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第4話 そこにあるもうひとつの手

――“気づいたら”、また広間にいた。


「……なに、これ……どうなってんの……」


カナは、冷たく濡れた畳の上に両手をつき、震えながら顔を上げた。

暗い。――が、目の前には、あの鏡があるはずだった。


「……夢……じゃないよね……?」


ヒロコが、呻くような声でつぶやく。

サトミも、向かいの柱に背を預けて、口を押さえている。


「私たち……階段で……サトミが……」

カナは言いかけて、言葉を止めた。


――サトミは、生きている。

さっき、確かに“喰われた”はずなのに。


「ここ……真っ暗……スマホのライト、全部点かなくなってる……」

ヒロコがスマホを振ってみせるが、画面は真っ黒のまま。

――闇の奥から、冷たい視線を感じるようだった。


カナも試してみるが、やはり無反応。

“電池切れ”というより、“電気そのものが存在しない世界”のような静けさ。


「なんで……」


「見えない……なにも……」


サトミの声がかすかに響いた。

その声音に、わずかな“違和感”があった――

それが“声の高さ”なのか、“間”なのか、わからない。

けれど、違う。確実に“なにかがズレている”。


カナたちは、真っ暗な広間の中で、お互いの声だけを頼りに、手を伸ばし合った。

ようやく指先が触れ合い、三人は不安定なバランスで手をつなぐ。


「ヒロコの手……つかんだ」

「カナも、いる……」

「サトミも、いる……?」

「……いる、よ……」


誰かが囁いた。

だが、その“声”が本当にサトミのものだったか、確信が持てない。


「もう……あの旅館、出よう」

「うん……絶対、ここ変だよ……」

「ミエナイ、ミエナイ、ミエナイ――」


「えっ!?」


「今……言った?」

「わたしじゃない」

「私でもないよ!?」


三人の手が一斉に、強く、ぎゅっと握られた。


沈黙が落ちる。

息を呑む音だけが、広間の闇に染みていく。


「……誰かの手が……冷たすぎる……」

ヒロコが呟く。

その声に、妙な“震え”が混じっていた。


「え……それ、私じゃ……」

カナが言いかけたとき、

冷たい“手”が、カナの手をぎゅっと強く握り返した。


それは――

異様に細く、関節が浮き、骨ばっていて、湿っていた。


「うわっ!!」


カナは反射的にその手を振り払った。


“がしゃっ”


畳に何かが落ちたような音が、闇の中で鳴った。


「今の……絶対おかしい!!」

「誰か違う! 誰か……誰か“本物”じゃない!!」


カナは叫びながら、闇の中を駆け出した。


ヒロコも、サトミ(らしきもの)も、後ろからついてくる。

でも、その足音が、本当に二人分なのか、三人分なのか、それとも……。


視界は真っ暗。

ただ手探りで、壁をなぞりながら、来た道を必死に思い出す。


――“ギィィ……”


また、あの音が背後から響く。


……いや、“音”というより、“近づいてくる感触”だった。

空気の中で、何かがぬめるように動いている気配。


細い廊下の壁に手を擦り、走って、走って――

ついに、廊下の先――玄関の扉に。


「外……出られる!!」


バン、と扉を押し開けた。


しかし――


外も、漆黒だった。


月も星もない。風もない。音もない。

まるで、旅館の中を模したような“形だけの外”。


「……ここ、本当に……外?」

ヒロコが、背後で呟く。


「そんなわけない、だって玄関から出たんだよ!?」


カナが振り返る。


そのとき――


「……ミエナイ……」


サトミの声が、また聞こえた。


その響きに、どこか“ズレ”があった。

まるで、同じ声を“別の誰か”が真似しているような、微妙な違和感。


カナとヒロコは、一度も後ろを振り返らなかった。

互いの手を、ぎゅっと強く握りしめ、無言で全力で駆け出した。


ふもとの駐車場まで。

あの“気配”が、すぐ背後に迫ってくるのを感じながら。

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