episode7 雪
俺の姉は、器量が良くて人付き合いも上手く、常に周りの人に囲まれている太陽みたいに眩しい人だった
自分の芯をしっかりと持っているが優しく寛大な心も併せ持っている姉に、小さな頃から憧れの気持ちが強くあり、そしてそれを誇りにも思っていた
友達と些細なことで喧嘩して塞ぎ込んだりした時は
無理に話を聞こうとせず
でも強引に外に連れ出しては無茶で馬鹿なことをやって元気づけようとしてくれた
年子ということもあり、なにをするにも一緒で
そしていつも隣にいてくれた
高校にあがってからは、好きな人ができたようで
今日あった出来事や、時には恋愛の悩みなどを夕食時や話し足りない時は自分の部屋にまでやってきて、身振り手振りを交えてよく話してくれた
最初はコロコロと変わる表情が面白く、新しい高校生活での話を聞くのが好きだったし
それを楽しそうに話す姿を見ているのも嫌いじゃなかった
自分も早く高校生になってみたいと憧れの気持ちや思いのほうが強かった
しばらく経つと好きな人と付き合い始めたと嬉しい報告と共に、素直におめでとうと祝福した
あの時の姉の顔は幸せそうで、見ているこちらも微笑ましいほどだった
自分もいつかそういう人と出逢えるのだろうかと心の隅で、らしくないことを考えたこともあった
そう、あの日までは……
高校一年生の頃のこと
その日は特にうだるような暑い日で、太陽がジリジリと地面を照らしゆらゆらと陽炎がたっていた
夏休みということもあり、午前中で部活が終わり帰宅すると
玄関に姉の靴と見慣れない男物の靴があったので
彼氏が来ているのかと、不審に思うこともなくリビングへ向かった
「ただいまー。…姉貴?」
ただ、リビングには誰もおらず
特に気にも留めないで階段を登り自分の部屋に戻ろうとした時
「あっ…、やっ……」
閉め忘れたのか扉が少し開いている部屋から漏れてきたその声で、身体が固まる
自分が帰ってきたことに気づいていない二人は夢中になってお互いを求めていた
付き合っているのなら、そういうことになってもおかしくはないし、思春期の年頃な自分でも恋人同士がなにをするのかは理解していたが
初めて見るその光景に目が逸らせなかった
扉の隙間から、お互いの少し汗ばんだ肌が重なりあい、姉の聞いたことのない甘い声が耳に入ってくる
俺は、知らなかった
姉弟の仲は悪くなかったし、むしろなんでも話し合える関係で、時には喧嘩することもあったがお互いに気持ちを伝え合い最終的には仲直りをするのが普通だった
二人で出掛けることに抵抗もなく、しょっちゅう遊びに行ったりもした
純粋に姉のことは好きだったし家族だけど友達のような関係でもあり、なんでも分かり合えていると思っていた
姉に一番理解があるのは自分だと過信していた
扉の隙間から垣間見える姉は
まるで知らない人のようで
今まで見てきたものの中で、一番綺麗に見えた
息をするのも忘れ、心臓が早鐘を打つ
覗いてはいけない罪悪感がありながらも目が離せない
あの男は、姉と知り合って一年ほどしか経っていないのに
その肌に触れて
自分も見たことがない表情を間近で見ている
俺のほうが、過ごした時間はずっと長いのに…
その時に感じたのは激しい怒りと嫉妬だった
どうしてそこにいるのは、自分じゃないのか
どうして姉はそんな顔をその男に向けているのか
俺のほうが姉のことをわかっている
姉だって自分のことを一番に思ってくれている
姉は、自分のものなのに……
自分勝手な想いがドロドロとした膿のように溢れ出していたことに急に我に返り、二人に気づかれないように家を飛び出した
頭の中で焼きついて離れない表情や細い腰、形のいい胸、白く柔らかそうな肌のことを思い出しながらも
同時に胸が酷く締め付けられるような感覚が襲ってくる
「…なんだ、これっ……
この気持ちは、なんなんだよ……」
自分にとって姉は、大切な家族
なのにどうして…
そう、気づいてしまったからだ
自分は姉のことを一人の女性として見ていたことに
こんな形で思い知らされるとは思ってもみなかったし
いっそのこと気づきたくなかった
「姉貴……」
初めて身も心も焼きつくてしまいそうな激しい嫉妬を経験し、同時に胸が張り裂けそうなほど苦しくて辛い恋をした
生まれて初めて好きになった相手は実の姉という
誰にも言えない秘密をこの日からつくってしまうことになった