第8話:パワハラ
暴力表現があります。
聖獣医聖院の騒動から1週間がたち、サラはレオンハルトの強力な推薦により、王立「聖獣医聖院」に籍を置くことになった。
「……この前はあまりしっかり見れなかったけど、立派だよなあ」
目の前にそびえ立つのは、大理石がキラキラ輝く白亜の巨塔。
前世の「年中無休・24時間営業・パワハラ院長付き」のオンボロ大学病院とは大違い。
「サラ、顔が引きつっているぞ。緊張しているなら、私の手を握っていても構わないが?」
「レオン、親みたいだよ。……ここまでで大丈夫!ありがとう!」
隣でルビィにするみたいな過保護全開の笑みを浮かべるこの国の第一王子レオンハルトを適当にあしらっていると、塔の奥から「いかにも」な人物が現れた。
長く立派な白髭を蓄え、豪華な刺繍の魔導衣を纏った老人。聖獣医聖院の絶対権威、ボリス侍医長だ。
「ふん。今日からだというのに、随分と遅い到着だな。……殿下、この小娘を預かりますが、聖院の『格式』に合わねば即座に叩き出しますぞ」
「彼女の実力はこの前見ただろう、お手柔らかに頼むよ」
レオンとの挨拶もそこそこにサラは再び、王立の医療機関へと足を踏み入れた。
「……見てみろ、あの娘だ。魔法適性ゼロのくせに、ルビィ様の件で調子に乗っている異界人というのは」
「聖院の白コートが泣いているな」
廊下ですれ違うエリート治癒術師たちの冷たい視線。群青のローブをまとっている。
「ああ、殿下のお気に入りっていうだけで聖院のコートを賜ったっていう……。反吐が出るね」
柱の陰に溜まっているのは、青銅のローブを纏う若手治癒術師たち。
彼らは私を値踏みするようにジロジロと見ながら、隠す気のない声で鼻で笑った。
「聖獣の治療は、清らかな魔力による対話だ。呪文一つ唱えられない平民の小娘が、泥臭い手で聖獣に触れるなんて……。汚らわしいと思わないのかね」
「どうせ、殿下に何か淫らな呪いでもかけたんだろ? 魔法が使えない分、そういう『手技』だけは達者らしいからな」
クスクスと下品な笑い声が広がる。
もちろん王室の聖獣であるグリフィンのアルを助けたことはレオンに近い一部の者以外誰も知らない。
わかってはいたがどの世界でも妬みはあるようだ。
(……。前世のブラック病院の古参ナースより性格悪いわね、こいつら)
サラはイラッとするのを通り越し、むしろ憐れみすら覚えた。
「初日でさっそくだが、殿下からローブ賜った貴様なら簡単に答えを導きだせるであろう。そこの部屋で用意ができるまで待っておるがよい、それからここでは私の事は先生と呼ぶように」
そう言い残しサラを広い講堂に置いてボリスは出て行った。
「ボリス先生、遅いなぁ……」
10分ほど待ったけど、ボリスが帰ってくる様子がない。嫌な予感がする。
すると、背後の扉が開いて、ゾロゾロと数人の男たちが入ってきた。
朝の「群青」と「銀灰」の連中だ。
「おいおい、見てろよ。ボリス様を待って、借りてきた猫みたいに震えてるぜ」
「ふん、殿下の威を借る狐が。コートだけは一丁前だが、中身はただの『無魔力』じゃないか」
彼らは私を取り囲むように輪を作ると、わざとらしく鼻を鳴らした。
「なぁ、聖獣医様? せっかくだから、その『白のコート』に相応しい実力があるか、僕たちがテストしてあげようか」
リーダー格の男が、嘲笑を浮かべて杖を構えた。
「聖獣医なら、これくらいの『魔圧』、涼しい顔で受け流せるだろ?」
彼らが一斉に杖を振ると、講堂の空気がドロリと重くなった。
魔力を持たない人間にとっては、呼吸すら困難になるほどの高密度な魔力障壁。
いわゆる、魔法使い特有の「いじめ」だ。
(……くっ、胸が苦しい。これが異世界のパワハラってやつ!?)
