第8話 ピンチになった
満身創痍の勇者が四天王に向かっていくのを俺は止めることができなかった。
「なんと! まだ余力が残っていたのですね!」
「協力して動きを止めるぞ!」
「……うん」
「わかった!」
四天王全員で四方から勇者を迎えうつ。満身創痍の勇者などもはや袋の鼠で、すぐに四肢を拘束されてしまった。
「……」
頼みの綱の勇者もやられてしまい、俺の命も風前の灯だ。死に直面した俺の脳裏にはこれまでの人生で見た光景が走馬灯のようによぎっていた。
くそ女神と対面した不運、おじさんの騎士に斬られた痛み、王女が浮かべる軽蔑の表情、魔王軍四天王の包帯の女……人生に刺激がなさすぎて最近のことしか思い浮かばない。てかそんなこと思い出してる場合じゃない、早く逃げないと。
とはいえ逃げようにも四天王が全員勇者の四肢を拘束しながら俺の方をじっと見つめているので見逃してくれそうもない。
くそっ、ドッキリに失敗したばっかりに……
四肢を拘束されている勇者は拘束から逃れようと必死で身を捩ったりしているようだが、抜け出せそうな気配はない。勇者が殺されるのも時間の問題か……
……いや、なんでとっとと殺さないんだ?
四天王たちの俺を見る目が、早くしてくれって催促しているように見える。
四天王のうちのサキュバスはウインクをしている。
吸血おじさんは口でパクパクと何かを訴えている。
人狼はこっちに来いとハンドジェスチャーしている。
包帯の女はこくこくとしきりに頷いている。
彼らの不自然な様子から、俺は一つの可能性に思い至った。
ひょっとして……ドッキリ番組でたまに見かける、ネタバラシをしたけどもターゲットが驚きすぎて気づかなかったパターン?
俺が見た番組では結局強引にネタバラシのプラカードを見せていたけど、今の状況もそれと同じだ。
俺の能力はターゲットが認識するしないに関わらず、ネタバラシをした瞬間に発動するのか?
……だったら話は別だ。
プラカードを握る手に力がこもる。
俺は勇者に近づくとプラカードを掲げた。
これで決める!
「テッテレー! ドッキリ大成功―!」
「は?」
プラカードを見た勇者は暴れるのをやめた。
「ドッキリだよー!」
「おもしろかった」
「勇者様、おもしろかったですよー!」
同時に、さっきまで倒れていた仲間たちが蘇り、勇者の前に笑顔で現れた。
「みんな、無事だった……の、か?」
これにはさしもの勇者も呆然とするしかないようだ。仲間が生きていてうれしいというより、先ほど死んでいたのにあっさりと蘇ったことに狼狽えている。それになぜか態度が軽いことに釈然としない様子。
もう暴れないと判断したのか、魔王軍四天王は勇者の拘束を解除すると、勇者パーティーたちと笑顔で握手を交わした。
「いやー、どうなるかと思いましたよー」
「まさかネタバラシに気づかないとはねー」
「ははは、私もびっくりしてしまいました」
先ほどまで命のやり取りをしていた者たちが談笑しているのを見て、即座に勇者の表情がきつくなる。
「皆、何考えてんだ! そいつらから離れろ!」
吠える勇者に対して、吸血鬼のおじさんが優しい笑顔で前に出る。
「ハーツさん、安心してください! これはドッキリです! 私たち魔王軍四天王とこちらの勇者パーティの面々は仲良しなんですよ!」
「ふざけるな! 何を言ってる貴様ァッ! 俺の家族を……故郷を滅ぼしておいてよくもそんなふざけた笑顔を俺に向けられるなァッ!」
「あ、久しぶりハーツ~!」
その場に緊迫した雰囲気とは似つかわしくない気の抜けた声をかけたのは一人の妙齢の女性だった。その隣には夫と娘と思しきものの姿がある。
彼らを見た瞬間、勇者は先ほどまでの怒りがごっそりと抜け落ちたような、驚きに満ちた表情になった。
「母……さん? 父さん、ロナリー……」
「そうよ~、お母さんよ~」
「久しぶりだな、我が息子」
「お兄ちゃん元気してた~?」
勇者は亡霊でも見ているみたいな表情で後ずさった。
「ありえない……年齢を重ねてるけど、間違いない、俺の家族だ……どういうことだリング! これも貴様の能力なのか!?」
「能力なんてありませんよ、私が村を襲ったっていうのが嘘だったんですよ」
「騙して悪いがそういうことだ、我が息子よ」
「ごめんね~」
家族は全然申し訳なくなさそうに謝罪した。
「ふあ~、疲れた~」
「いやー、お疲れー」
「ドラゴンさん、お疲れさんでーす」
周囲を見ると、先ほどの冒険者たちや倒れていた住人たちもゾロゾロと出てきた。
ドラゴンの中からは蒸れたおじさんたちが出てきた。
「ふぅ〜、あっちー」
「大変だったなー」
「お疲れ様です。タオルと水です」
「おお、ありがとう!」
