第1話:社畜獣医師、気づけば異世界の森の中
「あー……今日も残業、残業、また残業……」
佐倉葵、29歳、独身。
大学病院勤務の獣医師として、休みなく働く社畜生活を送っていた。
担当は大型動物。牛、馬、時には動物園の猛獣まで、寝る間を惜しんで治療にあたる日々だ。
そんなある日、過労で意識を失い、次に目が覚めたとき――
「……は? ここ、どこ?」
見知らぬ森の中。着ているのは病院のスクラブではなく、ワンピース。
手元には、見慣れない木の杖。
「異世界転生……とか、冗談でしょ!?!?」
しかし、ファンタジー小説好きの葵は、状況をすぐに理解した。これは・・・夢ではない。
人気の「チート能力を持って転生」というやつかもしれない。
「とりあえず、スキル確認、とか?」
念じてみると、目の前に半透明のウィンドウが現れた。
名前: サラ・コレット
職業: 治癒術師(レベル1)
スキル: 『動物言語理解』『魔力メス』『魔力消毒』『獣医学全般の知識(EXランク)』
「獣医学の知識だけEXランク!? やっぱり前世の知識が引き継がれてるんだ……」
治癒術師としてはレベル1だが、獣医師としての知識と経験はそのまま。
これは異世界でも食いっぱぐれないかもしれない。
「世の中何が起こるかわかんないものね…」
そんな矢先、森の奥から激しい咆哮と、金属がぶつかる音が聞こえてきた。
恐る恐る近づいてみると、そこには銀色の鎧をまとった騎士たちと、傷つき倒れている巨大な白い魔獣―
―伝説上の生き物、グリフォン。
「くっ……『白銀のグリフォン』がここまで傷ついているとは……! 王子殿下、ここは私が食い止めます!」
「馬鹿な真似はやめろ! この怪我では助からない……」
騎士たちが絶望する中、葵――改めサラは、無意識に駆け出していた。
獣医師の血が騒ぐ。
「どいてください! この子、まだ助かります!」
「なっ……何者だ! 娘、死にたいのか!」
「私は死なないし、この子も死なせないわよ! どいて、確認させて!」
サラは近くにいた騎士を突き飛ばす勢いで、グリフォンの巨体に駆け寄った。
『魔導診断』を展開すると、彼女の視界にグリフォンの体内構造が透過して表示される。
「肺気胸……!? それに腹部への刺し傷による内出血。このままじゃあと5分で心停止するわ」
「娘、何を言っている! 聖獣アルは隣国の『腐蝕の呪い』を受けたのだ! 治癒術師たちがこぞって無理だと……」
「呪い?? 今の問題はこの子の物理的な外傷よ!」
サラはスキル『魔力メス』を発動させた。指先から淡い光の刃が伸びる。
さらに突き飛ばされそうになった騎士の名前はレオンハルト。
彼はその異常な光景に圧倒され、思わず剣を収めた。
「今から、胸腔の圧力を抜くわ。暴れるかもしれないから、誰か頭を抑えてて!」
これが、異世界を救い、王子様の心を鷲掴みにする、規格外れな獣医師の物語の始まり。




