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異世界獣医師の聖獣カルテ!  作者: ぽぽろん


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第6話:王子、初めての「お散歩訓練」

急性の胃拡張という国家存亡の危機からルビィを救った、翌朝のこと。


サラは、王宮のプライベートガーデンを訪れ、その光景に「……嘘でしょ?」と絶句していた。


そこには、世界最強と謳われる聖獣騎士団の総長であり、この国の第一王子であるレオンハルトが、地面に膝をつき、必死にルビィのご機嫌を取っている姿があった。


「ルビィ、ほら、こっちにおいで。特製の魔力結晶だよ。……ああ、そんなに悲しそうな声で鳴かないで。散歩が嫌なら、今日は私が抱っこして庭を一巡りしようか」


『キュゥゥ……(うるうる)』


ルビィは、昨夜の苦しみなどどこへやら。

あざといくらいに瞳を潤ませ、レオンハルトの腕にすり寄っている。それを見たレオンハルトの顔は、昨夜の凛々しさが霧散し、前世でよく見たただの「過保護な飼い主の一人」になっていた。


「……レオンハルト様、何をしているんですか?」


背後から冷ややかな声をかけると、レオンハルトは跳ねるように肩を震わせ、慌てて立ち上がった。


「さ、サラか! いや、これは……ルビィがどうしても歩きたくないと言うから、気分転換にだな……」


「ダメです。昨日言いましたよね? ルビィちゃんは食べ過ぎと運動不足。甘やかしは病気への最短ルートですよ。……今すぐ、そのお菓子を没収します」


「だ、だが、サラ。この子はただの魔獣ではないのだ」


レオンハルトは、足元で甘えるルビィを、畏敬の念が混じった複雑な眼差しで見つめた。


「彼女は『サラマンダー・ノヴァ』。古の契約に基づき、エルディナの全土に『熱』を供給する精霊竜の末裔だ。彼女が体内で魔力を燃焼させることで、この国は冬の間も凍土にならずに済んでいる。さらに、彼女が放つ浄化の波長が王都の防衛結界の核となっていてな……。ルビィの心拍が乱れることは、そのまま王国の防衛網の乱れに直結するんだ」


レオンハルトは、ルビィの緋色の鱗を愛おしそうになでる。


「数千年の寿命を持つ彼女にとって、今はまだ人間でいう幼児期。膨大な魔力を生成する力はあるが、それを蓄える『器』としての肉体が追いついていない。宮廷魔獣医たちは、彼女の不調を『魔力不足』だと決めつけ、さらなる高純度の結晶を与えようとしていた。……それが、彼女の内臓を内側から焼き、ガスを溜め込ませる原因だったとは」


「そう。だから。神様扱いして拝むのはいいけど、中身はまだ『未発達な子供の消化器』なんですよ」


サラは、ルビィの体に、丈夫な革で作った即席のハーネスとリードを取り付ける。


「強大な魔力を持っているからこそ、それを循環させるための『物理的な筋肉』が必要なんですよ。血流が滞れば魔力も澱む。澱めば病気になる。神様だって、歩かなきゃ不健康になる」


「……『神の健康管理』か。君の言葉には、いつも目が覚める思いだ」


レオンハルトは、悲壮な決意を固めた表情でリードを握った。その姿は、千の軍勢を前にした時よりも緊張しているように見える。


「いいですか、まず、ルビィちゃんが勝手に走り出そうとしたら、止まる。こっちを見たら、大げさなくらいに褒める。……いい? 散歩は『歩かせる』んじゃなくて、『一緒に歩くための対話』なんですよ」


『キュイッ!?』


散歩を拒否して、わざとらしく地面に寝転ぶルビィ。

彼女が少し機嫌を損ねるだけで、周囲の気温が数度上昇し、庭の草木がわずかにしおれ始める。これこそが、彼女が「国の天候」を左右する存在である証だ。


レオンハルトは反射的に「ああ、ルビィ! どこか痛むのか!?」と駆け寄ろうとするが、サラが睨みつける。


「待って! 行っちゃダメです。待つのも愛なんですよ、レオンハルト様。振り回されたらおしまいです。……彼女に、あなたが信頼できるリーダーだって分からせるの」


「ぐっ……。これほどまでの忍耐を強いられるとは……。……サラ、君はいつも、これほど強い心で命(患者)と向き合っているのか?」


「強がりじゃないと、獣医なんてやってられませんから」


朝日を浴びて、銀髪をキラキラと輝かせながら必死に我慢するレオンハルト。その横顔は、やはり驚くほど美しい。けれど、昨夜の「完璧な王子様」より、今の「不器用な飼い主」としての彼の方が、サラにはずっと身近に、そして好ましく感じられた。


