佐である。仮に酔っ払って山の中で寝ていたとしても、風邪を引く程度で凍死することはない。

「そればあのこと、なんちゃあないき。ほんなら、心配じゃろうけんど身体を休めてよ」

 近藤巡査は幸太郎に敬礼をすると、ジープに乗り込んだ。


 翌朝午前六時。宮岡の家の玄関前には、幸太郎と近藤巡査を囲むようにして、宮ノ岡集落の男衆が手に手に山刀や鎌を持って立っていた。県道から延びる細い山道を五台の軽トラックが駆け上ってきて、宮岡の家の前に次々に止まった。先頭の軽トラのドアには『牛乃背村役場』と書かれていて、運転席に竜太、助手席に慎吾が乗っている。軽トラの荷台にも村役場の若手が四人乗っていた。後続の軽トラにも他の集落からの応援部隊が乗っていて、宮岡の家の前はあっという間に人で溢れた。幸太郎の妻の育代が大きな籠に炊き出しのおにぎりとお茶を入れて人々の間を回り、ペコペコと頭を下げてお礼を言いながらおにぎりとお茶を勧めている。

 キーンというハウリングの音に続いて、近藤巡査のだみ声がハンドマイクから響いた。

「えーと、皆さん、お忙しいところすまんねえ。昨日の夜、九時過ぎに、宮岡さんところの善治郎のおじいがおらんようになっちゅうき、これから捜索を始めます。裏山と沢を中心に二手に分かれて・・・ん? どうしたが?・・・」

 近藤巡査の声が途切れた。応援に集まった人々のささやき声が、ザワザワという喧騒になって周囲に広がった。そしてモーゼの前で海がふたつに割れるように、人垣がさっと左右に分かれると、そこには善治郎が何事もないような顔をして立っていた。よく見ると左足は裸足だ。どこかでサンダルが脱げたのだろう、裸足の左足は土で真っ黒に汚れていた。

「こりゃあえらい人じゃ、今日は何のお祭りじゃったかねえ」

 善治郎は能天気な声でそう言うと、周囲の人垣をキョロキョロと見回した。人垣の中から幸太郎が血相を変えて飛び出してきた。

「お父、今までどこにおったがぜよ! お父が急におらんようになったき、どこかで倒れちゃあせんかと心配して、皆さんが集まってくれたがぜよ。これから山狩りをやるところやったがで」

 幸太郎の剣幕に善治郎は目を白黒させながら言った。

「儂? 儂は・・・井上さんくのお客に呼ばれて酒をたるばあ呑んで、酔うたき家へ帰ろう思うたら・・・あれ、それからどうしよったろう。覚えちゃあせんが・・・」

 幸太郎がチッと舌打ちをした。

「お父はボケて・・・どうせ、どっかで寝ちょったがやろう」

 善治郎は視線を宙に泳がせて必死に何かを思い出そうとしている。

「寝る? 寝ちゃあせんぜ・・・そうじゃ、お月さんじゃ、お月さんがふたつになって・・・たまるか、ひとつのお月さんが儂の前へ下りてきたがよ。お月さんから子供が出てきて、お月さんの中へ連れていってくれた・・・目をよう開けんばあ眩しゅうて・・・儂に何かを聞きよったぜよ。何かを探しちゅうがやと・・・何を・・・いかん、頭が痛い・・・痛い痛い・・・」

 善治郎は頭を抱えると崩れるように倒れた。「お父!」という幸太郎の声と「ひゃあ」という育代の悲鳴があがる。近藤巡査が倒れた善治郎に駆け寄った。

「卒中かも知れん、動かしたらいかん。誰か診療所に電話して、荻野先生にすぐきてもろうて」

 善治郎の頭の下にタオルを敷いて、身体には幸太郎のジャンパーが掛けられた。善治郎は頭を抱えた姿勢のままピクリとも動かない。その周囲を人垣がグルリと取り囲んでいる。誰も一言も口を利かない。近藤巡査が顔を上げた。

「それじゃあ、皆さん。こんなことじゃき今日の捜索は中止します。朝早うにわざわざきてもろうてご苦労さんじゃったけんど、帰ってつかあさい」

 近藤巡査の声を受けて、捜索の応援にきていた人々はゾロゾロと帰り始めた。幸太郎と育代が夫婦並んで、帰る人に向かってペコペコと頭を下げている。あちこちから「気にせんで」「お互い様じゃき」という声が幸太郎と育代に掛けられた。

