第22話:砂漠をさまよう一行
「……はぁ、はぁ。ねえ、レオン。ここ、どこまで続いてるの?」
「……わからん。だが、太陽が二つある以上、我々の知る大陸ではないことは確かだ」
それから三人は、灼熱の砂漠を延々と彷徨うことになった。
夜一は「やっちまった」という顔で耳を伏せ、魔力不足で影に潜ることもできない。
レオンハルトが上着を脱いでサラの頭に被せ、日差しを遮りながら彼女の腰を支えて歩く。
「喉が渇いたわね……。あ、レオン、あっちに巨大なサボテンがあるわ! 種類はわからないけど、あの中に水分があるはず」
「待て、不用意に触るな。この地の植物には魔力が宿っている可能性がある」
二人はフラフラになりながら、蜃気楼のように揺れる赤い砂丘をいくつも越えた。
第一王子としての誇りも、聖獣医としての体裁も、乾いた砂風に削られていく。
極限状態の中で唯一確かなのは、握り合った手の熱だけだった。
「……ちょっと待って。文句を言おうと思ったけど、あれは何???」
砂漠の熱気に目を細めていたサラが、急に駆け出した。
レオンハルトが止める間もなく、彼女は巨大なサボテンの岩陰へと飛び込む。
「サラ、不用心だぞ! ここがどんな場所か――」
レオンハルトが剣の柄に手をかけながら後を追うと、そこには砂に半ば埋もれた、不思議な生き物が横たわっていた。
それは、体長一メートルほどのトカゲに似た姿をしていたが、全身がまるで磨き上げられたサファイアのような鱗で覆われている。
背中には透明な水晶の翼が左右に二対。
しかし、その片方の翼が無惨に折れ、傷口からは青い血の代わりに、キラキラと輝く星屑のような魔力が漏れ出していた。
「砂漠の精霊獣、『サンド・ラピス』じゃないか。
伝説では、地脈の宝石を食べ、その浄化された魔力を雨として降らせる存在だと聞くが……」
レオンハルトが驚きに声を漏らす。
その横で、サラはすでに診察カバンを開き、砂漠の熱から患者を守るために影の魔法薬を周囲に散布していた。
「この子、魔力の出血がひどいわ。このままだと、この辺りの魔力を全部吸い尽くして、自分ごと弾けちゃう。
夜一さん、影を出して! この子に直射日光を当てないで!」
夜一は「了解だ」とばかりに影を広げ、即席のテントを作った。
「いい、レオン。この子の鱗は鉱物に近いわ。普通の包帯じゃダメ。……お願い、その剣を貸して」
「剣を? 何に使うつもりだ」
「剣の魔力伝導率を利用するの。
殿下の黄金の魔力を、私の指先を通じてこの子の翼に流し込んで。
私が『接合』の処置をする間、この子の魔力が暴走しないように押さえ込んでほしいの!」
レオンハルトは躊躇わなかった。
彼は膝をつき、サラの細い指の上に自分の大きな手を重ねる。
サラの集中力は凄まじかった。
彼女は「未知の生物」を前にしても怯むどころか、その瞳は好奇心と慈愛でさらに輝きを増している。
「……いくわよ。一気に繋ぐから、離さないで!」
レオンハルトの力強い魔力が、サラの指を経由してサンド・ラピスの翼へと流れ込む。
パキパキと宝石が結晶化するような音が響き、折れていた水晶の翼が、魔法のように元の形へと修復されていった。
漏れ出していた星屑が収まり、ラピスの呼吸が安定する。
やがて、その宝石のような瞳がゆっくりと開かれた。
「……ふぅ。なんとか繋がったわ。あとは魔力が定着するのを待つだけ」
サラが額の汗を拭い、ふにゃりと笑う。
その達成感に満ちた顔を見て、レオンハルトは胸の奥が熱くなるのを感じた。
「お前は本当に……。場所がどこであろうと、やることは変わらないのだな」
「当たり前じゃない。お腹を空かせた羊も、翼が折れた宝石の霊獣も、私にとっては守るべき『命』だもの」
その時だった。
『――心地よい。これほど濁りのない熱に触れたのは、いつ以来か』
鈴を転がすような、透き通った声が直接脳内に響いた。
サラとレオンハルトは思わず顔を見合わせる。
「……喋った?」
ラピスは宝石のような瞳をゆっくりと動かし、まずはサラを、次に彼女の手を握るレオンハルトをじっと見つめた。
『小さな癒し手よ。そなたの指先は、まるで命の川を導く聖域のようだ。
……そして隣の勇猛なる者よ。そなたの魔力は太陽のように苛烈だが、この娘を守るために驚くほど優しく形を変えている。なんと奇妙で、愛おしい対だ』
「愛おしい対……!?」
レオンハルトが絶句し、サラの顔も一気に砂漠の熱気以上に赤くなる。
『我が名はラピス。地脈を巡り、世界に慈雨を運ぶ者。
……傷を癒してくれた礼に、そなたたちの住まう地へ繋がる"水の道"を示そう。だがその前に……』
ラピスは小さな鼻先を、サラの頬にそっと寄せた。
『もしこの男がそなたを泣かせることがあれば、いつでもこの空へ呼ぶがいい。その時は我が、この男を砂嵐の彼方まで吹き飛ばしてやろう』
「おい、待て! 私がそんなことをするはずがないだろう!」
レオンハルトが慌てて抗議するが、ラピスは楽しげに喉を鳴らすと、天高く舞い上がり、翼から青い光の粒子を振りまいた。
元気を取り戻したサンド・ラピスは、嬉しそうに翼を震わせると、二人の周囲をくるくると飛び回った。
そして、天高く舞い上がると、その翼から青い光の粒子を振りまく。
すると、どうだろう。
灼熱の砂漠に、しっとりと冷ややかな、けれど温かい不思議な「雨」が降り注いだのだ。
「雨……? 砂漠なのに?」
「……ラピスの感謝の印だろう。この雨は、通った場所に道を作るという」
雨粒が落ちた砂の上には、まるで道標のように小さな青い花が咲き、どこまでも続いていく。
それは、彼らが元の世界――エルディナへと帰るための、影の回路を繋ぎ直す道筋を示しているようだった。
「さあ、帰りましょう、レオン。夜一さんも、次はちゃんと着地してよね?」
「グルル(善処する)」
夜一が影を揺らして答え、レオンハルトはサラの手を今度こそ離さないように強く握り締めた。
「ああ、帰ろう。私たちの診療所へ」
二人は青い花の道を進み、再び影の渦へと足を踏み入れた。




