エピローグ
【翌朝の地元ニュース】
山中の林道で、若い女性三人の乗った軽自動車が事故を起こしているのが発見された。
しかし車体には衝突痕がなく、三人のうち一人は両目を失っていたという未確認情報もある。
ネット掲示板では、この廃旅館にまつわる新たな噂が急増――
**「目を奪われた者は、“次”を探して彷徨う」**と。
*
――夜、0時二十分。
マリナは風呂場の椅子に腰掛け、頭を洗っていた。
「今日は、マジで怖かった……」
女友達四人と肝試しに行ってきたばかりだった。
ネットで見つけた、ある廃旅館――その玄関をくぐった瞬間、何かが違った。
暗い廊下を少し進んだだけで、全員が言い知れぬ気配と、耳鳴りのような音に襲われて逃げ出した。
あの気配を、髪の毛一本残らず洗い流したかった。
そう思って、帰宅してすぐに風呂場へ飛び込んだ。
シャワーの音が、まるで耳の奥で直接響くようだった。
湯に混じって落ちた自分の髪が、排水口に吸い込まれていく。
そのときだった。
――ふいに、マリナの手が止まった。
足に、何かが触れたのだ。心臓が跳ね上がり、背筋が凍り付く。
シャンプーの泡が目に入って、すぐには見えない。
カランをお湯に切り替え、泡を必死に洗い流す。
足元を見る。
そこには、自分の抜けた髪の毛ではない――もっと長く、もっと大量な、黒髪が流れていた。
慌てて足を上げて、鏡に目を向けた。
そこには、マリナの顔。……と、その背後に、“土気色の顔”が、ぬるりと浮かんでいた。黒く濡れた長い髪、そして、目のない、深くえぐられた空洞。口元は、ぐにゃりとねじれるように歪んでいた。
その女の長い髪が、ぬるりとマリナの足元に絡みついていた。
動けない。
喉が凍って、声が出ない。
――逃げなきゃ。
そう思った次の瞬間、足元に冷たい感触が襲った。
見ると、届くはずもない女の冷たい手が、足首をグッと掴んでいる。
そして、鏡の中の“目のない顔”が、こちらを見た。
空洞の視線が、マリナの目と重なる。
「……ミエタ」
吸い込まれるような、視線の引力。
自分の“目”が、吸われていく――その瞬間。
――フッ、と、鏡が湯気で真っ白に曇った。
視界が戻ったとき、そこに映っていたのは、自分の顔だけだった。
マリナは思わず、鏡に手をのばして自分の目を確認した。
(……ある。ちゃんとある)
でも――鏡に映る“その目”が、ほんのわずかに笑っているように見えた。
そのとき、排水口の奥から――
「……ニ・ガ・サ・ナ・イ」
あの“目のない顔”のしわがれた声が聞こえてきた。