 竜太は帰り支度を始めた慎吾に目配せをした。慎吾が『どうした』という顔をして竜太の前に立った。竜太の顔には真剣な色が浮かんでいる。

「慎吾さん、今の善治郎さんの話を聞いたよね」

「おう、お月さんがふたつになったちゅう話やろ。けったいな話や。まあ、痴呆症が進んどるさかいに幻覚でも見たんとちゃうか」

「そうかも知れないけど・・・そう言えば、UFOの最初の目撃者の岩瀬春子さんも、月がふたつあったと言ってたじゃないか」

 慎吾がホウと顔を上げた。

「なるほど、共通点があるっちゅうことかいな」

 竜太がそうだと頷く。

「もしも事実なら、UFOいや宇宙人との遭遇体験だよ」

「事実やったらな」

 慎吾はまだ半信半疑だという顔をしている。竜太は首を捻った。

「善治郎さんはどこから現れたんだろう。慎吾さん、気が付いた?」

「いや気付かへんかったでえ。人垣の外にスッと現れたような気がしたけど・・・あそこに立っとったいうことは、裏山から下りてきたんとちゃうか」

 竜太と慎吾は顔を見合わせて頷くと、善治郎が下りてきたと思われる裏山に延びる細いけもの道に向かった。善治郎が裏山から下りてきたのなら、裏山のどこかにUFOの痕跡が残っているかも知れないのだ。未確認生物対策班としては確認しない訳にはいかない。

 軽トラの荷台に座っている村役場からの応援部隊の四人が、不思議そうな顔をして竜太と慎吾を見ている。何をするつもりだと思っているのだろう。四人は軽トラの荷台で車座になって煙草を吸い始めた。乗ってきた軽トラの運転手がいなくなったのだ、これ幸いにしばらくここでサボっていこうと決めたようだ。

 細いけもの道は急こう配の山の斜面を避けるようにクネクネと曲がり、木々の間を縫うように山の上へ上へと延びている。けもの道に覆いかぶさるように繁茂している下草は腰の高さほどもある。竜太たちは泳ぐようにして下草を掻き分けながら先へ先へと進む。竜太と慎吾の姿は濃い緑の海に沈み、宮ノ岡集落はふたりの視界からあっという間に消えた。

 十五分ほどけもの道を登り、竜太と慎吾の息がそろそろ上がりかけたときに、頭上を覆っていた木々の枝が消えて青空が開けた。ふたりは裏山の中腹にあるポカリと開けた広場に出た。耕作放棄された畑のようだ。広場の中には大きな樹木はなく、膝の高さほどの下草が一面に生い茂っていた。下草が朝露に濡れてキラキラと光っている。振り返ると、木々の枝の間からはるか下に宮ノ岡集落が見えた。濃密な木々の香りをたっぷりと含んだ湿った風がザアッと吹き抜けた。

「竜ちゃん、何やあれ・・・・」

 慎吾が広場の中ほどを指差した。竜太の視線が慎吾の指先を追う。

「慎吾さん、これは・・・」

 竜太は息を呑んだ。

 広場の中心付近に直径十メートルの穴が開いていた。

 正確に言うと直径十メートルの円形状に下草が綺麗に倒れていた。それが地面に開いた大きな穴のように見えたのだ。周囲の下草が竜太の膝のあたりまで高さがあるのに対して、円形の中の下草は根元から十センチの高さの部分で、渦を巻くように一定方向に向かって真横に折れ曲がっていた。下草の折れ曲がった部分を見ると、ポキリと折れている訳ではなく、熱を加えた飴のようにグニャリと曲がっていた。

 そして、直径十メートルの円の中には、更に小さな直径一メートルの小さな三つの円があった。三つの円は正三角形の頂点に当たる位置に配置されていた。その部分の下草は何かに押しつぶされたように根元の直ぐ上から倒れていて、しかも黒く焦げている。

