第14話:白馬隊の失明危機
この数週間サラは聖院の仕事を慌ただしくこなしていた。
グラニドの快復と「魔導聴診器」の発明で、サラの名は聖院内に留まらず、王宮にまで届き始めていたのである。
そんなある日、レオンハルトがひどく険しい表情で、サラのもとを訪れた。
「サラ、力を貸してほしい。王立騎士団の象徴……白馬隊の馬たちが、次々と視力を失っているんだ」
王立騎士団の象徴である「白馬隊」に異変が起きていた。
名だたる軍馬たちが次々と視力を失い、暴れ、あるいは絶望したように動かなくなっていた。
騎士団の厩舎に向かったサラを待っていたのは、殺気立った騎士たちと、白濁した瞳で力なく横たわる名馬たちの姿だった。
「呪いだ。敵国の暗黒魔法に違いない! 殺して楽にしてやるのが、せめてもの情けだ……!」
絶望した一人の騎士が剣を抜こうとしたとき、サラの声が厩舎に響いた。
「待って! それは呪いなんかじゃない。――ただの『寄生虫』よ」
「虫だと? 冗談を言うな。そんなものはどこにも見えんぞ!」
サラは反論を無視し、騎士団長に問いかけた。
「最近、この子たちを北の湿地帯……特に、霧の深い水辺へ訓練に連れて行かなかった?」
「……なぜそれを。確かに一週間前、新戦術の訓練で行ったが」
「やっぱり。そこに生息する小さな蝿が、この子たちの目に卵を産み付けたのよ。それが孵化して、今、瞳の裏側で暴れ回っているわ」
周囲の不信感を余所に、サラは即座にボリス、バルカス、そしてレオンハルトを呼び集めた。
「バルカスさん、昨日お願いした『銀の針』と『超極細ピンセット』は?」
「おうよ、ミスリルを極限まで叩き伸ばして、毛先ほどに鋭くしてやったぜ。そんじょそこらの針とはモノが違う」
「ボリス先生、一番重要な役目よ。私の視界に『屈折率の異なる四層の透過魔法』を重ねて。
ただ大きくするんじゃなくて、角膜の奥までピントを合わせて、不純物を取り除いたクリアな映像を見せてほしいの」
ボリスが真剣な顔で呪文を紡ぐ。
サラの目の前に、淡い光を放つレンズが形成された。
レオンハルトは無言で、暴れる馬の巨体をその強靭な腕と魔圧で押さえつけ、完璧な「固定台」となった。
「……見える」
魔法の拡大鏡を通した視界には、白濁した硝子体の中を、糸のように細く、半透明な虫がのたうち回っているのがはっきりと見えた。
「これから摘出するわ。一ミリでも手元が狂えば、視神経が死ぬ。……レオン、絶対に動かさないで」
「案ずるな。私の命に代えても固定してみせる」
静寂の中、バルカス特製のピンセットが馬の眼球に近づく。
魔法で投影された巨大な「拡大映像」を頼りに、サラは目に見えないほど細い虫の頭部を確実に捉えた。
「――捕まえた」
一本、また一本。サラは、髪の毛よりも細い「眼虫」を、丁寧に、執拗に引き抜いていく。
引き抜かれた虫が瓶の中でうごめくのを見て、騎士たちが「ヒッ……」と悲鳴を上げた。
「これが、あなたたちが呪いと呼んだものの正体よ。……こんな小さなものに、この子たちの未来を奪わせはしない」
最後の一本を抜き、サラは特製の点眼薬をさした。
数分後、濁っていた瞳がみるみるうちに透き通り、美しい黒目が現れる。
馬はゆっくりと瞬きをし、目の前に立つ主人の顔を見つめると、小さく嘶いた。
「……見えているのか。見えるのか、相棒……!」
騎士が馬に抱きついて泣き崩れる。
ボリスは、自分が投影した「魔法のレンズ」をまじまじと見つめていた。
「サラ先生……。ワシらは魔法を『力』としてしか見ていなかった。だが、貴様は魔法を『真実を視るための光』に変えたのだな。……恐れ入った」
「ボリス先生、感心してる暇はないわよ。あと三十頭分、この精密手術を続けなきゃいけないんだから」
「……三十頭か。よし、バルカス、王子! 栄養剤を持ってこい! 今夜は長いぞ!」
朝日が昇る頃、白馬隊の厩舎には「呪い」の恐怖は消え去っていた。




