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異世界獣医師の聖獣カルテ!  作者: ぽぽろん


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第9話:地竜の口の中

「やりすぎたなカイル」


入り口には、激昂を静かな殺気に変えたボリス侍医長が立っていた。


その顔には、隠しようのない怒りと、そして――驚愕が浮かんでいる。


「ボ、ボリス様! この女が、我らを愚弄するような妄言を……!」


「黙れ。ワシは今の『診断』を全て聞いていた。……カイル、貴様は確かに肺が汚れておるし、足首の歪みもワシの目には見えていた。己の体の異常すら気づけぬ未熟者が、サラ聖獣医の診断を妄言と捨て置くとは……。今すぐこの場から失せろ! 貴様らは本日付で『土色の外套(掃除人)』に降格だ!」


「そ、そんな……侍医長!!」


引きずられていくカイルたちを尻目に、ボリスは私に歩み寄り、泥だらけの私に跪いた。


「……すまぬ、サラ。調整に時間がかかりすぎた。奴らの行動は日ごろから目に余っていたがここまでとは」


「……平気よ。初日にこれはちょっと想定外だったけど。それよりボリス先生、白のコートが汚れちゃった。洗えば落ちますか?」


サラがボロボロになりながらも笑うと、ボリスは私の頬の血を、自分の指でそっと拭った。

その目は、もはや怒りでも、軽蔑でもない。

ひたすらに、ただ真っ直ぐな、敬意に満ちたものだった。


「……サラ。その怪我、ワシの最高位魔法で治してやる。……それと、さっきの『骨』の話、後で詳しく聞かせろ。ワシの魔法でも、貴様ほどには『見えて』いなかったぞ」


暴力の嵐が去った講堂で、サラとボリスの、本当の「信頼」が少しだけ芽生え始めていた。




幸いにも痛みはないし、頬の傷も大したことなかった。

診断を問い詰められつつ傷跡はきれいさっぱりボリスが治してくれた。


治ったところで広い廊下を通り、次は目的の聖獣の診察に向かう。


聖獣医聖院の廊下は、まるでファッションショー……ではなく、ガチガチの階級社会を映す鏡だった。


すれ違う術師たちは、私のコートを見た瞬間に動きを止める。


「……おい、嘘だろ。あの女のコート、『純白ピュア・ホワイト』に『金糸ゴールド』の刺繍だぞ」

「馬鹿な。聖獣医ハイ・エグゼクティブの証じゃないか! 選ばれし12人しか着ることを許されないはずの……!」


背中に刺さる視線が、単なる軽蔑から「恐怖」と「混乱」に変わる。

そりゃそうだ。昨日まで影も形もなかった無魔力の小娘が、王様の主治医レベルの階級を背負って歩いているんだから。


ボリスも甘かったとはいえ、サラ自身もこのローブを着るときは気を付ける必要がある。

レオンにあとで相談をしてみようと考えているといつの間にか景色が暗い。

地下に降りていることに気づいた。


ボリスに案内されたのは、豪華な地上とは対照的な、ジメジメした地下の隔離聖獣房。


そこに横たわっていたのは、一頭の「地竜アース・ドラゴン」だった。


「この地竜は、北方の物流を支える功労者だが、一ヶ月前から食欲を失い、死を待つのみ。我が聖院のエリートたちが交代で『浄化の光』を注ぎ続けたが……見ての通りだ」


ボリスが試すように見つめる。


「さあ、異世界の『医術』とやらで見せてみろ。何もできずに泣いて帰るなら、今のうちだぞ」


サラは深呼吸を一つ。

……よし、診断アセスメント開始。


まず、竜の鼻先に手を触れた。


「っ!? 貴様、不用意に触れるな! 汚い手で聖獣を汚すなと言っている!」


若手の一人が叫ぶのを無視して、私は竜の顎をぐいっと持ち上げた。


「ボリス先生。この子に魔法を浴びせた一ヶ月間、一度でも『口の中』を見た人はいますか?」


「口だと……? 聖獣の口内は魔力の溜まり場。覗くなど、術師にとって禁忌中の禁忌。汚れ仕事は下僕のやる事だ」


「それが、この世界の最大の『ミス』ですね」


サラは助手に指示を出した。

「ライト(光球魔法)をお願い。最大出力で奥を照らして!」


眩い光が、竜の口内を真っ白に照らし出した。

すると、そこには――。


「……これだわ」


右の奥歯、真っ赤に腫れ上がった歯茎に、折れた荷車の「木片」がぐっさりと刺さっていた。


「魔力の枯渇でも、魂の汚れでもないわ。ただの『重度歯周病』と、異物の迷入。……痛くて食べられなかっただけよ」


サラは鞄から、特注のロングピンセットを取り出した。


「おい、何を……ひっ!? 刃物か!?」


ズボッ!!


引き抜かれたのは、腐りかけた巨大な木片。

直後、溜まっていた膿がどろりと溢れ出し、手際よく消毒液で洗浄を済ませた。


数分後。

それまで死んだように動かなかった巨体が、ふぅ……と深く長い鼻息を吐き、自力で立ち上がった。

そして、サラの手のひらを大きな舌でペロリと舐めたのだ。


「「「…………え?」」」


さきほど入り口で陰口を叩いていた若手たちの顔が、一瞬で土気色に変わった。


誰かの杖がカラン……と乾いた音を立てて石畳に落ちる。


「ボリス先生。魔法は素晴らしい力だけど、原因を無視してエネルギーを注いでも、この子にとっては苦痛でしかなかったはずです。……まずは『観察』してください。あなた達も汚れるのが嫌なら、術者なんて辞めたらどうですか?」


サラは泥のついた手をハンカチで拭き、気持ちよさそうに鼻息をかけてくる地竜を撫でながら唖然としている若手たちを一瞥して笑った。


「さて、皆様? 後の掃除、よろしくお願いしますね。あ、きちんと歯を磨いてあげてください。膿がでたら消毒して祈りはいりません。ちゃんと魔法糸で歯間の汚れもとってあげてくださいね……ボリス先生いかがでしたか?」






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