「ミステリーサークルだ」

 竜太の声が震えている。慎吾はあんぐりと口を開けたまま、呆然と目の前の光景を眺めている。

「善治郎さんの話は本当だったんだ。善治郎さんは宇宙人と遭遇した。そしてUFO、いや、彼らの宇宙船に乗せられた・・・。そして善治郎さんはここで解放されて、山を下りて宮ノ岡集落に戻った」

 竜太の推測を聞いても慎吾は納得できていない。

「ほんまかいな・・・と、とにかく写真や。証拠写真を撮らないかん。竜ちゃん、カメラは・・・持っとらんわな。牛乃背村は電波が届かんさかいスマホも持っとらんし・・・」

「とにかく、一旦村役場に帰って、写真機とか保存用機材とかを持ってこなきゃ。そうだ、竹中班長にも同行して貰って、一緒に現場確認をしたほうがいいな」

 慎吾が心許ないような顔をして周囲を見回した。

「なあ、竜ちゃん。どっちかひとりがここに残って、見張りをせなあかんかな」

 慎吾がそう言った途端、ギャアギャアと不気味な鳴き声をあげて、大きな黒い鳥が竜太たちの背後の木立から飛び立った。竜太がヒッと首をすくめる。こんな不気味な山奥にひとりで残されるのはまっぴらごめんである。下手をすると宇宙人に拉致されるかもしれないのだ。

「こんなに立派なミステリーサークルだから、一時間やそこらでなくなることはないよね。たぶんだけど」

 竜太が安直な希望的観測を口にすると、慎吾が嬉しそうに頷いた。

「せやな、そのとおりや。よっしゃ、それなら一緒に村役場に戻ろか。善は急げや、行くでぇ」

 竜太と慎吾はミステリーサークルに背を向けると、何かに追われるように、一目散に駆け出した。

 竜太と慎吾の姿が消えてから十分後。直径十メートルの光の球が音もなく上空から下りてきた。光の球はミステリーサークルの二メートル上方に浮かんだまま停止した。光の球から青白い光線が地上に照射されると、真横に折れ曲がっていた下草がゆっくりと立ち上がり、黒く焦げていた下草は緑色に変わった。ミステリーサークルが跡形もなく消えると、光の球はスウッと上空に舞い上がって姿を消した。


 竜太と慎吾が村役場でカメラや立入禁止用のロープなどの機材を用意して、竹中班長と共に宮ノ岡集落に帰ってきたのは二時間後だった。善治郎は家の中に運び込まれていて、布団に寝かされていた。あの後到着した牛乃背村診療所の荻野医師の診断によると、善治郎の頭痛は脳卒中によるものではなく、原因は不明だが何らかの強いストレスを受けたことによる一過性の頭痛らしい。

 未確認生物対策班の三人は、裏山に延びるけもの道を登った。ミステリーサークルが発生したという竜太の話を聞いて、近藤巡査と幸太郎が興味津々という顔をして対策班の後に続いている。やがて空を覆うよう密集していた頭上の木々の枝の間隔が広がり、周囲が明るくなった。広場に着いたのだ。けもの道を塞ぐように垂れ下がっている枝を手で押しやって、竜太は広場に立つと、自信満々でミステリーサークルを指差した。竹中班長の驚いた顔が眼に浮かぶ。

「竹中班長、あれを見て・・・くだ・・・さ・・・い?」

 竜太の声が途中から小さくなって、最後は聞き取れなかった。

 対策班一行の目の前には、膝の高さほどの下草が一面に広がり、風を受けてザワザワとそよいでいた。ない! ミステリーサークルが消えている! 二時間前には確かにあった直径十メートルのミステリーサークルは跡形もなく消えていた。

 慎吾が素っ頓狂な声を上げた。

「なんじゃこりゃあ・・・いったいどないしたっちゅうねん・・・消えとるやないか・・・」

 竜太はうわ言のように「そんなバカな」と口にすると、下草を両足でかき分けるようにして広場の中に足を踏み入れた。

「確かにここに・・・ここにあったんだ・・・ねえ慎吾さん」

「竜ちゃん、そこや、確かにそこで間違いないでえ」

 竜太は草の中にしゃがみこむと、下草の根元を調べた。あのときは確かに根元から十センチの高さの所で綺麗に折れ曲がっていたのだ。二、三本の下草を引き抜いてみたが、下草の茎には折れ曲がったような痕跡はどこにも残っていなかった。竜太の脳裏に飴細工のように曲がっていた茎の映像が浮かんで消えた。

