表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第5話 ミエナイ、……ミエタ

駐車場にたどり着いたとき、三人はもう、息も絶え絶えだった。

ヒロコが震える手で車の鍵を探り、なんとか運転席に滑り込む。


カナも助手席に転がるように乗り込む。

サトミは無言で後部座席へ。

その顔は、暗くて、見えなかった。


「早く……早く出して……!!」

カナが叫ぶ。

ヒロコが必死にエンジンを回す――かかった。


車が、夜の山道を下りはじめる。


ライトが、かろうじて車の手前だけを照らす。

遠くにあるはずの外の風景は、闇に溶けて何も見えない。

フロントガラスの向こう側は、まるで液体のようにぬめっていた。


下界の明かりが、遠くにチラチラと見えた頃――


「……助かった……よね?」

ヒロコがぼそりと呟く。


「……たぶん」

カナも、小さく息を吐いた。

でも、胸の奥で脈打つ心臓が、なぜかずっと“危険信号”を鳴らし続けていた。


「なんか……おかしい」

カナは胸を押さえる。


「目の奥が、ドクドクして……焦点が合わない……」


「……私も」

ヒロコの声も、弱々しい。


そのとき――


カナのスマホが、ふっと明るくなった。

続けて、カーラジオが「ピ――」という電子音を鳴らして、小さくノイズを流す。


「……あ……点いた……?」

ヒロコがバックミラーを見ながら言う。


が、スマホはすぐに暗転し、ラジオもまた、沈黙した。


「なに……今の……」


「ミエナイ……」


後部座席から、サトミの声が響いた。

かすれた、掠れるような声。


「……えっ?」

カナがミラー越しに、運転席の後ろ――サトミを覗く。


「目が……痛い……」


サトミが、顔を両手で覆っている。

指の隙間から、暗い何かが滲んでいた気がした。


「ちょっと……大丈夫? サトミ……?」

ヒロコも、後ろを振り向こうとする。


そのとき――


“ギィィィ……”


聞き慣れた、聞きたくなかったあの音が……

車内の、すぐ近くから、鳴った。


「え、ちょ……ウソでしょ……」

ハンドルを握るヒロコの手が、びくんと震える。


(……後部座席、見ちゃダメ……)


そう思った瞬間には、もう遅かった。


カナが顔を上げた。

そのルームミラーに――何かが映っていた。


カナ自身の顔。

サトミの顔。

そして――その“間”に、もう一つ。


黒髪に覆われた女の顔。

目はない。

ただ黒く、深く、抉られた空洞だけが、ミラー越しにこちらを“見ていた”。


その顔が、ゆっくりと笑った。

そして、口が動いた。


「……ミエタ……」


その言葉を最後に――

カナの視界が、ぐらりと揺れる。


目の奥が熱くなる。

何かが、自分の眼球を“裏側からつかまれている”ような感覚。

ひっぱられる――引き抜かれる――

まばたきすら、できない。


自分の“目”が、

ミラーの中の女の空洞に――吸い込まれていく。


「ツカマエタ」


女が囁いた。


ミラーの中の女の顔に――カナの目が宿る。

しっかりと、生きたまま、見開かれていた。


現実のカナは、助手席でぐったりと項垂れていた。


その顔には――


目がなかった。


両目とも、黒く深く、えぐり取られていた。


「カ、カナ……!? ねぇ……どうしたの」


ヒロコの声が震える。


そのとき、助手席から――


ぬるり、と温かい何かが流れ落ちてきた。


ヒロコの肩に、その生ぬるい重さ。

車の天井から、ぽた、ぽた、と、赤黒い雫が落ちる音。


「な、なに……これ……」


ヒロコが恐る恐る顔を向ける。


カナのすぐ隣――


もうひとつの“顔”があった。


目のない、黒いくぼみの顔が、

真横からヒロコを見ていた。


「ギャァァァァ――――ッッ!!」


車内が絶叫に包まれる。


その時――


ヒロコの首が、がくんと後ろへ持っていかれた。

運転席の後ろ――その黒い影のしわくちゃな手が、ヒロコの髪を鷲掴みにして、力任せに引っ張っていた。


その横で、サトミがゆっくりと首を傾けた。まるで操り人形のように、無機質に。

そして、それに合わせるように、助手席のカナも、ゆっくりと首を傾ける。


その仕草は――

どこか、サトミと“同じだった”。


ヒロコが泣き叫びながら車を止めた瞬間――


闇が、すべてを呑み込んだ。


そして、ルームミラーに残された女の顔が――

カナの“目”で、こちらをじっと見つめ、にやりと笑った。


【了】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