第17話:【伝説の鳥】白銀の監獄
そして四日目の朝。
サラは数日前の煤まみれの姿ではなく、騎士団が新調してくれた真っ白な聖獣医服に身を包み、レオンハルトと共に王宮の最上階へと向う。
最上階の円形広場。
そこには、かつて太陽のように輝いていたと言われる『千年の白銀鳥アルビオン』がいた。
しかし、今のその姿は、あちこちの羽が抜け落ち、肌が露出し、首を力なく垂らした痛々しいものでした。
「……ひどい。これは診察を受けるどころじゃないわ。心が折れている」
周囲で見守るゼクスたち保守派が「ほら見ろ、手も足も出まい」と嘲笑する中、サラは躊躇なくアルビオンの側へ歩み寄る。
「アルビオン、はじめましてサラといいます。……静かにするから、ちょっとだけ音を聞かせてね」
サラは、アルビオンの細い胸元に聴診器を当てる。
かつてグラニドの時に体験した、あの「言葉」が、再びサラの脳内に流れ込んできた。
『……帰れ。もう、何も食べたくない……。私の歌は、もう誰にも届かないのだから……』
それは、弱々しい老婆のような、枯れた声でした。
「届かない? アルビオン、どういうこと? あなたの声が出ないのは、魔力が足りないからじゃないわ」
サラは聴診器を動かし、アルビオンの喉から胸にかけてを念入りに探っていく。
そして、ある一点でピタリと手を止めた。
「……レオン、ボリス先生。この子の喉、魔法で無理やり『活性化』させ続けてたでしょう?」
「ああ、歴代の術師たちが、国を祝福する歌を歌わせるために、常に喉のチャクラに魔力を流し込んでいたと聞くが……」
「それが原因よ。過剰な魔法刺激で、喉の粘膜が慢性的な炎症を起こして肥大してる。
おまけに、毎日『聖なる供え物』として出される高カロリーな魔力餌のせいで、肝臓も悲鳴を上げてるわ」
サラは聴診器を外し、ゼクスたちを指差して言い放った。
「この子は『神』じゃない、生き物よ! あなたたちが勝手に作り上げた『理想の守護獣』という檻の中で、過食と喉の炎症で病んでいるわ、重度の隠れメタボリックシンドロームね」
「 メ……メタ……!?何をわけの分からぬことを!」
ゼクスが激昂しますが、サラは一歩も引かない。
「今すぐ、この子の周りの魔力供給陣を止めて! 明日から私が『特別ダイエットメニュー』と『喉の消炎プログラム』を組むわ。――歌を取り戻したいなら、魔法を捨てることね!」
王宮の魔力供給陣は強制的に停止された。
そこから、サラの「伝説の鳥・再建プログラム」が始まった。
豪華な魔力餌をすべて廃棄し、代わりにサラが命じたのは、新鮮な薬草と、アルビオンが本来野生で食べていたとされる特定の木の実、そして清浄な天然水。
「いい、アルビオン。あなたは神様じゃない。空を飛ぶための体を取り戻すのよ」
サラは毎日、アルビオンの喉に消炎作用のある薬草液を優しく塗り込み、聴診器でその「声」の回復を確かめ続けた。
最初は拒絶していたアルビオンも、魔法による強制的な活性化から解放され、体が軽くなっていくのを感じるにつれ、サラに心を開いていった。
そして二週間後。
かつてメタボ気味だった体躯は引き締まり、抜け落ちていた羽の跡からは、月光を弾くような純白の羽毛が芽吹いていた。
「……準備はいい、アルビオン? 今日は、久しぶりにあそこへ行きましょう」
サラが最上階のテラスの扉を大きく放った。
日の光を浴びたアルビオンは、力強く、しなやかな翼を広げる。
その姿に、様子を伺っていたゼクスたちも、警護の騎士たちも、息を呑んだ。
アルビオンは一度、サラの肩に優しく嘴を寄せると、力強く大地を蹴った。
白銀の翼が風を切り、空を舞う。
何十年も地上に縛り付けられていた守護獣が、ついに空の支配権を取り戻した瞬間だった。
王都の空を旋回するアルビオンは、やがて大きく胸を膨らませた。
サラが、喉の炎症を取り除き、本来の力を取り戻させたその喉から、奇跡の音が溢れ出す。
『――――――ッ!!』
それは、鐘の音よりも澄み渡り、ハープよりも深く響く、至高の歌声だった。
王都の隅々にまでその声は届き、行き交う人々は足を止め、空を見上げて涙した。
魔法による虚飾ではない、命そのものが奏でる歓喜の歌。
「……聞こえるわ、アルビオン。とっても綺麗な音」
サラが空を見上げると、隣に立つレオンハルトが、誇らしげに、そしてどこか独占欲を含んだ眼差しで彼女を見つめた。
「君の勝ちだ、サラ。……見てみろ、あのゼクスたちの顔を」
広場の隅では、ゼクスたちが真っ青な顔で腰を抜かしていた。
「魔法がなければ治らない」と決めつけていた自分たちの傲慢さが、国中の空に響き渡る歌声によって、完膚なきまでに否定されたのだ。
「勝ち負けじゃないわ。……でも、これでこの国の人たちも気づくんじゃないかしら。魔法が万能じゃないってこと」
アルビオンは空から舞い戻ると、サラの前に優雅に着地し、その首を深く垂れた。
それは王族にすら見せたことのない、心からの「服従」と「感謝」の儀礼だった。
『……賢き娘よ。お前が私の声を、私の翼を取り戻してくれた。この恩義、千年の命をもってして返そう』
アルビオンの意識が、聴診器を介さずともサラの心に直接響いた。
レオンハルトの守護紋章をつけたサラの肩に、アルビオンが白銀の羽を一房落とす。
それは、この国の守護獣が、一人の「魔力なき聖獣医」を自らの主として選んだ瞬間だった。
「……これでまた、護衛が増えちゃったわね」
サラの苦笑いに、レオンハルトは彼女の手をしっかりと握りしめて応えた。
「当然だ。君を狙う輩は、これから伝説の鳥と、最強の騎士団、そしてこの私を敵に回すことになるのだからな」
王都に響く歌声は、古き魔法の時代の終焉と、サラ達が切り拓く新しい時代の幕開けを告げていた。