「ない。折れ曲がった痕跡がどこにもない」

 慎吾もワサワサと広場の中に分け入ると、片っ端から下草を引き抜き始めた。

「竜ちゃん、焦げた跡はないんか。黒なったところがあったやんけ、そこを探そ」

 竜太と慎吾は広場の中を這いずり回るようにして黒く焦げた跡を探したが、下草の茎に黒く焦げた跡を発見することはできなかった。

「何でや、何でないんや・・・おかしいやないけ」

 慎吾が泣きそうな声を出した。竜太は声もなく茫然と下草の中に膝を突いていた。

「そうだ、場所を間違えたんじゃないかな。山の中の空き地なんてどこも同じようなものだし。そうだよ、途中で道を間違えたんだ」

 竜太の必死の弁明に幸太郎が首を横に振った。

「宮ノ岡集落の裏山で、これだけ広い開けた場所はここしかないき。ここは源蔵おんちゃんの畑やったけんど、源蔵おんちゃんが腰をいわして畑をようせんようになってから、ほったらかしになっちゅうが。ここに登ってくるけもの道も一本道じゃき、迷うことはないぜよ」

「それじゃあ私と慎吾さんが、ふたりして見間違いをしたと・・・そんなバカな!」

 現状を受け入れられない竜太がヒステリックに叫ぶ。竹中班長はマアマアと竜太をなだめてから、落ち着いた声で竜太と慎吾に指示した。

「中岡、坂本。とにかく現場写真を撮りや。それとミステリーサークルがあった場所の下草を何本かと、その下の土も採取しちょって。何か分かるかも知れんき。後は帰ってから検討じゃ」

「班長・・・」

 失意の竜太はそれ以上声が続かない。

 竹中班長は涼しげな目元を優しく緩めると、竜太に向かってゾロリと流し目をくれてから、バリトンの声で諭すように言った。女性がコロリと騙され・・・いや、好意を持つのも頷ける。何せ不倫の前科五犯なのだ。

「分かっちゅう。おんしらが嘘を吐いちゅうなんぞ思うちょらんき、安心せい」

 竜太と慎吾は何だか情けなくなって下を向いた。

 やはり、どちらかひとりが残っておくべきだったのか。いや、あのミステリーサークルが消えたということは何かがあったのだ。そんなところにひとりで残っていたら・・・考えただけでもぞっとする。竜太はいやだいやだと首を振った。

 広場の下草をガサガサとかき分けながら所在なさげにウロウロと歩いていた近藤巡査が、下草の中からサンダルを拾い上げた。

「おーい、幸太郎さんよう。このサンダルは善治郎のおじいのもんと違うかねえ」

 近藤巡査が放り投げた片方だけのサンダルを受け取った幸太郎は、サンダルの裏側を見た。黒いマジックペンで書かれた宮岡善治郎という名前と電話番号が読み取れる。

「駐在さん、このサンダルはうちのお父のサンダルじゃ。お父はボケちゅうき、裏に名前と電話番号を書いちゅうがよ、間違いないぜよ」

「ちゅうことは、善治郎のおじいは昨日の夜、ここにおったいうことかねえ」

 近藤巡査の言葉に幸太郎は首を捻っている。

「昨日の夜もここは探したけんどねえ・・・誰もおらんかったが」


 小一時間ほどかけて現場写真の撮影と下草や土壌の採取を終えた対策班の一行が宮ノ岡集落まで帰ってきたときには、もう正午になっていた。昼飯を食っていけという幸太郎の誘いに甘えて、対策班の三人と近藤巡査は幸太郎の家に上がり込んだ。

 昼食のそうめんを食べ終えて、茶の間で座卓を囲んでお茶を啜っていると、カラリと襖を開けて善治郎が茶の間に入ってきた。右手に新聞を持っている。近藤巡査が声を掛けた。

「善治郎のおじいは具合が良うなったかね」

「こりゃあ駐在さんかね、どうしたがですろう。具合? このとおりピンピンしちゅう」

 善治郎はそう言うと幸太郎の横に座って新聞を読み始めた。

 絶好のチャンスとばかりに竜太が善治郎に話しかけた。

「善治郎さん、私は村役場の未確認生物対策班の坂本です。昨晩のことについて、少しお話を聞かせてください。今朝のお話では、ふたつに分かれたお月様の片方が善治郎さんの目の前に下りてきて、善治郎さんはその中から現れた子供に連れられてお月様の中へ入ったとおっしゃいましたよね。子供の顔つきや服装、月の中の様子はどうなっていたのか、覚えている範囲で教えてくださいよ」

