episode8 雪
あの日から誰にも言えない気持ちを胸に秘めながら日常生活を否応なく過ごさなければならなくなった
姉と高校が同じだったということもあり、校内でふとした時に幸せそうな二人が視界に入ることもあった
家に帰れば当の本人から恋愛相談をされることも少なからずあり、心は早くも限界を迎えていた
そんな時に転機が訪れる
俺のことが好きだというクラスメイトから付き合ってほしいと告白された
親しい間柄ではなかったが、日に日に募っていく姉への恋心を消し去りたい一心で付き合うことにした
何回か遊びに行き、手を繋いでキスをして、そういう流れになるのも時間の問題だったし
その最中は何もかも忘れることができる麻薬のようなもので、唯一姉のことを考えず辛くて苦しい思いから逃れられた
しばらく経つと相手から何を考えているのか分からないと振られてしまったけど、矢継ぎ早に言い寄ってくる子がいたため相手が途絶えることはなかったが、その時にはもう自分の心が楽になる方法しか考えていなかったのもあり、肌を重ねることしか求めなくなっていた
気づけば周りからは遊び人という目で見られ、興味を持った子が寄っては去っての繰り返しの生活が中心になっていく
初めのうちはよかったが、次第にどんな子を抱いていてもあの日の姉の姿や声が脳裏を横切るようになり なにをしていても頭の中がじわじわと支配されていく感覚に襲われた
水を飲んでも飲んでも常に喉が渇いているような状態に、自分にとって周りの女の子達は相手越しに姉を見れる手段のひとつに過ぎず、それを実現させられる行為でしかなくなっていった
気がおかしくなりそうだった
「雪〜、アンタいい加減にしなよね
ちょっと顔がいいからってさ」
俺の女遊びの噂が姉にまで知られた時は、小言を言われることもあったが
その度に、その身体を引き寄せて抱きしめながら想いを伝えたい気持ちを堪えながら
「まぁまぁ、そういうお年頃なんだよ
素敵な彼氏がいる姉貴にはわからないだろうな〜」
本音とは裏腹に、冗談混じりに笑いながら受け流す癖がついていた
その度に姉はいつも、困った弟だと呆れた顔をする
自分を偽って取り繕うことに慣れてしまっていた自分に、いつからこんなに空っぽで寂しい人間になってしまったのだろうかと虚しい気持ちになる
想いを伝えるのが怖くて本音を偽って逃げている臆病者のくせに、他の子を抱きながら姉を重ねては自分の欲だけを発散させている自分が嫌いだったし
そんな俺に二人の邪魔をする資格なんてなかった
だから、姉が柄にもなく泥酔して帰ってきた時は驚いた
その日は、何回か関係を持った子が実は恋人がいたことを隠していたようで、運が悪いことに家で鉢合わせをし激昂した男と絵に書いたような修羅場となりかけ上手いこと言いくるめて逃げてきた
「ったく…。どうするかなぁ〜」
思わぬ事態に寝泊まりできる場所を失ってしまったが
この近くに姉が一人暮らしをしているマンションがあることに気づき、今日だけ泊めてほしいと連絡をしてみた
しらばく経っても返信が返ってこなく、寝てるのかと思い家の前まで行っても扉越しからの返事はなく
少し待っていると、泥酔状態で帰ってきたものだから面食らってしまった
「雪らぁ〜!!なにしてるのぉ?」
「姉貴…、それはこっちのセリフだよ」
「えー?えへへ、ちょっと飲みすぎちゃった!
入って入って!お茶れいいー?」
こんなに酔っ払って呂律も回っていない姿を見るのは初めてだったし、足元もおぼつかないのが危なっかしくて介抱をしながら
なにかあったのかと何気なく聞いてみると、先ほどの陽気な態度とは打って変わって
ボロボロと大粒の涙を流しながら晃と別れたと号泣し始めた
急に泣き出した時は焦ったが、好きな人ができたから別れたいと言われたと悲しそうに泣く姿を見た時は
あの男を一発ぶん殴ってやりたい衝動に襲われる
俺だったら、そんな辛い思いはさせないのに…
「あた、あたしがっ、いつも自信…、
あきら、好きな人……っ、もっと話を、」
しゃくりあげながらも一生懸命に話をする姉を宥め
平静を装いつつ相槌を打ちながら最後まで話を聞いてやると
「雪ぃ〜、やさしい〜
もぉ、好き〜」
全てを話し終えて満足したのか、または泣き疲れたのか自分の胸に身体を預けて猫のように甘えてくる姿に
「好き」と言われたその言葉にドクンと胸が高鳴る
きっと酔っているから、ただ誰かに甘えたいだけなのだろうと都合のいい理由を自分に言って聞かせようとしても
今まで蓋をして必死に抑えてきた気持ちが溢れ出していく
ずっと、この身体に触れたかった
二人の邪魔をする勇気も資格もなかったから、ただ逃げることしかできなかったけど
あの男が別の女を選んで、姉の前からいなくなったのであれば…
今、胸の中にいるのは家族であり姉でもあるが
自分にとっては一人の愛しい女性でもある
「……俺も、好きだよ」
初めて口に出した想いと同時に、そっと口づけをしていた
「んっ……」
お酒のせいか熱を持った唇に、火照ってほんのりと赤い頬、とろけるような顔を前に
鼓動が尋常ではないくらい速く、そして強く鳴り響く
あの日見た、俺の知らない顔を
今、俺がさせている
一度触れてしまうと昂る気持ちが抑えられず
貪るように夢中で唇を重ねる
華奢な腰を引き寄せ、舌を絡めて深く触れ合う
二人の荒い息遣いが静寂な部屋に響く
「気持ちい………
もっと……ほし……」
甘く催促するその声に、今まで自分を縛っていた鎖が切れたように今までの渇きを満たすように
彼女の柔らかく滑らかな肌に何度も何度も自分の肌を重ねて強く激しく求めた
どんな子を抱いている時でも感じなかった快感に気持ちがあるのとないのとでは、こんなにも違くこんなにも幸せで満たされるのかと愛しい気持ちが胸に広がっていき
涙が溢れそうになった