兵士や冒険者たちがタオルと水を持ってきて、おじさんたちと談笑する。
ドラゴンは精巧な着ぐるみで、中に入っていたおじさんたちが操っていたようだ。そんなわけないだろ。だがそういうことになってしまった。
「どういうことだ……もうわけわからん……俺は幻覚を見せられているのか? ……いや、勇者には精神系の魔法は効かないはずだ」
勇者は現実を受け入れられずに頭を掻きむしった。
どうやら王女様と同じで喜びよりも驚きや不快感が勝るパターンらしい。
「ドッキリは無事成功に終わったようじゃな」
その時、突然杖をついた聖職者らしきおじいちゃんが現れた。その後ろにはおじいちゃんと同じく白いローブを着た人たちが付き添っている。
「教皇……なぜここに……!」
教皇、ということはあのくそ女神を信仰している教会のトップということか。俺的にはやばい宗教団体というイメージなので、そのトップの人間ともなると不安になってくる。
「久しぶりじゃのう、ハーツよ。最後に会ったのはお主を今代の勇者に認定した時じゃったか」
「そ、そうだ。教皇、なぜここに」
「あれは嘘じゃ」
「……」
教皇の言葉に勇者は真顔になった。
「今代の勇者というか、勇者という設定自体嘘じゃ」
「それはッ、どういうことですかッ!」
勇者は吠えた。俺にはそれは怒りの発露というよりも慟哭のように聞こえた。
「数年ごとに魔族の中に生まれる魔王を倒すために、女神様がこの世界で才能のある者に祝福を与え、それを教会が勇者に認定しているのではないのですか!? 教会はそれを繰り返してきたじゃないですか! これまでッ! ずっと!」
「それ全部嘘だから。魔王も勇者もいない」
「……何を言っているんですか?」
とんでもないカミングアウトに、勇者は信じられないといった顔になった。俺もびっくりだ。まさかこの能力が世界の根幹までも揺るがすとは思わなかった。
「じゃあ、なんですか? 数年ごとに生まれる魔王も、それを倒すために女神に選ばれる勇者も、百年前に誕生してからどの勇者も倒せず、今なお生き続けている最強の魔王も、全部嘘だって言うんですか? 俺を騙すためだけの設定?」
「そうじゃよ」
「ふざけるなアッ!!! そんなことが認められるか!!! 俺一人を騙すためだけに歴史を捏造して、俺に訓練をつけて、今まで冒険させてきて、こんなたくさんの人々に大がかりな芝居を打たせて、なんのためにこんなことをしたんだアッ!!!!」
激昂する勇者。勇者の立場からしてみればみんなの行動が意味不明であることは間違いない。疑問は当然のことだ。
そんな勇者への教皇からの返答は——笑い声だった。教皇だけでなく、その場にいる全員が笑う。それはお笑い番組を家族団欒しながら見ているかのような普通の笑いだったが、今の状況では狂気に感じる。
「ほっほっほっ! 今まさに示しておるじゃないか」
「……は?」
「安堵、驚き、怒り……そういった強い感情がごちゃ混ぜになったリアクション……我々はそれが見たかったのじゃよ」
「……それだけのために」
勇者は後ずさりすると、歯を食いしばり頭をかきむしった。
「なんだよ……ははっ、意味わかんねぇ……わかんねえ、わかんねえよ……はっ、はははははッ!!! わかんねえよおおおおおおッッ!!!! あははははははッ!!!!」
急に笑い出したかと思えば、回れ右をして走り去って行った。
かわいそうだった。
だが、これは仕方のないことだ。
「これで、よかったんだよ」
ドッキリにしなければ、彼は魔王軍四天王に殺されていたのだから。勇者という称号を失う代わりに、生きることができるのだから。
「……あれ?」
勇者って、女神が作った称号だよな? 神が創造したものをこの能力はなかったことにした。
もしかしたら、俺の能力は神様に対しても有効……?
だとしたら、この能力を使えば俺は……。
「いいや、貴様は間違っている」
ごとんと何かが俺の近くに落ちた。
プラカードをうっかり落としてしまったらしい。やれやれ、難局を乗り切った直後だから気が抜けてたのかな。
拾おうとして、手を伸ばそうとしたが伸ばせなかった。
右手の肘から先がなかった。
「……え?」
プラカードを俺の右手が握っていた。
右手の先からは血が出ていて、俺の体には繋がっていなかった。
切断された——
自分の身に何が起こったかを理解した瞬間、信じられないような痛みが走った。
「ああああああ!!!!」
痛い痛い痛い痛い!!!
頭の中が痛みで埋め尽くされる。全身から汗が吹き出し、涙が溢れていた。
「厄介な能力だが、どうやら貴様自体に力はないようだな」
激しい痛みで頭が回っていないはずなのに、奇妙なことにその男の声だけは俺の耳にはっきりと聞こえた。
「俺は魔王だ」