 読みかけの新聞から顔を上げた善治郎は、不思議そうな表情で竜太を見た。

「お月さんとか子供とか、何を言いゆうかサッパリ分からんきに。昨日の晩? お客に呼ばれて酒をこじゃんと飲んで・・・頭が痛うなってきたき、家に戻って寝たわね。今朝、診療所の荻野先生が診察にきてくれて、なんちゃあない言うてくれたき安心しちゅうがよ」

 茶の間にいた全員がギョッとした顔で善治郎を見た。昨晩のことを覚えていないのか、いや、今朝自分がしゃべったことまで忘れてしまったのか。認知症の影響なのだろうか。

 言葉を失った竜太に代わって、幸太郎が呆れたような声を出した。

「お父は昨日の晩にお客から戻る途中でおらんようになって、朝になってから帰ってきたがぜよ。覚えちょらんがかえ。昨日の晩は、裏山の源蔵おんちゃんの畑におったがやろう、お父のサンダルが片方落ちちょったぜ」

「源蔵おんちゃんの畑? そんな所へは行っちょらんき。何を言いゆうろう」

 善治郎は怪訝な顔をして幸太郎を見てから、新聞を熱心に読み始めた。

「こらいかん、ボケちゅう。皆さんすまんねえ」

 幸太郎はガクリと肩を落とした。

 善治郎は老眼が進んでいて、老眼鏡なしでは新聞や雑誌は読めないのだが、今朝の善次郎は老眼鏡を掛けずに新聞を読んでいる。そのことに幸太郎は気付いていない。


 幸太郎の家を辞去して村役場に帰る途中の軽トラの中で、腕組みをして目をつぶり、暫く無言のまま考えごとをしていた竹中班長が、「ウン」と頷いてから話し出した。

「中岡、坂本。今日の件は、やっぱり観光課の仕業じゃろうと儂は思うちゅう」

 ハンドルを握る竜太が竹中班長の顔を見た。

「観光課の仕業ですか・・・」

「うん。どうやったか知らんが恐らくそうじゃろう。村おこしのために、UFOや宇宙人がおるゆう証拠を捏造しゆう観光課じゃけんど、儂らぁ未確認生物対策班の調査で捏造がばれそうになっちゅうろう。逆に、儂らぁをUFOや宇宙人の目撃者に仕立て上げて、信じさせる作戦じゃないかね。

 善治郎のおじいはボケちゅうき、観光課の誰かから宇宙人に誘拐されたゆう話を吹き込まれても、次の日には忘れちゅうろう。善治郎のおじいの口から宇宙人に誘拐されたと言わして、それを中岡と坂本に聞かせる。その後は、さっきのとおり善治郎のおじいは忘れたと言う。中岡と坂本は不思議じゃと思うろう。

 ミステリーサークルも中岡と坂本に見せちょいてから消す。消した方法は儂にも分からんけんど。ミステリーサークルが残っちょったら捏造かどうかを調べられるけんど、消えちゅうから調べようがない。しかも中岡と坂本は実際に目にしちゅうき、不思議じゃと思うろう。どっちも中岡と坂本に不思議じゃと思わせることが目的やろう」

 竹中班長の推論が竜太の腹の底にストンと落ちた。

「なるほど、私と慎吾さんを目撃者にするために・・・なんて手が込んでいるんだ」

 慎吾がムウウと唇を突き出した。腹の減ったラクダのようだ。

「ほんまや、やることがえげつないわ。ワイなんか半分信じとったさかいな。危ない危ない」

「とにかく、観光課の張込みを継続して尻尾を掴むしかないろう。役場に帰ってから検討じゃ」

 さすがは竹中班長、男前の上に頭も切れる。これなら女性にもてるはずだと感心しながら、竜太は軽トラを走らせた。

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