第15話:王国の誇り
白馬隊の全頭手術を終え、サラが疲労困憊で聖院の自室へ戻ろうとした時のことです。
中庭には、朝日を浴びて整列する重装備の騎士たちの姿がありました。
その中心に立つのは、王立騎士団きっての猛将として知られる騎士団長、エドモン。
彼は、サラの姿を認めると、鋼鉄の籠手に包まれた拳を胸に当て、地響きのような音を立てて跪きました。
「サラ・コレット殿。……いや、聖獣医サラ殿」
エドモンの野太い声が中庭に響き渡った。
その後ろで、昨夜手術を受けた馬たちの主である騎士たちも一斉に膝を突く。
「我が白馬隊の窮地を救い、戦友たちの瞳を取り戻してくれたこと、騎士団を代表して心より感謝申し上げる。
……不勉強な我らは、正体も見えぬ虫を呪いと呼び、相棒の命を自らの手で絶とうとした。己の無知が、これほどまでに恥ずかしいと思ったことはない」
エドモンは深々と頭を下げ、それから腰に帯びた白銀の長剣を抜き放ち、その剣先を地面に向けてサラの足元に捧げる。
「我ら騎士団は、受けた恩を忘れない。
これより先、貴殿の身に牙を剥く者がいれば、それが魔獣であろうと、腐敗した権力者であろうと、白馬隊が総力を挙げてこれを討つ。……我らの剣は、貴殿の盾となることをここに誓おう」
あまりにも重すぎる「忠誠の誓い」に、サラは目を白黒させた。
「ちょっと、エドモンさん! 顔を上げてください。私はただ、自分の仕事をしただけですから。剣を向けるなんて物騒なこと……」
「……いや、サラ。受けておくといい」
隣で見守っていたレオンハルトが、満足げに頷きながら口を添える。
「エドモンは一度口にしたことは曲げない。
それに、これからは君の『新しい医学』を快く思わない連中も増えるだろう。
聖院の権威だけでなく、実戦部隊である騎士団の支持があることは、君を守る大きな力になる」
レオンは少しだけエドモンを牽制するように、サラの肩を抱き寄せた。
「ただし、エドモン。サラを呼び出すときは必ず私を通せ。彼女は忙しい身だ。馬の蹄が少し欠けた程度で彼女の時間を奪うことは許さんぞ」
「はっ、心得ております、殿下! ……サラ殿、もし聖院の食事が口に合わぬ時はいつでも言ってくだされ。騎士団の最高のコックを派遣しましょう!」
騎士団長エドモンの重厚な誓いの後、整列していた若い騎士たちも、こらえきれないといった様子でサラの周りに駆け寄ってきた。
「サラ先生! 俺からも礼を言わせてください!」
そう言って詰め寄ってきたのは、一番最初に馬を安楽死させようとしていた若い騎士、ハンス。
彼は自分の相棒である白馬の首を愛おしそうに撫でながら、顔を真っ赤にしています。
「俺、あんなに細い虫が相棒を苦しめてたなんて、夢にも思わなくて……。
あの時、先生が止めてくれなきゃ、俺は一生後悔してもしきれないところでした。……本当に、ありがとうございました!」
ハンスが勢いよく頭を下げると、隣の騎士も笑いながら茶化す。
「全くだ。お前、あの時『呪いだー!』って叫んで腰抜かしてたもんな」
「うるさいぞ! ……でも先生、正直に言っていいですか。ぶっちゃけ、虫より先生の『拡大魔法』の方がよっぽど衝撃でしたよ。ボリス様の投影した映像、あれ、夜寝る前に思い出しそうで……」
「あはは、確かにちょっとグロテスクだったわね」
サラが苦笑いすると、別の年配の騎士がしみじみと呟いた。
「……我ら騎士は、見えぬ敵を『呪い』と呼ぶことで恐怖から逃げておりました。
だが、先生はそれを『ただの虫』だと断じ、淡々と引き抜いてみせた。
あの冷静な手つき……戦場に立つ我らよりもよほど胆が据わっておられる」
「そうですよ! 先生、よければ今度、騎士団の救護班に講義をしに来てくれませんか? 戦傷以外の『病』で相棒を失うのは、もう真っ平なんです」
騎士たちがサラを囲んで盛り上がっていると、背後から冷ややかな、けれどどこか楽しげな声が響きました。
「――おい。そろそろ彼女を解放してやれ。サラは三日三晩、バルカスの工房で私のフイゴを使い倒し、その足で君たちの馬を治療したんだ。
彼女に今必要なのは、騎士の武勇伝ではなく、温かい食事と休息だ」
レオンハルトが、いつの間にかサラのすぐ後ろに立っていました。
騎士たちは「殿下!」と一斉に直立不動になります。
「ハンス、お前。サラに講義を頼む前に、まずは厩舎の『煮沸消毒』と『水場の清掃』を完璧に終わらせろ。彼女に二度と同じ虫を抜かせる手間をかけさせるなよ」
「はっ! ただちに清掃に取り掛かります!」
レオンの言葉に、騎士たちは一糸乱れぬ動きで厩舎へと散っていく。
「……みんな、あんなに真面目に掃除してくれるかしら」
「彼らは単純だが、一度認めた相手には忠実だ。君が『清潔にしろ』と言えば、彼らは厩舎を王宮のダンスホールより綺麗に磨き上げるだろうよ」
レオンはそう言って、騎士団から預かっていたという小さな包みをサラに手渡した。
「これはハンスたちからだ。『先生は手が命だから』と。騎士団御用達の、傷に効く薬草から作ったハンドクリームらしい。……私が塗ってやろうか?」
「……。……結構です、自分で塗れます」
サラは少しだけ顔を赤くしながら、それでも騎士たちの不器用な心遣いが詰まった包みを、大切に胸に抱きしめる。
「……結局、また過保護な護衛が増えただけじゃない」
サラはため息をつきながらも、自分を「聖女」としてではなく、一人の「命を救うプロ」として認めてくれた騎士たちの真っ直ぐな瞳に、少しだけ胸が熱くなるのを感じる。
その日の午後、騎士団からは大量の「最高級馬肉」や「軍用栄養剤」が、サラの元へ(お礼として)山積みで届けられることになったのでした。




