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異世界獣医師の聖獣カルテ!  作者: ぽぽろん


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第3話:魔法との聖獣の国エルディナ

王都へ向かう豪華な馬車の中で、サラは窓の外を流れる景色に目を奪われていた。

そこには、前世の図鑑でしか見たことがないような光景が広がっていた。


石畳の道を、馬車の代わりにどっしりとした地竜アースドラゴンが悠然と歩き、その背に乗った御者が親しげに竜の首を叩いている。

空を見上げれば、手紙を咥えた翼猫ウィングキャットが屋根から屋根へと飛び交い、広場の噴水では子供たちが小型のフェンリルと無邪気に水遊びをしていた。


ここ、『エルディナ王国』は、建国以来「人と魔獣の魂の共生」を掲げる国だ。


「驚いたか。この国では、他の国とは違い魔獣は道具ではない。対等の権利を持つ『隣人』なのだ」


向かいに座るレオンハルト王子が、慈しむような目で街を見渡すサラに語りかけた。


「我がエルディナの王族は、代々強力な魔獣と契約を交わし、その加護で国を護ってきた。魔獣が健やかであることこそが、この国の平和の証……。だが、サラ。それゆえの弱点もある」


王子の表情が、わずかに曇る。


「我々は魔獣を愛し、敬うあまり、彼らを『神秘の存在』として扱いすぎた。病になれば浄化の祈りを捧げ、魔力の乱れを整えることしか知らなかったのだ。……サラ、君がアルに見せたような、体の仕組みそのものを紐解く知恵を、私たちは持っていなかった」


それは、魔法至上主義がゆえの弊害だった。

細菌も、栄養学も、解剖学もない。この国の魔獣医術は、愛情という名の「根性論」に頼り切っていたのだ。


「だからこそ、隣国——ザイード帝国はそこを突いてくる。彼らにとって、魔獣の死はエルディナの国防の崩壊を意味する。……君の異質な知識は、この国にとって剣よりも強力な盾になるはずだ」


(……なるほど。みんな動物が大好きだけど、体の構造については素人同然ってことね)


サラは、改めて自分の手のひらを見つめた。

前世では、ただの社畜として、押し寄せる急患を捌くだけの日々だった。けれど、この国では自分の知識が、国家の運命すら左右する。


「……つまり、この国には『聴診器』も『血液検査』という概念もない、ということですか?」


サラの問いに、レオンハルトは困惑したように眉を寄せた。


「チョウシンキ……? ああ、魔力の鼓動を聞く精霊の耳のことか? 血液なら、神官が色を見て『光の加護が足りない』と判断することはあるが……」


サラはこめかみを押さえた。


(……想像以上に深刻だわ。ここは医学が『神秘』の中に閉じ込められてる。)


ふと見ると窓の外では、地竜アースドラゴンが重い荷を引いている。

その足取りがわずかに重いことに、サラの目は気づいていた。


「あの地竜、左の後ろ脚を少し引きずっています。ひづめに石が挟まっているか、関節炎ですね。でも、御者は『竜の機嫌が悪いから、祈りを増やそう』としか思っていないということですか?」


「それが普通なのだ、サラ。我らにとって魔獣は神聖な存在。不調はすべて『神の意志』か『魔力の乱れ』。だから、神官が祈りを捧げ、より純度の高い魔力結晶を与えるのが、この国で最高とされる治療なんだ」


その言葉を聞いて、サラは合点がいった。

この国の人々は、魔獣を愛しすぎるあまり、彼らを「血の通った生き物」としてではなく、「魔法の結晶体」として見てしまっているのだ。


「レオンハルト様、それは……例えるなら、エンジンが故障した車に、ガソリンだけを無理やり注ぎ続けているようなものです。いつかオーバーヒートしてしまいます」


「……クルマ? ガソリン……? 独特な例えだが、今の我らの治療に限界が来ているという事だけは、君の言葉から痛いほど伝わるよ」


レオンハルトは自嘲気味に笑った。


「実際、アルを襲った隣国ザイード帝国の『呪い』を防げないのも、我々の知恵が足りないからだ。彼らは魔法を『破壊の道具』として研究し尽くしている。対する我々は、古き良き絆という名の伝統に胡坐をかいていた……」


サラは、王子の横顔に滲む孤独な決意を見た。彼はこの国の脆弱性に気づきながら、一人でそれを支えようとしていたのだ。


(決めた。私はこの国の『聖獣』たちを、ただの神秘の偶像にはしておかない)


「わかりました。私が、この国の『当たり前』を書き換えてあげます。魔法じゃ治せない、もっと泥臭くて、でも確実なやり方です。魔力がどうとか、呪いがどうとか。そんな難しいことは後回しです。お腹が空いたら食べて、痛いところは治して、ぐっすり眠る。……それが、生き物にとって一番の幸せですから!」


その真っ直ぐな言葉に、レオンハルトが驚いたように目を見開く。


サラが力強く宣言したその時、馬車が王宮の正面玄関に止まった。

同時に、真っ青な顔をした騎士が扉を叩く。


「殿下! ルビィ様が……! 守護火竜のルビィ様が、苦しみのあまり自身の炎で自室を焼き払おうとしておいでです!」


「……っ! サラ、来てくれ!」


サラはレオンハルトが道中で用意させた新しい医療鞄を掴むと、ドレスの裾を翻して駆け出した。


それは、魔法と神秘が支配する王国に、初めて「臨床医学」という名のメスが入る瞬間だった。


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