膝をつきそうになったその時、私のコートがカッと黄金色に輝いた。
『王家の守護術式』が発動し、冷たい魔力の檻をバリンッと粉砕したのだ。
「……っ!? ちっ、コートの防御機能か」
「汚いぞ! 自分の力で耐えてみせろよ!」
逆ギレもいいところだ。私は乱れた呼吸を整え、彼らを冷ややかに見据えた。
「自分の力? ……いいわよ。じゃあ、魔法じゃなくて『診断』で勝負しましょうか」
サラは、一番大きな声を上げていた男――群青コートの少年の顔を指差した。
「あなた。さっきから右の目元をピクピクさせて、首筋を気にしてるわね。昨夜、高位の治癒魔法の論文でも徹夜で読んでた?」
「な、何でそれを……。それがどうした!」
「典型的な『眼精疲労からくる緊張性頭痛』。そのまま魔法を練り続けたら、三日以内に倒れて、一週間は杖を握れなくなるわよ。あ、ちなみに今使ってるその『魔力回復薬』、あなたの体質には合ってないから逆効果。成分の『青月草』が血圧を上げすぎて、さらに頭痛を悪化させてるわ」
「な……っ!?」
「それから、後ろの銀灰のあなた。右手の指先が微かに黄色い。……ニコチン、じゃなくて、『魔晶草』の吸いすぎね。肺に影ができてるわよ。聖獣の繊細な鼻の横で、そんなヤニ臭い手で治療するつもり?」
「……っ!!」
図星を突かれた男たちが、言葉を失って後ずさる。
魔法で解決するしか頭にない彼らにとって、外見から「体調の不備」を言い当てられるのは、まるで服の上から裸を見られるような屈辱だろう。
「おい、異界者。そのコート、やっぱり脱いでもらおうか」
リーダー格の男の手には、訓練用ではない実戦用の杖が握られていた。
「殿下の紋章が守ってくれるのは、せいぜい『魔圧』までだ。物理的な衝撃までは防げまい?」
男が杖を振ると、空気が凍りついた。
次の瞬間、鋭い「氷の礫」が放たれ、サラの頬をかすめた。
「っ……!」
熱い感触。頬から一筋の血が流れた。
「あはは! 見ろよ、聖獣医様が血を流してるぜ!」
「魔法が使えないと、避けることもできないのか? 」
彼らは嘲笑いながら、次々と小さな魔法を放ってきた。
直接命は奪わないが、じわじわと体力を削り、心を折るための暴力。
衝撃波が私の腹部を突き上げるように入った。
「がはっ……!」
衝撃で石畳に膝をつく。肺から空気が押し出され、視界が火花を散らす。
コートに編み込まれた守護術式が黄金に輝き、痛みこそ防いでいるものの、物理的な「衝撃」までは殺しきれない。
「さあ、土下座してコートを脱げよ! そうすれば止めてやる!」
男が笑いながら、サラを蹴り上げようと足を上げた。
――その時だった。
「……あなたのその足。左の足首、古傷が痛むんじゃない?」
「……あ?」
サラは泥のついた顔を上げ、冷徹な瞳で男を射抜く。
蹴られそうになりながらも、私は彼の「動きの不自然さ」を、スキルでスキャンしていた。
「さっきから魔法を放つたびに、重心が右に寄ってる。……半年前くらいに、重い魔獣にでも踏まれた? 魔法で表面だけ治したみたいだけど、中の骨が変な形で癒着してるわ。……今、その角度で私を蹴ったら、あなたの足首、二度と歩けないくらい粉々に砕けるわよ」
「な……何をデタラメをッ!!」
男が逆上し、魔力を暴走させて杖を振り上げた。
巨大な氷の塊が、私の真上に形成される。
「消えろ、無能がァ!!」
「――そこまでだ」
講堂の気温が、一瞬で絶対零度まで下がった。
カイルの頭上にあった氷の塊が、パキンッ、と音を立てて粉々に砕け散る。
入り口には、激昂を静かな殺気に変えたボリス侍医長が立っていた。
「やりすぎだカイル」
治癒術師たちの階級の設定です。
1. 【土色の外套(作務作業員)】
対象: 魔力を持たない使用人や、試験に落ちた者。
役割: 厩舎の掃除、餌やり、遺体の運搬。
立場: 聖獣医とは見なされず、発言権は一切ない。
サラへの視線: 「土色」であるはずの無魔力のサラが「白」を着ていることが、彼らにとっても、上位術師にとっても許しがたい侮辱となっている。
2. 【深緑のコート(薬草師・調剤員)】
対象: 魔力は弱いが、知識に長けた者。
役割: 薬草の調合、魔導液の精製。
立場: 治癒術師のサポート。現場に出ることは少なく、研究室に籠もっている。
3. 【青銅のコート(初等治癒師)】
対象: 新人治癒術師。
縁取り: 茶色。
権限: 一般的な家畜(牛、馬など)の外傷。
制限: 魔獣への接触禁止。
4. 【群青のコート(中等治癒師)】
対象: 5年以上の経験者。
縁取り: 紺色。
権限: 戦闘用の魔獣(ウルフ、グリフォンなど)の治療。
立場: 聖院の主力。サラに陰口を叩いていた「エリート気取り」の若手たちは、主にここか、次の階級。
5. 【銀灰のコート(高等治癒師)】
対象: 10年以上のベテラン。
刺繍: 銀の糸で流線型の紋様が入る。
権限: 王侯貴族が所有する特殊個体の治療。
立場: 各部門の主任クラス。
6. 【純白のコート(聖獣医)】 ← サラの階級
対象: 聖院の中でも選ばれし12名のみ。
刺繍: 金糸。さらに背中には「開いた目」の紋章(真理を見抜く証)。
権限: 国家守護聖獣(ルビィ等)への接触・治療、および全階級への命令権。
衝撃: この階級は「一級国家機密」を扱う資格と同義。サラがこれを着ているのは、現代で例えれば「昨日入社したバイトが、いきなり国家元首の主治医(兼・取締役)」になったようなものです。
7. 【深紅の魔導衣(総公・侍医長)】
対象: ボリスのみ。
特徴: 聖院の創設以来、数人しか袖を通していない伝説の法衣。




