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第7話 勇者にドッキリを仕掛けてみた

 俺は路地裏に隠れて戦況を見守っていた。冒険者たちの旗色は最悪だった。サキュバスは魔王軍四天王という名称に違わぬ強さを発揮し、彼女が操るドラゴンによって冒険者と衛兵の大半が倒されてしまっていた。Aランクパーティーの十字傷の男のパーティーはまだ果敢に立ち向かっているが、顔色は良くない。


 その一方、敵側に被害はほとんど出ていない。倒されたドラゴンはおらず、負傷しているドラゴンはいるが傷は軽い。サキュバスに至っては涼しい顔で見学している。


 力の差は圧倒的だ。そんな状態でなぜ俺は逃げないのかと言うと、誰かにドッキリを仕掛けてこの襲撃自体をなかったことにするためだ。


 だけど衛兵たちとは距離があるし、ドラゴンが邪魔で近づけない。


 そもそもドッキリのターゲットは騒動の中心人物と相場が決まっている。その辺の衛兵や冒険者にドッキリを仕掛けたところで成功(発動)するのか?


 というか今すぐにも逃げたいんだけど、足がすくんで動かない。


 もう味方はほとんど倒れている状態だ。全滅すれば次の矛先はこの街にいる転生者、すなわち俺に向かうことだろう。全滅したらドッキリを仕掛ける相手がいなくなって俺に打つ手がなくなる。

 その前になんとかしないと……。




「そこまでだ」


 一か八か、戦いの中に突っ込んで誰かにドッキリを仕掛けようとした時、十字傷の男と戦っていたドラゴンの首がはねられた。


 はねられた首のそばにいつのまにか剣を携えた男が立っていた。斬撃は全く見えなかったものの、その身から放たれているプレッシャーから、この男がドラゴンを仕留めた張本人だと自ずと理解できた。


「勇者、待ってよ! バフをかけるから!」

「怪我人を治療します!」

「弓でサポートする」


 遅れて彼のパーティーメンバーらしき女の子たちが現れた。各々、治療やサポートを手際よく始める。パーティーのうちの一人が勇者とか言ってたけど、あの男の人勇者なのかよ。すごい美少年なんだけど。


「住人はとっとと避難しろ! あとは俺がやる!」


 勇者は大声でそう言うと、サキュバスに目を向ける。相対するサキュバスはニヤリと笑う。


「ほう、勇者か」


 サキュバスが手を挙げたのを合図にドラゴンたちが一切に勇者に襲いかかる。ドラゴンたちの牙が勇者に届こうかという瞬間、勇者の姿が消える。

 勇者はいつの間にかドラゴンたちの背後にいた。勇者がいつのまにか抜いていた剣から血を払うと同時に、ドラゴンたちの首が飛び、あたりに血飛沫が撒き散らされる。


「……見事だ」


 あたりにはバラバラになったドラゴンの死体が折り重なっていた。骸の中に佇む彼の姿は勇者というよりも死神のように映る。


「貴様、魔王軍四天王だな。なぜここにいる?」

「なに、ちょっと転生者を探しにきただけさ。昨日私の使い魔を屠ったのはあんただったのか。そっちこそなんでここにいるんだい?」

「貴様が知る必要はない」

「まあ、いいさ。どうせ女神様からのお告げとやらだろうからね。ついでだ、今代の勇者には死んでもらおうか」

「ほざけ」


 会話が終わると同時に二人の姿が消え、突風があたりに吹き荒れる。目で追えない。剣戟の音でかろうじて戦闘していることはわかる。

 俺と同じように勇者パーティーも戦いの様子を眺めていた。どうやら彼女たちはあくまでサポート役で、戦力的には勇者が頼みの綱のようだ。




 その場にいる全員が見守る中、やがて決着がついた。




「さすがは女神の祝福を受けた勇者だね……私の負けだよ」


 膝を突き、血を流すサキュバスを勇者は余裕の表情で見下ろす。この世界の勇者がどんなものか知らないが、その名に違わない強さだ。この勇者なら魔王も倒せそうな気がするけど、女神はなんで俺を呼んだんだ? 勇者でも勝てないほどに魔王は強いのか?


「死ね」


 勇者はただ一言、手向けの言葉を吐くと剣を振り抜いた。








 ——だが、勇者の剣がサキュバスに届くことはなかった。


「おいおい、勇者かよォッ!! 最高の獲物じゃねえか!」


 その場に現れたのは狼の頭に、人の体を持つ化け物だった。見た目はまんま人狼だ。人狼の男が包丁くらいに伸びた爪で勇者の剣を防いでいた。


「あんたなんでここに? 助かったけどさ」

「ここに来る前に魔王様に連絡しただろ? 念には念をってことで、魔王様が俺たちを送ったわけだよ」

()()?」

「つまり我々もいるということです」

「……いる」


 上から追加で二人降りてきた。

 一人は黒いマントを羽織った初老の男だ。一見すると人間のようにも見えるが、口元から覗く鋭く発達した犬歯が人ならざる者であることを物語っている。


 もう一人は包帯姿の女だ。体の線がムチムチと出ていて、包帯の隙間から覗く地肌が木漏れ日のように眩しい。サキュバスより断然エロい。


「なるほど、四天王勢揃いってわけね」

「過剰戦力だと思いましたが、相手が勇者であれば話は別です」

「……別」


 やばい、敵は報連相がちゃんとできる上に、実力が未知数の相手に対して油断せず全戦力を投入してくるタイプだったのか。おかげで転生2日目にしてクライマックスを迎えることになった。