数分後。

根負けしたルビィが「……ちぇっ」という顔で立ち上がり、レオンハルトの顔を覗き込んだ。


「今よ! 最大級に褒めてあげて!」


「お、おお……! よくやった、ルビィ! 偉いぞ、君は世界一、いや全歴史上で最も賢く気高い火竜だ!」


レオンハルトが満面の笑みでルビィの喉元を撫でると、ルビィも嬉しそうに尻尾を振って歩き始めた。

魔法の杖ではなく、一本のリードを通じて「国の心臓」と心が通じ合った瞬間。レオンハルトのサファイアの瞳に、子供のような純粋な喜びが灯る。


「……サラ。見てくれ、ルビィが私の歩幅に合わせて歩いている。……ああ、なんという充足感だ。ただ供物を捧げていた時よりも、ずっと彼女の魂が近くにある気がするよ」


「ふふ、でしょ? ……あ。レオンハルト様、今すごくいい笑顔」


不意にサラに褒められ、はじけるような笑顔を向けたレオンハルトが気恥ずかしそうに視線を泳がせる。

ほんのり耳が赤いのは気のせいではないだろう。


「……っ。レオンで構わない。君にはそう呼ばれたい。あと出来れば敬語もやめてほしい」


その、王子らしからぬ初々しい反応に、サラの胸も少しだけ、トクンと高鳴った。






一方その頃


「……おい、見ろよ。あれ、本当に俺たちの団長か?」


庭園を囲む回廊の陰で、一人の若い騎士が信じられないものを見たという顔で呟いた。

その視線の先では、大陸最強の聖獣騎士団を率いるレオンハルトが、小さな少女——サラに「腰が高いです! もっと姿勢を低く!」と怒鳴られ、必死にルビィの目線に合わせて屈み込んでいる。


「ああ。間違いない……。ザイード帝国の重装騎兵を一人で壊滅させた、あの『白銀の死神』レオンハルト殿下だ」


隣に立つベテラン騎士も、呆然と口を開けていた。

彼らが知るレオンハルトは、常に沈着冷静、部下には厳しく、自分にはさらに厳しい。魔獣に対しても、深い愛情は持っているものの、それはあくまで「守護者」としての高潔な態度だったはずだ。


「さっきから、ルビィ様に『世界一可愛い』だの『私の光だ』だの、語りかけておられるぞ……。しかもサラ様に叱られるたびに、あんなにシュンとして……」


「まるで、厳しい奥方に教育されている新米パパだな」


そんな騎士たちの背後で、数人の侍女たちがハンカチを握りしめ、頬を赤らめながら悶絶していた。


「見て……! あの殿下の困り顔。サラ様にリードの持ち方を直されるとき、指が触れて一瞬だけ耳が赤くなられたわ!」

「サラ様もサラ様よ。あの殿下を『レオン』って呼んだわよね? しかも、まるでお説教するみたいに。この国であんな口を利けるのは、国王陛下以外に彼女だけじゃない?」


侍女たちにとって、レオンハルトは「憧れの君」であると同時に、あまりに完璧すぎて近寄りがたい存在だった。そんな彼が、異世界から来た風変わりな少女に振り回され、人間味あふれる表情をコロコロと変えている。


「殿下、あんなに楽しそうに笑う方だったのね……」

「サラ様がルビィ様を褒めるたびに、自分のことみたいに誇らしげに胸を張っちゃって。もう、微笑ましすぎて直視できないわ!」


一方、庭園の中央。

サラは周囲の熱い視線に全く気づいていなかった。彼女の頭の中は、ルビィの歩行リズムと、レオンハルトの「過保護な癖」をどう矯正するかで一杯だったのだ。


「レオン、また甘い顔をしましたね。ルビィちゃんが今、わざと甘噛みして様子を伺いましたよ」

「うっ、すまない。つい、あんな目で見つめられると……」

「だーめ。今は訓練中! はい、もう一周!」

「……了解した、サラ教官」


そう言って、少しだけ楽しそうに肩をすくめるレオンハルト。

その瞬間、回廊からは「「「尊い……!!」」」という、騎士と侍女たちの心の叫びが重なって漏れ聞こえてきたが、集中している二人の耳には届かなかった。


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