episode4
朝の出来事から、雪を振り切り脱兎のごとくベッドから飛び出しシャワーも浴びずに大学へと逃げ込んだ
講義もとてもじゃないが受ける気になれず、一人思案に明け暮れていた
「はぁ、これからどうしよう…」
大学内の中庭のベンチで飲みかけのカフェオレを片手に時間だけが過ぎていき、何もまとまらない状態が続く
起きてしまったことは仕方がないのかもしれないが、あの日はかなり酔っていたし、なんせ記憶がないというのが最悪だ
思い出したくてもなにも思い出せないし…
いや、むしろ思い出さないほうが好都合でもあるんだけども
もう踏んだり蹴ったりだった
あの日を巻き戻せるなら巻き出したい気持ちに駆られる
「なんで雪と…」
晃とのことがあったばかりで
ただでさえ感情が忙しいのに新たな火種を抱えることになるなんて、心はキャパオーバーする寸前だったが
自業自得といったところだろうか
まさかこんなことになるとは思ってもいなかったので、終始頭を抱えていると
「真白、おつかれ〜。って、どしたの?」
運よく通りかかった、親友の美香が呑気に顔を覗かせる
「美香…」
思わぬところで救いの手が差し伸べられた気がした
さすがに弟のことを話すのは気が引けたが、美香とは小さな頃からの付き合いで、共に過ごした時間も長く信頼していたので
私は昨日の出来事からトツトツと話し始めた
「えー!!なにそれ!やば!!」
一連の流れを話し終えると美香はケタケタと笑い転げた
他人事だから面白がっているようだが、こちらはそんな笑える心境ではない
引かれるよりかは救いがあったが、さすがに笑いすぎではないかとムキになってしまう
「真剣に悩んでるの!」
「ごめんってば。でも雪くんとかぁ〜。
高校の時もかっこよかったけど、大学に入ってから色気増したよね〜。
いつ見ても目の保養にもなるし〜」
「そういうことじゃないのよ…」
恋多き女の美香は、雪が私の弟と知りながらも
その容姿を絶賛しているようで、口を開けばかっこいい、綺麗だの構わずに褒めて騒ぎたてるから
姉としては少々気まずくなることはあったが
本人曰く恋愛対象というよりかは、推しに近い感覚のようだった
確かに、雪は周りと比べると人目を引く容姿だし加えて身長も同年代と比べると抜きん出ているので、姉弟の私から見ても目立つ人物なんだろうなとは思っていた
実際に入学当初は、綺麗な男の子がいると
結構な噂になるほどだった
美香は滅多と聞けない私の浮ついた話しを聞いて満足したのか、雑なアドバイスを投げかけてくる
「いいんじゃない。付き合っちゃえば。
真白、晃くんと別れてフリーになったんでしょ?」
「何言ってるの!!弟だよ? 信じられない…」
「えー、でも雪くんかっこいいし、アリだと思うぞっ!」
親友のまさかの発言に頭を抱えるが、美香は変な妄想が膨らんでいるのか一人でキャーキャーと喚いている
確かに姉弟ではなかったら、付き合いたいと思うくらい雪は顔だけはいいのだ
そう 『顔』だけは
そんな私の心中を察したのか、急にため息混じりに美香がポソリと呟く
「まぁ、でも雪くんかなり遊んでるよね。
いつも違う女の子と一緒だし、特定の子と付き合ってるの見たことないしなぁ〜」
「ぐぅ……」
痛いところを突かれて何も言えなくなる
恥ずかしいことに雪は生粋の遊び人である
顔がいいことに高校の頃から今日まで女の子を取っ替え引っ替えしているのだ
家族の私からしたら、恥ずかしいこと極まりない
私は晃しか男を知らないと言うのに…
雪のせいで姉である私も遊んでいるなどと根も歯もない噂を流されて、高校生活はいい迷惑だった
自分自身、噂自体そこまで気にする性格ではなかったが色眼鏡で見られ陰でコソコソと言われるのは気持ちのいいものではなかったし、当時は晃に心配をかけることも少なからずあった
それなのに、大学までも同じだなんて…!!
雪が私と同じ大学に行くと聞いたときは、膝から崩れ落ちたのを今でも鮮明に覚えている
頼むから落ちろと何度願ったことだろうか…
今となっては当時の願いは虚しく散ってしまったんだけども
高校と比べて大学のほうが圧倒的に人数も多かったので、雪が弟ということは必要以上に話さないでいたのだが
あの顔に加え女遊びが激しい弟は、高校に引き続き大学内でもあっという間に有名人となっていた
美香は唯一、私たちが小さな頃から付き合いがあるので理解もあって助かっていたが
恋愛話し大好きな親友には今回の出来事はむしろ大好物な話しだったわけで、対した当てにならなかったが話しを聞いてくれただけでも一人で抱え込むよりかは、心は楽になった気がした
「ほんと、女性関係にはだらしないんだよなぁ…」
姉弟仲が悪いわけではなかったが、日頃の女癖についてはさすがに辟易していた
本当に姉弟なのかと疑いたくなるほどに、私と雪の恋愛の仕方は正反対だったから
当の本人はどこ吹く風といった様子ではあったものの、もう少し自重すべきではと思うくらいに彼の私生活は女の子たちで溢れかえっていた
そして、その女癖が自分にまで手が及んだことと、泥酔していたからとは言えそれを受け入れてしまった自分がなんとも阿呆すぎて呆れてしまう
「どうしたもんかなぁ」
またひとつ、ため息をつきながら空を仰ぐと、自分の心とは裏腹に雲ひとつない澄んだ晴天が広がっていた