「くそっ、四天王が一堂に会するなんて……」

「勇者、さすがにきついってこれは……」

「勇者様……」


 突如として現れた四天王に対して、勇者パーティーの仲間たちが不安げなまなざしを勇者に向ける。だが、勇者はそれを無視して四天王のうちの黒マントのおじさんに敵意を向けた。


「その黒装束、それに犬のような牙……貴様魔王軍四天王のリングだな?」


 どうやら知っている相手らしい。


「おや? 初めましてのはずですが、そうです。おっしゃる通り、私は魔王軍四天王の一人、リングと申します。みなさんも自己紹介といきましょう」

「俺はダウンだぜ!」

「……私はウエンズ」


 相手の自己紹介を受けて、勇者も名乗りを上げる。


「俺の名はハーツ! 貴様が滅ぼした村の出身だ!」

「そうなんですねぇ、すみませんが滅ぼした村のことなんていちいち覚えてなくてですねぇ………」


 小首を傾げて煽るおじさんに勇者はブチ切れる。


「上等だ、全員まとめてぶっ飛ばす。特にてめぇはぜってぇ殺す!」


 勇者の突撃とともに戦いの火蓋が切られた。四天王のうちのサキュバスを除いた3人が勇者を相手取る。3対1で勇者が数的に不利だけど、勝てるんだろうか。


「お前は私たちが相手よ!」

「「「俺たちも助太刀するぞ!」」」


 残りの勇者パーティーと十字傷の男を含めた冒険者たちがサキュバスの前に立ち塞がった。


「手負いだからって舐めないでくれる? あんたら程度じゃ相手にならないよ!」






 そして各々の戦いが始まった。


 俺は路地裏からその戦闘を見ていた。なんで俺は無事なんだろうと疑問に思うくらいに戦闘は激しく、町が破壊されていく。


 能力の発動条件は満たしているが、俺が死んだらドッキリはできない。慎重に機会を見定めて仕掛けないと……。


 その時、近くで爆発音がして破片が顔に突き刺さった。幸い目には入らなかったけども。


「痛え……早いとこ終わらせないと」


 意を決して路地裏から出る。とはいえ戦闘中で危険だし、どこにも意識のある人がいない。試しに近くに倒れている人に仕掛けてみるが効果なし。やはり意識のある相手にやらないと意味がないようだ。


「何やってやがる! 逃げろ!」


 その時、勇者の声がしたので振り向くと魔法が俺に迫っていた。


 あ、終わった。


 俺は目を瞑った——だが、衝撃は来なかった。

 恐る恐る目を開けると、そこには勇者の背中があった。


 ……俺を庇ってくれたのか。


「くそっ……」


 傷ついた勇者は地面に這いつくばった。

 見れば体のあちこちを怪我しており、俺を庇う前から満身創痍だったようだ。


「ふぅ、四天王全員を相手にここまでやるとは見事ですね」

「楽しかったぜぇ、サシでやれなかったのが残念だぜ」

「……おしまい」


 対する四天王も全員ボロボロだった。もしかしたら俺を庇ってなかったら勝ててたかもしれない。包帯の女は大事なところだけは死守していた。なぜだ。


 勇者の限界はここまでのようだ。

 もはや立ち上がることすらできていない。


「やれやれ、骨が折れたよ」

「お前の方も終わったか」


 その場に仲間たちと同様に傷だらけのサキュバスが現れた。


「貴様の仲間は始末した」


 無造作に何かを放り投げた。

 地面にべちゃりと投げ捨てられたそれは。


「みんな……!」


 勇者の仲間たちだった。

 ぴくりとも動いていない。

 ただの屍のようだ。


 周囲を見ると、もう戦闘は終わっていた。

 町はもう跡形もなくなっており、冒険者や衛兵たちは皆倒れていた。


 死が頭をよぎり、身震いした。


 ……いや、まだだ。


 勇者はターゲットにふさわしい人物な上に、ドッキリを仕掛けるには絶好のタイミングだ。


 今しかない。

 今が最後のチャンスだ。


「貴様らぁ!!」


 勇者が吠えた時、俺は覚悟を決め、プラカードを掲げた。


「テッテレー! ドッキリ大成功―!」


 これ以上ない最高のタイミングだった。だが、勇者は止まらずに四天王に向かって行った。


 やばい、怒りで周りが見えていなかったようだ。

 能力は発動しなかった。


「……終わった」


 俺は失敗した。

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