第18話:見えない「不純物」
聖獣医聖院の一角にあるサラの個人研究室は、異様な熱気に包まれていた。
作業台の上には、人魚の住む「清流の湖」から極秘に持ち帰った、淀んだ水と、奇妙な白い膜のついた鱗が置かれている。
「……呪いの紋章は見当たらない。魔力的な拒絶反応でもないわ」
サラは、バルカスに特注した極細の硝子管で鱗を弄りながら、眉を寄せた。
その横では、ボリスが古びた魔導書をめくり、必死に「皮膚を腐らせる呪い」の項目を漁っている。
「サラ先生、本当に呪いではないのか? 人魚の姫があれほど苦しんでいるのだ。王都の術師たちは皆、強力な闇属性の干渉だと怯えておるぞ」
「ボリス先生、その考えが危ないの。もしこれが生き物による感染症なら、闇を払う光の魔法は、逆にその生き物に『活性化のエネルギー』を与えることになっちゃう」
サラは、昨日バルカスの工房から届いたばかりの「あるもの」を手に取った。
それは、数枚の凹凸があるレンズを組み合わせた、不思議な筒――サラが前世の記憶を頼りに設計し、バルカスがミスリルと水晶で作り上げた「魔導顕微鏡(試作型)」だ。
「これを見て。ボリス先生、このレンズの奥に、光の魔法を透過させて」
ボリスが半信半疑で指先から光を注ぐ。サラが筒を覗き込み、ピントを合わせた瞬間、彼女の背筋に冷たいものが走った。
「……やっぱり。糸状の菌が、鱗の細胞を食い荒らしてる」
そこへ、煤まみれのバルカスが巨大な木箱を抱えて入ってきた。
「おい、サラ! 言われた通り、炭と細砂、それに銀の粉を混ぜた『浄化槽』の試作品を持ってきたぜ。こんな箱で湖の汚れが取れるたぁ思えねえが、お前の設計だ、何かしらの理屈はあるんだろ?」
「ありがとう、バルカスさん。それがこの国の水を救う鍵になるわ」
三人が慌ただしく準備を進める中、部屋の隅でずっと無言を通していた男が、静かに腰を上げた。
レオンハルトだ。
彼は先ほどから、軍部や王宮からの「人魚族討伐」を促す書状をすべてその場で握りつぶしていた。
「……サラ。明日、湖へ向かう手筈は整えた。だが、人魚族の怒りは限界に近い。彼らは我々人間が、意図的に毒を流したと思い込んでいる」
「毒じゃないわ、レオン。これは環境の変化が生んだ病気。私がそれを証明するから、あなたには……」
「わかっている。交渉が決裂すれば、彼らは湖の底へ君を引きずり込むだろう。……その時は、例えこの湖の水をすべて蒸発させてでも、君を助け出す。私の剣に誓って」
「それはやりすぎよ、レオン」
サラは苦笑しながらも、彼が自分に差し出した、撥水魔法を幾重にも重ねた特製の白コート(ローブ)を受け取った。
「さあ、行きましょう。魔法で解決できないなら、医学と科学で立ち向かうまでよ」
翌朝、夜明けと共に、一行は霧に包まれた「清流の湖」へと出発した。
「毒の海」を巡る戦いのはじまりだった。




